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『柳に雪折はなく 』
イェルバートka1772)&ルキハ・ラスティネイルka2633

 既に誰かに何度も踏まれ、少し固くなった雪を踏みしめて歩くこと数分。集う人々の隙間からでも分かる光景を目にし、ルキハはぱっと勢いよく振り返った。
「わざわざ出向いてきた甲斐があったわね、イェル君! ……と、あら?」
 にこにこと満面の笑みで言ったはいいが、すぐに同行者の異変に気付き、ルキハは自身よりも頭一つ分ほど低い位置にあるイェルバートの顔を覗き込む。外に出ているときは初対面の相手など失礼になる場合を除いて、フードを被っているのが常の彼だが、ここまで目深になっているのはとても珍しい。自分たちが友人同士というのを差し引いても。彼がフードを被るのは人見知りだとか人に顔を見られるのが嫌だというような理由ではなく、雨風を凌いだり、不必要に表情を見せない――厳密には、見慣れていない相手を感情表現の乏しさから怖がらせないためなのだ。今は特に激しい風が吹いているというわけでもないし、自分以外彼と話をする相手もいない。と、そこまで考えて、ルキハはイェルバートの肩が小刻みに震えていることに気付いた。
「もしかしなくても……寒いの苦手なの、イェル君たら」
 詳細は訊いていないが確か彼の出身はここと同様に帝国の北部、冬には降雪のある地帯だった筈だが。ルキハが友人に関する記憶を辿るのに合わせたように、
「雪国の出身っていっても、寒いのが平気なわけじゃないからね」
 言って、普段使っている物よりも厚手の手袋をつけた指が少しだけフードを後ろへと引く。そうして覗き込まずとも見えるようになったイェルバートの顔は、まさに怖いと言われて気にしている無表情そのものだった。ルキハからすれば随分と久しぶりに見る顔つきだ。成人の基準は地域それぞれとはいえ、身体的にはまだ成長途上の少年には違いなく、その幼さの残る端正な容貌は確かに等身大の人形のような、人工物めいた美しさをしている。むしろ、初めて彼と顔を合わせたときより人間離れしているようにすら思えた。性別問わず、美しい人を愛でたいのがルキハの心情だが――。
「!?」
「じゃあ寒いのなんて忘れちゃうくらい、いっぱい楽しまないとねっ」
 せっかくのデートだもの、とにっこり笑って付け足す。防寒対策というには薄手の手袋越しにその少年らしいふにふにとした触感の両頬を触ったり揉んだりしているので、イェルバートが何か言おうとしても、それが明確な言葉になることはなく。名前を呼んだり、一応は公衆の面前ということで恥ずかしがっているのだろうと思いながら、引き際を見極めてぱっと手を離した。こちらを見上げる彼はほんの少しだけ眉を寄せて、けれどその表情はすぐに解け今度は驚いたように自らの頬を撫でる。真後ろに人が来ていたこともあって、ルキハはイェルバートの手を引くとそのまま目的の場所へ歩き出した。戸惑ってずれていた足並みが揃う。
「ほんと、凄いね……」
「わざわざ来た甲斐があったってものよね」
 二人を含むここに集まった人々が眺めているのは氷像や雪像の類だ。一体いつ誰が思いついたのかうんざりするほど雪が降って、それをどうにかする人手も溶かす為の魔導機械も追いつかないこの街はこうして厄介物でしかなかった雪を芸術へと昇華するようになった。それが話題となって観光客が集まり、より人を集めるため質と量を向上させるという好循環。その結果として広場を中心とした各所に像が立ち並ぶという、壮観な光景が生み出され今に至る。
 元々この雪祭りを目当てに訪れたのではなく、一緒に依頼をこなし、帰る段になって初めて知って立ち寄った、という流れだったが思いつきでも行動してみてよかったと思う。背後の建物と一体化させることで上手くワイバーンの翼のバランスを取っている像に見入るイェルバートを一瞥して、ルキハは彼の肩を軽く叩き、別の方向を指し示す。
「まずはあったかいスープで、身体の中からぽかぽかしちゃいましょ」
 ここまで歩いてきたものの、立ち止まればまたあっという間に体温が奪われてしまう。それも織り込み済みで用意されているテントにはスープ配ってますの文字がでかでかと記載されていた。また険しさすら感じ取れない表情で震えながら頷くイェルバートと連れ立ってそちらへと向かい、思いのほか豊富な種類から彼はココアを受け取る。
