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『女神創造 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルドは無職である。
 ――が、それはあくまでもこの世界において定義された職業に就いていないというだけで、女神という立派な地位があるのだから無職ではない。
 そう、私は女神ですから!
 肉体年齢で考えれば自分がいわゆる「ニート」であることから全力で目を逸らし、スノーフィアは冷蔵庫的なものからライムとミントを漬けた炭酸水を引っぱり出した。それを流れるような手捌きでウォッカへ注いでステア。ぐいーっと呷って息をつく。
 スノーフィアのキッチンにはさまざまな食料が自動補填される。生物から保存食、茶葉や菓子に至るまで、不足なくだ。
 ただし全体予算が決まっているらしく、彼女の謎クレジットカードでの支払いがかさめば支給品のグレードは下がる。いや、それでも十二分に贅沢というものではあるのだが。
 ええ。贅沢、なんですけど、ね。
 ハーブ塩を肴に強いサワーをぐいぐい、スノーフィアは自分の胸の引っかかり、その正体を探る。うん、さっぱりわからない。酒だ。ストロングすぎる酒のせいで頭がうまく回らないのだ。
 一旦グラスを置いて、『英雄幻想戦記』で憶えた“消毒”魔法を起動した。掌に生まれた清浄な青光が彼女の体内へ染み通り、酒精がもたらす酩酊のバッドステータスを醒ます。
 と、続いてストレージを開き、内に保存していた牛の赤身肉を“火”魔法で炙り、ハーブ塩を“浸透”させて味つけ、剣術スキルを応用した手刀の真空波で薄切りにして、今度はウォッカ抜きの炭酸水でいただく。
 冷蔵庫的なものまで歩いて行くのが面倒で考案したテクニック(?)だったわけだが。
「歩いて行くのが面倒って、これはもしかして最高にだめな感じのあれなのではないでしょうか……?」
 歴代『英雄幻想戦記』で常に隠しヒロインとして搭乗し続けてきたスノーフィア・スターフィルドである。そのスキル量はまさに膨大で、それをすべて、完璧に使いこなせる彼女はまさに女神級の力を備えている。
 それをして実現したものが、スキルの無駄遣いによる究極堕落生活とは!
 私はせめてスノーフィアの名誉に恥じない、健康的で文化的な生活を送るべきなのでは?
 しかし、健康はパッシブスキルだけで充分保てるし。となれば、文化ということになるのだが、元の“私”はままならないくらいおじさんで、文化的な楽しみと言えばゲームと酒くらいで。
「ゲームとお酒。ゲームで、お酒」
 スノーフィアは思い出す。シリーズ5作めは学園もので、製作・製造・錬金をテーマにしたアイテム作製ゲームだった。もちろんアイテムの合成レシピはほとんど憶えているし、それを駆使すれば必要なものはすぐにそろえられるはずだ。
「健康はさておき、文化的な生活を自分で生み出すことはできるかもしれませんね」
 一応、どこかからこちらを見ているはずの神様に“託宣”スキルで確認をとって、スノーフィアは動き出す。


 先日の無限城巡りの成果はほとんどを捧げ物にしてしまったが、換金率が低かったアイテムは手元に残してある。安値とはいえ、アフターダンジョンの物品だけに素材としての価値は高い。よって、まずはこれを使用できる土台を築くことを目標としよう。

 キッチンの奥にしつらえた作業台の上に、たった今ダンジョンから持ち帰ってきた“くず鉄”を置いて「エメレント・赤」、火を象徴するエレメントを召喚する。
「金をなめし、整列させよ。かくて揺らがぬ平らかさを顕わせ」
 くず鉄へエレメントが潜り込んで溶かし、スノーフィアの命令どおり、分子を均一に並べて板を成した。この上でなら、相当な無茶をしても作業台が壊れることはない。
 同じようにくず鉄をクリエイトして鎚を造りだし、ガラスの酒瓶を細かに砕く。こちらでフラスコやガラス管を造ったら、初級錬金術用兼素材精製設備が整った。
 錬金も精製も、一段飛ばしに事を成すことはできない。ひとつずつ課題をクリアして、積み上げていく必要があるのだ。
「次は、布の錬成ですね」

