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『求むる術は何処にありや〜消えぬ焦燥と禁忌の扉 』
満月・美華8686

 …恐ればかりが先に立つ。

 進むべき道はそこにしかないとわかっていても、決心は何度も揺らいだ。そんな揺らぐ己の心と何度も何度も語り合い、悩める魔女――豊満過ぎる太母の巨体を持つに至った満月美華は、漸く、屋敷から外に出る。
 刻一刻と膨らみ続ける巨大な肉体をやっとの思いで何とか動かし、慎重に慎重を重ねて一歩一歩先へと進む――どのくらいぶりともわからない『外出』の敢行。何処まで歩けば、辿り着く。乗り物に乗る事自体もまた大仕事。勝手知ったる自分の書斎とは違い、余所の書架では書物を手に取る事すら大いなる苦行を伴う。…見てみたいと思った目的の書に上手く手が伸ばせない、自分の肉が邪魔で目的の書が探せない――見える範囲がどうしても狭い。だからゆっくり移動して、自分の肉に隠れていた場所も幾らか見えるようになったら――改めて同じ場所を慎重に探す。…それだけの事でも、普通サイズの人間の倍以上は時間と労力が掛かる。

 これで、書物が――有用な文献自体が見付からなかったら。
 また、苦行が――試練が、この身にどんどんと覆い被さって来るのは目に見えている。
 そう思っただけでも、ただならぬ恐怖がまた募る。

 …今以って膨らみ続ける腹の肉は、美華の努力をただ、嘲笑う。



 …また、大きくなっている。

 屋敷に帰宅して、ふとした時に自覚する。これまでは普通に通れた筈の部屋の扉に、お腹の肉が引っ掛かったのだ――勿論、扉の口が縮んだ訳では無い。美華の肉体の方がまた膨らんだのだ。…そう自覚すれば、また身体が重くなっている事にも気付く。が、そろそろ「重さを感じる」分水嶺は越えている。どちらにしても碌に動けないのだから、重くなる分には最早あまり関係無いのだ。…うっかりすると自重で骨が折れるかもしれないけれど。繊細に繊細を重ね注意して――自重に耐えられず骨折と言う情けなさ過ぎる事態だけは何とか免れる事が出来ている。その辺りの機微は最早曲芸の域かもしれない。…私は何だ。サーカスの芸人か何かか?

 違う。…私は豊穣の魔女だ。私は不老不死と言う叡智を求める魔術の徒。

 ああ、と慨嘆するが、嘆きに浸っている暇は無い。外出まで敢行したのに大した成果は得られなかった。余所の書架で見付かったのは、既に屋敷にある文献資料と重なるものばかり。それは高名な魔術師足る祖父がそれだけ有用な文献を集め保管していたと言う誉れでもあるのだろうが――つまりは、それ以上の知識は求めても最早望めないのか、と絶望に繋がる結論しか見出せない。目の前が真っ暗にもなり掛ける。
 新たなる霊感――術式の足りない部分を埋めるインスピレーションに繋がるような、ピンと来るような書物も特に無かった。ならばと新たに決意を固め、更なる苦行になるだろうフィールドワーク――文献に頼らず己が手で一から調べる事も辞さない構えで別の手掛かりを探そうと試みるが…そこまで実行に移す前に肝心の身体の方に限界が来た。もう動けない。
 だが倒れるのはせめて屋敷に戻ってから――その一念で、今度は何とか帰宅。

 結局、成果らしい成果は出ず終い。

 それでも、諦める訳には行かない――無理を押して一度は外に出たのだ。魔女足るもの、その豊潤な感性を以ってすれば何か新しい叡智を無自覚の内に見付けている可能性だってあるかもしれない――そう信じて、これまで何度も試みた未だ成功に至らぬ術式を、気持ちを新たにしてもう一度試みる。
 今度こそと言う期待と、成功する筈が無いと言う諦めが相半ば。屋敷にある実験室にて、魔術書を手に実験を施行。己が知識で改良を重ねた魔法陣を用いて、己が身に有り余る命を分割。分割したそれらの一時的な保管場所――とするべく、新たなマジックアイテムを精製するのだ。
 もしこれが成功したなら、私の肉体も元通り縮むだろうし、分けた命を安全な場所に複数保管する事だって出来る筈――そしてより、不老不死に近くなる。こんな肉塊染みた巨体の姿ではなく、元通りの姿な私のままで。

 魔法陣の力を借り、魔術的言語の力を以って訴え掛ける。精製する対象として選んだのは宝石――命を象徴する赤い石。妙なる輝きを示す石は魔術とも命とも親和性が高い筈。種類を選べばよりその潜在的な力は増大する――魔法陣が、赤い石が魔術的な光を帯びる。魔術行使の昂揚と共に、否が応にも期待が高まる――今度こそ、これなら…!

