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『黄金色のコロッケを求めて 』
小宮 雅春aa4756)&荒木 拓海aa1049)&最上 維鈴aa4992)&三ッ也 槻右aa1163)&迫間 央aa1445)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&春月aa4200

「黄金を探しに行かないか?」
 小宮 雅春のそんな一言から、冒険は始まった。
「――もとい、黄金色のコロッケを探しに行かないか?」
「なにそれ? 面白そう!」
 偶然雅春の家に遊びに来ていた春月は、香ばしい冒険の匂いに興味深々だ。
「ふふ、説明しよう。『黄金色のコロッケ』とは……その名の通り、通常のコロッケとは一線を画すという評判のコロッケなのだ。以前からとある商店街の片隅で売られていたが、ごく最近、SNSがきっかけで急にブレイクした」
 キラン! と眼鏡を光らせる雅春と、ワクワクを隠せない春月。
「へええ。美味しいの?」
 雅春はちっちっ、と人差し指を揺らして見せる。
「そんな陳腐なひとことでは語れないね。そもそも肉屋のコロッケといえば、衣のザクザク感といい具材のシッカリ感といい、他のコロッケよりワンランク上の存在だと常々思ってるんだけど、『黄金色のコロッケ』は選ばれしコロッケの中でも更に人気を集め、なんとコロッケ部門人気投票第一位を勝ち取ったのだ!」
「うわあ〜! 期待値上げてくるなあ! もうヨダレが出てきた!」
「……というわけで、次の休みあたり、件の商店街に出かけてみないかい? 他の人にも声掛けしてみるから」
 予想以上の春月の反応のよさに機嫌を良くして、早速スマホを操作しだす雅春。
 ちょっとした目的でも、仲間と一緒に繰り出せば途端にお祭りになる。
 春月はもうどんどんテンションをあげている。
「行きたい行きたい! もうそんなの行きたいに決まってるよ!!」


「黄金色のコロッケ?」
 荒木 拓海から掛けられた誘いの言葉に、三ッ也 槻右は目を丸くした。
「うん。良かったら一緒にどうかな」
 評判のコロッケにも興味はあるが、拓海としては嫁である槻右と一緒に出かけたい。よそゆきのおめかしをした槻右と並んで歩きたいし、できれば皆とも仲良くしたい。
「なになに? 数量限定販売の謹製コロッケ。中はしっとり、衣はサックサク! 満足度200%! 芳醇な香りの『黄金色のコロッケ』?」
 槻右は拓海の差し出したスマホでお誘いのメール文を読み上げた。
 メールの主は雅春、拓海とは依頼で一緒になるらしいが、槻右はちゃんと話したことはない。
「行ってみたいな。小宮さんには一度挨拶しておきたいし……あっ、行き先は商店街? 買い物してもいい?」
 まもなく年の瀬、新年を迎えるにあたって用意しておくべきものも多い。
「もちろん。荷物持ちは任せてくれ」
 表面的には落ち着いて答えたが、愛する槻右の新妻らしい言動に拓海は頬が緩むのを止められない。
 息を吸って吐くように自然に寄り添ってくれて、一見か弱そうなのに実は拓海のほうが頼り切っている。
(いい嫁貰ったなあ、オレ……)
 ふたりは新婚、拓海は内心、嫁にデレッデレなのである。


「黄金色のコロッケね……ちょっと大袈裟な気もするけど……」
 迫間 央は届いたメールを読みながら呟いた。
(でも、マイヤを幻想蝶から呼ぶにはいい口実かな……?)
 央の英雄、マイヤ サーアは普段は幻想蝶から出てこない。
 うっかり出歩いて、自分のいない間に央が危険な目に遭うことを――最悪、命を落とすことを、極度に恐れているのだ。
 外でレストランを予約して呼び出すのもいいが、出来れば自宅で、二人きりで食卓を囲みたい。
 少しだけ特別ななにかを手に入れたから、というのはちょうどいい理由になるだろう。
「コロッケは、前回の台風の日以来だな」
 台風の日にコロッケとはネット発のネタ習慣ではあるが、慣れると台風が近づくたびにコロッケを思い出す。
 嵐の前のざわついた非日常の空気と、日常の象徴のようなコロッケが絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
「マイヤ。ちょっと次の休日は出掛けよう」
 幻想蝶に話しかける。
 央は知っている、いつでもマイヤが央の言葉に耳を澄ませていることを。


