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『湯けむり旅情三人旅 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&紫苑aa4199hero001)&Lady−Xaa4199hero002


 冬の弱い日差しが、部屋の中を柔らかく照らす。
 バルタサールは咥え煙草で窓際に立ち、薄青を刷毛ではいたような空を見上げていた。
(静かだな)
 つかの間の平和、というのはこういうことを言うのだろうか。
 珍しくバルタサールの口元に、穏やかな笑みのようなものが浮かぶ。
 だが、それもほんの僅かの時間のこと。
 突然の呼び出し音にバルタサールが眉を顰める。相手は彼の英雄のLady−Xだ。
(嫌な予感しかせんな)
 無視しようかとも思うが、万が一ということもある。
 たっぷり3コール程は考えをめぐらし、口の端から煙を吐き出した後で、バルタサールが応答した。
「何だ」
『何だって何よ! いるんだったらさっさと出てよ! なあに、おトイレ? バルちゃんもしかして出なかったの?』
「煩い。切るぞ」
『あー違う違う、そんな話じゃなくて! 緊急事態なの、今すぐあたしの言う場所まで紫苑と一緒に来て。いい、すぐよ! ぼやぼやしてんじゃないわよ!!』
 ブツッ。
 一方的に切れる。
「何なんだ? あいつは……」
「相変わらず賑やかだね」
 ふと気が付けば、部屋に入って来た気配も感じさせずに、もう一人の英雄である紫苑が傍に立っていた。
 楽しそうに微笑んでいるが、これはいつものことなので大した意味は見いだせない。
「何か緊急事態らしい。おまえも一緒に来いとさ」
「何だろうね?」
 よくわからないが、とりあえず装備を整えてすぐに部屋を出る。

 指定の場所に到着したふたりは、ど派手な衣装をまとう女の姿を、大きな日本家屋の前に認めた。
 腕組みの仁王立ちで、いらいらとハイヒールの爪先で地面を叩くLady−Xだ。
「どうした。トラブルか」
「あんたたち、遅いわよ! ええそうよ、トラブル。想定外のね。こっち来て!」
 Lady−Xはバルタサールの腕を引っ張って、日本家屋の中へ引っ張り込む。
 紫苑はのんびりとあたりを見回した。冬の冷気に、白い湯気と微かな硫黄の匂いがまじりあう。
「なかなかいい温泉のようだね」
 よく見れば日本家屋は、ひなびた温泉旅館という風情だ。
「さて、どんなトラブルなのかな」
 紫苑が好奇心に満ちた笑みを浮かべて、建物に入る。
 直後に耳に飛び込んできたのは、バルタサールの声だった。
「あ?」
 ものすごく不機嫌なときの声である。
 何故か紫苑は、一層わくわくした様子で聞き耳を立てた。
「だ・か・ら! 3人で温泉旅行なのよ、もっと喜んでよね。ほら、ここにサインして、カード出して」
「おい。緊急事態って言ってなかったか」
 Lady−Xがぷっとふくれっ面をする。
「緊急事態よ! せっかくいい旅館を見つけたのに、おひとり様NGだっていうんだもの!」
「それだけか!? それだけのために、俺達を呼びつけたのか!?」
 バルタサールのこめかみに、血管が浮き上がっている。
「だってバルちゃんとふたりだと、そーゆーお部屋になっちゃうじゃない? まあ、あたしは別にそれでもいいけど……?」
 Lady−Xの艶めかしい視線をバルタサールは綺麗に無視する。
「多少値が張ってもいい。寝室が分かれている部屋を頼む」


