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『生死の翼 』
善知鳥aa4840hero002)&墓場鳥aa4840hero001


――墓場鳥(aa4840hero001)と善知鳥(aa4840hero002)――

 はじめは

 漆黒の 純白の
 蝶の如きものだった

 二羽は互いを識り けれど交わることはなく
 常世と現世に隔たれた 或いはそのものだったのかもしれない

 いつしか人々もまた“それ”を識り
 ナハティガル、ベアトリスと呼んだ

 そう これは生死を織りなす二翼の鳥の物語

――ベアトリス――

 千日降り注ぐ雨に打たれ続ける、寂れた教会。その裏には墓地が広がっている。教会から足を踏み入れれば、大理石を丹念に彫刻した厳かな墓の列が眼に入る。更に足を踏み出せば、山の岩を粗く削り、碑文を刻んだだけの質素な墓の列が目に留まる。そこからさらに進めば、木組みの十字架を突き立て、剥がれた石畳を埋めて名前を刻んだだけの、粗末な墓の列が目に焼き付くだろう。
 この世界では、当たり前のように死が訪れる。愛しあった男と女、親と子がいとも簡単に引き裂かれる。火と鉄の輝きの下で。長雨降り注ぐこの世界には戦が絶えない。太陽の燦と輝く大地、それを人類は楽園と呼んだが、その地を奪い合って常に争いを続けてきたのである。
 見よ。墓場の隅で、一人の乙女が泣いている。彼女の前にある墓は、黒檀の十字架で出来ていた。墓標代わりの石畳も、丁寧に形が整えられている。大抵の人間が祈りを捧げる間もなく墓穴へと放り込まれる中で、ここに埋められた男だけは、未だ人としてその死を重んじられていた。それだけの地位が認められていたのだ。
「何故、貴方は死んでしまったのですか」
 乙女は嘆く。傘を放り出し、金色の髪、黒い喪服を濡れるに任せて、彼女は目の前の墓標を手で撫でる。雨は尚もしとどに降り注いだ。
「共に年老いるまで生きると仰ってくれたではないですか」
 痩せ衰えた乙女は、掠れた声で怨み言を吐き続ける。くすんだ碧色の瞳で、乙女は虚空を睨んでいた。その怨みは、一体何処へ向けられたものだろうか。
「私にとっての楽園は、貴方の腕の内にしかなかったというのに」
 乙女は腰に差した銀の短剣を抜き放つ。目の前の墓に眠る男から贈られた、呪詛を断ち切るための刃。
「この現世で生くる事叶わぬというならば、せめて……」
 声を震わせると、短剣を逆手に持ち替え、倒れ込むようにその切っ先を喉笛へ突き立てた。深紅の血が流れ、土と墓を染める。乙女はぶるりと震え、墓へ折り重なるように倒れ込んだ。
 今や、乙女こそが呪詛へ変わり果てたのである。

