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『隣に…… 』
鬼塚 陸ka0038

 楽し気な街の喧騒を耳に、リクは大きな紙袋をいくつも抱えてリゼリオの通りを歩いていた。
 リアルブルーの故郷である国と違って、リゼリオにとって聖輝節は街をあげたお祭り。
 その準備と本番、そして余韻のムードは年の瀬まで続き、冬だというのにどこか浮ついた雰囲気が街を明るく包む。

 彼が抱える袋の中身は沢山の保存食やお菓子の山。
 それだけを見れば「冬ごもりかよ」と仲間に囃されるような姿だが、その実、彼らの言葉に偽りはない。

 クリムゾンウェストに来て4年。
 毎年、この時期には大きな戦いが控えている。
 別に人類も、歪虚も、示し合わせて行動しているわけではないのだが……今年もそんな予感がして、当たり前のように「療養」の準備に明け暮れる。
 食品を買い込み、薬や包帯を買い込み、この時期の必需品である燃料――と言ってもリアルブルーみたいに重い灯油を運ばなくてもいいのは救いだが――に、どうせ洗濯もできないだろうから使い捨てるつもりのお徳用下着セット。
 正月の買い出しをするかのように手慣れたお店巡りに、リクは思わず苦い笑みを浮かべていた。

――ヤなことに慣れちゃったな。

 口ではそう言っても、実際には嫌ではない自分がいる。
 かといって楽しんでいるわけでもない。
 そこにあるのはたったひとつの覚悟だ。
 
 王国歴1018年、キヅカ・リクは守護者となった。
 それは誰かに強要されたわけではなく、自ら望んだこと。
 だけどその願いはきっと、4年前の自分なら思ってもみないことだろう。
 ここまで生きていることが奇跡だった。
 いや……奇跡なんて言葉で片付けたら、またあの小さな大精霊に叱られてしまうかもしれない。
 
 当たり前の平穏を生きて来た彼にとって、めまぐるしいこの世界での生活は驚きと苦難の連続だった。
 己が望まなければ、誰も生きる保証を与えてはくれない。
 自ら生きることを選ばなければならない。
 それはリクの価値観を変えるのに大きすぎる役割を果たす。
 
 必死にもがいた。
 必死に生きた。
 だけどその都度心のどこかでは、ああ、ここで燃え尽きるんだろうな――そんな思いが常にあった。
 今はもういないあの子の場所へ……死を望みながら生きる。
 その矛盾こそが、彼の選択だった。

 だが、異界での出会いがそれを変えた。
 グラウンド・ゼロ――邪神爆心地で繰り返される『絶望』という記憶の檻の中で、必死にもがく人たちがいた。
 定められた運命、変えられない過去、訪れることのない未来。
 彼女たちにとって、決して救われることのない世界。
 だけど――ステージの上で彼女は、死を受け入れながら希望に手を伸ばした。
 その願いは、この世界で生き続ける友人のため。
 犠牲ではなく、光として残り続けるため。
 そしてついに彼女は、仮初の幻想とはいえ暖かな未来を掴み取った。

――自分も、同じように手を伸ばせるだろうか。

 それはいつしか自問ではなく、ひとつの望みとなってリクの心に抱かれた。
 もうちょっとだけ生きてみよう……自分が生きるということは、彼女たちが生きていたことを、輝いていた光の存在を世界に残し続けるということ。
 同時に「あの子」がこの世界に生きていたという証を、自分自身が認めていくことである。
 死にながら生きている彼女たちの光を、生きながら死んでいた自分が紡いでいく。
 大精霊にも怒られた、リクの中の矛盾。
 
――平凡では得られない願いを、平凡な自分が望む。
 
 それこそが自ら殻を破ろうとしている証であると、大精霊は教えてくれた。
 そして契約を交わした――生きること。
 
 生きながら死んで、死にながら生きていく。
 二重の矛盾の先に、リクはようやく、生きることを覚悟できた。
 
 この「療養」の準備だってそうだ。
 激しい戦いの予感がする。
 きっと自分が無事で済まないことも、何となくわかる。

 だけど彼は「帰って来ること」を疑わない。

 それは決して慢心ではない。
 約束――したのだから。
 生きることに正直になる。
 自らの望みを、希望を掴むために、生きることを必死にもがくと。
 たとえ孤独の道であったとしても躊躇はしない。
 リクは自分の可能性を担保に星の守護者と――叶える流れ星〈メテオール〉になることを望んだのだから。

 いつしか街は家族連れやカップルでにぎわい始めていた。
 そろそろお昼の時間か……そこかしこの飲食店から漂う香りがすきっ腹を刺激した。
 レストランのガラス越しに、食卓を囲む若い親子の姿が見える。
 ハンバーグの切れ端をフォークで突く子供の笑顔に心穏やかになりながら、ふと、子供――か、と独り言ちる。
 
 そう言えば、考えたことなかったな。
 彼女の光を、あの子の光を、自分は忘れず紡ぎ続ける。
 しかし、そうしている自分の光をいったい誰が紡いでくれるのだろう。
 「明日」とは想いの連続だ。
 昨日の想いが続いているからこそ、今日があり、明日がある。

――もちろん、あの子への想いを忘れたわけじゃない。

 それを抱き続けたまま役目を果たすのも悪くはない。
 いや――そうありたいと願った夜すらあった。
 だけど、そうしたら想いは、光はそこで途切れてしまうのでは?
 
 べつに強制されるものではないし、かといって誰でもいいわけでもない。
 プレイボーイであるつもりもないし、そうなることもないだろう。

――引きずっているのか。

 問われればきっと否定はできない。
 ただそれを「引きずっている」のではなく、「受け継いでいる」と言い返す心持はある。
 きっと正しく整理をつけられるのはもう少し先。
 いや、その実、そろそろつけるべきなのかもしれない。
 可能性を疑わないことを誓った。
 未来がひとつではないことを約束した。
 光を紡いでいく方法も――きっとひとつではない。

「……さむっ」

 不意に、自分の右隣が涼しくなったような気がした。
 その感覚を後押しするように、木枯らしがひゅうっと吹き抜ける。
 何か温かいものでも食べてから帰ろう。
 もともと日持ちする食材ばかりだし、ちょっとくらい寄り道したところでどうにかなるものじゃない。
 空腹を満たす匂いに連れられてレストランの扉をくぐる。
 暖かな室内の空気が、リクの冷めきった身体を優しく出迎えてくれた。
 
 
――了。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0038/キヅカ・リク/男性/20歳/機導師】
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2019年01月07日

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