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『沈む月。そして夜明け 』
煤原 燃衣aa2271)&世良 杏奈aa3447)&火蛾魅 塵aa5095)&アイリスaa0124hero001)&阪須賀 槇aa4862)&無明 威月aa3532)&九重 依aa3237hero002)&楪 アルトaa4349)&藤咲 仁菜aa3237

プロローグ
 
 アルトはかろうじて息をしていた。硬い地面に寝転がり、止血した肩の痛みに耐えた。
 ヴァレリアとの短い戦闘、アルトは護身用最低限の武器しか使えなかったがヴァレリアを退けることに成功した。
「あいつ、弱かったな」
 アルトはうつぶせになってから体を起こし、ふらつく足で倉庫の中へ。
大事に抱えた相棒の心臓の鼓動に導かれそれに歩み寄る。
「力を貸してくれるのか?」
 残骸であったはず、死骸であったはずのそれが脈打つように鼓動する。
 アルトは血の塊を吐き出してそして骸の山に足をかける。
「このままじゃ終わらせねぇ」
 涙をこらえることもなく流し、そして使える残骸を探す。
「ぜってぇ認めねぇ。ぜってぇ全部取り返す」
 血反吐を吐いても、この夜を越える。そうアルトはまだ歩みを止めずいる。

第一章 月が落ちる日

 威月はただ笑っていただけなのに。
 槇は思った。
 彼女がここまでの仕打ちを受ける必要があったのか。
 救えなかったという罪、護れなかったという罪がここまで重たいのか。
 仁菜はそう思った。
 そして燃衣は。自分の贖罪を求め、あの日、幼き頃の因縁を追い続けていたせいで自分は今、かけがえのない仲間を失ったのかと思った。
 次いでそれぞれが思い出すのは……。
強くなりたいと決めたあの日。
 自分の無力さを痛感したその瞬間。
 そして思う。
 あの時から自分は一歩も、前に進んでいないのだと。
 少女の肉が泡立った、威月は呻きとも笑いともつかない声をあげ、その足はふらふらと頼りなく地面にただ接しているのみ。
「ねぇウサギちゃん、これでわかったでしょ。あんたが背負ってたものや受けた傷なんて、私達と比べると軽いんだって」
 歩くこともままならず、ただただそこに醜い姿をさらすのは彼女にとってどれだけの苦痛だろう。そして彼らの目的はなんだろう。
「笑えてたのはあんたが笑える人生を送ってきたからなんだって。これがあいつらが背負い続けて、ソシテもう一度対面した本当の絶望ってやつには及ばない。あははははは」
 ヴァレリアの声が木霊する。絶望して膝をつく仁菜。
 威月はその魂を燃衣の幼馴染と融合されていた。それだけではない。その姿ももう人と呼べるものではない。
 ただ、その姿の中に確実に威月の面影は存在した。
 燃衣は一歩一歩、歩み寄る、縋り付くように。
「たいちょ…………。なぜ、ないているのですか?」
 歩み寄る化物、いや…………威月。
「やぁ、迎えに来たよ」
 変わり果てた姿の威月にそう、アイリスが歩み寄る、するとかろうじて人間らしい表情を残す一部分で微笑んで見せる威月。
「アイリスさん。今日も来ていタンデスね、お時間があったらまたお話聞かせてください。 アイリスサンの世界のお話し、キキタイナ」
 姿の変質も、魂が増えて混ざって歪んだ状態も、一切合切が些事だと言わんばかりにアイリスは何時もの態度で威月に微笑みかける。
 人の世の理から外れた神秘そのものな存在にとってはこれすらも絶望の底ではないのだ。
「心配はいらない。この場で治療はできなくても保存はできる」
「心配? 何を心配する必要があルンデスか」
「君は戻れるということだよ」
「もどるって? 私は私なのに。何に戻るのですか? 私は暁のメンバーで、私は燃衣君の幼馴染で……」
 威月は口を開けば痛々しい言葉を羅列する、それを受けてアイリスは思案した。
(とりあえず封印して対処法ができるまで安置がベターかな……)
 その計画には相当な無理があることをアイリスは承知の上で何かないかと考える。
