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『白鳥狂騒曲 』
海原・みなも1252

「これ配役表でーす! よろしくおねがいしまーす!」
 栗毛の少年が高峰に紙を渡して走り去っていった。
 高峰が紙を指でなぞり、あら、と眉を上げる。
「麗香がオデットよ」
「はぁぁっ!? 私がオデット!?」
 麗香の叫びが家庭科室に響く。
「何かの間違いよ! せめてオディールでしょ!」
 喚く麗香に一同「自分で悪役ってわかってんだなあ…」としみじみした顔になる。
「そうだな。おまえ、全然オデット似合わないし、みなもちゃんに譲れよ。って、みなもちゃんは…」
「…あたし、オディールです…」
 驚きの声が上がる。
「みなもちゃんが悪魔の娘!?」
「どうなってんだよ、この配役!」
「私は、悪魔ロットバルト…ね」
 高峰の言葉に一転、皆が沈黙した。
「高峰が悪魔…」
 まあ有り得なくはない、という皆の心の声が一致した瞬間である。
「あれ、じゃあ俺はひょっとして」
「武彦はジークフリート」
「っしゃー! 王! 子!」
 麗香がはしゃぐ草間の頭をスパーンと叩く。
 騒いでいる四人のもとに例の少年が走ってきた。
「お着替えおねがいしまーす!」
 4人の腕に、悪魔に黒鳥、王子に姫の衣装をどっさりと預け、
「開演まであと10分でーす! これ台本でーす! 向こう更衣室でーす!」
 またもや笑顔で走り去っていった。
「10分前に台本と衣装渡してくヤツがどこにいるんだよ!」
「…なんていうか、麗香さんを超える無茶振りスキルの高さですよね…」
「こんなの10分で覚えられるわけないわよぉぉ」
 ぶつぶつと嘆く麗香の隣で、高峰は黙々と台本の頁をめくりだす。
「ちょっとタンマ!」
 草間の叫びが麗香のブツブツを掻き消した。
「王子の衣装って、んな白タイツ!? これ俺穿くのかよ! やだね!」
「…あの、穿かないと王子って、わかってもらえないと思います…」
「うああ、なんでこうなっちまったんだよー!」



 時を遡ること1時間前。
 そう、ほんの1時間前に、ほんのちょっとしたことで、運命の歯車は狂ってしまったのだ。
 クリスマスの街並みも今日限り。カメラに収めようと街に繰り出したみなもが交差点で信号待ちをしていると、袖がクイクイとひっぱられた。
「はい?」
 振りかえるとそこには小学生ほどの男の子と女の子が、顔を赤くして白い息を吐いていた。
「あのっ! すみません! ぼくたち、そこの東小学校の生徒ですっ」
「おねえさんにおねがいがあるんです!」
「ぼくたちのおてつだい、してもらえませんか?」
 突然のことに瞬くしかない。
「あたしが? ええと…何のお手伝い?」
「今日、学校のクリスマス会で演劇をするんです」
「でも、インフルエンザでクラスの子がたくさんお休みになっちゃって…」
 人不足の手伝いをしてほしい、ということらしい。
「それは大変! でも、あたし…」
 何せ急な話だ。戸惑っていると、
「おねがいします!」
 ふたりの子どもが頭を下げた。
 どうせカメラ片手に散策する程度だったのだ。この先の予定は潰れたって構わない。
 困り顔の子どもたちに、にっこりと笑って見せた。
「任せてください。演劇部の実力を見せましょう!」
 …実は、万年幽霊部員だったりする。
 みなもは念じた。
 なんとかなる! ……たぶん。

 そうして連行された先は、本日の楽屋であるところの家庭科室だったのだが。
「あら! みなもちゃん!?」
「麗香さんっ!? それに草間さんに、高峰さんまで!」
「ひょっとして、みなもちゃんもあの子らに頼まれたのか?」
 奇しくも、見知った顔の数々に出会ってしまったのだ。
 ――悪い予感は、した。



「なんともならねえよー!!」
 緞帳の向こうでは、客席のざわめきが最高潮に達していた。
「第一、俺、『白鳥の湖』の話知らないぞ!? 知らないやつが王子やるんだぞ!?」
「あー、セリフ1文字も頭に入んないのー」
「あら、アレンジしたら案外サイズが合いそうね、この衣装」
 高峰以外、阿鼻叫喚である。
 ジリリリリリ!
 みなもが黒鳥の衣装に着替え終えたところで、開演のベルの音が鳴った。
『東小学校、『白鳥の湖』開演です――』
 アナウンスと客席からの拍手。ステージの幕が上がってゆく。
「いやー!やめてー!」
「うおおおお死ぬー!」
「いっしょにがんばりましょう。……無事、完結目指して」
 みなもの目が泳ぐ。