「黄金色のコロッケ?! 行く行く! 一味違うんでしょ? だったら、絶対手に入れなきゃ!」
 メールを見てすぐ雅春に電話を掛けてきたのは最上 維鈴。
 維鈴は自炊が苦手で、しかも美味しいものには目がない。
「やっぱり早くから並べば買えるのかな? 起きれるかな? オレ」
 見えない尻尾をぱたぱたと振るように弾む声。
 興奮しすぎて前日眠れない、なんてことにならなければいいけど。
「早ければいいってもんでもないけどね。限定品だから、販売開始時間とかあるし」
 下調べは万全! の余裕を装ってはいるが、実は雅春自身は問題のコロッケを偶然にも購入したことがある。
「この季節、じっと並んでたら寒いよね? オレ、ペンギン着ていこうっと!」
 維鈴にとって、ペンギンドライヴは雅春との交換で手に入れたお気に入りである。
 ふんわりした見かけに違わず防寒機能は抜群で、暖かい。
「はは、ペンギンと一緒に商店街練り歩くのも楽しそうだなあ」
 雅春は笑んだ。今度の休日は楽しくなりそうだ。


     ◆


「小宮さん、今日はお招きありがとう」
 寒空の下、拓海は春の陽だまりのような笑顔を浮かべた。
 商店街の入り口のアーチ型の看板に『あ・さ・ひ・町・商・店・街』と一文字ずつ色褪せた文字が並ぶ。
 駅に近い好立地のせいか、休日の人通りは多かった。
 風雨に晒され、年季の入った店舗が多い中、八百屋や魚屋などの生鮮食品店では開店と同時に活気のある客引きの声が上がる。
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ」
 雅春も笑顔で手を差し出した。
「小宮さん、拓海がいつもお世話になってます」
 固い握手の横で、さりげなく槻右が家庭的な挨拶をする。
「荒木お父さーんっ! 今日は一緒で嬉しい!」
 春月が拓海を見つけて駆け寄ってくる。依頼で知り合った拓海を、今は父親の如くに慕っている。
「維鈴は遅れてくるって、メールが来てる。販売開始までに間に合えばいいけど」
 スマホを操作しながら、雅春が言う。
 余裕を持って10時集合にしておいたが、目的のコロッケは11時からの販売になっている。

「この通りを歩いたことはなかったのですが、シャッター街化する商店街も多い中、活気があるようでなによりです」
 央は英雄に合わせるため、いつもの通りのスーツ着用。
 その横に立つのは、純白のウエディングドレスに身を包んだマイヤ。目の覚めるような青い髪が風に流れる。
 昭和的な情緒溢れる庶民的な商店街の雑踏の中で、当然、道行く人々は振り返る。一体何の撮影なのかと。
『あの、この服、着替えてきたほうがいいのかしら……?』
 彼女にとってドレスは普段着であり、戦闘服。
 央の隣に立つには最も相応しい服――のつもりだったが。
 幻想蝶の中になら着替えが三着ほどあると言ったら、変な顔をされた。
「央……マイヤさんがドレスのまま何でもこなすとはいえ、婚約者にはもう少し服を買ってあげたほうがいいぞ……?」
 そのほうが男側の楽しみも増えるもんだ、とやけに真面目な顔で婚約者としての心構えを語りだす拓海。
「いや、単純にいままでそういう機会がなかっただけで」
 加えて央も、自分の服装にすら無頓着なタイプで。
「じゃあ今日買おう! いま選ぼう! うちらも協力するよっ!」
 春月が提案する。ちょうど目的のコロッケまで少し空き時間がある。
「ふふーん。……じゃあ、それぞれがマイヤさんに似合うと思う服を選ぶってのはどう?」
 幸い、服を売る店ならこの商店街にいっぱいある、と雅春も頷く。目的があったほうが、散策も楽しい。
「コーディネイト勝負か。じゃあオレは槻右と一緒に選ぶよ」
 拓海はさりげなく決定権を槻右に預けるつもりだ。そして槻右について店を回る。
「美人だし、スタイルもいいから何でも似合いそうだよね」
 槻右のほうは、最近増えた家族と一緒に服を選んだりして、他人の為に選ぶ楽しみもあるのだと知った。

