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『Nachtingale 』
ナイチンゲールaa4840)&墓場鳥aa4840hero001


 2016/12/24 23:50 ナイチンゲール(aa4840)

 その日、グィネヴィア・リデルハートはヒースロー空港のターミナルに立っていた。帰国する母を迎え入れ、共にクリスマスを過ごす為に。窓の外は深々とフレークのような雪が降り続けている。明日は完全にホワイトクリスマスになりそうだ。窓辺に立ち、誘導灯に照らされる鼠色の空を見つめてグィネヴィアは溜め息をつく。
 憂鬱だった。母と二人でクリスマスを過ごす事に、どうして気を重くする必要があるだろうか。母が六度も結婚をして各国を飛び回り、全部失敗して離婚したりしていなければ、の話だが。不幸にもグィネヴィアはそんな状況に置かれていたから、母の帰国を素直に喜ぶ事は出来なかったのである。もううんざりするほど聞き慣れた涙声を電話越しに聞かされた時、彼女はいっそ無視してしまおうとも思ったくらいだ。
 さりとて、グィネヴィアにはクリスマスのあてがなかった。通っている音楽大学からはパーティーの誘いがかかっていたが、行ったところで壁の花と同じになるだけだ。皆が談笑している姿を背後で眺めているだけ。どこで誰と過ごそうと、彼女は独り。母を迎えに行く方が孤独よりはまし。だから彼女はパーティーの誘いを断ってここにいた。
 グィネヴィアは電光掲示板にちらりと目を向ける。飛行機の到着予定時間はとっくに過ぎていた。異例の降雪に曇天で飛行機の到着が遅れていると、何度もアナウンスが続いていた。時刻は既に23時50分。到着する頃には、もう日付は変わっている事だろう。空港の待ち人達の顔にも疲れの色が見える。くたびれた空気が、グィネヴィアの憂鬱をさらに深くしていくのだった。
 どうせまだしばらく来ないのだ。何か温かい飲み物でも買ってこよう。そんな事を思って窓辺を立ち去りかけたグィネヴィア。しかし同時に、背後のベンチに座っていた少女が不意に口を開いた。
「ねえ、何か聞こえるよ?」
「え?」
 隣の母親には聞こえていないらしい。グィネヴィアもそっと耳を澄ませてみると、ほんの微かに、鼓膜をくすぐるような甲高い音が聞こえる。周りを見渡せば、少年少女が狐につままれたような顔で辺りを見渡していた。
 どうやら子供にしか音は聞こえていないらしい。子供達が親に違和感を訴えても、首を傾げられるだけだ。グィネヴィアは顔を顰める。音はだんだんと大きくなっている。
 何かがおかしい。
 グィネヴィアが思わず身構えた瞬間、彼方の天井を突き破って黒い影が降ってきた。近くの人々は悲鳴を上げて飛び退く。黒い影は地面に転がる。それは、外套に身を包んだ人のように見える。人々は影を遠巻きに取り囲み、不安を口にしながら覗き込んでいた。
 不穏な静寂に包まれる中、外套に身を包んだ影は静かに立ち上がる。それを見た人々は再び悲鳴を上げた。
 外套の陰から覗くのは、異形の怪物。鈍色に輝く金属の骨格に、コールタールのようなどす黒い物体が纏わりついている。剥き出しになった眼窩に埋め込まれた赤いランプは煌々と輝いていた。
「……教えて下さい」
 遠ざかる人、立ち竦む人。様々な人間を見渡し、異形は尋ねる。
「私は何故此処に在るのか」
 影は右手を突き出す。その手の先からタールの塊がぼたぼたと垂れ、周囲に広がった。中から飛び出す、深紅の剣。柄元に埋め込まれた水晶の円盤がうすぼんやりと光った瞬間、その刃も燐光を放った。
 瞬く眼光から淡々とした殺意を敏感に感じ取り、人類は散り散りに逃げ出す。影は目にも止まらぬ速さで飛び出し、一人の男の心臓を、背後から一突きにした。
 あれが、『愚神』?
 グィネヴィアは、まるで紙芝居でも眺めるかのように、浮世離れした気分のまま惨劇を見つめていた。此処でも彼女は独り。恐怖すら感じることは無かった。
 外套を、その腕を血に染め上げている異形に、何故かグィネヴィアは主の姿を見ていた。正しからぬ人に罰を与え、正道へと戻るべしと警告を放つ、厳しき神の姿を。
「私は何故、貴方達を殺さねばならないのか」
 異形は男を一通り切り刻むと、今度は目の前で泣き叫んでいる少女へと向かう。刃を振り上げ、少女へ掴みかかろうと手を伸ばしている。逃げ去る人々は、少女へ一顧だにくれてやろうとしなかった。
 グィネヴィアは立ち上がる。見過ごす事は出来なかった。真っ直ぐに駆け寄ると、両手で少女を突き飛ばした。
 刹那、剣が処刑人の刃の如く振り下ろされる。
 辺りが薔薇色に染まった。視界の先に火花が散る。掠れる世界の中でグィネヴィアは己の腕を見た。
 肘から先は、既に。
 全身の力が抜け、口からは悲鳴すらも出てこない。がっくりと彼女は頽れる。痺れていた感覚が少しずつ蘇り、火を押し当てられたような激痛が全身を苛んだ。
 これは罰? 救い?
 グィネヴィアは尋ねる。しかし、そんな事はどうでもいいのだと気が付いた。これで彼女は本当に独りとなれるのだ。
 何者かに囲まれる孤独ほどに寂しいものは無い。それくらいならいっそのこと誰もいない孤独に飛び込んだ方がましなのだ。世界に生まれ落ちてからこのかた、いい事なんて一つも無かった。
 血は脈々と溢れる。命が失われていく。身体が寒くなっていく。歪む視界の先、逃げて行った少女は、ようやくやってきた母に抱き留められていた。
 よかったね。よかった。これで、もう

