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『夢見る恋の色 』
メアリ・ロイドka6633

 シャリール地方にある化粧品の店、此処は想いの色を扱う事で密やかに知られている。
 想い人の色を身につけるなら、それは思慕。
 自分の色を身につけさせるなら、それは独占。

 目印は黒いカーテンに銀の鎖飾り、偶々通りがかったその店を見上げながら、メアリはベルのかけられた扉に手をかけた。

 …………。

 店内に足を踏み入れれば、思いの外明るい内装に、華やかな色と紅の数々。
 立ち上がって出迎える店員に対して、想いの色を選ぶ店だと聞きましたが、とメアリはぽつりと尋ねる。
 ええ、と店員は頷いて肯定した、分散して用意された一人用のカウンターにメアリを案内して、色の目当てはついているのかと尋ねて来る。

 頷く、彼を想って浮かぶ色は一つしかない。
「彼の色を……黒のアイシャドウを、お願いします」
 かしこまりました、そう言って並べられた黒には少しずつ異なる色合いがある。
 夜空のように紺を帯びるもの、神秘さの中に拒絶を持つような紫。少し迷ったけれど、メアリが選んだのは他の色を持たない荘厳な黒だ。どんな姿を思い浮かべても彼はその色を持っていて、何より遊びのない厳粛さが彼のイメージに似ていた。
 強面で、愛想がなくて、なのに怖いと思わず、それどころか安らぎさえ覚えるのは彼に害意も私欲もないとわかっているからだろう。
 その厳しさは殆ど彼自身に向いていて、少し気がかりに思うこともある。不器用さが微笑ましいと思う時もあって、もっと関わりたいという不純さは混じってしまうけれど、彼を想えばこんな風に笑みが溢れるのだ。

 化粧に疎い事は店員に白状している、黒の扱い方を少しレクチャーしてもらって、黒と並べるように、自分の肌に近い茶色と、それより少し明るい薄茶を用意してもらい、パレットが完成した。
 一見はありふれたカラーなのに、自分だけ知る意味があるから少しこそばゆく感じる。

 大人っぽい赤の口紅が欲しい、そう告げれば店員は少し考え込む素振りを見せたものの、すぐに用意してくれた。
 彩度を抑え、落ち着きを帯びたワインカラー。店員の反応が気にかかって、自分には似合わないのかと尋ねてみれば、そんな事はないと店員は首を横に振る。

「大分……背伸びしてますよね」
「はい、それが目的ですから」
 片思い相手は5〜6歳ほど年上で、彼に届くようにと語れば、店員は大体予測していたとばかりに頷いた。
 彼は自分の事を見てくれない。いや、自分に限らず、昔恋人を亡くした彼は、心を殺してあらゆる事に無関心だった。
 わかっている、自分が酷く身勝手だという事は。
 興味がないと言われても彼の気を引きたい、傍にいたいし、触れたいし、自分を見て欲しいと思っている。

 この気持ちは独占欲なのだろうか、そう溢せば、店員は「その通りですね」と言って、口紅をメアリの手に置いた。
「相手の色を所望するのに、一人で来るお客様は大体片思いです」
 別に悪い事ではないと店員は前置きする、最初から、この店が渡すのは二人の色や相手を想った色ではなかった。問うているのは相手に向ける想いの色。ひたすらに自己中心的で、だからこそ独占欲の色と名前がついている。
 大人になりたい、釣り合うようになりたい、見向きして欲しい……メアリの想いから選ばれた色は、まさにそれだ。

「ここから先はただのお節介です、忘れて頂いても構いません」
 この色を、覚悟の色として受け止めて欲しいと店員は言う。
 想いの色はとても素敵な響きだけれど、決して恋の魔法ではない。それどころか、一方通行故に痛みを伴う事が多い。

 メアリの背伸びが、そもそも相手に気に入られない可能性。
 仮に上手く行っても、この色は相手を想った色で、そこにメアリらしさは余り考慮されてないから、そのズレが今度はメアリを苛む可能性。
「ズレ……ですか」
「背伸びは良くも悪くも身の丈を超えるという事ですから」
 大人のフリをしても、大人になれる訳じゃない。
 でもそういう形を作ったら、その通りに振る舞う事を要求される日が来るかもしれない。
 大人だからと、苦しさを飲み込む事を要求されるように。

「一方通行を承知の上で突き進むなら、覚悟を告げておくべきだと思いました」
 恋だけを夢見て選ぶと、この色はきっと辛くなる。
 覚悟の色なら、もしかしたら飲み込めるかもしれないから、と。

「恋のおまじないは……ないんですね」
 別にそれを目当てにした訳じゃないけれど、話に出れば少しくらいは夢見てしまう、でも。
「あるとしたら踏ん張るための勇気くらいです、魔法は当人のところにしかありませんよ」
 ……そうなるのだろう。

 痛みを覚悟しろと、店員は言う。
 メアリはその言葉を暫し反芻する、彼に向ける思い、それを振り払われる痛み、そんな事は何度も経験したけれど。
「……出来ません、痛みを受ける事は出来ますが、覚悟する事は出来ない」
 だって、好きで、夢見てしまうから。それが背中を押すから、覚悟してたらきっと心の方が先に折れている。
「これは『夢見る色』で構いません……きっと、それが私の恋だから」
 口紅を大切に抱え込んで、強く握り込んだ。
「やせ我慢でもなんでもする……! 試してもいないのに諦められない……!」
 そうですか、そう言って店員は困ったように笑う。
 良いとも悪いとも、大丈夫だとも言わなかったけれど、やせ我慢って大人の条件らしいですよ、とだけ言ってくれた。

「……心が折れなかったら、またどうぞ。女性は一度でメイク上手になる必要はありませんから」
 想いを応援しています、それだけ告げて、店員はメアリに一礼した。

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【ka6633/メアリ・ロイド/女性/20/機導師(アルケミスト)】
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2019年01月09日

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