「どこか、いたみますか? みんなぼろぼろで、隊長も、すぐにかいふくしますからね、燃衣君の体…………どこが痛いかわかるよ、だってずっと見てきたから、みんなの戦い」
 告げると威月は燃衣の頬に手をかけた。その光景を見て杏奈は我に返る。
 杏奈には見えていた、その魂がビリビリに破かれそして繋ぎ合わせられたその光景。
「その子、魂が無理やり接合させられている」
 その言葉に燃衣は表情を曇らせた。杏奈は父の言葉を全員に聞こえるようにその口で復唱した。
「生きている人の魂と死者は相いれない。性質そのものが違う、熱した鉄の塊と氷の塊みたいなものよ、ただでさえその塊は半分に切り分けられて無理やり繋がれている。どちらの魂も痛むはずよ」
 悲鳴こそ上げないものの、のた打ち回るのが杏奈の目には見えている。
「君は威月さんの記憶を受け継いで、いや…………違う。もう何が誰の記憶なのかもわからないんですね」
 その言葉を受けて視線が威月と燃衣に集中する。燃衣は威月と視線を合わせた。
 燃衣は戸惑いの表情を浮かべているが、威月は違う。
「あなたは、壊されてツギハギに……なぜ、あなたがこんなめに会わなければいけなかったんですか?」
 まるで威月は この惨状が目に入らないかのように振る舞う。
「僕のせいだ。僕にかかわったからみんな、血まみれになって。そしてあなたは化け物になってしまった。」
 潤んだ瞳、赤らむ頬。うっとりと燃衣を見つめ、その手を伸ばす。涙を流す燃衣、その頭を威月は撫でる。
「威月ちゃん、いえ、あなたはもう誰でもない」
 杏奈の言葉に威月は反応しない。銀志がみみもとで「魂が劣化して、音が聞えなくなってきたんだ」と告げた。
「ごめんなさい、僕がラグ・ストーカーを追おうなんていわなければ、傷つく人もいなかったし、犠牲者もでなかった。僕は、僕は隊長失格だ」
 復讐を心に決めて今日まで鬼として生きてきた。しかしそのせいで威月は。
「隊長、復讐なんて、やめましょう。どうか私が死んでも鬼になどならないで」
「そうだ、僕は復讐なんて考えるべきじゃなかった。威月さん、戻りましょう。そしてもう僕らは穏やかに暮らしましょう。それが一番いい」
「や、やっと威月たん、会えたのに、こんなのってアリかお……ふざけんなお! ふざけんな!!」
 槇が声を上げる。フラッシュバックする、記憶が、威月と過ごした時間が。
 槇は顔をあげた、そして隊長を激励するつもりで声をかけるも、裏返った声交じりになってしまう。
「隊長、どうすれば威月たんを救えるんだお。隊長。なんとか言ってほしいお」
 燃衣はその声に視線だけを返す。
「隊長!」
 槇の声は燃衣に届いている、しかし槇が望んでも威月は手遅れであり、燃衣がいくら願ってももう、威月は会話が成り立たないほどに壊れていた。
「復讐を望むあなた、それは本当の貴方じゃない」
「そうですね、そうだ。僕は十分幸せだった。だからもうよかったんだ。僕は戦わないほうがよかった」
 いっしょに帰ろう、そう燃衣が口にしようとした矢先。
「清を……彼を止めて」
 その言葉に燃衣は目を見開いた。
「威月さんなにを……」
「戦うなら……皆の為に、未来の為に」
 わけが分からなかった。威月は自分に戦ってほしくないのでは、そう思った。
「威月さん、あなたは」
「……顔を、見せて……目がよく……」
 そして燃衣の開いた口を、唇が覆った。
 柔らかくて湿った感触。首に回された腕。彼女の体温。
 何度かその体に触れたことはあった。ことごとくそのあと殴り倒されたが。それでも覚えている。
「威月さん、もう帰りましょう。あなたを殺さないとこの先に進めないというなら、僕らはここでもう戦いをやめましょう」
 威月の体温。その香り。
 燃衣は、威月があの時のままだということに涙を流した。
 数秒の沈黙のあと。少女は潤んだ瞳を伏せて燃衣から離れる。唇を異形の手でなぞると、悲しそうにはにかんだ。
「……ずっと、ずっと好きでした」
 燃衣はその言葉に拳を握りしめる。
「純朴な優しい貴方が。平和の好きな貴方が。他人の為に泣ける貴方が、怒れる貴方が」
