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『雪解け 』
氷鏡 六花aa4969)&オールギン・マルケスaa4969hero002

 クリスマスを孤児院で過ごした氷鏡 六花(aa4969)。修道女や同世代の子ども達に囲まれながら過ごした一日は、六花の心を揺らすには十分すぎる時間だった。心の中に芽生えた思いを抱えたまま、六花は南極のイグルーへと帰る。その足は、自然と彼の下へと向かうのだった。

 オールギン・マルケス(aa4969hero002)は、スノーモービルの整備をしていた。手のサイズも規格外な彼にとって、細やかな作業は中々難しい。それでも工具を厳選したり、クリーニング用品を自作したりと色々と工夫しながら作業に取り組んでいた。
 そんな彼の背後に、新雪を踏みしめながら六花が近づいていく。オールギンは手を止めると、彼女に振り返った。
『六花か』
 オールギンは六花の顔を見上げる。思わず彼はその眼を瞬かせた。白夜の世界に佇む彼女の眼は、どこか柔らかい。
「……オールギン。訊きたいことが、あるの」
 六花はおずおずと尋ねる。彼の知る六花は、いつも抜身の刃にも似た輝きを秘めていた。今も眉を決して真剣な面持ちだが、凍らせ固めた憎悪が、今日に限っては僅かに緩んでいた。何かを感じたオールギンは、静かに頷く。
『あいわかった。では、場所を移そうか』

