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『天国館奇聞【2】 』
海原・みなも1252

 車は住宅街を走っていた。
 ハンドルを握っているのは草間だ。みなもは助手席で草間探偵事務所から持ち出してきた資料ファイルを読んでいた。
「うーん…。あの、草間さん。共通点ってないんでしょうか。失踪したときの状況とか、被害者の共通点だとか。若い女性ばかりが狙われているってこと以外で」
「うん、あ、ちょっと待ってくれ、ここの番地わかるかい? その辺りに書いてないかな。――で、それが難しい。まず被害者の背景の共通点だが、失踪した彼女たちの家族や近所の人にも当たってみたんだ。俺からもな。だが今ひとつはっきりとしない」
 みなもは助手さながら、左後方に過ぎ去りかけていた電柱の腹の番地表記を読み上げる。
「で、えっと、そうなんですね。はっきりしない…。あ、あれ? でも待ってください。『はっきりとしない』ってことは、『無い』というのとも違うってことですか?」
 草間が「いいツッコミだ」と笑った。
「彼女たちの背景に共通点はないかというのは俺も考えたんだ。家庭環境だとかね。だが当の家族たちに訊いても首を傾げるばかりか、”おぼろにしか覚えていない”。自分の娘のことだろう? 何でそうなる」
 行く手に赤の信号が見えてきた。車がゆっくりとスピードを落とす。
「そのくせ彼らに冷たさや薄情さを感じるかと言ったら、そうでもない。何かこう…ぼんやりとした反応しか返ってこないんだ。本人たちもそれなりに思い出そうとしていたようなんだが」
「それは…つまり、『思い出せない』ってことですか?」
「わからんが、そんな気がしたねぇ」
「どのおうちの人もそんな反応だったら、…ひょっとしたら、記憶の操作が」
「だよなぁ。俺はそう何件も見て回ったわけじゃないから、共通点、とまでは言えないんだよ」
 草間が資料ファイルを指さした。
「みなもちゃん、ソイツをもう一度見てくれるかい? 失踪場所と事件発生時の時間帯をピックアップした資料があるはずだ」
 資料ファイルの最後の方に、地図を綴じたファイルがあった。取り出して広げてみるとそれは大判の地図で、記号と数字があちらこちらに書きこまれていた。
「赤い丸印は被害者の家。バツは失踪ポイント。三角は被害者の目撃ポイントで、あとは時刻だな。広範囲に渡るんで何枚かあるはずだ。で、だ。被害者の失踪場所に共通点はないが、あえて挙げるならば、人通りの有無は関係ない。時間帯も同様だ。自宅や学校の前で失踪した、という例もあれば、極端な例だと、夜早い時間の商店街。一方で、早朝に土手沿いの細い道で消えた、という例もある。人目の有無は全く意識していないのではないか、という見方が現在の大勢のようだ」
 地図にちらばる記号を目で辿りながら、「その瞬間」をみなもも想像してみる。いくら非力な女の子であったとしても、赤ん坊ではない。無抵抗に攫われるということばかりではないだろう。悲鳴をあげるかもしれないし、暴れるかもしれない。それを目撃されるリスクを考えずに、はたして実行できるだろうか。
「人目を気にせずにって、普通の人間じゃなかなかできませんよね。それにやったら誰かに見つかるはずです。でも犯行の現場を目撃した人は誰もいないって。それじゃやっぱり、人外のモノの仕業なのかなぁ…。あ、そういえば、現場に犯人さんの髪の毛が残っていたとか、そんなのはなかったんですか?」
 細い路地に入ったふたりの車はいよいよ徐行で進む。草間は建物を探すようにしきりに窓の外を見回していたが、
「…遺留物なら実はある。用意周到なヤツのようで指紋も髪も見つかっていないが、一つだけ、犯人が現場に残していくものがあってな。石だ」
 まっすぐにみなもを見た。その表情が、それが解けない謎の一つであることを告げていた。
「石…? ええと、犯人さんがわざわざ置いていっているってことでしょうか」
「たぶんな。置き忘れたものではなく、おそらくは意図的に残していっているのだと思うが」
「どんな石なんですか?」
