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『この命を渡せたら 』
メアリ・ロイドka6633

 もう何もいないその場所を、暫く見つめていた。
 朽ちた家屋。すえた臭い。無残に崩れた、それでも何かの残滓。
 先ほどまでこの光景に加わっているものがあった。それはもう跡形もない。すべて消えた。消した。
 今ここには、ただその余韻だけがある。
 メアリ・ロイドは暫しそれに、動けぬまま浸っていた。
「──……こうした雑魔は珍しいのですか?」
 硬直を破ったのは声だった。共に依頼をこなした仲間の一人。そう──ハンターの一人、として。
 自覚するその事実に、ふ、と息が洩れた。同時に、肩の力も抜ける。
 振り返るその先には、声の主、高瀬 康太が居た。
 暫し視線を合わせていると、彼は気まずそうに顔を歪めた。なんでだ……と、しばし考えて。
「あ、質問されてましたね、今」
 ようやくそのことが頭にまで届いて、声にしてからメアリは間抜けさを自覚した。
「今のは本気で、揶揄ったわけじゃないですよ? ただ本当、呆然としていて……」
「……まあ、そのようでしたね。聞こえていませんでしたか?」
「いや、大丈夫だ」
 内容は耳に届いている。彼がそれを問う理由も、一拍遅れたが理解できた。そう、リアルブルーで戦ってきた彼は、雑魔というものをよく知らないのだ。彼らにとって敵とはすなわち歪虚だった。こういう……もとは自然の物であった何かが、負のマテリアルに侵され変異する現象は、知らない。
「答えにくいなら、別にいいですよ」
「……いや、それも大丈夫だ」
 またもかけられた言葉を、メアリは首を振って否定する。別に、答えたくないわけでは……ない、と、思う。
 ただ少し考えていただけ。そう、こうした雑魔──こうした、とは?
 このくらいの強さの雑魔──まあ、そうだな。並程度だ、良く居る。
 こうした姿の雑魔──様々過ぎて一概に言い辛いが、滅多に見ないというものでは、無い、だろう。
 こうした、『未練』のはっきりした雑魔──
「まあ、ここまではっきり、『言葉』を喋るようなのは、雑魔としては稀、かもな」
 そうして、ポツリとメアリは答えた。
 彼は『珍しいのか』と聞いてきたのだ。半ば予想する形で。そうさせたのは己の態度なのだろう。こちらの世界でハンターとしてそれなりに場数を踏んでいるはずの。何か顔に出ていただろうか。頬を、唇を思わず撫でる。乾いているな、と思った以外は、普段と変わらぬ様に感じた──表情は、だが。
 視線を戻す。
 荒れた家屋に。
 先ほどまでここで、雑魔と戦っていた。
 嘆く女性の姿が、ここにあった。
 跡形もなく消えている。彼女らが討伐した。雑魔とはそういうものだった。

