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『天国館奇聞【1】 』
海原・みなも1252

 草間は、ふん、と鼻を鳴らすと、読んでいた新聞をデスクの上に放り出した。
「またか。これで7件目。ナメてやがる…」
 新聞の代わりにマグカップを手に取り、電気ポットから熱湯を注いで粉末ココアをスプーンで溶かす。
 できあがったホットココアを、草間は「コイツでも飲んでゆっくりしてくれ」とみなもに手渡した。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
 白い湯気の立っているココアのマグがみなもの両手を温める。
「…あの、やっぱり、草間さんから見ても難しい事件なんでしょうか…」
 渋い顔をして額を掻いていた草間が、溜息まじりに頷いた。
「関連事件の疑いありも含めたら12件目だ。警察も血眼になってるってのに、学校やら自宅やら最寄り駅やらの目と鼻の先での失踪だからな。嘲笑われているようなもんだろう」
 目の前の黒電話がけたたましく鳴った。
 はいはい急かしなさんな、と今日日アンティークに等しい黒電話の受話器に手を伸ばしながら、草間はみなもに1冊のファイルを差し出した。
「みなもちゃん、見るかい? 新聞の切り抜きと、ウェブニュースのプリントアウトしたやつだ。これまでの失踪事件のな。――はい、草間興信所です」
 頑丈な青いファイルを開くと、手書きの文字も書き込まれている切り抜き記事を集めたクリアポケットが分厚く何枚も綴じられていた。
 クリアポケットをめくるごと、見出しが次々と目に飛び込んで来る。
 2ヶ月前の日付から順に、
『高2少女 行方不明 推定現場は学校から徒歩2分』
『誘拐か 中3女子 自宅付近で失踪』
『女子大生 先月より不明』
『部活動からの帰宅途中行方不明に 14歳少女 』
『女子高校生 誘拐の可能性』
『不明の21歳女性 未だ発見されず』
 とある。
 並ぶ見出しのうちの一つを、みなもはめずらしく険しい顏で睨んでいた。
(これだ……)
 草間が受話器を肩に挟んだまま身を乗り出し、みなもの正面からファイルのインデックスラベルをめくって一番最後の資料を指さした。これだ、と目配せする。挟み込まれた資料が小さな記事一枚だけの、『連続失踪事件に関連か 中学2年女子生徒 駅での姿を最後に足取りつかめず』。
 草間の言う一連の事件はみなもも知っていた。テレビでも新聞でもウェブでも、ニュースはここのところ毎日のようにその話題でもちきりで、みなもが通う中等部でも朝のおはようの挨拶のあとや休み時間には必ずといっていいほど出るのが、この失踪事件の話だった。何しろ他人事でない。真偽のほどはわからないがみなものクラスメイトのまた聞き情報によると、都下の他の学校内でも似たりよったりの光景が広がっているとのことだった。そして、草間ファイルにあった記事、昨日『駅での姿を最後に足取りつかめ』なくなった少女は、草間の書き込みによると、みなもの通学電車の沿線上にある中学校に通っていたようだった。
(やっぱり、あたしの見間違いじゃなかった…)
「ええ、昨日の事件の速報ならウェブで見ました。さすがに今日の新聞には出ましたね」と草間が電話の主に応える。
「さあ、そこはどうかわかりませんが、…ええ、それならばやれないことはないと思います。但し、一つ、条件がありますが。この件の追跡調査に今後関わる草間興信所とその関係者の行動の自由を、完全に保証して頂きたい。…許可願えますか?」
 電話の主に何やら交渉している様子だった草間が、「わかりました、では宜しくお願いします」、そう言って受話器を置いた。
「どこもドン詰まってるねぇ」と伸びをして、ファイル資料を読んでいたみなもに椅子ごとくるりと向き直る。
「――とまあ、さっきも言ったようにこの通り、警察もお手上げだ。そうでもなけりゃこんな風に俺のところに話が来たりなぞしない。何も協力を求めているのは俺相手ばかりじゃないだろうし、もはやなりふり構わずといったところなのかもしれないが」
 切ったばかりの電話を見て溜息をついた。
 みなもが読んでいたファイルの頁を見て、草間はさらに苦い顔になる。