「これが、お前の最期か」
 ふと声がした、グィネヴィアは横ざまに倒れ込み、首を僅かに動かして天井を見上げる。金色の髪を持ち、喪服を着込んだ一人の女がエメラルド色の瞳で彼女を見下していた。
 綺麗な人。素直にそう思えた。この狂った世界に、物怖じさえせず彼女は立ち尽くしていた。故に彼女は思う。
 お迎え、かな。

 2016/12/24 23:55 墓場鳥(aa4840hero001)

 雨の散々降りしきる、一つの世界。地平線の涯から涯まで広がる荒野に、無数の墓碑が突き立てられている。天寿を全うした者、志半ばで命を落とした者。形は様々だが、その墓碑銘を見れば、その人間が辿った運命を知る事が出来る。
 この世界に唯一立つ者、墓場の鳥。彼女の使命は、その銘を見届け、全てをその魂へと刻み付ける事であった。
 昼夜の別も無いこの常世。永久に変わらぬ運命を淡々と過ごしていた墓場の鳥。ランタンを片手に墓碑の狭間を練り歩いていた彼女は、しかし、ある異変に気が付いた。
 名前以外には何も刻まれない、滑らかな墓碑があった。鳥は足を止めると、跪いてその名前を指で辿る。“Nightingale”。鳥は、その名を見て首を傾げた。それは、彼女自身の名前でもあった。
 ふと空を見上げる。永劫に降り注いできた涙雨が、止んでいる。立ち込める暗雲が僅かに裂け、ヤコブの梯子が降りてくる。純白の輝きが、鳥の身体を貫いた。
 これが、“光”か。
 傍で、広い水溜まりが眩く輝いている。その中に見えるのは、見た事も無い世界。奇妙な服を着た人類達が、ひとところに集まっている。その中で一際目を引く、一人の少女。その物憂げな表情を見ていた鳥は、ぴんときた。この少女こそが、この墓碑の主なのだと悟った。
 鳥は、導かれるように、翼を広げて水面へと飛び込んだ。身体が吸い込まれ、虚無の中へと消えていく。白い翼と一瞬擦れ違った瞬間、鳥の意識は薄れていった。