 その一言、一言に燃衣は身を切り裂かれるような気持ちを味わった。
「そんな貴方自身が幸せになって欲しいと思いました」

「化け物のキスは……イヤ、でしたか?」

 その言葉に仁菜は涙を流す。杏奈は魂と魂の言葉が重なったことに驚いた。
「あの子たちは一つなのね」
 燃衣は戸惑いと、恥ずかしさとそれを凌駕する悲しさを胸に抱いている。
そんな燃衣を気にしてか威月は毎朝見せてくれるようないつもの笑顔で言った。
「もう悔いは一つも……」
 その時だ、燃衣と威月は再び引き離されることになる。
「まずいな! 逃げろ! 君たち」 
 地面を吹き飛ばす弾丸。
 アイリスは反応した、護れるはずだった。しかし直後アイリスの上空から降り注いだのは無数のレーザー。 
 360本の熱量の束はまるでアイリスを閉じ込める檻のように機能する。さらに、そのレーザーの外側には魔方陣が設置されている。
 魔女お手製の遠隔術式である。ただ、これはアイリスを閉じ込めるためのものではない。
 アイリスならば自分の命を削ってでも仲間を守るだろう。だからアイリスを強化している術式を一緒に焼き切る必要があった。
 それは地面深く焼き払いその性質を自然物から人工物へと変化させる。 
 アイリスの足元。いやこの戦闘フィールド全体が姿を変えていく。
「ガラス……」
 土も石も溶けてガラスに変わっていく。それが魔女の用意した術式、アイリスを閉じ込める人工物の檻である。
 次いで直後全員が感じたのは熱量、風圧、そして爆炎。
 舞い上がる土ぼこり、感じるは全身の痛み。
 燃衣は地面をバウンドして転がった。起き上がる。体の傷を確認している暇はない。視線を巡らせる。
 何が起こった、威月は?
 響くヴァレリアの笑い声。
 そして土ぼこりの向こうから彼が現れた。
 涼しい顔をして、血に濡れた拳を払って。そこに佇んでいるのは塵。
 背筋が冷えた。
「ちっ、むなくそわりぃ仕事だぜ」
 その土煙が張れた先に転がっているのは胴体から引き裂かれた少女の死体。
 血がだくだくと零れ落ちて地面を濡らしている。
「ああ、あああああ、ああああああ!」 
 真っ先に叫んだのは槇だった、その銃を乱射するも霊力の通わない弾丸などポップコーンの様なものである。
 それを塵は煙草を吸いながらはじいた。
 塵は熱量を操作してその弾丸を溶かしてそらした。朱雀の技の応用だ。
 その合間に左手で空中の何かを掴みとる。
「その子たちをどうするつもり!」
 杏奈の言葉に塵はにたりと笑う。槇には何をしているかよくわからない。だがそれを許してはならないことだけはわかる。
「弟者?」
 槇は弟とつながらなくなった回線を何度も繋ぎなおそうとする。
 でも無理だ。解っている。 槇は失敗した。
 何より、弟もこの光景には耐えられない。
 し、死、し、死。沢山見てきたはずだった、何なら槇は殺める覚悟もしていた。
 けど、けどこの光景だけは見たくなかった。
 仲間が死ぬところなんて。
 もう、友達と語らうことが出来なくなるなんて。
 永遠のサヨナラなんてもう、来ないと思っていた。
 錯乱した槇が真っ先に頼ったのは仁菜。
「仁菜タン! ああ、ま、まもって、傷が。傷を治してくれお、仁菜たん。威月たんの傷を」
 しかし、仁菜は一切の反応をみせない。
 共鳴も出来ず抜け殻のよう。それはただの足手まといだった。槇は縋り付く様に這って仁菜のそばへ。
 仁菜は視線だけを槇に向けた。
「仁菜たん」
「もう、無理だよ」
 仁菜はかすれた声で告げる。
「私諦めちゃったもの。
 もう守れないって思っちゃった。
 リオンだって答えてくれなくなっちゃった」
 ひび割れた幻想蝶。それは決定的に仁菜の、そして相棒の心が折れてしまったことを証明していた。
 兄と慕う人が泣いていても、もう仁菜には何もできない。
「ごめんなさい、ごめんなさぁい、 おにいちゃん、私もう、何もできないよ。なにも」
 傷ついて潤んだ瞳は、瞬きするだけで大粒の涙をこぼした。
 無力感。敗北感、絶望感。
