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『とどのつまり日常 』
シリューナ・リュクテイア3785)&ファルス・ティレイラ(3733)

「これはだめね」
 棚を一瞥、迷いのない指を伸べて、シリューナ・リュクテイアはそれを抜き出した。
「ティレ」
「はぁい」
 すかさずエプロン+三角巾でその身を固めたファルス・ティレイラ(お掃除モード)が、両手でぶら下げていた藤のカゴを差し出して。
 シリューナは魔法薬の大瓶をその内に落とした。

 ――クリスマス商戦を乗り切ったシリューナの魔法薬屋では今、恒例の大掃除が実施されている。
 とはいえ通常の掃除はティレイラが毎日熱心にこなしているので、時折発動する“やらかし”に目さえつぶればまあ問題ない。よって大掃除と言いつつ、倉庫に収められたストックの魔力切れになった不良品の排除が主である……のだが。

「この薬って消費期限、まだぜんぜん過ぎてないですよね? どうしてこんなことになるんでしょう?」
 ティレイラの、もっともだが魔法薬屋店員としては拙い疑問に、シリューナは苦笑を返して。
「素材同士の魔力が干渉し合って、互いに反応してしまうことがあるのよ。一応は封印してあるんだけど、完全に封じてしまえば熟成も止まってしまうから」
 なるほどー。この説明にティレイラも納得。
 魔法効果とは、魔力の組み合わせによって起こす結果である。「魔力を編む」という表現をするものだが、これは異なる性質を持つ魔力を重ねて反応を引き出し、最終的に術者が望む効果を得るための行為。
 そして。ただの魔力を短時間で正確に、厚く重ねることができる――強大な効果を生み出すことができるからこそ、シリューナは大魔法使いと人に讃えられている。
「熟成が絡んじゃうと難しいですよねー」
 とりあえずそれっぽいコメントをして、ティレイラはシリューナがぽいぽいと落とす瓶をカゴで受け止めていった。
「少し魔力残ってるみたいですけどどうします?」
「火の魔力が入っているものは別にしておいて。心配ないとは思うけれど、可燃性のものといっしょにしておくと発火するかもしれないから」
 火魔法はティレイラ唯一の得意であり、出力だけならかなりの高位魔法使いの域にある。そしてその魔力の扱いに関しては、シリューナにもそれほど劣らないんじゃないかと思ったり。
「了解です! じゃあ、お手伝いしながらよりわけちゃいますね!」
 シリューナにくっついて倉庫を行き交い、その間にカゴの中から火の魔力を含む薬や素材を取りだして、トラブルを起こすほどの力がないことを確かめつつ、邪魔にならないよう動線を外した一角へ隔離。もう一度発火や爆発の不安がないことを確かめて、戻る。
 その間にどこぞを見回していたシリューナは彼女の戻りを迎え。
「ずいぶん見極めと手際がよくなったわ。火魔法に関してはティレに任せてもいいかしらね」
 大切な妹分にして魔法使いの弟子であるティレイラの成長に、やさしい薄笑みを見せた。
「まだまだです! でも、いっつも迷惑ばっかりかけちゃってますから、少しはお姉様のお役に立てたらうれしいです」
「……ええ、頼りにしているわ」
 はにかむティレイラからそっと視線を外すシリューナである。
 ミステリアスは彼女の代名詞だが、いつになくもやもやしているというか、包み隠したい感じというか。
「どうかしました、お姉様?」
「それ以上訊かないで」
 シリューナはがちゃがちゃと瓶やらなにやらをカゴに突っ込み、その麗しき肢体を翻す。
「ティレに訊かれれば答えなければいけなくなる。それだけ大切なあなただから――訊かないで」
 真剣にそんなことを言われてしまえば追求できるはずもなくて。
「わかりました。私、もう訊きませんから!」
「ええ、ありがとう。私は少し、個人的な片づけ物があるから、後をお願いね」
 去って行くシリューナの背にティレイラは誓う。
 私、お姉様の信頼にはずかしくない働きをしますからね!