"Attention passengers on LKB Airlines flight 177 to Paris. The flight has been delayed due to bad weather ……"

 気付けば、鳥は見慣れぬ世界に立ち尽くしていた。余りに広大で、光に満ちた世界。鳥は、思わず城の中にいると錯覚した。会話があちこちで飛び交う。その騒がしさも、鳥にとっては聞き慣れぬものだった。大きな窓の外を見れば、分厚い雪が降り積もっている。
 しかし、鳥は雑踏の音に紛れて、蚊の鳴くような甲高い音を聞いていた。この音は少年少女にしか聞き取れないらしく、親に向かって口々に不満を訴えていた。
 物珍しさと不審さを纏めて感じながら、鳥は周囲を見渡す。すると、背後から甲高い悲鳴が聞こえた。振り向けば、誰も彼もが蜘蛛の子を散らすように逃げてくる。その視線の先には、深紅の刃を持つ黒衣の異形。その不穏な気配から逃れようとしているのだと、鳥は合点した。
 ふと手元に目を落とせば、鳥もまた黒衣に身を包んでいた。
「何故私は此処に在るのか」
 彼は男に刃を突き立てながら、尋ねる。その言葉の主は、彼女のもののようにも思えた。彼も自分も、この世の人類にとって同じようなものなのかもしれない。鳥はふと考えた。
 それは、ふと鳥を一瞥するようにフードを揺らす。男の肉を切り刻んだそれは、嘲笑っているようにも、泣いているようにも見えた。彼は刃を握りしめたまま、傍の幼子へとその手を翳す。脳天からその刃を、容赦なく振り下ろさんとしていた。
 刹那、かの少女が飛び出し、幼子を突き飛ばした。代わりに処刑の刃をその腕に受け、肘から先がすっぱりと斬り飛ばされる。血が噴き出して辺りに飛び散り、彼女はその場に力無く崩れ落ちる。口をわなわなと震わせる様を見れば、既に悲鳴さえも上げられぬほど弱っているのは明らかだった。
 しかし、少女は微笑んでいた。安らかに。無辜の命を救った故か、死出の旅へと出る事を喜んでいるのか。
 鳥は直観した。あの墓碑は、この少女のものだと。彼女こそは、墓場の鳥と同じ銘を持つ魂なのだと。鳥の中に、未だ内在しない者でありながら。
 あれは、私と等しいのだ
 時が止まったように、静まり返る世界。一瞬、墓標の広がる荒野の景色が重なり、世界から鳥と少女を隔てた。
「それが、お前の墓碑銘か」
 倒れる少女に、鳥は尋ねる。指差した先には、彼女と少女の墓碑銘。一人の少女を助けたとだけ、只一文が刻まれていた。微笑んでいた少女は、その虚しさを悟ったのか、僅かに首を振る。
「先の救済では、刻むべき功に足りないか。……いいだろう」
 鳥は頷くと、少女の胸元にそっと手を翳す。光が集まった瞬間、腕の血が止まり、一つの小さな宝石が生み出された。
「ならば――」
 墓場鳥は、ナイチンゲールに向かって厳然と言い渡す。

『“成し遂げろ”』

 2016/12/25 0:00 誓約完了


 That's where the story begins.




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ナイチンゲール(aa4840)
墓場鳥(aa4840hero001)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
ビギニングノベルという事で、今回は少し趣向を変えて書かせていただきました。
あと、彼にとってもこれが始まりという事になるかもしれません。二人に見えていないので描写はしていませんが、腕の行方は、きっと。
何かあればリテイクをお願いします。

ではまた、御縁がありましたら。
イベントノベル(パーティ) -
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2019年01月07日

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