 簡素な麻の貫頭衣を生み出すまで一昼夜かかった。それを質の高い麻の貫頭衣にするまでもう一昼夜、簡素な綿の着物を開発するまでには三日である。
 麻から綿を生むなど、普通に考えればおかしいばかりなのだが、このへんはまあゲーム的な都合というやつだ。
 しかし、綿の開発によって“さらし”が作製できるようになったのは大きい。染め物用の色素を絞り出したり、料理の出汁や珈琲を濾したりと、できることが飛躍的に高まるからだ。
 同時に、作業の習熟度が上がることで、大量のエレメントを駆使できる強度を備えた設備をそろえることが可能となる。より高い成果をより短時間で得られる態勢が整うことで、鉄を鋼に換えて鋼から各種合金を錬成、綿から絹、化学繊維を精製するのにわずか10日というスピードを実現した。
「さて、ここからが本番ですよ」

 賢者の石、不老不死薬、オリハルコン、アダマンタイト。それら伝説級のアイテムを得るのはそう難しいことではない。一定以上のエレメントが召喚できれば、分子配列を変えるなど容易い。
 そう。無機物は比較的容易く入手ができる。問題は有機物――たとえば人と同じように思考するホムンクルスを“生育”させることだ。
 ホムンクルスは基本的に、生命活動を摸したプロセスを外部からの働きかけで維持させる必要がある。生命体ならぬホムンクルスは本能を持たず、複雑すぎる生命活動を自力ではこなせないのだ。
 しかしそれは、ホムンクルス自体が複雑過ぎるからとも言える。
 だからスノーフィアは、ごくシンプルなホムンクルスを生み出した。アメーバ状のホムンクルスである。それを色とりどりのエレメントを絶妙な配分で詰め込んだ反応加速炉にくべ、手を加えつつ数億年、数十億年分加速する。
 そして。
「――生まれましたね」
 それは最初のものよりは大振りなアメーバでしかなかったが、決定的に異なっていた。なぜなら自らの本能によって生命活動を繋ぐ、正真正銘の“命”なのだから。
 ここからは、進化です。
 スノーフィアは加速炉にさらなるエレメントを送り込み、さらにはひとすじの繊維を加えて、さらに時間を進める。
 アメーバはエレメントの奔流に耐えようと繊維へと寄り集まり、やがて繊維の遺伝子情報に沿って自らを変え始めた。
 長い時間をかけて遺伝子情報を完全再現したそれに対し、スノーフィアは空気中から収集したとある菌をかぶせた。エレメント・緑の助けを借りつつ、結果が出るのを待つ。
 うまく根付いてくれますように……
 果たして加速時間の内で泡立ち、膨れ上がっていくそれを取り出し、完全な清潔を保つオリハルコンの蒸留器で熱して、完成させた。
「ああ……やり遂げたんですね!」
 知性を表わす青に染めた絹のジャージ――見た目はくそださい体育ジャージ――へ収めた体を感動に打ち振るわせ、スノーフィアはクリスタルガラスのビーカーにしたたり落ちたそれを一気に呷った。
「――完璧な麦焼酎です!!」
“それ”とは麦であり、菌とは麹菌。彼女はここに醸造という名の奇蹟を実現したのである。
 ちなみに彼女の私室、厳密に言えばこの世界ではない。“託宣”で確認したことだからなんの問題もないのだ。
「無から有を生み出す! ここから私の自給自足生活ではなく、創造生活が始まります!」
 彼女はまだ気づかない。錬成にも精製にも膨大な素材と労力が必要となるので、結局は買ったほうが早いという真実に……。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】  
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月07日

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