 たまたまキャンセルがあったということで、飛び込みの割には良い部屋が用意された。
「すっごーい、広いわ! 見て、景色も綺麗!」
 Lady−Xは「おひとり様お断り」での不機嫌がいっぺんに直ったようである。
 うきうきと窓の張り付き、部屋の中を見回り、最後に浴室から声を上げた。
「憧れの個室露天風呂よー!!」
 バルタサールは彼女とは別の視点で、部屋の中を見て回る。
「何だ、2つの部屋の間の仕切りを取り払って広い部屋として使うのか。つまり普段は、可動式の壁の向こうに他人がいるのか? 不用心にも程がある」
 ぶつぶつと呟きながら、全ての引き出しをチェックし、出入口や壁の様子を確認して回るのは、長年染みついた習慣なのでどうしようもない。
「だが成程、景色は悪くないな……ん?」
 最後にやたら頑丈な枠のガラス窓を確認して、腕が出るほどの隙間分しか開かないのに気づく。
「ああ、そういうことか」
「女のひとり旅お断り、の理由だね」
 紫苑が窓枠にもたれかかり、冷たいガラスに頬を寄せるようにして外の景色を見る。
 露天風呂が備え付けられているだけあって、窓の外には枯れ木の並ぶ山の急な斜面しか見当たらない。
 窓を開けていて「うっかり」落ちでもしたら、大変なことになるだろう。
「あいつの姿を見て、そんな懸念を持つ方がどうかしていると思うがな」
 バルタサールは思わず笑ってしまう。

「なあに? 男ふたりでこそこそして」
 部屋の点検を終えたLady−Xが、自分の荷物を持って横切っていく。
「ベッドがふたつ、それからお布団の部屋ね。どこにする?」
 それから流し目をくれる。
「ベッドは結構広いわよ? ふたりでも問題なさそうね」
「僕が布団を使いましょうか。おふたりは遠慮なくベッドをどうぞ」
 紫苑がにっこり微笑んでベッドを示した。何やら含みのある笑みに、バルタサールが割って入る。
「俺が布団を使う」
「知らないわよ? 足がはみ出しても」
 Lady−Xはそう言いながら、さっそく自分の荷物をベッドの上に広げた。
「あとね、お風呂なんだけど。やっぱりお食事の前にさっぱりしたいわよね。大浴場もあるみたいだけど、あたしはここのお風呂を使いたいわ」
 さっそく入浴する気満々の準備である。
「ああ、ふたりがあたしのすぐ後でも怒らないわよ?」
 Lady−Xがふわりと長い髪を手で広げると、甘い香りが漂った。
 バルタサールはそれには反応せず、思案顔になる。
「大浴場か……夜中のほうがゆっくりできそうだな」
「ちょっと、そこで無視!?」
「煩い。今更おまえにそんな気を起こす訳がないだろうが」
 Lady−Xが形の良い顎をツンと上げ、バルタサールをねっとりとした視線で眺めまわす。
「まあそうよねえ? お互い、カラダのスミズミまで一緒になっちゃってるわけだし」
「そういうことだな」
 当然、リンクした状態のことだ。
 紫苑がにこにこしながら付け加える。
「勿論僕も、きみのカラダのスミズミまでよく知っていますよ」
「何だろうな、おまえに言われると妙にイラっとするな」
 紫苑はさも楽しそうに、ころころと笑った。


 結局、Lady−Xが一番風呂を使い、バルタサールが続く。
「まあ、悪くはない、か」
 ガラスの壁と木材の屋根をうまく使ってあり、解放感がありながらプライバシーも守られる構造になっていた。
 おかげで時々吹き込む寒風も心地よく、のぼせることもなくのんびり浴槽で手足を伸ばすことができる。
 Lady−Xはひとり旅が好きで、ほとんど部屋にいつかない。
 それだけに、旅の達人でもある。この旅館は「おひとり様」を断られてもそこで諦められないほど、何か魅力があったのだろう。
(あるいは……まさかな)
 ――実は、バルタサールと紫苑にも見せたかった。
 その考えを、バカバカしいと頭から振り払う。
「ちょっと、バルちゃん! どこ洗ってるのよ、長いお風呂ね? お食事の前に散歩したいから、そろそろ出てきてよ!」
「……」
 やはりあいつに繊細な心情などを期待するほうが間違いだ、と確信する。

 湯を上がって、浴衣を身につける。
「おや、結構似合っているね」
 紫苑がバルタサールの浴衣姿に目を細めた。
 最近は外国人の観光客も多いのか、長身で体格の良いバルタサールでも、それなりに決まる大きさの浴衣が用意されていたのだ。
「帯だけ少し直しておくよ」
 適当にちょうちょ結びにしていた帯を、ちょっと粋な形に締めなおす。
「見て見て! 素敵でしょう?」
 隣の部屋から飛び出してきたLady−Xは、紫色の蘭が咲き乱れる艶やかな浴衣に、辛子色の帯を締めていた。
「この選べる浴衣がいいって聞いて、着てみたかったのよねえ。ほんとに素敵!」
 着付けの女性に頼んで、自分の姿を何枚も写真に収める。
(それがこの旅館を選んだ目的か……)
 バルタサールは確信した。