『……あ。思い出したわ。夏が来るたび水着は新調しているから、それを入れたらワタシ、六着は持っているの!』
 これで央の名誉回復ね! とマイヤは自信満々で宣言したのだが、やはり皆には変な顔をされた。
(普通って、結構難しいわね……?)
 戦闘以外で、央の隣に立つ難しさを改めて実感したマイヤだった。


     ◆


 その少し前。
「うわあ〜〜〜! 寝坊したあ〜〜〜〜〜!!」
 目覚まし時計2個と、スマホのアラームをセットするも寝ぼけたまま全て止めてしまい、結局起床予定時間を大幅に過ぎて大慌てしている維鈴がいた。
 布団が。布団があったかくて包容力に溢れているのがいけないんだ……! と全力で責任転嫁する。
 えいっと気合を入れて布団と決別し、かわりにもっこもこのペンギンドライヴを着用する。
 今日の維鈴は犬ではなくペンギン。
 強いペンギン。暖かいペンギン。そして速いペンギン。
 どうやら遅れそうだと雅春にメールを入れ、全速力で急ぐ。


     ◆


「じゃーん! 僕から発表するよ〜! あったかニットとタイトスカートで、家庭教師のお姉さん風〜!」
 雅春は青い髪に寒色を合わせがちだからと、あえて暖色のブラウンを基調に。
 ハイネックのニットにボリュームがあるので、コートは薄手のトレンチ。伊達眼鏡を添えて。
「こういうお姉さんが家庭教師に来たら、勉強頑張っちゃう子とかいそう」
「それか、逆に気になって手につかなくなったりねっ☆」
 槻右は春月と兄妹のように並んで感想を言い合った。
 等身大着せ替え人形になったマイヤは、訳がわからないまま次の服に着替えるべく試着室に引っ込む。

「次は、僕が選んだ服だね。カジュアルで動きやすい服もあるといいだろうと思って、ジーンズにボリュームのあるモッズコートを合わせて」
 戦闘はドレスで問題なくこなすマイヤだが、生活していくならカジュアルも必要だろうという、槻右の家庭人らしい心遣い。
 フードについたふわふわのファーがカジュアルの中にも可愛らしさを醸し出している。
「上品な人はカジュアルウェアも上品に着こなすねえ」
「やっぱり槻右のセンスって好きだなあ……」
 はちぱちぱち、と手を打って笑顔で賞賛する雅春と、何を喋っても嫁に辿り着く拓海。 
 春月のコーディネイトのために、更に店を移動する。

「お嬢様風って似合うんじゃないかと思って。シンプルにツーピースと、ドレープが美しいケープコートでコンサバファッション!」
 春月の選んだのは上質なフォーマルウェア。
「マイヤさんはいつものウエディングドレスがフォーマルだから、シンプルなフォーマルも違和感なく着こなせるんだね」
「スタイルがいい人に着せ替えするのって、めっちゃ楽しい!」
 槻右と春月は、互いのチョイスを褒めあう。
 央はケープコートを見るとつい鉄道で銀河に旅に出るアニメを思い出してしまうのだが、若者もいるので黙っておいた。