 ステージが照明に照らされ、青く染まった。
 チャイコフスキーによる同名曲の美しくも物哀しい旋律が流れだす。
 ブルーシートを丸く切り抜いた湖に、白いチュチュを身につけ、頭に小さな王冠をのせた麗香が横座りに座って項垂れていた。スポットライトが憂いの白鳥を照らしだす。
『あぁ…私は今夜も囚われの身』
 そこにスキップで駆け出してきたのは、白シャツ白タイツの銀紙製王冠を被った草間だ。
『おお。なんと美しい姫』
「ああっ。草間さんったら、どうしようもなく棒…!」
 みなもはカメラを構え、
 カシャッ!
 反射的にシャッターを切ってから、遅れて手にあるカメラの存在に気付いた。
「はっ! あたしったら、着替えの時にうっかりカメラを首にかけたまま」
 一方の草間はブルーシートの脇で青い顔をしていた。
「いかん! 次の台詞なんだ、忘れたぞ…ええと、ぼ、『僕と結婚してくれ』!」
「わぁ! 草間さーん! まだ早いですー! いけない! 止めなきゃ!」
 みなもは台本を折ってハリセンを作り、黒子の如く走り出ていって、草間の頭をスパァーン!とハタいた。
「いっで!! み、みなもちゃん!? 何す…」
「カメラも私も黒いからきっと目立たないし、こんなことやれる機会ないもの!」
「なんだその黒い発言は!」
「あたしは今、身も心もオディールですっ! ショック療法ですっ!」
 言うだけ言って袖に引っ込む。
「んなバカな!って、は!思い出した!『貴女のように美しい姫がどうしてこんなところに』」
『私は悪魔高峰…違った、ロットバルトに呪われ城に囚われて白鳥に…』
『僕が貴女の呪いを解いて見せましょう!』
『本当に本当?』
『ええ。だから僕の誕生パーティーが城で開』
 草間が言い終わるのを待たず、照明が明るくなった。
『ああ夜明けが来てしまったわ! 王子様、さようなら…!』
 作り物の白鳥の首を頭の上にさっと乗せ、麗香は悲しげなスキップで向こうのステージ袖に去っていった。
「麗香待て! …じゃなかった、『姫! どこへ!』」
「…麗香さん…格好はともかく、顔が結構なりきってましたね…」
 決定的瞬間を撮ったオディールみなもは、いい仕事をしました、とカメラを下ろす。
 黒子がステージに貼られた背景の紙を一枚剥がすと、絵の具で描かれた黒々しい城が現れた。
『これは悪魔の城! 姫に呪いをかけたな! 彼女は僕が救う! 悪魔よ出てこい!』
 城の前に佇む黒衣の美女が艶然と笑った。
『…何か御用? あら、あの子を気に入ったの? 貴女に助けられるかしら…』
「ひええ! やっぱり高峰さんが怖い…!」
 再び黒子が走り出てきて城の絵を剥がした。下から現れたのは、今度は煌びやかな大広間の絵だ。
「…みなもさん、そろそろ出番よ。黒鳥、頑張ってね」
 高峰がみなもに微笑む。
 ステージでは舞踏会のシーンが始まっていた。
『僕のオデット…ちゃんと来てくれるだろうか』
 タイツ姿の白シャツ男が、そわそわと広間を歩き回っている。
「オディールになるからには手加減いらないのよ? 貴女は、悪魔の娘、私の娘…いいわね?」
「まっ、まかせてくださいっ! 変身ものなら経験豊富ですからっ!」
 みなもは、ク、と爪先を立て、バレエのステップのように軽やかに、まばゆい光の降りそそぐステージのただなかへと踊りでていった。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA005 /高峰・沙耶 /女/29/高峰心霊学研究所所長】
【NPCA008 /碇・麗香  /女/28/白王社・月刊アトラス編集部編集長】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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東京怪談ウェブゲーム『いきなり白鳥の湖』へのご参加、誠にありがとうございました!
クリスマスネタですので、お正月になる前に急ぎ、お届けいたします。
まあなんといいますか、案の定のドタバタ展開と相成りました…。
御一行様のその後は、「おまけノベル」にて。
このたびのオーダー、大変ありがとうございました!


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東京怪談
2018年12月27日

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