「ルキハさんは何にしたの?」
「アタシのはホットワインだけれど……どう、飲んでみる?」
 先に少し離れた場所で一息ついていたイェルバートが興味を示したので、グラスを傾けて勧めてみる。黙って首を振るのを見て思わず、ふふと笑みが零れた。
「イェル君にはちょっと早いかしら?」
「……もう、子供扱いしてない?」
「全っ然してないわよ?」
 ほんとかな、と疑わしげな視線を向けられるが、決して嘘はついていない。ただ、弟のように思っているだけ。本人が言いたくないなら言わなくていいと特別追及はしないが、知り合ってから今に至るまでの交流で断片的に彼の過去を知る機会はあって、その欠片を繋ぎ合わせれば何となく察することもある。感情表現が控えめなところに大なり小なりそれが影響していそうなのも。
 何はともあれ過去は過去だ。どうやったってなかったことには出来ないのだから、いい記憶はすぐ近くに置いて、嫌な思い出は区切りをつけて心の奥にそっと仕舞うのがいい。人間なんて単純な生物だから、遠くにあるものはあまり目に入らなくなる。そうして色んな楽しい刺激に触れて、少しでも多く長く笑顔でいてほしいと、そう願うのだ。
 美男美女に加えて美酒も愛するルキハだが、甘みが入って飲みやすくなったホットワインも嫌いではない。元々持ったまま歩き回るのは想定していないのだろう、さっと軽く飲み切れる量のそれを周辺にある十数体の像を見ながら消費して、テントで貰ったパンフレットを手に、折角だからと他の場所も見に行くことにした。まだ充分に温かさが残っていることもあって、イェルバートの強張りが和らぐのが感じ取れ、ルキハは内心安堵した。双方が楽しんでこそのデートなのだ。彼に楽しんでもらうのは勿論、ルキハ自身も今以上に楽しめそうで自然と笑みが零れた。

 ◆◇◆

 広場に並んでいたのは幻獣を中心とした大雪像ばかりだったが、少し歩いて辿り着いた公園には等身大の人間の像――その格好やポーズから察するに、歪虚と対峙するハンターだろう――がまるで劇の一場面のように配置されていた。通りにも人を模した像はあったが、そちらは親子三人が歩いている姿だったり小動物と戯れている光景だったので、雰囲気が大きく変わっていてまた違った感動がある。
「――寒いのが苦手なのは、体質のせいだけじゃなくって」
 ふと。イェルバートの体調を気にしてだろう、普段より口数が多く、それでいて適度な距離感を保っていたルキハも雪像を前に黙った数分。気さくな友人の顔ではなく機導師らしき像へと視線を向けたまま、深く考えず言葉が滑り落ちる。
「……僕が捨てられた時期がちょうど、雪深い冬の頃だったんだ」
 血の繋がった相手のことをイェルバートはまるで覚えていない。両親共に健在だったのか、片親だったのか、兄弟姉妹がいたのかすら。ただ脳裏に蘇るのは、繋いでいた手を解いて遠ざかっていく姿だ。その人の顔も名前も思い出せないのに、一人になった瞬間急に寒くなったことは覚えている。寒くて、震えて、足が竦んでその場に蹲ったら、ますます全身が冷たくなって死んでしまうと子供心に悟った。視界は真っ白で、不気味な程にしんと静まり返った光景はまるで、世界が終わってしまったような感じがした。実際、偶然猟師に発見されなければイェルバートは命を落としていた筈だ。
 そんな朧げで、けれど自分の根幹に残り続ける記憶が呼び起こされてしまうから。だからどうにも、寒いのは苦手でしょうがなかった。
「でも今は、ルキハさんと一緒だから平気だよ」
 言ってようやく彼のほうに向き直る。しかし笑い返してくれると思っていたルキハは右頬に人差し指を当てて考える仕草をし、それから長身を屈めて徐に地面の雪を掬いあげ、その手を軽く前方に振った。
「ちょっ、ルキハさん……!?」
 雪玉に固めたわけでもない雪は、イェルバートのきっちりと閉めたコートをかすめ落ちた。軽く手袋の雪を払ったルキハは楽しそうに笑い、立ち上がる。
「ソリ遊びや雪だるま作り、それにスケートとかね。寒い季節にも面白いことはいっぱいあるのよ」
 とりわけ明るい声音でかけられた言葉に、唐突な行動に対する驚きと惑いが霧散する。自分を引き取り育ててくれた祖父母も健勝だから昔は一緒に遊んでくれたが、イェルバート自身が避けていたこともあって、雪遊びをした記憶はなかった。
「……やってみたい、かも」
「ふふ、いいわね。アタシでよかったら付き合うわよ?」
 でも、とルキハが言葉を加える。