 ──事故で、子を先に亡くしたのだという。
 嘆きに嘆いた女性はその果てに奇行へと走った。自分の命をあげられたら、と。
 血を与え肉を与え、それでも目覚めぬ我が子に、己の命だけでは足りぬのか……と狂気を深め。
 余所の子供をかどわかし……だが、生前彼女が犯した罪はそこまでだという。憔悴し血肉を失い衰弱していた女性は、自警団に追い詰められそのまま絶命した。
 だがその未練は。妄執は。時を経て負のマテリアルを発生させ得るほどの物ではあったのだろう。
 かくて彼女が子供と暮らしていた、村はずれの一軒家。事件後誰も近づかなくなったそこに、雑魔が発生した。
 女性の妄執をそのまま形取った幽鬼と。子供ほどの大きさの不出来な粘度人形のような何か。
 足りない、足りないと『女性』が叫ぶたびに、人形たちはもがくように、人の形に近づこうと蠢いていた。
 その『彼女』を。『子供たち』を。メアリたちは撃ち抜いて、滅ぼした。
 その言葉も。『彼女』以上に、『子供』を破壊することにそれは狂乱する様も。生々しい感情があるようで、契約者でも歪虚でもない、雑魔のそれにもう意思など無かっただろう。見えているのはあくまで生前の残滓。
 救う方法など、消滅させる以外になく。その言葉の意味などを掬う必要など一切ないのだと。
 そういうものだと──ハンターとしての知識と経験で、分かっては、いて。
 冷えていくのを感じる。心が。
 何に対して?
 ……子に向けられる親の執着。そこに、当てられるものがあってだろうか。
 それは……愛なのだろう。理解してなおそれは、重く、昏い。
 死んだ子に思念というものがあったのならば、母の妄執をどんな風に見ていたのだろう。
 『彼女』の足元で、形を変え続けていた『子供』。子を再び創りだそうとした母親の残像なのか……それとも、親の望む形になろうとした子のあがきだったのか。
 定形と不定形の狭間に揺れ続けていた何か。
 ──あの時の私は、どんな形だった? 形を持っていたのか?
 当てられてしまう。
 想ってしまう。
 寒い……寒い。
 こんな雑魔は。
 こんな風に、立ち向かうものに何かを思わせる雑魔に当たってしまう事は。
「……珍しいとは思うけど、別にこれでもう二度と会わないだろうってほど無いってものでも無い」
 やがて、それを認めて──微かに苦笑して、メアリは補足した。
「この手の雑魔に、経験がねーわけじゃないんだけどな」
 ただそれでも。何度経験しても。何も感じなくなるわけじゃないだけ。
 機杖を握りなおす。落ち着きを求めるようにその機構部分に意識をやった。カチカチと、絡繰が立てる音、その振動を感じる。機械の動きは好きだ。安定して繰り返される一定。道具としての矜持。
 役目を忘れるな。すべきことを。何のためにここに立って、何を見せるべきなのか。
「高瀬さんは……冷静でしたね。ハンターとしての活動はまだ始めたばかりなのに、流石です」
 そうして、声音を元に戻して言った。そう……思い返せば彼は、『人型の敵』を相手によく動いていたものだと思う。
「まあ……友軍の危機に一々必要なことを躊躇いはしませんよ。……もとより宇宙軍とは、コロニーにおける紛争やテロ行為を想定しての組織ですし」
 ああ、そうか。
 これもまた、言われるまで意識しないもんだな、とメアリは反省する。
 元々宇宙軍が発足した時点で、異世界や異星人の襲撃、なんてものが真面目に想定されていたわけがないのだ。
 ……人の敵は人。それがずっと当たり前だったのは。治安維持組織がその想定で訓練をするのは。むしろ当たり前なのはリアルブルー、か。
「……。ちゃんと戦えていたのですかね。僕は」
 そうして康太は、メアリの言葉に少し納得がいかないように己の武器を見下ろした。
 まだ精霊と契約して間もない彼は、確かに純粋な威力で言えば、ここにいる他のハンターたちと比べその力を十分に引き出せているとは言えなかった。
「集団戦に慣れてるだけあって、的確に援護してくれただろ。心配しないで頼りにしてた。リアルブルーで戦ってたときと同じく」
「……」
 続けてメアリが、本心から言うと、またしばらく彼は黙考しているようだった。
 ……これ以上は、どう言葉を掛ければいいのか、メアリには分からない。
 これが普通の、駆け出しのハンターなのであれば、こう言うところだ。「あとは時間をかけて場数を踏めば、力は自然に身についていくから」──だが彼には。無いのだ。かける時間が。
 今のままで。これからでも出来ることを、必死に探しているのだろう。
 ……ああ。
 今日の敵のその様子が、突き刺さる理由が、もう一つ、有った。
 この命を譲ることが出来たなら。
 その想いに共感は……出来る。してしまう。
 全部はあげられないけど、分け与えることで彼の時間を少しでも伸ばすことが出来るのなら──きっと私は。
 だけどそんなことは叶わない。
 そんなのは……夢想なのだ。
「……やめてくださいよ、そんな目は」
 計らず、じっと彼を見てしまったのだろう。居心地悪そうに彼は身じろぎした。
「……分かってはいますよ。僕はこのまま行けば……母を遺して、居なくなるのだという事は」
 ポツリ。吐き出すように康太は言った。
 分かっていると弁えながら、彼もまたこの戦いの中で心を削りながら戦っていた。
「軍人の妻で、母です。覚悟はしているでしょう……とはいえ、では、あるのでしょうが」
 メアリの前で康太は目を閉じた。ゆっくり己の心を確かめ、そして決意を新たにするように。
「今から。この短い命をもう少し伸ばす方法は無いかなど。そんな期待に時間をかける気は、ありません」
 きっぱりと告げる彼に。
 どんな顔を向ければいいのだろう。
 ……どんな顔に、なってしまうのだろうか。
 また、ため息が聞こえた。
「弟が居るんです」
「……え?」
「身内が言うのも何ですが、聡く、優しい子です。僕のことも母の事も良く理解してでしょう、僕や父とは全く違う道を歩んでいます」
「へ……え」
 話の流れは良く分からないが、それはちょっと会ってみたいな、などとメアリは少しだけ思った。
「……託せる相手が、いますから」
 嗚呼成程。それが決断の一因でもあるわけか。勝手だとも思うけど、理屈としてだけなら理解はできる。
「貴女も。先ほどの言葉が完全に世辞でないというならば。僕の戦い方で役に立つことがあるのであれば、覚えていけばいいんじゃないですか」
 ……ああ、その通りだ。
 今度こそ、メアリは頷く。
 生きるものが死に行くものに渡せるものなどないならば。
 死に行くものが生きるものに遺したものを。
 せめて──背負っていく。
 命の受け渡しとはつまりそういう事なのだろう。それが摂理だ。
「──忘れねえよ」
 決意を込めて、メアリはトン、と機杖を床についた。
 わずかに残っていた躊躇いを消して、浄化術を行う。
 機杖が唸る。彼女の操作に応じるままに、不浄の気配をカードリッジに吸い込んでいく。絡繰りはただ定められた動作を繰り返し、滞りなく役目を果たす。道具は意志を持たず……手にするメアリが、それを見つめる視線に、何かを宿す。
 纏わりつくように残っていた嫌な空気──『彼女』が居たという、最後の僅かな欠片──が取り払われ、清涼になってくのを感じた。
 消えた。
 すべて消えた。
 やるべきことを、為した。
 それでも。
「忘れねえ」
 もう一度、彼女は呟いた。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6633/メアリ・ロイド/女性/20/機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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えー、この度は、高瀬 康太を巻き込んでのおまかせルール、とのご発注でございましたので……。
というわけで凪池式おまかせノベルルールに従い今回ランダムで選ばれた作業用BGMは──?

【反魂の儀】

でした!
うん、このサントラのゲームだと場合によっては出来るんですよね。
親より子が先に死亡した場合、代わりに親が死ぬ、というのが。
そんな場面に使われる、なんとも哀切極まりない曲なのですが。
まあこの世界ではそうもいかないので、静かにやりきれない会話をするというシチュエーションを曲に合わせてくみ上げて……とこうなりました。
また何というか……この二人の背景に対してこれか……と凄い引きになりましたねえ、と。
改めまして、この度はご発注有難うございました。
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2019年01月07日

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