▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『魔窟の人形遊び』
セレシュ・ウィーラー8538


 プリンタから出力されてきた書類に、セレシュ・ウィーラーは目を通した。
 結局、大した研究結果は記せなかった。
 技術的にも有益なものを期待出来る、興味深い素材であるのは間違いないのだが、不明点がまだ多すぎるのだ。
 工房の作業台に、遺体の如く横たえられた美しい身体。
 開きっぱなしの両眼が天井を見つめている。その美貌は、生きたまま時を止められたかのようだ。
 各部関節が、球体で繋がっている。そうでなければ、これを人形と見抜ける者が果たしてどれほどいるか。
 嫌みなほどに、完璧な造形である。
 特に太股の膨らみと胸の隆起には、人形であるにも関わらず、柔らかく豊かな肉感を覚えてしまう。
 生身である己の胸に軽く片手を当てながら、セレシュは憤りの笑みを浮かべた。
「ふふん……いつ見ても胸が悪うなるわ」
 かつての最強の敵も、今は物言わぬ人形である。
 ちらり、とセレシュは視線を動かした。
 工房の壁に立てかけてある、鏡。人形絡みの騒動を引き起こしてくれた物品の1つである。
「アレも何かしら関係あるやろ、自分」
 人形に、問いかけてみる。当然、答えはない。
「訊いても答えられへんよう、してもうたさかいな。ま、時間かけて調べたるわ」
 白衣のポケットの中で、スマートフォンが震えている。先程から、ずっとだ。
 ここまで執拗に鳴らしてくる。
 IO2からの仕事の依頼であるのは間違いなかった。


 虚無の境界が何かしらテロ行為を仕掛ける、にしては妙な場所ではあった。
 人工密集地ではなく、山中の洞窟である。
 その中を、セレシュはただ歩いていた。
 今のところ、何かをする必要がない。歩いているだけで、敵が勝手に消滅してくれる。
「気の毒になあ。相性最悪やろ、自分ら」
 ゾンビかグールかは判然としないが、とにかく動く腐乱死体の群れが全方向からセレシュに掴みかかり、殴りかかり食らいかかり、襲いかかり、そして砕け散ってゆく。
 砕け散る瞬間、白い光の紋様がセレシュの周囲に浮かび上がる。
 白魔法の、聖なる結界である。
「うち、白魔法は得意中の得意やねん。神聖系の防御魔法が歩いとるようなもんや。なんぼアンデッドぶつけても無駄、温泉に雪玉投げ込むのと同じやで。そこ、聞いとるか?」
「貴女は……IO2エージェント、ではないわね」
 洞窟内の、最も広い場所であろう。
 岩の大広間の中央で、その少女はセレシュを待ち構えていた。
「ふん……万策尽きて、こんな化け物に頼るしかなくなってしまった、と。長くないわね、IO2も」
 凹凸のくっきりとした身体に、喪服を思わせる黒いドレスを巻き付けている。美貌だけであれば、あの人形にも匹敵するであろう。
 自分の周囲でことごとく潰れ散ってゆく屍たちを見回しながら、セレシュは言った。
「この洞窟……なるほど、龍脈に繋がっとるんか。地球様の力でアンデッドを大量生産する実験と、そうゆうわけやな」
「虚無の境界の死霊術師として、私は必ず、この実験を成功させて見せるわ。貴女はね、私の栄光の踏み台となるのよ」
「こんだけの死体、どっから持って来たんや自分」
 訊くまでもない事を、セレシュは訊いた。
「用意でけへんやろ……生きとる人間、殺さん限りなあ」
「殺す人間は、ね……選び抜いたわよ、本当にねえ」
 少女の美貌が、怒りに歪んだ。
「何十年も執行されてない死刑囚、殺人鬼に性犯罪者、そんな連中ばっかりよ! 生きながら腐臭を垂れ流す、動く生ゴミども! 私がせいぜい役に立ててあげるわ、人類の大いなる霊的進化のためにねえ!」
 怨念の塊が、炎の如く生じて燃え上がり、セレシュを襲う。
 死霊の、大群であった。
 荒波の如く襲い来たそれらが、しかし聖なる結界に激突し、砕け散って消滅した。
「……ま、貴女に効くわけないとは思っていたわ」
 少女が、溜め息をつく。
 轟音が、遠くから響いた。
 洞窟の入り口が、崩落していた。そのような仕掛けがあったのは、どうやら間違いない。
「……奥へ進むしかない、っちゅうわけか?」
「この奥は迷宮よ。道筋を把握しているのは私だけ、もちろん貴女には教えない」
 少女が、暗く微笑んだ。
「……ここで、一緒に死にましょう。共に霊的進化の道を」
「うち鍼灸院やっとってな。正直、儲かってへんけど……テロリズムに走るほど生活困っとるワケやないでえ」
 言いつつセレシュは、片手を振るった。
 少女の額に、鍼のような光がキラリと突き刺さった。
「うちで助手と用心棒やっとった子が作った、人形化の魔法や。あの子もなあ、大学へ行ってもうた……ともかく。その魔法をな、ちょっと鍼灸師っぽくアレンジしてみました」
 少女は硬直したまま何も言わない。
 人形と、化していた。
「うちな、お人形操りの魔法も得意やねん。お人形絡みのトラブルで鍛えられとるさかいなあ……とりあえず、洞窟から出られる仕掛けのあるとこまで案内してもらうでえ」
 セレシュが指を鳴らすと、人形が歩き出した。洞窟の奥へと向かって、のろのろと。
 歩く人形の身体から、ドレスが、下着が、滑り落ちた。
 滑り落ちた衣類に足を絡め取られて、人形が無様に転倒する。そして、のたのたと芋虫のような動きをする。
 起き上がる、という行動を思い付けないのだ。
 セレシュは溜め息をつき、人形の足に絡まったものを取り去ってやった。
「……お人形の服脱がすとか、一体誰が得するねん。自分で頭使えへんと、やっぱ駄目やなあ。しゃあないからAI起動。おっけー、ごーぐる」
 セレシュがもう1度、指を鳴らすと、人形がむくりと起き上がった。
『ちょっと貴女……何の真似よ、それは』
「意識だけは元に戻したる。自分の事は自分でしなさい。この歳で着せ替え人形遊びとか堪忍やで」
『私だって他人に着せ替えてなんて欲しくないわ! 言われなくても自分の事は自分でする。まずは服を着るから、それ返しなさいよ』
「お人形のツルツルした身体やとなあ、人間用の服、滑り落ちてくるねん。ずり落ちないお洋服、後で用意したるわ。それまで我慢しいや」
『このっ……若作りの、老いぼれ魔獣がッ……!』
「うちを怒らせて殺されて楽になろうっちゅう魂胆やね。涙ぐましいわ、ほんま」
 セレシュは、人形の頭を撫でた。
「うちを本気で怒らすのは難しいでえ。あきらめて早よ、ここから一緒に出ようやないか。あるんやろ? 仕掛け」
『……なかったら、どうするつもりだったのかしらね』
 言葉と共に、人形が歩き始める。先程よりも、ずっと滑らかな動きだ。
 球体関節を滑らかに動かしながら、人形は顔だけをちらりと振り向かせた。
『……ちゃんと素敵な服、用意しなさいよね』


 登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見年齢21/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) この商品を注文する
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.