「…速報も新聞もほんの小さな記事にしかなってないがな」
「小さな記事…?」
 みなもは思いだした。
 テレビでもウェブでも新聞でも、どのメディアもあれほど騒いでいた失踪事件に関する報道が、ふと気づけばここ一週間ほど、急に事件とはまったく別の話題を大きく取り上げるようになっている気がする。
「草間さん、そういえば、あたし、気になっていたんです。近頃失踪事件のニュースがあまり流れない気がするんです。ひょっとして、意図的なものだったりする、…と思いますか?」
 草間が、お、と眉を上げた。
「みなもちゃん、気付いていたのか。実はその勘はアタリだ。報道管制が敷かれている。このままでは局地的のみならず全国的なパニックに繋がりかねないという判断からのものだという話だ。まあ、それが半分本音、半分建前として、悪あがきの時間稼ぎというヤツも含まれているんだろうが」
 みなもは眉をひそめた。
「全国的なパニック…」
「そう、嫌な話だが、被害者の多くがみなもちゃんのような年頃の少女たちだ。どこの親御さんたちだって、自分の娘が心配で気が気でないだろう。そういう不安が、今、首都圏のみならず、日本中に蔓延しつつある」
「あたしの学校でも登下校の道が怖いってみんな言っていました。そうしているうちに学校から保護者宛の手紙が配られて。今後当面の間、『任意登校』で『登校はご家庭の判断に一任します』ってことになりました。そのうち、みんな怖くて外に出られなくなっちゃいそう…」
「ああ、みなもちゃんの学校も既にそんな状態なんだな。うん、俺が言うパニックというのもそれでね。一連の事件で12、3歳から20歳前後あたりまでの少女や若い女性がターゲットにされているのは、誰から見ても明白だ。…ターゲット層、それとその家族や知人、隣人。行動の自由が制限されるほど膨れ上がった不安が、次に引き起こすものがあるとすれば、みなもちゃん、何だと思う?」
 草間に問われてみなもは考え込んだ。
「…ううん…。火の無いところに煙が立って、無実の人が疑いを、それも大勢の人からかけられて…?」
「その通り。疑心暗鬼とデマだ。局地的なパニックに留まらないかもしれないというのもそう」
 ネット・SNSで半分成り立っている世の中だ。不安による思い込みと勘違いの連鎖によって、凄惨な事態が起きかねないのは想像するに容易かった。
「…みなもちゃん、大丈夫か? すまんな。気の滅入る話をしてしまって」
 草間が心配そうにみなもを見ていた。
「あ、いえ、違うんです。その、パニックというのを考えたら」
 思わず、手の中のマグを握り締める。
「ほんとに、おおごとになってしまうんだ、って。そうでなくたって、明日にはあたしの友だちが事件に遭うかもしれないし…。…それに」
 脳裏に過ぎったのは、クラスメイトたちの顏の他に、もう一つ。
 昨夜夢の中で見た、見知らぬ少女の顏。
 いや、「見知らぬ」ではない。みなもが電車で見た少女の顏。
 おそらくは、駅で目撃されたのを最後に足取りを絶った彼女。
「草間さん」
 みなもは顔を上げた。
「あの、あたしに出来ること、ありませんか?」
 その決意の表情を見てとったのか、草間は微笑い、
「…そういうところ、みなもちゃんらしいな。――じゃあ改めて」
 握手の手をさしだした。
「調査協力、よろしく頼むよ。海原みなもさん」
「はい…っ!」
 みなもはその手を、強く握り返した。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました。「天国館奇聞」の第1話をお届けします。
今回は、事件の経緯篇です。
そして、もう一つの経緯と、みなもさんが夢に見たものは「おまけノベル」の方に。
3部作よりももう少し行きそうな予感がすでにしていますが…。
次回はふたりで乗り込む探索篇の予定です。
このたびのオーダー、たいへんありがとうございました!

東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月27日

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