 楽園を巡る戦。血と鉄、死の臭いを長雨が押し流していく。剣を槍に、弓を鉄砲に代え、人は常に争い続けたのである。百年経っても、その争いに終わりは見えない。
 しかしある時を境に、奇妙な事が起きるようになった。今も、一人の伝令が泥濘を踏み分け、一張りの天幕へと急いでいた。
「卿! 卿! 一大事にございます!」
「何があった」
 天幕を開き、伝令は髭を蓄えた騎士の前に跪く。彼の尋常ならざる顔に、騎士はおもむろに立ち上がった。
「鉄血公が、敵方の陣中にて死んだようです。全身が黒ずみ、あちこちに血溜まりが瘤のように張り出した、異様な死に姿であったとか」
「奴が……」
 鉄血公。火器と傭兵をいち早く取り入れ、地上の戦をより血生臭く変えた張本人であった。私闘に次ぐ私闘で勢力を広げ、テウトネスの帝国から楽園を奪い取るのは彼であろう、とまで言われていたのであるが。
「死んだか。これは好機か。直ぐに支度をさせろ。打って出る」
「は、はあ。しかし、もう一つお耳に入れなければならない事が」
「何だ」
「下手人の話です。鉄血公が死んだ晩、端女とも修道女ともつかぬ女が、陣中をうろついていたとの噂が立っております」
 面を伏せたまま、伝令は応える。その声は恐怖に震えていた。
「善知鳥ではないか、と」
「下らん。童歌の中にしかおらぬ存在に何故怯える事があるのだ。早く行け」
 しかし騎士はあっさりとしていた。伝令を追い散らし、彼は再び椅子へ腰を下ろす。
「今こそ、我らが楽園を手にする……」
 時。そう口にしたつもりの騎士であったが、不意に言葉が途切れる。無数の白い羽根が口の中に堆く積もり、塞いでしまったのである。
「その為に、一体どれだけの血がこの大地を汚すのでしょうか」
 背後から、謡うような声が響く。振り返ると、深紅の瞳を持ち、修道服に身を包んだ黒髪の乙女が立っていた。彼女は微笑み、騎士の顎を撫でる。
「貴方にはわからないのですか。この世界に降り注ぐ雨は、失われた命の嘆きなのだと」
 騎士は呻く。喉へと羽根が押し込まれ、息をする事さえ出来ずにいた。
「これはわたくしどもの怒りです。戦う事を止められぬ貴方への」
 顔を赤く染め上げた騎士は、無我夢中で乙女へ掴みかかろうとする。しかし乙女は左手を突き出し、女とは思えぬ力で鎧を纏った騎士を地面に突き倒した。
「さようなら」
 騎士はひっくり返ったまま虫のように暴れ、そのまま死んだ。乙女は彼を跨ぎ、そのまま天幕を後にする。
 彼の死が知れ渡るのは、それからもう間もなくのことであった。

 善知鳥の祟り。皆がそう語った。戦を忌む女達は彼女を慕い、奉った。無為に続く戦を終わりへ導くために。戦を好む男共は恐怖した。善知鳥が齎す死は、何の先触れも無く訪れるからだ。
 しかし、嘆きの雨は強くなる。いつまでも、“楽園”は人々が求めてやまない夢であったのだ。善知鳥の乙女は常に鼠色の世界に立ち、空を見上げていた。
「ならば終わらせましょう。死に取り憑かれた全ての者を」
 乙女は呟く。微笑みを湛えたまま、黒い傘を天へと放り上げる。
「“戦”を殺してみせましょう」

 鉄砲の音が鳴り響く。それを合図に、善知鳥は白い翼を広げて雨の中を飛び立った。

――ナハティガル――

 現世の嘆きは、常世にも響き渡っていた。涯から涯まで広がる荒れ野には、いつまでも嘆きの雨が降る。歓びの陽は西の方に沈んだきり、いつまでも常世を照らす事は無い。
 荒れ野に広がるのは、無数の墓標であった。何某の名前が、そのものの辿った道と、成し遂げた功と共に刻まれている。黒い翼を持つ鳥は、大小さまざまな墓標の森を飛び回り、その墓標に刻まれた物語を眺めていた。
 その名前は墓場鳥。名も知られず、ただ風化し忘れられていくのみの命を拾い上げ、その魂へと刻み込んでいく事を定めとする、常世の生き物。
 墓場鳥は気付いていた。墓の数が増えている事に。次第に増える早さが増している事にも。一つの墓標に降り立ち、鳥は目の前の墓標を見つめる。そこに刻まれた言葉の数は、あまりにも少ない。志半ばで失われた命だ。墓場鳥は空を見上げる。雨足も、心なしか強くなっているような気がした。
 墓場鳥は地を見つめる。己の身を泥濘の水溜まりへ映した。そして気付いた。墓場鳥の姿が、人のそれへと転じている事に。それは手を伸ばし、墓標の文字を手で辿る。己の内へと刻み続けた彼らの命が、人の形を与えたのだ。