 ヴァレリアが言い放つ。
「あんたら、一人じゃ何にもできないのに。自分じゃもう何もできなくなっちゃったね」
 悪意100%の言葉に誰もが膝を折る。
「威月たん」
「アンタらの友達は死んだ! 護りきれなかったんだよ、暁」
 友達が死んだ。
 あのチームメンバーの中で、穏やかで、華のように すみっこで揺れていた彼女。
 その笑顔も、その声も、その背中ももう見ることはないのだ。
 もう、会えないんだ。
 泣きじゃくる仁菜。その肩を支えるには槇の両手はか細すぎる。
「おれには何もできねぇお。誰かを頼ってばっかだお」
 槇は地面を叩く。
「威月さん、僕もあなたの事が好きでした」
 燃衣はポツリとつぶやいた。血と砂にまみれながら立ち上がり。
 そしてもうとどかない言葉をただただ空に放つ。
「それが、幼馴染みに向けたように、恋心なのかはわかりません……けど」
 自分にとって威月は無くてはならない存在だった。
 だから。
「……オマエ、シネヨ」
 燃衣の言葉に何重にもエコーがかかる。
 脈動するように言葉が、感情がねじれ。燃衣が纏う炎に紫色の輝きが混じる。
「無様にしねよ」
 その炎はやがて黒い炎に飲みこまれ。燃衣の腕からタトューの様なものが全身へと巡っていく。
『瞋恚』塵の中でその言葉が浮かび上がる。
「ここまでは順調かぁ?」
 告げる塵の言葉に燃衣は、親指で涙を払ってこう返す。
「じゃあ、塵君が死ぬのも計算の内ですか?」
「できんのかよ」
 その次の瞬間である。燃衣が塵の視界から消えた。


第二章  黒く染まる涙

 塵はこの時を待っていた。
 燃衣の理性が完全崩壊した折、憎悪を力とし『収穫』を妨害し異空間を開くその時を。 
 塵は腰に括り付けられている巻物を指でなぞる。
「ここまでは順調かぁ?」
 魂も回収した、ついでにアイリスも無効化している。
「これでは封印も何もあったものではないな」
 アイリスのつぶやきを確認する塵。
 実はあの術式でもアイリスに止められる可能性はあった。だが一瞬戸惑ってしまったのが運のつきだ。スピードなら塵に部がある。
 もしここでアイリスが襲いかかってきたとしても今の暁メンバーほとんど戦闘に参加できない。
 十分逃走可能だ。
 そう脳内で工程を確認した、次の瞬間である。
 燃衣の姿が視界から消えた。
 戸惑う塵。なぜなら、塵の反射神経をもってして捕えられない動きはないからだ。
 ただもし何らかの手段で燃衣が塵より早く動くことが可能だとしても塵には炎熱の防壁がある。燃衣が近付くことはできないはずだった。
 だが燃衣はそれも割って入り、全ての熱、炎を飲みこんで、塵に一撃加えた。
「虐鬼王拳」
 人の反射神経には限界がある。
 どれだけ強靭な神経をもっていても、どれだけ反応を鍛えようとも。
 光の速度、という限界が存在するのだ。
 人はひかりを使ってものを見る。
 つまり、目に光が入った瞬間にはもう命中しているという状況を作りだせば、その攻撃は必ず当たる。
 では、その目に光が入った瞬間に攻撃が当たっているという状況を作り出すにはどうすればいいか。
 それは簡単だ。
 攻撃を光の速度に近づければいい。
 例えば燃衣のように。
 虐鬼王拳はそれを可能にする亞高速の一撃。自身の腕を一瞬光に置換。当たった瞬間に再形成して敵の内臓をえぐり飛ばす。
「がはっ!」
 塵の腹部が血に染まった、燃衣の拳がにちゃりと肉をこねる。
 それをみてヴァレリアは笑った。
「危険戦力全員が動きを止めている……」
 威月、塵、燃衣。アイリス。全員がこの場ではすぐに動けない状況。それどころか他のメンバーも無力化されていて……だったら。
「処理は簡単。殺せる」
 ヴァレリアが何事かをしようとした時だ。巻物が起動する。魔女お手製の『呪い』が詰まったそれが展開されると暗き光で燃衣を包んだ。
 塵はあわてて跳ぶ。距離をとる。腹部を押さえながら暁メンバーを振りかえり。
 そして吐き捨てるように言った。
「ま、お前らも頑張れよ」
 塵が消えたことでヴァレリアは動く。