 とはいえ、その姿で外に出るのは流石に厳しい季節だ。
 結局可愛い浴衣も、旅館の貸し出してくれた綿入れでほとんど隠れてしまう。
「まあいいわ。それよりもほら、バルちゃんお財布!」
 隠そうともしない本音が駄々洩れである。
 Lady−Xはバルタサールを引っ張って、暖かな湯気を上げる温泉饅頭の店先に連れていった。
 蓋を開けると蒸した皮から酒の混じる甘い香りが漂う。
「おいしい〜♪」
「出来立てはまた格別だよね」
 Lady−Xと紫苑が饅頭を頬張る。
「きみは食べないの?」
 紫苑が差し出した饅頭を、バルタサールは手で制した。
「俺はいい」
 バルタサールはどうせなら、この乾ききった喉を酒で癒したかった。間食はその邪魔になる。
「ねえ知ってるかい? 思い切り喉が渇いた状態で酒を飲むというのが、痛風になる一番の手段だそうだよ」
「おい。どこでそんな知識を得てくるんだ」
「この前ね、テレビで言ってたんだ」
 綺麗な顔で俗なことを言い、紫苑は楽しそうに笑う。
 いつも笑顔を崩さず、何を考えているのか全く分からない男だが、今日の笑みはいつもよりも自然なものに見えた。


 勝手にどんどん先を歩いていたLady−Xが、下駄を鳴らして駆け戻ってきた。
「バルちゃん、ちょっと! 急いでこっち来て!!」
「何だおまえ、食事の前にまだ食うのか?」
「違うわよ、バルちゃんにうってつけのゲームよ!!」
 引っ張って行かれた先には、黒と白で交互に塗り分けた丸い看板がかかり『射的遊戯場』と書かれていた。
「あれ取って!!」
 Lady−Xがびしっと指さす先に、スノードーム風の置物がある。
「いやおまえ、あんなガラクタをどうするんだ」
「だって欲しいんだもの!」
 何が気に入ったのかわからないが、確かに「撃って落とす」ゲームとあれば、多少は興味も湧いてくる。
 バルタサールはいそいそと安っぽいおもちゃの銃を受け取り、そのつくりを確かめた。
「なんだ、空気銃か。それでこの先に、コルク弾を詰めるという訳だな」
 赤い布が敷かれた台に肘を置く。的はゆっくりと左右に動く仕組みになていった。
 とはいえ距離も近く、外すとは思えない。
(低めを狙えば、あの高さなら自重でバランスが崩れて落ちるな)
 単なる遊びとはいえ、負けるのはプライドが許さない。呼吸を整え、ここぞというポイントにコルク弾を命中させる。
 が、僅かに位置がずれただけで、目的の景品はその上でとどまった。
「おい。威力が足りないぞ」
 バルタサールが思わず不満を漏らした。
 狙いは完璧だった。だがアイテムの下にも布が敷いてあり、摩擦が強くなっているのだ。
 これでは玩具の空気銃の威力では、到底落ちない。

