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『ブランデーとシガレット 』
CERISIER 白花aa1660

「では行ってまいります」
「ええ、行ってらっしゃい。こちらのことは心配しないでね」

 お手本のような美しいお辞儀をする従者にそう言って、白花は緩く微笑みを浮かべた。
 今日は従者に個人的な用事があるらしく、白花の世話ができないことを頻りに悔やんでいた。「あら、私、今まではあなたがいなくても十分生活できていたのよ?」だなんて意地悪を言えば、なぜかとてもショックを受けていて、それが微笑ましくてついいじめてしまう。
 それでも、いつも自分のことを蔑ろにしがちな従者の個人的なお出かけだなんて、素敵なこと。白花はちょっぴり意地悪を言いながらも、従者の成長を嬉しく思っている。

 さて、出かける直前になってゴネ始めた従者をなんとか送り出して後。
 白花の本日の予定は特にない。最近ではとても珍しいことだ。
 ぽっかりと空いた時間、何をしようかと思考をめぐらせて、従者の名を呼びそうになって思わず苦笑する。いつの間にか、あの子がいることが当たり前になってしまっていた。喜ばしいことだ、とても。

 しかし、そうなると、一人家で過ごすのがもったいないように感じてくる。
 どうせだから、今日は一人でしかできないことをしよう。そう思い立って、白花は楚々と出かける用意を整えたのだった。



 街行く人を眺めるのは嫌いではない。
 アンティーク調の内装で整えられた喫茶店にて、せわしなく行き交う人々をガラス越しに眺めながら、白花は一人、ゆっくりとコーヒーを飲んでいた。

「いやはや、なんともお久しいですな」
「うふふ。ご無沙汰しております」

 キュ、と音をさせて透明なグラスを磨いている初老の男性は、この店のマスターである。白花が以前好んで店に通っていた時から全く変わっていないように見える年齢不詳のナイスガイだ。
 現在、客は香り高いブラックコーヒーを味わう白花だけ。店が不人気なのではなく、白花がお客のいない時間帯を選んだ。今日はなんとなく、他者に邪魔されない空間で過ごしたい気分なのだ。

 静かにコーヒーカップを傾ける白花の姿を見て、マスターが何かを感じ取ったらしい。注文していたお茶受けを提供する合間に、軽く肩をすくめて見せた。

「……よいバリスタをお雇いになられたらしい」
「いえいえ、うふふ。バリスタだなんて言ったら、あの子に泣かれてしまいますわ」
「おや、それは失礼いたしました」
「んふふ、でも、そうね、あの子がいるから、こちらに来る頻度はだいぶ少なくなってしまいましたね」
「それはそれは。私ももっと腕を磨かなければなりませんな。よろしければ、今度はお二人でおいでください」
「それも楽しそうねぇ」

 ころころと少女のように笑って、白花はカップの底に残っていた黒い液体を飲み干した。



 行く先を決めずに街を歩き、目についた店にふらりと立ち寄り、ゆったりとした時間を過ごす。
 なんて贅沢な時間の使い方だろう、と白花は思う。

「お待たせいたしました」

 薄暗い、と感じる一歩手前の、品よく落とされた照明の下。
 艶々と磨き込まれた木製のカウンターの上に、丸い氷が浮かぶブランデーが乗せられた。

「ありがとう」

 微笑んで礼を言い、細身のシガーを灰皿に置く。あまり多くは呑まないが、香りを楽しむ程度には嗜む。

「お珍しい、シガレットですか。いい香りですね」
「あら、こういった場所では、葉巻を嗜む殿方も多いのではなくて?」

 若いバーテンダーが興味深そうな顔をするので、からかい混じりにそう言いながらグラスを傾けた。齢を重ねた女性の艶のある仕草に、バーテンダーがたじろぐ。あまり場慣れはしていなさそうだ。

「自分はまだ若輩でして、そういったお方を目にする機会があまりなく……。映画や、漫画の中でしか見たことがありませんでした」

 恥ずかしそうにしながら白状するバーテンダーに、微笑ましい心地になった白花は、シガーケースからシガレットを取り出した。

「よかったら、一服してみる?」

 つ、と差し出された細いそれに、バーテンダーは束の間目を瞬かせて。

「あー……お恥ずかしながら、自分、タバコ吸えないんです」

 地が出たのか、幼い仕草で笑うバーテンダー。せっかく綺麗にセットした髪の毛に触れて、気を抜きすぎていた事に気付いて慌てて姿勢を正す。なんとも微笑ましい。

「あら、それは申し訳なかったわ」
「いえいえ! 興味はあるんですが、どうも苦いのがダメで……。せっかくのご厚意を、申し訳ありませんでした」
「うふふ、いいのよ、こちらこそごめんなさいね。最近の若い方はタバコを吸わない方が多いのねぇ……」

 時代は変わるものね、と笑って、氷の溶け出したブランデーを口に含む。芳醇な香りを舌の上で転がして、喉の奥へと送った。

「お客様はまだまだお若いですよ」
「あら、坊や。お世辞はそうとバレないように言うものよ」

 コロコロと笑えば、歳若いバーテンダーはバツが悪そうに赤面する。

 いい店を見つけた、と白花は上機嫌でブランデーを傾けた。
 今日はいい日だ。そして、明日もきっと、いい日になるだろう。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1660/CERISIER 白花/女性/47歳/人間】
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2018年12月28日

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