 残されたティレイラはカゴの内へ魔力探知をはしらせ、火魔法の気があるものを選別した。その後は万が一の取りこぼしがないかを探して棚を巡る。もちろんシリューナがそんな真似をしでかすはずはないのだが、誰も予測しえないアクシデントというものが、この世界の片隅には潜んでいるもの。幾度となくそれを思い知ってきた彼女だからこその教訓である。
「同じ棚に並んでても大丈夫なものと大丈夫じゃないものがある。このちがいってなんだろ? 後でお姉様に教えてもらわなくちゃ」
 そしてできるだけ早く、一人前の魔法使いになる。シリューナと共に唄われるような大魔法使いに。
 ぐっと両手を握り締め、ティレイラはもう一回、棚の確認へ向かう。
 ――結論から言えば、それが失敗だったのだ。
 火の魔力にばかり気を取られていた彼女は見落とした。隔離した魔法薬の中には生薬があり、その保存のため、窒素化合物に酷似した魔素が加えられていたことを。それはまわりの火の魔力と反応し、硝酸カリウム……すなわち黒色火薬の素材として知られるものを成して、じわじわ熱を帯び始める。

 ぽん!
 ガラス瓶が小さく爆ぜ飛ぶ音をシリューナが聞いたのは、棚の再チェックを終え、今度こそより分けておいた物を処理しようとした帰路の途中だった。
 次いで響く、ぽぽぽぽぽん!
「まさかあれって!?」
 全速力で駆けつけたときには、小爆発の連鎖がちょうど終わっていた。
「あー」
 幸い、延焼や破片による他のものへの被害はなく、シリューナは顔をしかめながらも安堵する。最小限のやらかしですんだ! と、思いきや。
 冗談のようにゆっくりと、まとめておいた物々の横に立てかけてあった大きな石版が倒れていくではないか。
 爆風が壁と石版の間に滑り込み、押し出してしまったのだ。そんなことに思い至るより早く、駆け込んだティレイラは石版をがっしと受け止めた。
「おーもーいーっ!」
 超重量にぐぐっと押し込まれる。
 異世界の竜である彼女、その本性を解き放つほどに能力値が上がる。だから本当は竜人形態を取るべきだったのだが、そんな余裕はなくて。
 でも、こんなことで負けてられないんだから! だって私、お姉様に任せてもらったんだもん!
 文字通りの必死で石版を押し返し、これならいけると、そう思ったとき。
「え?」
 表面に美しい文様を浮き彫った石版。硬いはずの手触りが粘液のごとくにとろけ、ティレイラの手を、腕を、肩を、体を、その重みをもって押し包み、飲み込んでいく。
『これは封印の石版よ。叩くくらいなら問題ないけれど』
 先の作業の中で、シリューナはそんなことを言っていたことを、今さらながらに思い出した。私、あのとき火の魔力に集中してたからあんまり聞いてなかったけど!
『強い衝撃を加えることで封印が発動するわ』
 確かに、受け止めることで強い衝撃が加わってしまった。でもこれは不可抗力だったはず! とはいえもちろん、石版がそんな言い訳を聞いてくれるはずもなく。
「私またやらかしちゃいました〜っ!!」


 倉庫でティレイラの魔力が弾けてかき消えた。
 それを書斎から察知したシリューナは、プレジデントチェアの上で眉をひそめ。
「やっぱりやらかしたわね」
 この魔力のにおいからして、封印の石版が発動したことはまちがいない。
 どうしてティレイラはこう、引っかかる必要のない脅威をもれなく踏んでしまうのだろうか。
 でも。先ほど彼女は弟子の成長を喜びながら、残念に思ってもしまったのだ。
 一人前になってしまったら、ティレがうっかりやらかすこともなくなってしまうのね。
 世界で唯一の妹分。その愛らしさを弄ぶもといながめやるのは、シリューナにとってとても大切なひとときだから。たとえ石になろうが宝石に封じられようが未知の物質に変換されようが、この愛だけは変わらない。
「ええ、私の愛は不変よ? だから早く確かめにいかないとね。――あのカルバドス、まだ残っていたかしら?」
 うきうきと立ち上がり、いそいそとひとり酒宴の準備などして、愛しいティレイラが待つ倉庫へと向かうシリューナであった。