「じゃあ、迫間さんの選んだグランプリはどれかな?!」
「私が選ぶんですか?!」
 ニコニコと笑顔を浮かべ、雅春は央に迫る。
「婚約者だからねー。ちなみに財布も迫間さんが出す」
「じゃあ……雅春さんの選んだ、ニットのやつで」
 属性はともかく、マイヤにはこの寒さの中で、もう少し暖かい格好をさせてもいいのではと思っていた。
 英雄は暑さ寒さを、あまり感じないのだとしても。

「じゃあマイヤさん。着替えたらポーズとって。そこのポスターみたいに!」
 会計を済ませて着替え、別の店で同系色のストッキングとブーツも揃えた。
 スマホを構えた雅春が指し示したのは、男女モデルが新作の服を着て腕を組むポスター。
(こういうポーズが『普通』ってものかしら……?)
 普通の感覚がわからないマイヤは、言われるままに央の腕にほっそりとした腕を絡める。
「次は、うちも一緒に入るよっ! 撮って!」
 カシャッとシャッター音がするやいなや、春月が次のショットを要求した。マイヤの右側にぐいぐい入る。
「ツーショットのあとは、皆で撮るのが定番だよな」
 拓海も槻右の手を引き、反対側に並ぶ。
 あまりベタベタした写真は槻右が嫌がるが、皆と一緒ならば拒否されまい。
 穏やかな午前の陽光の下、笑顔が並ぶ写真が次々に増えていった。


     ◆


 その頃、ようやく商店街の入り口に辿り着いたペンギン、もといペンギンの着ぐるみを着た維鈴は、どこからともなく漂ってくるいい匂いに鼻をひくひくさせていた。調理された肉、ジャガイモ、そして油。
(これはまさしく……コロッケの匂い!!)
 起き抜けで急いでやってきた維鈴は腹ペコだった。
 同時にそれは、食べ物に最も鼻の利く状態でもある。
 クンクンと匂いを辿っていくと、商店街の一角に軽く列が出来ていた。空っぽのお腹がくうぅ、と物欲しそうな音を立てる。
 カウンターの向こうでは、三角巾を被ったおばあさんがトングで次々にコロッケを揚げていた。
 揚がるそばから二個、三個、十個と売れてゆく。
 一個六十円と、軽いスナックとしても手頃な値段。店の前にはベンチがあり、座って揚げたてのあつあつを頬張る人もいる。
「とりあえず七個……いや九個!」
 列はすぐに進み、皆はどこに行ったんだろう? と思いつつ人数分に自分がすぐ食べる分を足して注文する。
 すぐに、店の名前がゴム印で押してある紙袋に入って、熱々のコロッケが出てきた。
 ほっくほくのじゃがいもに、塩コショウで炒めた挽肉と玉ねぎ。素材の味が生きているうえに、サクサクの衣が中の風味を逃がさないようギュッと閉じ込めている。ソースなんかなくともほっぺたがキューっと落ちそうになる、懐かしい味。
「あー、ペンギンさんっ」
 小さな子が維鈴を指して言った。
「お店のマスコット? 写真撮っていーい?」
 二人連れの女性がスマホを片手に寄ってくる。
「いいよ〜! 順番ね!」
 愛想良く、維鈴は答えた。特に断る理由はない。
 肉屋の判子のついた紙袋を持って、笑顔でカシャリ。コロッケを食べながらカシャリ。
 そのうち、お母さんにコロッケを買って貰った子供が寄って来た。子供を抱っこしてカシャリ。
 そうこうするうち、コロッケ待ちの行列はどんどん長くなってくる。
(みんな、ちゃんと買えるかな……?)
 心配になってきた維鈴に、肉屋のおばあさんが唐揚げをひとつサービスしてくれた。
「宣伝、ありがとね」

