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『乙女心を天秤に乗せて 』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394

 ティアンシェの唇から吐息が声もなく零れ、視界を一瞬だけ白く染めあげた。万霊節を前に始まったお祭りムードはその名残がなくなって日常へと戻ったのも束の間、今度は一足も二足も早く聖輝節に向けた準備が始まり。その聖輝節も過ぎ去ったかと思えば息つく間もなく年越しだ。勿論、歪虚との争乱に追われることもなく、四季折々の行事を楽しめるのは喜ばしくもある。けれど長く続けばそれが当たり前になるし、しばらく見ていないものを恋しく思うのが人で。年が明けて数日が経過した今なら、またいつも通りの景色が待っているだろうと思いながら、ティアンシェは買い物をしに街へと繰り出した。そうして目にしたのが、
(はわわ、もうバレンタイン、ですか……!)
 と驚くほどバレンタインデー一色に染まった店の数々だった。洋菓子店の前にはチョコレートケーキなど日持ちしないスイーツの予約を宣伝する看板が立てられているし、ハートのオブジェが飾られていたりもする。バレンタインデーといえば、女性が男性にチョコレートを贈るというイメージが強いが、花や衣服など、意中の相手に贈り物をの触れ込みで大々的に自分の店の商品を売り出している所も多かった。こころなしか普段よりも、恋人同士と思しき男女が仲睦まじく歩いている姿も多い気がする。
 そんな甘い雰囲気を放つ街並みを眺めつつ、ティアンシェは思案する。
(……今年はあの人に、何を贈ろう、かな?)
 まだまだこの時期には使ってもらえそうなマフラーは既に渡してある。いつもなら不恰好なものは手渡したくないからと買ってきたものを組み合わせたり、何か少し足したりと自分なりのアレンジを加えて渡すようにしているティアンシェだが、マフラーのときは事前に練習を重ねて、編み目を数え間違えないよう時間をかけて手編みにした。そんな努力の甲斐あって、市販のものと遜色ない――とまではいかないが、人前で巻いても平気なレベルになったはずだ。しかしながら、自分が器用なタイプではないことを知っているティアンシェだ。手作りの贈り物をしたのは本当に、数えるほどしかない。今も肌身離さず持っているスケッチブックに描いた落書きの、自分でも下手っぴと評するほかないクオリティを思い出して、一人でそっと苦笑いを零した。
 ブレスレットも渡したことがあるからそれ以外の何かで。そう考えたときに贈りたいと思うのは、決まって身の回りの物だった。前に前に進もうとしていても、彼の言動には捕らえ所がなく、勇気を振り絞って押そうが彼が戦場に出ていて逢えない日が続こうが、特別扱いはされても明確に自分たちの関係を言葉にしてもらったことはなくて。少しでも多く自分を意識してもらえる機会が欲しい、というのもあったし、単純に刹那的な生き方を選ぶ彼には未来を見据えたプレゼントは似合わないような気がした。
 刀を手に戦うあの人なら、その手を保護出来る革手袋は実用性もあり喜んでくれるかもしれない。手袋をつけた長い指で煙草を持つ画を想像して、きっと似合うだろうなと思う。ピアスやイヤリングだって普段は髪に隠れているのが不意に見えたら、思わずどきっとしてしまうほど格好いいに違いなかった。勝手にお揃いにするのもいい。照れてくれなくても、もしかしたら何か反応してくれるんじゃないか、なんて期待したくなった。
(……早めに何にするか、決めない、と)
 今日は休日ということもあり、買い物を済ませ馴染みの店が並ぶエリアを抜ければ、ちらほらと出店が出ているのも見えた。一期一会の素敵な贈り物が見つかるかもしれないと、そんな想像に好奇心をくすぐられながらティアンシェはそれらを見て回ってみることにした。出店の商品は既製品より質が低いことが多いけれど、型に嵌まらない個性的なものも多く面白い。一対一で話す為か、声が出せずスケッチブックを用いた筆談で言葉を伝えるティアンシェにも嫌な顔一つせずに接客する人も少なくない。