 と。

 確信を得たところで、ふっと唐突に魔術的な光が消え――更には無情にも、赤い石が砕け散る。
 失敗。
 何度見直しても、その厳然たる事実は変わらない。
 また、駄目だった。
 絶望に打ちひしがれ、辛うじて巨体を支えていた力が、一気に抜ける。
 ズダァン、と凄まじい音がした。直後、屋敷が揺れる――骨が折れるかもとかそんな無意識レベルの配慮の余裕すら無かった。…落胆によるごく単純な脱力。それだけで、美華の巨体はその場に倒れ――すわ地震かと疑われる程の揺れを齎す事となる。実験室に置かれていた什器が倒れる。本棚も。その場にあった数多の魔術的実験道具が滅茶苦茶になり、美華の巨体に降り注ぐ。それでも結局膨れ上がった肉体がクッションになってか、怪我らしい怪我をする事も無く済んだのは――とんだ皮肉である。…恐らく、骨も折れていない。

 ああ、もう自分ではどうしようもない。
 有り余る生命の力で膨らみ続ける我が身。命を分割してアイテムに保管、と言う発想は悪くないと思ったのだが、何が足りないのだろう。それともこれは失敗して当然の、見当違いの発想だったのだろうか。

 ならばいっそ祖父の伝手を――魔術的な関係を頼ろうか。

 …いや、それはどうかと躊躇する。魔術師とは善人ばかりではない。それどころか――己の求める真理の為なら倫理など度外視で何でもするのが当たり前、と言う方が魔術の徒として普通の考え方だ。そんな相手に――この私の姿を、状況を見せたらどうなる? 下手をしたら当の私が実験材料にされかねない。

 それでは、駄目だ…!



 翌日。

 美華は相変わらず巨大な腹を抱え、まんじりともしないまま今日も魔術の考察と実験を続けている。
 不老不死、そして同時に新しい「まともな」体を手に入れる術。思案の間にも、刻一刻と腹は膨らみ続ける。最早外出を試みる事自体が無理に近い。屋敷内の移動すら、ぎりぎりだろう。
 昨日は何が悪かった。何が足りなかった。そもそもの考え方に間違いがあるのか。ならどう考えればいい。急がなければ。これまでに得た知識を総動員する。身体が碌に動かないのだから頭くらい並以上に働いてくれと切に願う。魔術師ならば己の求める真理の為なら対価を惜しまない。それは魔女だって同じ――いや。魔女とはそもそも契約に全てを捧げ、身を捨ててから始まるのかもしれない。勿論、身を捨てるのと不老不死となれば正反対もいいところだが――身を捨てるにも等しい、もっと大きな、対価さえあれば?

 それは禁断の領域。禁忌への扉を開ける、愚かしい行い。
 わかっていても――それを是とするのがするのが魔術の徒。

 そう考え方を転換したら、美華の頭に浮かぶ魔術的手段が増えた。

 …外出の成果はあった。
 そう、新たに広がった見聞で、魔女は更なる「愚行」に手を染める事が出来るのだから………………



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8686/満月・美華(まんげつ・みか)/女/28歳/魔女(フリーライター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 満月美華様には二度目まして。
 今回は発注有難う御座いました。

 そして今回もまた大変お待たせしてしまっております。

 内容ですが…えぇとまず前回ノベル時から、満月美華様の中にある「有り余る命」について勘違いしていたかもしれない、と今更になって気になっております。過去作品等を拝見するとどうも赤ん坊的なイメージで自分の命のスペアを孕んでいる、と言うのが基本のようなので…ああ、地母神系で腹が大きいならそれはそうだよな、とは改めて腑に落ちたのですが、ほぼキャラ情報だけしか見ていなかった前回、全然そんな気で書いておりませんでした。
 なので今回も一応、続きと言う事で前回に引き続きの路線で濁させて頂いております。赤ん坊的に孕んでいるようにも読めば読める形にはなっていると思いますが…。
 また、魔術絡みの諸々について具体的な言及がなかったので、こちらなりの解釈で弄らせて頂いております。
 それから…儚げ、になってるかどうかも悩ましいところだったりしますが…。

 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 では、次はおまけノベルの方で。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月10日

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