「ペンギン、見ーっけ!」
 元気な声がした。春月だ。
 春月は維鈴とは初対面だが、ペンギンという特徴がわかっていれば見間違うはずもない。
「やっと合流できた。みんな、本命の店のほうに行ってるよ」
 服を選んだ後、それぞれ聞き込みをしたり脚を使って探したり、のんびりと一店ずつ見て回ったりと、それぞれに散っていった。
 雅春と春月は遅れてきた維鈴が迷わないよう、探しに来た。
「ココがそうじゃないの? ホクホクのサクサクで、衣は黄金色!」
 維鈴のように、類似店という罠に嵌るのも一興。
「名店はもっと隠れたところにあるんだよなあ。でも、手ごわいライバル店があるのも、名店の条件かもね」
 維鈴に分けて貰ったコロッケを雅春も味見する。飾らない、昔ながらの味。
「あぁー! ズルい、うちもー!」
 春月も分け前を要求する。
 こういうときの御相伴というのは、いろんな意味でオイシイのだ!


     ◆


「迫間さんじゃないですか! この間はどうも」
 その頃央とマイヤは、商店街を歩く市民、Aさんに遭遇していた。
「こちらこそいつも、お世話になっております」
 央は仕事用の顔で応えた。
 公務員とは公僕であり、こういうときのプライベート権はないに等しい。
 選挙のように人手が必要なときともなれば相手のプライベートな時間で協力をお願いする。
 Aさんはいざというとき頼りにしている地元の有力者なだけに、無碍にもできない。
「そういえば、お聞きしたいことがあったんですか……」
 休日の市民から、雑談とも意見ともつかないような話題が飛び出てくる。
 市政への質問は時間内に窓口へ、と言いたいのを央はぐっと堪えた。
「ごめんなさい、そのへん私にはわからないので、後日担当から連絡させますね」
 公僕であるからこそ、曖昧な知識での回答は厳粛に慎まねばならない。
「ところで、お連れの女性はどなたですか?」
 窓口業務のときも実はマイヤは一緒にいるが、幻想蝶の中。
 英雄と答えるべきか、それとも……。
「婚約者です」
「そうですか。それで、ご結婚はいつ?」
 流れるような会話。きっと善良な市民として何千回と繰り返した挨拶で、深い意味はないのであろうが。
 さっきのは最適な回答だっただろうかと迷う。
「……ええ、そのうちに」
 最も無難であろう答えを返しておく。無難なはずだが、妙に汗が出る。
「ところで、今日は『黄金色のコロッケ』というのを買いに来たんですが、ご存知ですか」
「ああ、サトウさんとこのコロッケですか。あれは並びますよ。すぐに行ったほうがいい」
 強引な話題転換だったが、幸いにも相手が目的の店を知っていた。
 持つべきものは地元情報に詳しい知り合いと、急ぐべき用事。
 軽く会釈をし、教えてもらった路地へと急ぐ。
「では私達はこれで。情報提供、感謝します」 


     ◆


「凄い人だねえ。これ全部コロッケ買いに来た人?」
「コロッケ用の列だから、そうなんだろうな」
 槻右と拓海は、狭い路地で行列に並んでいた。通行人の邪魔にならないよう、店の脇の路地に列が出来ている。
 11時からの販売のはずだが、ここに来たときにはもう長蛇の列が出来ていた。
 正月用の干支の置物とか、注連縄とか、乾物もかなり魅力的なものが並んでいたのだが後回しにして良かった。正月用品は昼過ぎに売り切れるということはないだろう。
 昨年の暮れに拓海と結婚してから、更に家族も増えた。
 正月は家族と過ごす祝日。ハレの日に相応しく家族で飾りつけよう。皆の好きなご馳走も作ろう。
 外では危険な依頼が続くが、帰ってきて安らげる家にしよう。
 槻右はそう思っていた。