「ねえ、ちょっと」
「なんだ。今は忙しい」
「いや、隣だよ」
 紫苑がバルタサールの肘を引っ張って、隣の浴衣姿の中年男の集団に注意を促す。
 そのうちのひとりの男が台に片手をかけ、残る手に空気銃を持って、思い切り身を乗り出していたのだ。
 銃口は低い位置に並んだ景品に、ほとんど接しようという距離だ。
 店の番をしている老女も、笑ってその姿を見ている。
「……あれがアリなのかよ」
「そのようだね」
「それなら話は早い。任せろ」
 上背のあるバルタサールだから、当然腕のリーチも長い。
 Lady−Xが欲しいと言った景品は上の方に並んでいるが、身を乗り出せばかなり近づける。
 ぱすっ。ぱすっ。
「……近いからと言って落ちる訳でもないらしい」
「僕もやってみよう」
 紫苑も袖を帯に挟み、空気銃を構える。
 ぱすっ。
「おい。おまえの弾で元の位置に戻って来たぞ」
「おかしいね。でもちゃんと当たってるんだけどね」
 ぱすっ。ぱすっ。
 その頃には、元々気まぐれなLady−Xのほうが飽きてきた。
「ねえ、まだあ? お腹空いちゃったんだけど」
「おまえな、ここまでさせておいて、いきなり飽きるとはどういうことだ!」
 結局、買ったほうが早いぐらいの弾を使い、目的のスノードームを入手した。
「ふふ、でもいい記念になったかもね」
 Lady−Xがキラキラと金粉の雪が降り注ぐ玩具を、何度かひっくり返す。
「飾っておいても、どうせおまえは家にいないだろうが」
 苦笑いを浮かべるバルタサールだが、なんだかひと仕事を終えたような謎の満足感に浸っていたのだった。


 旅館に戻ると、部屋にはお膳が並んでいた。
 バルタサールは少し顔をしかめる。
「なあに? 気に入らないの?」
 Lady−Xがからかうように肘でつついた。
「まあな」
 それがこの国の宿泊施設の習慣だとわかっていても、不在中に他人がねぐらに入り込むというのはどうも気に入らない。
 大事なものを置いて出ていたわけではないが、バルタサールは過去の経験から、そんな部屋で落ち着くことができないのだ。
 という訳で、Lady−Xと紫苑がお膳の前にくつろいでいる間に、また部屋中を点検して回る羽目になる。
「しょうがないわねえ。仲居さんのお給仕、ちょっと注意してほしいってお願いしてくるわ」
 Lady−Xが呆れたように言って席を立つと、フロントに連絡する。
 物を運んで来た時は、ノックして、数秒してから声をかけて入ってくること。
 余計な会話はなるべくしないこと。
 3人の風体も、「仕方ない」と思わせたのだろう。
 お陰で、バルタサールも部屋食を楽しむことができた。
「んじゃかんぱーい!」
 食前酒の小さなグラスを掲げて、Lady−Xが音頭をとる。
「何に?」
 紫苑は杏子の香りの酒を楽しみながら、促す。
「さあ何だろう? あ、そうそう。今年を三人とも無事で過ごせたことに、というのでどうかな?」
「Xはろくな仕事をしないままだったがな」
 バルタサールの言葉にも、Lady−Xはどこ吹く風だ。
「あんた達が元気に暴れてるから、遠慮してあげてるだけよ」

 Lady−Xがどうしても泊まりたかっただけあって、食事の内容もなかなかのものだった。
 それぞれ飲んで食べて、座椅子に身体を預けて息をつく。
「あー、満足。たまには連れのいる旅も悪くないよね」
 Lady−Xが帯を緩めながらつぶやいた。
「誘いたければ、先に言え。こっちにも都合というものがある」
 バルタサールの口調は固いが、「おまえとの旅など二度とごめんだ」とも言っていない。
 紫苑が日本酒を満足そうに味わいつつ、目を細めた。
「思い立ったが吉日、という言葉もあるからね。偶にはいいと思うけどね」
「そうよ、サプライズのある日常のほうが楽しいじゃない。毎日同じことの繰り返しなんて、退屈で死んじゃう」
 バルタサールはふたりの英雄たちを交互に眺め、苦笑する。
(結局のところ、俺も含めて……か)
 似ていないようで似ている、それが繋がりかもしれないと思うのだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa4199 / バルタサール・デル・レイ / 男性 / 48歳 / 人間・攻撃適性 】
【 aa4199hero001 / 紫苑 / 男性 / 24歳 / ジャックポット 】
【 aa4199hero002 / Lady−X / 女性 / 24歳 / カオティックブレイド 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠にありがとうございます。
個室3つじゃだめなのか? とも思ったのですが、ノリに流された皆様は気づかなかった方向でお願いします。
どうせなら、ご飯は一緒に食べたほうが楽しいでしょうし。
賑やかで楽しい雰囲気を目指しましたが、お読みになって楽しんでいただけましたら幸いです!
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2018年12月28日

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