 床にばらまかれたガラスの破片を風魔法で隅へ押しやり、シリューナは倉庫の奥へ。
 果たして見いだしたものは、倒れ臥した石版である。
 それを重力魔法で鎧った指先で引き起こし、壁にもたれさせれば、文様に飾られ、浮き彫られたティレイラの姿が露わとなった。
 石版は黒一色でありながら、ティレイラは肌や髪から身につけているエプロンまで透白で、絶妙なグラデーションを描き出している。
「生体を結晶化させて、封じたものをはっきり視認できるようにしているのね」
 ライト付きのジュエリールーペでグラデーションをなぞり、その材質を確かめて、シリューナはほうと息をついた。
 石版の機能もすばらしいが、ここまで映えるティレイラという素材のすばらしさは筆舌にしがたい。
 特にこの表情! 今にも『私またやらかしちゃいました〜!!』という声が聞こえてきそうな困り顔! 芸術品に刻まれる表情にはテーマが与えられるものだ。否応なく封じられた少女が怒哀ならぬ困惑と自責を見せるのは、封印の石版の特性をもっとも端的に表わしていると言えよう。
「カッティングどころか研磨もしていないのに、この鮮やかさと艶。石版とティレの魔力が反応したにおいも格別だわ。レア度からしても、おいそれと値段はつけられないわね」
 グラスを傾け、カルバドスを喉へ流し込む。肴を求めることなど思いつきもしない。ティレイラの美と香りは極上なのだから。
 手触りは石よりもガラスに近い。石版のラッピングを押し割って現われたこの少女像は、まさに純正のティレイラということだ。
 吸いつくような手触りを指の先から手首までをいっぱいに使って確かめ、シリューナはさらにルーペのライトで少女の“内”を照らし出した。
 透白の内にはいくらかの内包物――気泡や傷――が散り、わずかずつではあったが光の透過をねじらせ、塞いでいる。
 こういうとき、宝石であれば含浸処理という、オイルや樹脂を染ませる処理を行い、目立たなくするのだが。
「これはティレの命の欠片だものね」
 心身に一条の傷も持たぬ者はいない。シリューナにしても、多くの傷を抱えてこの場に在る。
 思い出の泡も傷の痛みも、それがあってこそ、その人を成り立たせるのだ。
 だから私はあなたをごまかさない。そのままのあなたを愛でるのよ。
「ああ、でも。放射線処理で青く染めるのは捨てがたいわね! ティレの表情と反する冷めた色がもたらすアンバランスさ!」
 放射線処理は色合いの悪いダイヤモンドにラジウムやコバルトを照射する、文字通りのアレである。おそらくは結晶化している今のティレイラであれば、当てる放射線によって美しく染め上げることができるだろう。……生身へ戻ったときにどうなるかさえ考えなければ。
「これはたまらなく悩ましいわ。誰にも売ってなんてあげないけれど、どうしたら最高のティレを好事家どもに魅せてあげられるか、考えずにもいられない」
 頭の内でさまざまな処理について考えて、考えて、考えて。
 その間にも舐めるようにルーペを這わせて、内包物に障らせず、もっともティレイラを映えさせるライティング角度を考察した。
 石版自体が醸し出す風情を追い求め、せわしく角度を変えたり倒したり起こしたり、とにかく動かしてみた。
 あげくの果て、ティレイラから放たれる石像のそれを混ざった魔力を浴び、癒された。
 そして。結局はそのままのティレイラが最高だというところへ戻ってくるまでに二時間を費やした。
「私はいったいなにをしているのかしらね?」
 ようやく我に返ったシリューナは自分の心と対面する。
 今日は少しはしゃぎすぎよ。いったい私になにが――と、考えるまでもなかった。


「お姉様、また私のこと舐めるみたいに見たりお酒のおつまみにしたり怪しい電波当てようとしたりしましたね……?」
 プレジデントデスクにティーカップを置いたティレイラのジト目から視線を外し、シリューナは大きくかぶりを振ってみせた。
「放射線は当てなかったわよ? 結果的にね」
「やる気あったってことじゃないですかっ」
 お姉様は邪竜オブ邪竜ですううううう!!
 いつもの絶叫を華麗に聞き流し、シリューナは声の主をとなりのサイドチェアへ誘った。
「最近ゆっくり話もできていなかったものね」
 とまどいながらも座り、自分のカップを手に話し出した少女を見やり、シリューナは満足気に目を細めた。
 結局はティレなのよ。私の心を乱すのも鎮めるのも。
 乱すほうはもう堪能したから、次はあなたで鎮めて。
 しばらくの間だけでも私がいい子でいられるように、ね。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【シリューナ・リュクテイア(3785) / 女性 / 212歳 / 魔法薬屋】
【ファルス・ティレイラ(3733) / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】
 
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2019年01月07日

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