「流石にもう行列が出来てますね……」
 央とマイヤも到着。そのまま最後尾に並ぶ。
 そのうち、パチパチと油の弾ける音がして、強烈に空腹を刺激する匂いが広がる。
「数量限定商品ですので、おひとり様三個まででお願いしまーす!」
 店員が出てきて声掛けをしている。列が動き始める。
「ひとりあたりの数も制限あるんだね。買い占めちゃうと他の人の分がなくなっちゃうもんね」
「槻右はどうしたい?」
 先頭近くに並んでいた槻右と拓海は、早速難しい選択を強いられる。

「ほら、もう始まってるよ!」
 春月が雅春、維鈴と連れ立ってやってきた。
「雅春があそこで唐揚げをもう一個注文するから〜」
 と、維鈴。
「いや、開始時間にこれほどの行列になっているとは……これがSNS発の評判の力ってやつかな?」
 美味しいものとの出会いは一期一会だからねえ、と悪びれずに列に並ぶ雅春。
 店内では何人もの店員が働き、注文を聞いたり包んだりレジを打ったり、忙しく働いている。
 その奥では揚げ油が賑やかな音を立て、客の手に渡されるのは揚げたて熱々のコロッケ。
 どっしりと存在感のある大きさで、値段も一個二百円。
 家族の分を手に入れるため、子供と一緒に列に並ぶ主婦の姿も。
 持って帰って昼食のおかずにしたり、その場でかぶりついたり。
 それぞれに、幸せそうな笑顔が溢れている。
「さすが日本の国民食、コロッケ……。無限の可能性を秘めているねえ」
 のんびりと待っていた雅春の直前に、『売り切れ』の看板が割り込んで列は断ち切られた。
「あぁ〜〜! あああ〜〜〜〜!! だから急ごうって言ったのにぃぃ!」
 あまりに無慈悲な断絶に、悲痛な声を上げる維鈴。
「落ち着くんだ。僕達は急いださ。これが時の運ってヤツなんだ。メンチカツでも奢るよ」
 元々雅春は、買えなかった場合のプランBとしてメンチカツの購入を予定していた。
「まあ、遅れてきて他店で宣伝マスコットやってた人もいたし……」
 そして春月も維鈴にコロッケを分けて貰った。美味しかったし、楽しかった。

「……あの、これ良かったら三人で分けて」
 拓海が、自分の買った分を差し出す。二人で二個買ったうちの一個。
「え、いいよ、きみ達が食べて」
 雅春は断るが、レジで配っていたプラフォークを使って槻右はザクザクとコロッケを三つに割る。もう一個のコロッケも二つにして、自分達用に。
「拓海と相談して、買えない人がいたら分かち合おうって。そのほうが美味しいから」
「わあーい! 荒木お父さんも三ッ也お兄さんも、大好き!!」
 春月は二人からの奢りということで、喜んで受け取る。
「荒木さん達がそういう計算だそうなので、私達も数は控えておいたんですが、ギリギリ届かなかったようですね」
 央とマイヤも、競争率を鑑みて二人で一個。
 マイヤもプラフォークで半分に割り、添付のナプキンで包む。
 さすがはカレー南蛮を食べても汁一滴はねない超絶技巧の持ち主、揚げ物なのに欠片ひとつも落とさずやってのける。
「あっ、他の店のコロッケも、皆の分もあるんだ。あとで食べ比べよう!」
 維鈴は紙袋を出すが、まずは手に入れたばかりの『黄金色のコロッケ』が先。
 大きめのコロッケだけに、衣もザクッと厚く。中身はベシャメルソース入りでトロリとし、飴色に炒めた玉ねぎと肉汁たっぷりの黒毛和牛で、ほんのり黄金色に染まる。
「牛肉が粗挽きで、凄く存在感ある! 一口ごとに肉の香りが鼻からきゅぅーっと抜ける!」
「これは、かなりいい肉を使っているんでしょうか。確かにちょっと他とは違う……」
「口のなかでトロけるうぅぅぅ」
「溢れんばかりの肉汁をジャガイモが受け止めて……ベストマッチな素材だな、オレ達みたいに」
 維鈴、央、春月、拓海はそれぞれに感想を述べる。
「なになに……? 肉屋のコロッケが美味しい秘密は、脂身から採る新鮮なラード? 油が衣に肉の香りをつけ、高い温度でカラッと揚げる? 家庭での完全再現は難しそうだね……」
 槻右はスマホで『肉屋 コロッケ 作り方』を検索して溜息を漏らす。買ってきたラード、男爵イモ、隠し味にスキムミルクくらいなら家でも出来そうだ。買い物メモに材料を書き足す。