 オールギンの背中を追い、六花は小さな雪の丘を登る。丘の向こうからは、ペンギンの鳴き声が微かに聞こえてきた。坂を一気に駆け登った六花は、眼を凝らして麓を見つめる。大勢のペンギン達がひしめき合い、盛んに鳴き合っていた。オールギンも腕組みし、しばらく景色を見渡す。ペンギンは揃って黒い羽根をばたつかせている。夏の今頃は、コウテイペンギンが揃って独り立ちを遂げる頃だった。
『……して、我に訊きたいこと……とは』
 オールギンは傍の六花に振り返る。六花は思わずはっとしてしまう。一度は意を決してみた六花だが、いざ話そうとすると言葉が喉に詰まってしまう。
 それでも、オールギンは少女を急かす事無く、じっと言葉を待っていた。海のように悠々とした佇まい。六花は導かれるように、胸の内を話し始める。。
「解らなく、なったの。六花は……復讐がしたい。王を……殺したい。でも、パパやママを、みんなを……悲しませるのも……嫌、なの」
 オールギンは眉を上げる。六花は俯いたまま、たどたどしく言葉を紡ぐ。自らに芽生えた感情に、少女は戸惑っていた。
「孤児院のパーティ……楽しかった。まだ、世の中には、楽しい事も、あるんだ……って。久しぶりに……思い出せた。でも、やっぱり六花は……復讐を……果たしたい、の」
『……そうか』
 “彼女”から、先日の出来事の顛末はすでに聞いていた。彼女の言葉が少なからずも六花の心を動かし、クリスマスパーティーが呼び水となったのだろう。何かが変わりつつある。そう信じたオールギンは、慎重に言葉を選んでいく。
『復讐の意志を持つ種は、少なからず存在する。生涯に多くの仔を産まず、独り立ちを果たすまで仔に寄り添う種ほど、その意志は強い。巣を荒らされ、同胞を脅かされれば命を賭してでもその牙を剥く。数に頼み、成り行きに任せる種とは違い、怒りを抱いて敵と戦う事が叶わなければ、早晩種が滅んでしまうからだろう。……その意味では、復讐心もまた、生命の連環を未来へ繋ぐ為に無くてはならぬ感情なのだろうと……我は思う』
「……生命の、連環」
 少女はぽつりと繰り返す。オールギンは少女から眼を離し、再びペンギンの群れを見渡す。
『うむ。遍く生命は連環の理の中に在る。世代を経て命を継承すること然り。生きる為に他の命を喰らうこと然り、だ』
 ペンギンは鳴きあい、やがて一羽を先頭に何体かが海を目指して隊列を組む。大洋へ繰り出し、魚を捕ってくるためだ。日々繰り返される営みを見つめ、六花は尋ねる。
「……ねぇ、オールギン。命って…何なの? どうして、人は……死ぬ、の?」
『あらゆる命は生を希求する。それ故に命は輝くのだ。死は悲しきことではあるが、もし死のなき世界が実現したとしても、それは理想郷などとは程遠い、停滞した世界なのだろうな』
 当にそのオールギン自身が、死の無い存在であった。始まりも無ければ終わりも無い世界。溢れる無聊を慰めるために、同胞と共に定められた命に近づき戯れに勤しむ。神の使命と信じて与えられた役割を全うしてきた彼らだが、結局の本質はそうなのだ。切れ切れの記憶を呼び起こしながら、彼は頷いた。
『終わりがあればこそ、終わるまでに何をか為そうと足掻くのだ。……見よ六花』
 オールギンは海岸を指差す。六花が目を凝らすと、次々にペンギンが海へと飛び込んでいくところだった。愛らしい見た目をしながら、その振る舞いはまさに勇猛果敢である。オールギンは語り続ける。
『かの企鵝達も……父は子を温め守り、母は家族の為に餌を獲る。魚達から見れば彼らは恐るべき捕食者であろうが……彼らもまた、鯱や海豹などの捕食者の脅威に晒されてもいる』
 六花はかつて見た光景を思い出す。漁に出るペンギンの姿を眺めていたら、水底から現れたシャチが大口を開いて出迎え、先頭のペンギンを一呑みにしてしまったのだ。突然の出来事に、茫然と立ち尽くしていた時の感情を、今も六花は覚えていた。
『餌を獲る為に海へ出て、そのまま帰らぬものも居るだろう。だがそれでも彼らは、海へ出たことを後悔はするまい。飢えて死なずに命を未来へ繋ぐ為には、海へ出る他、道はないのだからな』
 六花は黙り込んだまま、群れに眼を戻す。一際大きなペンギンの中には、生々しい傷を持つのもいた。それはまるで警戒するかのように周囲を見渡している。その姿は、生き抜こうとする意志に満ち溢れていた。未来に命を伝えるために、そのペンギンは今も命の灯を燃やしているのだ。
 六花は眼を閉じて自分に問いかける。本当の望みとは何だろう。大切な存在を奪った敵を討ちたい。真っ先に答えが出てきた。ならその後は。H.O.P.E.に所属して戦い、人間の世界はこの上もなく残酷な一面を持つのだと思い知った。その残酷な一面を恨みもした。だが、六花はその恨みに囚われて、見ないふりをしていた事にも今や気付いていた。
 自分の命を繋いでくれた両親の事を。復讐の為だけではない、生き抜く為の力を与えてくれた“彼女”の事を。幾つも思い出を作り上げてきた、仲間達の事を。
 恨みを振りほどいて眼を開く。どこまでも広がる銀世界。溢れる命の輝き。六花はたくさんの望みを思い出した。両親が見てきた物を、同じ南極に立って見てみたい。“彼女”やオールギンと一緒に、もう一度家族みたいに暮らしてみたい。色んな所へ旅をしたり、皆で遊んだり、たくさんの思い出を作りたい。一人の少女の素朴な夢が、六花の心の中には閉じ込められていた。
 深く息を吸い込むと、六花は静かに頷いた。その眼の輝きを閉ざし、歪めていた怨みの氷は今やない。自らの希望をしかと確かめた彼女の眼は、紺碧の海のように澄んでいた。
 六花はオールギンを見上げる。
「……復讐は、やめない。きっと、王を殺した時に、やっと……六花の人生は……また、始まるの。だから……この命に代えてでも、王は……殺す」
 己を突き動かす復讐心に決着を付けるため。燻る怒りや恨みを全て押し流してしまう為に、全力で復讐は遂げる。その意志に違いは無い。だが、その先の未来をも、六花はしかと見据えていた。
「でも……進んで命を棄てるような真似は、しない。王を殺して、その先で……三人で一緒に、楽しく暮らそう。その為に……それに、悲しむ誰かを増やさない為にも……王と、決着を、つけるの」
 この世界で生き抜く為に。命を未来へ繋ぐために。六花の答えを聞き遂げたオールギンは、僅かに眉を開いた。
『……上出来だ。答えが見出せたならば…我の手を取れ、六花』
 二人の身体は融け合う。その瞬間、生命の守護者として幾星霜を過ごしてきたオールギンの、世界を慈しむ語りつくせない想いが奔流となって伝わる。白霜のドレスを纏った六花は、天へとその手を掲げる。
 癒しの雪が降り積もり、ペンギン達の傷を癒していく。六花は柔らかな笑みを浮かべて、その光景を見つめていた。

『決戦は近い。六花よ、悔いなき道を進め』
「うん」

 雪解け おわり




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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氷鏡 六花(aa4969)
オールギン・マルケス(aa4969hero002)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
六花さんとは雪合戦の頃からのお付き合いだった気がします。
色々な戦いを通じて六花さんの想いには触れてきましたが、それを思い起こしながら今回は書かせていただきました。気に入って頂ければ幸いです。

ではまた、御縁があれば。
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2018年12月28日

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