 百年か、千年か、瞬きの刹那か、那由他すら凌ぐ悠久か。墓場鳥は茫洋と常世に在った。人が為した勲を識り、為せなかった無念を刻みながら、鳥は時を過ごしていた。

 しかしある時、墓場鳥は雨音の中に歔欷の声を聞いた。カンテラの火を掲げ、鳥は墓標の森を進む。歔欷の声が響く方角を目指して。
 辿り着いたのは、さる家門に生まれた高貴な英霊の名を刻んだ墓標。その傍らに、女は縋り付き、さめざめと泣いている。掲げた火が彼女の面を照らす事は無く、降り注ぐ雨が彼女を濡らす事も無い。まるで、墓場鳥と同じように。
「ここは常世ではないのですか。何故貴方様とここでも添い遂げる事が叶わぬのです」
 乙女は尋ねる。その喉は裂け、ドレスを鮮血の色に染め上げていた。想い人に死なれ、自ら命を絶ったのだろう。墓場鳥は淡々と理解した。
「この世においても、何故私は独りなのです」
「お前のその呪詛めいた慕情が、魂に眠ることを許さず、なおも現世に留めているのだ」
 墓場鳥は応えた。すらすらと、本を読むように。
「愛した男と添い遂げたい。永久に叶わぬ望みを忘れぬままのお前は、現世でも常世でも“生きていない”。死んだままなのだ」
 生きるとは、在ること。この乙女は、現世でも亡くなり、この常世においても墓標としての証を刻まずにいる。己の妄執に囚われた宙ぶらりんの女を、鳥は見つめていた。
「その顔、その声で、よくも言えたものですね」
 ふと、女は声を震わせる。立ち上がると、彼女は墓場鳥へと掴みかかった。鳥がその眼を覗き込むと、その瞳の中には若い男がいた。乙女が求めてやまなかった男だ。
「何故なのです。何故わたくし“達”は、愛する者を失わなければならないのです」
 女の悲痛な叫びは刃となり、互いを貫く。鳥の意識は朦朧となり、その場に倒れ込んだ。

 気が付いた時、墓場鳥は乙女となっていた。喪服に身を包み、金色の髪を常世の風に靡かせる乙女に。彼女は常世の荒れ野に立ち尽くし、地平線の彼方まで広がる墓標を見つめていた。
 その姿は、乙女のまま二度と変わる事は無かった。いかなる喜びも、無念も、乙女が墓場鳥に刻み込んだ想念を掻き消す事は無かった。
「これは……兆しか」
 厚く垂れこめる黒雲に向かって墓場鳥は呟く。彼女の足下には、不思議な墓碑があった。現世に魂を縛り付けたまま、想念のみを顕した乙女。それとはまた趣を異にする。
 没年が空白の墓碑。まだこの常世には無い筈の墓碑。墓碑に刻まれた功も、たった一文に過ぎない。
 だが、其処に刻まれし銘は。
(“私”の……名か)

 ナイチンゲール。常世の番人の名前が、黒曜石の墓碑に刻み付けられていた。

 傍の水溜まりに目を向ければ、見た事も無い世界が広がっている。不可思議な衣に身を包んだ人間と、この世に在らぬ化生の者が対峙している。
 鳥は、新たなる定めを感じた。黒い翼を広げると、空高々と舞い上がり、そのまま水溜まりの中へ飛び込む。



 虚空の中、墓場鳥と善知鳥が擦れ違う。

 互いに一瞥を交わすと、墓場鳥は果てに輝く光の中へと飛び込んでいった。



 生死の翼 おわり



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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墓場鳥(aa4840hero001)
善知鳥(aa4840hero002)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
お二人にとっての乙女の存在を主に据えつつ、少々アレンジさせていただきました。
世界観は発注文を見ながら、独自にアレンジさせて頂いております。お気に召していただけたでしょうか……?

後半へ続きますので、宜しくお願いします。
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2019年01月07日

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