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『口に出しては言わないけれど 』
ka1140)& 恭一ka2487

 あたたかな陽の光が、ふたりの上に降り注いでいた。まだ春は遠いはずなのに、ここだけは一足早く季節がまわってしまったのではないかと思ってしまう。
 ふたり、とは。志鷹 恭一(ka2487)とその伴侶・志鷹 都(ka1140)である。
「こんなふうにのんびりできるなんて、思ってなかったなあ」
 都がうーん、と伸びをした。サンルームつきのログハウスは思っていたよりも広々としていて、居心地がよかった。
「ああ、まったく思いがけない幸運だ」
 恭一は淡白に、しかし、くつろいだ様子でうなずいた。
 恭一・都の夫婦は今、郊外のリゾート地にあるログハウスに来ていた。懇意にしているレストランのオーナーシェフが、ここに支店を出す予定なのだという。中古のログハウスを買い上げ、改造した上でオープンさせる計画であるとのことなのだが、そのログハウスの買い取り契約を取り交わすという日になって遠縁が亡くなり、急遽葬儀に駆け付けなければならなくなった、とオーナーシェフが志鷹夫婦のところへ真っ青になって駆け込んできたのだ。
「申し訳ないのですが、代わりに契約に行ってもらえないでしょうか」
 シェフの懇願を、志鷹夫婦はすぐさま承諾した。シェフが握りしめてきた書類を受け取り、厳重に懐へ仕舞うと、子供たちのことを友人に頼み、ふたりでログハウスに向かったのである。
 不動産の契約は信用第一であり厳密だ。最悪、契約不履行になることも心配していたのだが、契約の相手は志鷹夫婦が言葉を尽くして説明したオーナーシェフの事情を聞いて、快く契約を進めてくれた。そのうえ、「今日一日、ゆっくりしていかれてはいかがですか。あとを綺麗に片づけていってくだされば、飲み食いしていただくのはもちろん、キッチンを使って料理などをしていただいてもかまいませんよ」と言ってくれたのである。
「ちょっと気が引けたけれど、お言葉に甘えて良かったね」
「そうだな」
 都はサンルームにしつらえられていた大きくてふかふかしたソファに体を投げ出して微笑む。恭一も、かすかに笑みを見せた。
 ついさっきまで、都はログハウスの大きなキッチンに目を輝かせ、子どものようにはしゃいであれこれと見て回っていたのだが、ひととおり見学し終えると満足したらしかった。
「キッチン、使ってみないのか? 折角、許可が出ているのだし」
 レストランの支店を出す予定になっているログハウスのキッチンだ、家庭のものとは比べ物にならないほど充実した機能が備わっている。恭一も普段から料理をするため、このキッチンがいかに魅力的なものであるかはしっかりわかっていた。恭一よりも料理の好きな都の目には、もっと輝かしく映っていることは間違いない。
「ううん、使わない」
 恭一に尋ねられ、都は穏やかに首を横に振った。
「契約が無事に終わったでしょう? ということは、ここはもうあのレストランのオーナーシェフのものになったんだから、キッチンは、シェフが最初に使うべきだよ」
「……確かに。その通りだな」
 都の言葉は至極もっともで、恭一は素直に頷いた。シェフにとってキッチンは特別な、いや、神聖とも呼べる場所だろう。いくら信頼されてここへ寄越されたとはいえ、恭一や都が気軽に触れていいところではない。都はそれを、きちんとわかっているのだ。こうした気遣いのできる都のことを、恭一は心底尊敬していた。そんなことをわざわざ、口に出しては言わないけれど。
「少しのんびりさせてもらったら……、帰ろう……、子どもたちも待っているし……。ああ、連れて、来たら、よかった……、かなあ……?」
 ソファに寝そべる都の口調は、だんだんと緩やかになってゆき、ほどなくして穏やかな寝息に変わった。