 ざっと眺めた限り、やはり店主の手作りアクセサリーや雑貨が多かった。ただ、半分だけのハートのペンダント――二つセットで、合わせれば一つのハートが完成する――というような、ペアで使うことを前提にしたものが目立つのはバレンタインならではだろう。
 と、しばらくは形に残るもののほうへと気を取られていたが、定番のチョコレートも一緒に渡すつもりで。そちらはそちらでクッキーやマフィンなど、ちょっと工夫を加えた選択肢も様々にある。少し前に見た店に戻って何があるのか見てみようか、と考えたところで引き返す為に振り向いた瞬間目に留まったのは、惚れ薬と書かれた値札だった。
 あれが巷で噂の、とティアンシェの中で激震が走る。――曰く、とある魔術師が人生の大部分を費やしてついに完成させただとか。辺境のとある村に伝わる秘伝の術が流出しただとか。そんな出所は不明だが浪漫の詰まった薬である。でも噂は噂だし、もし仮にそんな恋する乙女にとって劇物も同義な代物があるなら、裏路地でフードを被ったおばあさんが売っているに違いない。しかしその店は人の良さそうな男性が店主のようで、場所も多少人目にはつきにくいが詐欺行為を働いているとは思えない堂々とした振る舞いだ。だって、他の商品と一緒に適当に置いてあるし。無意識に髪飾りのロザリオに軽く触れ、ティアンシェは先客に紛れるようにそろそろと近付いた。
「お姉さんも惚れ薬が入り用かい?」
 話しかけられて思わず肩が跳ねる。元々会計をするところだったらしく、他の客が捌けて店主と二人になった。ティアンシェと同世代らしき彼女らが買っていったのか分からないが、惚れ薬は数本を残すのみとなっている。
「うちの薬は効果覿面だよ。一滴垂らすだけで数日、全部入れれば永続的な効果が得られるからね」
『ずっと、ですか……!?』
 ティアンシェが筆談で問いかけると店主は一瞬目を丸くして、しかしすぐに納得したような顔になると頷いた。そうして何の技術が元で材料は何でと説明が始まり――。
『……か、買ってしまいましたっ!』
 良心の呵責と期待の板挟みになりつつ帰ったティアンシェの手には、薄いピンク色の小瓶が握られていた。中身は無味無臭かつ無色透明なので相手に悟られる心配はないと、そんな使い方のアドバイスまで受けてしまった。
 十中八九偽物なのは分かっている。しかし、恋する女の子に夢を見るなというほうが無茶なのだ。何せティアンシェの恋はそれなりに年季が入っていて、なのにずっと片想いで。恋の病に溺れてしまい藁をも掴むような心境になる。なかったことにするべきか、いっそこの時期だから、チョコレートに混ぜてしまって――。
『これって、毒を盛ることになるのでは……?』
 偽物でも本当に毒薬というわけではないだろうが、効果が効果なので確認するのも容易ではない。それに、惚れ薬の力で好きになってもらって、本当に納得がいくのかという問題も付き纏う。
『でももし、好きになってくれたら……』
 どんなに嬉しいだろうか。そんな風に思ってしまうのも本音だった。恋人という形に収まってしまえば、きっともっとあの人のことを好きになれる。一歩前へと、少しでも近く。踏み込んでいって、そして彼の支えになりたいと願う。
 バレンタインまであとひと月。隠すように小瓶を握り込み、ティアンシェは一人懊悩し続けるのだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女性/20/聖導士(クルセイダー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ティアンシェさんの視点ということもあり、
表情や外見描写が全然入らなくて申し訳ない限りです。
口調も上手く書けていなかったら、本当にすみません!
純粋にお相手の方を想う気持ちと、長く続く片想いに
無茶な形でも進展を望む気持ちとが入り混ざっていて、
単純に微笑ましい、応援したいという風に思うよりも、
今後一体どうなっていくのかが気になるところでした。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年01月07日

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