「それが、ごく普通の石でな。どこの石と特定しようにもそこらの道端に転がっているような石で、石質に統一性もない。ただ、形に特徴がある。並べた写真も後で見せるが、どれも大体しずくのような形をしているんだな。売り物のような精緻さはまったくないから、自分で削るなり磨くなりしているんだろうが…。ちなみに研磨の痕跡から手段をあぶり出そうとしたらしいが、分析にかけてもわからなかったそうだ。そんなでな、わかりやすくそんな石が置いてあるんで、一連の事件は同一犯だろうってなったわけさ」
「…犯人さん、慎重で大胆なんですね。でもしずく…。わざわざ現場に置いていくのがしずくの形の石だなんて。意外とロマンチストなんでしょうか…」
 草間が笑った。ロマンチスト、というみなもの言い方がおかしかったらしい。
「俺はてっきり怪盗の挑戦状みたいなものかと思っていたよ。妙なこだわりがあるのは間違いないよな。でもさ、みなもちゃん、ロマンチストだったら綺麗な石を置いていかないか?」
「そこは、普通の石ですもんね…。ううん、変な感じ…。それに、何のしずくなんでしょう? 被害者の失踪現場に落ちていた、しずく…。水。――…あ、もしかして、涙?」
 みなもが、ぽん、と手を打った。どうですか、と草間を見る。
「涙。なるほど、被害者の?」
「そうですね…。ふつうに考えたら。でも、ひょっとしたら犯人さんの涙かもしれませんし」
 草間は家々に挟まれた道の路肩に車を停め、エンジンを切った。
「…なるほどなぁ。具体的な形を取っているからには、挑戦状であろうがなかろうが、メッセージや意味が付帯している可能性は高いんだ。それが事件を解くカギになるってのはよくあることでな。だから、そういうみなもちゃんの勘、直感みたいなものが、今の俺には必要なんだ。みなもちゃんの力も含めて、な。――さて、着いた」
 こみいった住宅地を歩きだして少しすると、急に視界が開けた。伸び放題の雑草が生い茂っている敷地のただなかに、古い洋館が建っていた。樹木も長年人の手が入らないまま風雨にさらされてきたようで、立ち枯れているもの、奇妙に背丈の高くなっているものや折れた枝が風に揺れているもの、と荒れ放題の様子だ。
「酷いな。まあ、無理もないか…。ひとりで住んでりゃ手が回らない」
「家の人はひとりで住んでらしたんですか?」
「らしいよ」
 鉄門扉の正門はかたく鎖されているようだったが、草間はどこかに電話すると、携帯を肩に挟んで話しながら門の装飾枠の隙間から何かを抜き出して、門の錠を開けた。マスターキーのようだった。
 重い音を立てて開いた門からふたりは敷地の中に進んだ。正面に見える洋館も修繕されることなく随分と歳月が経っているようで、汚れきった窓に破れ落ちたカーテンの切れ端が見える。
 エントランスへと伸びる石畳もひびが入って草が生えているばかりか、めくれて割れた石が横合いに散乱している始末だ。
「…『天国館』と言うらしい」
 草間が呟くように言った。
 みなもはもう一度、洋館の全貌を眺めてみた。陰鬱な色調に建物全体が染まっているのは経年のためだろう。
 だが。みなもは眉を顰めた。外観ではなく漂ってくる空気自体が「天国」のそれとは程遠い。
 草間がみなもの先に立ち、玄関扉に手を掛けた。
「さ、中に入るぞ」
 草間の事務所を出たときは晴れていたのが、いつの間に陽が隠れたのか、すっかりと灰色の空模様だ。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252@TK01/海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA001 /草間・武彦 /男/30/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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たいへんお待たせいたしました、「天国館奇聞」の第2話をお届けします。
探索篇前編、次回は探索篇後編でございます…。4〜5話完結予定です。
あらためまして、ありがとうございました!
東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月11日

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