「それは今度に取っておきましょ。今この瞬間だって、楽しまなきゃ損だもの」
 言って彼がしてみせたウインクはちょっとどきっとするほど様になっている。外見の印象だけを挙げるならルキハは間違いなく格好いい部類で、けれど笑っていることが多く、拗ねたりしょんぼりしたりと、感情表現が豊かなこの年上の友人の内面には可愛さもあって。生き生きとした姿への憧憬と、友人になれたことへの感謝と。それから、この冬か次の冬になるのかも分からない、けれどいつか来る雪遊びを楽しむ未来に思いを馳せた。
「ほら、足元に気をつけて」
 今はそれほど人は多くないものの、全体像を把握出来る特等席の辺りは雪が氷のように固くなっていて。イェルバートが考え事をしているのに気付いたルキハは注意を促して、
「って、いったあい!」
 気付いて手を差し伸べるより早く、足を滑らせて派手に転倒した。驚きつつも自分まで転んでしまっては彼に怪我をさせてしまうかもと冷静に踏み留まり、細心の注意を払って傍まで歩み寄る。強かに打ち付けたお尻をさするルキハへと手を差し出した。
「もお、ドジしちゃった……」
「大丈夫?」
「今笑ったでしょ? もう!」
「え?」
 自覚はなかったが、ごめんと反射的に謝罪の言葉を口にしようとして、けれどイェルバートの手を取ったルキハの唇が、拗ねたような声色とは裏腹な悪戯っぽい笑みの形をしているのを見て、彼がふざけて怒った振りをしているのだと気付いた。心配より先にきていた申し訳なさが杞憂だと分かれば、何だかそれが無性に可笑しくて、今度こそ小さく声まで漏らして笑う。笑いに引きずられないよう、ぐっと力を込めてルキハを立ち上がらせた。イェルバートにつられたらしく控えめながらも笑い声をあげる姿は少し新鮮で、親しくなって付き合いを重ねてもなお、新たな一面を知れたことがまたくすぐったさに拍車をかける。
 二人向かい合って、ひとしきり笑って。どちらともなく声が絶えると、ルキハのエメラルドグリーンの瞳が柔らかく細められた。
「――どんなに辛いことがあったって、笑っていていいんだから」
 声は優し過ぎるくらいに優しくて、まるで小さい子に言い含めるようですらあったけれど。それでも何処か引け目を感じてしまうくらいに心配されていることはよく分かっていたから、ほんの少しだって不快に思ったりはせず。むしろルキハのような兄がいたら自分はどんなふうになっていただろう、なんて妄想が思考の隅をかすめていった。
「アナタ、その方がずっと素敵よ?」
 そんな言葉をかけてくれる彼の方がずっと素敵だという率直な感想は、ふわりと抱き込まれて溶けていった。壊れ物を扱うような繊細さは直ぐに厚着の衣服越しにでも体温が伝わりそうなほど密着したものに変わって、その場で足踏みをするように体が揺れれば本当に暖かさを分け合ったような心地になる。ルキハの細くしなやかな、けれど同時に大人の男性としての力強さも感じ取れる肩の辺りに顔を押し付け、それから背中に手を回して同じように抱き返した。そんなイェルバートの反応にルキハが再び笑って、温もりとかすかな振動に目を閉じる。じきに離れていっても、名残惜しいとは思わなかった。
「それじゃ、デートの続きを楽しみましょっ」
「折角だし、全部見て回ろうか?」
 いいわね、と色好い返事をしたルキハに微笑み返し。二人並んでパンフレットを眺めつつ、次は何を見に行こうかと相談をし始めた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1772/イェルバート/男性/15/機導師(アルケミスト)】
【ka2633/ルキハ・ラスティネイル/男性/25/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
最後が若干中途半端になってしまった感はありますが、
終始楽しみつつ書かせていただきました。
同性の友人らしいところも兄弟っぽい面もあって、
とてもいい関係性だなあとしみじみ思います。
かなり後半になってから拝聴したルキハさんのボイスが
何から何までイメージ通りで、しかしそれを
文章で表現する技量がなくて悔しい限りです。
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年01月08日

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