 ふわふわと、どこかを漂っているような心地がした。瞼の奥がじん、とあたたかで、全身がとろとろと溶けてゆくような、そんな。極楽、とはこういうことだと誰かが断じたら、きっとこの瞬間、何の疑いもなく信じただろう。
 満たされている。そう、感じた。
 チリン、と鈴が鳴らされたような音がして、都はゆるゆると瞼を開いた。
「ああ、起きたか」
「ごめん、恭。眠ってしまってたんだね」
 都は目をこすりながら起き上った。日当たりの良いサンルームのあたたかさに眠気を誘われて、すっかり眠り込んでしまっていたようだ。
「いや、かまわない。こんなにのんびりできることなど、滅多にあるものではないからな。存分に味わっておこう」
「そうだね」
 都は笑って頷いた。と、ソファの前にしつらえられていたテーブルに、眠る前にはなかった瓶がひとつあるのに気がついた。
「なあに、これ。ワイン?」
「ああ。たまには昼間から飲む、という贅沢もいいだろう?」
 恭一がそう言って、グラスをふたつ、瓶のそばに並べた。かすかに触れ合ったグラスが、チリン、と音をたてる。先ほど鈴が鳴ったように思ったのは、この音だったらしい。
「凄い、これ、どうしたの?」
「ここへ来るときに通ってきた道沿いに、雑貨店があっただろう? そこで買ってきた」
「えー、いつの間に!」
「いつの間に、って」
 恭一は苦笑するような声色を出した。いつの間に、も何も、都が寝ている間に決まっている。都もすぐそれに気が付いて、くすくすと笑った。
「そうだよね、寝てる間に、だよね」
 都は笑いながら、広がってしまっていた髪を両手で撫でて整え、きちんとソファに座りなおす。恭一がワインの瓶に手を伸ばした。
「グラスとワインオープナーはキッチンから借りた。……このくらいは、許されるだろう」
「うん、そうだね」
 恭一が、大きな手で器用にワインのコルクを抜く。ぽん、と小気味の良い音がして、その音に都の胸はわけもなく踊った。まるで少女のころに戻ったようだ、と思いつつも同時に、少女であったならばワインには喜ぶまい、とも思って、なんだかおかしくなってきてしまった。
「……飲む前から酔っているのか、都?」
 いつまでもくすくすと笑っている都に、恭一が不思議そうなまなざしを向ける。都が笑ったまま首を横に振ると、ワインを注いだグラスを差し出してくれた。深紅の液体が、グラスの中で揺れる。
「乾杯」
「かんぱい」
 グラスを触れ合わせると、コォン、と、先ほどより落ち着いた音色がサンルームに響いた。
 ワインをひとくち飲んでから、都はまたくすりと笑った。
「ねえ、さっき、子どもたちも連れてきたらよかった、って言ったでしょ?」
「ああ」
「でもね、今は、ふたりだけで来てよかったな、なんて思っちゃった。こんなふうに、ふたりきりでのんびりするのも、いいなあ、って」
 都はぺろりと舌を出した。本当に少女のような仕草で。恭一は、そんな都をゆったりと眺めている。
「……そうだな。今日は、ふたりきりでよかった」
「え」
 そういう返事が来るとは思わず、都は目を丸くした。ひとくちしか飲んでいないというのに、急にアルコールが回ったように頬が熱い。
「子どもたちとは、今度、このログハウスがレストランとしてオープンしたときに来たらいい。全員で、賑やかに食事をしよう」
「……うん、そうだね。そうしよう!」
 ふたりきりを喜ぶ気持ちと、子どもたちに後ろめたさを感じてしまった気持ち。都のその気持ちのどちらともを、尊重してくれる。こうした気遣いのできる恭一のことを、都は心底尊敬していた。そんなことをわざわざ、口に出しては言わないけれど。
「うーん、それも今から楽しみだなあ」
「気が早いな」
 そう言ってかすかに微笑む恭一に、都は満面の笑みを浮かべた。顔を見合わせた夫婦は、どちらからともなく、もう一度、グラスを触れ合わせて乾杯した。
 あたたかな陽の光が、ふたりの上に降り注いでいた。
 ふたり、とは。
 志鷹 恭一と、その伴侶・志鷹 都である──。







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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1140/志鷹 都/女性/24/聖導士(クルセイダー)】
【ka2487/志鷹 恭一/男性/34/闘狩人(エンフォーサー)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ごきげんいかがでございましょうか。
紺堂カヤでございます。この度はご用命を賜り、誠にありがとうございました。
夫婦とは、ふたりだけにしかわからない日々の積み重ね、歴史があるもの。
そんなおふたりを描くのは、とても光栄であると同時にその歴史を壊してしまわないかととても怖くなりました。
幸せな思い出をひとつでも増やすお手伝いができたならと、祈るような気持ちでおります。
楽しんでいただけたら幸いです。
この度は誠に、ありがとうございました。
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2019年01月09日

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