 マイヤはフォークで少しずつコロッケを口に運びながら、ぼんやりと物思いに耽っていた。
(ワタシはいままで、『いまはまだ』って状態だと思っていたけれど、『そのうちに』であるとも言えるのよね……)
 些細な言葉のあやではあるけれど、『婚約者』というものが世間的にどう見られるのか、あらためて実感したマイヤだった。


     ◆


「お正月飾りよし、小豆、干し椎茸、するめ、昆布よし。もち米よし。野菜よし。あとは肉」
「すごーい、本格的。おせち料理も作っちゃうの?」
 槻右の買い物の中身を見て、春月は感嘆する。独り暮らしとは質的にも量的にも別次元。
「春月も皆も、いつでも遊びにおいでよ。人数は多いほうが楽しいし」
「ホント?! うち、行っちゃうよ? あっ、お手伝いもするね!」
「近いうちに、コロッケパーティもしよう」
 槻右は今夜皆でコロッケを作ろうか、と提案するつもりだったのだが、何十年もコロッケを作り続けた肉屋のコロッケを食べて考えを変えた。もう少し自分なりに研究して、納得するものを出したい。
「そのときはオレも呼んでね〜!」
 ペンギンを着た維鈴が、最後尾から参加の意を伝える。
 英雄へのお土産には、最初の店のコロッケを買った。維鈴が食べ物の恩に弱いというのもあるが、家で作って欲しいのはこういう素朴な味だから。

「マイヤ、疲れてませんか?」
 ときには幻想蝶の中ではなく外に出て一緒の時間を、と央は思ったのだが、予想外に慣れない事ばかりさせてしまった。
『ワタシはこのくらいで疲れたりしないのよ。だって強いもの』
 マイヤは優雅に微笑む。
『それに、戦闘だけでなく、日常でも央の隣に立ちたいと思っているのよ。いまはまだ未熟でも、『そのうちに』ね……』
 
 雅春は、同行者の顔を見渡して満足そうな笑みを浮かべた。
 留守を任せた英雄に贈る為の、アンティーク風のアメジストのイヤリングがポケットで密やかな音を立てる。
 『黄金色のコロッケ』が手に入るか否かは、時の運。
 本当に見つけたかったものは、日常の中に潜む『わくわくするもの』。
 それは黄金のように、日常を輝かせる。

 例えばいま、こんな風に。


     ◆


 その後あさひ町商店街では、ペンギンのマスコットが誕生したとかしないとか。
 それはまた、別のお話。







━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【小宮 雅春(aa4756)/男性/ 24歳 / 冒険仕掛人】
【最上 維鈴(aa4992) / 男性 / 16歳 / 着ぐるみ名人】
【三ッ也 槻右(aa1163) / 男性 / 22歳 / 拓海の嫁///】
【荒木 拓海(aa1049) / 男性 / 28歳 / 槻右は嫁!】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 奇稲田姫】
【春月(aa4200) / 女性 / 18歳 / キグルミ戦士】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

このたびは御発注ありがとうございます。桜淵トオルです。
食べ物は美味しそうに、雑踏は楽しそうに、を主眼に置いて書かせていただきました。
マイヤさんのワードローブは過去納品から拾いましたが、現状と違うということであれば直させていただきますので気軽に修正お申し付けください。
皆様の日常が、輝きますように。
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リンクブレイブ
2019年01月07日

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