 その手に握った拳銃でまず槇の肩を打ち抜いた。
「あがああああ」
 のたうちまわる槇。
 燃衣がその眼前に立つ。
「私をコロスっすか? 隊長」
 そうヴァレリアはVVであったころにみせた人懐っこい笑顔を見せる。
 だが燃衣はすでにヴァレリアを敵だと認識している。
 槇は動く左腕を燃衣に伸ばした。
「やめるお! 隊長!」
 振り下ろした拳、それは。
 鎖繰の肩にざっくりと突き刺さった。
 鮮血が燃衣の頬を彩る。
「鎖繰さん……」
「燃衣。お前。もう後悔したくないんじゃないのか?」
 鎖繰はふるえる腕で燃衣の手を掴む。
「燃衣。解ってるだろう? 彼女だって被害者だ」
「解りません、退いてください。僕はもう、振り返るべきものなんて何もない」
 助けると誓った人は今、肉片になってしまった。
「皆さんも、ここで、ここであきらめたら彼女の犠牲はどうなるんですか。僕らは前に進まなければならない。ここで止まってはいけない」
 だったらもうなんでもいい。そう、燃衣は思っている。
「VVたんも被害者ってどういうことだお?」
 槇が問いかける。
「言わないでください」
 VVがそう視線を伏せていい放つ。
「こいつはかつて、両親の血肉を食らい生き延びた。その時に継承したのは魂もだ。VVは時折、父や母に人格が入れ替わっている」
「鎖繰さん!」
 鎖繰はVVの言葉に首を振って言葉を続ける。
「結果肉体と魂の年齢がぐちゃぐちゃになってしまった。身体は成長せず、魂も成長しない。ただし融合した魂はお互いに干渉しあって。そうだな……お互いがお互いの体ですり減っている状態になる、それは想像を絶する苦痛のはずだ」
「なぜそのことを知ってるんだ」
「威月に聴いた、あとは彼女」
 その言葉に杏奈が驚きの表情を浮かべる。
「話せるの?」
「魂の波長が合うらしい。私に先ほどから情報を一方的に送ってくる」
 燃衣が目を見開く。
「彼女たちの魂はまだここにいるんですか?」
「半分だけな」
 鎖繰が簡潔にそう言葉を返した。
「それで、なんでVVたんがラグストーカーに寝返る理由になるおんだお」
「それはな、この世界で魂を扱える愚神はラグ・ストーカーにしか所属していないからだ、VVが望むのは魂の分離。そして自殺。混ぜ合わさった魂のままではこの世をさまようことになる」
 輪廻転生のシステムが伝え聞く通りでなくてもこの世に存在することを直感的に理解している燃衣だ。その話を笑う気にはなれなかった。
「死ぬための準備なんだよ。ヴァレリア。もう御前にとってこの世界は価値が無いんだな」
「当然でしょう? この世界なんて糞ばかりだ。欲望にしたがって抗って。失ったもののために誰かから奪い続ける。もうたくさんだ。私はこんなところにいたくない」
 この場所には絶望が溢れていた。
 ありとあらゆる絶望。
 世界はこんなに深かったのだ。
 仁菜は改めて思い知った。
「帰りましょう」
 仁菜が告げる。
「仁菜たん」
「私たちがここにいること自体が間違いだったんです。ほら。私の英雄もそう言ってる」
 そう仁菜はひび割れた幻影蝶をその手の中で転がした。
 声が聞こえるはずなんてないことは槇が一番わかっている。
 彼も弟の声が聞えないから。
「そうだおね、かえってネトゲでもするお。死んだら終りなんて人生やってられねーお、マジ糞ゲー」
 そう吐き捨てるように告げる槇。武装を全てしまい始める。
「お兄ちゃん?」
 槇の意外な行動に仁菜が視線を上げる。
「みんな、みんなはいいの? それで」
 杏奈が全員に問いかけた。すると燃衣は告げる。
「僕は一人でもいきます。むしろみんな帰ってくれるなら何の心配も死なくていい」
「仁菜たん、帰るお。疲れたおね。あとは隊長にまかせて、もう俺らじゃ手におえねぇお」
 仁菜は一瞬反論したいとおもって口を開いた。でも言葉が見つからない。
 言葉がどこにもない。
「そうだね、もう、終りにしようか」
 そう仁菜が告げると槇は口を押えて涙を流した。背中を震わせて。
 もう何度目の涙だか分からない。何のために泣いているのかも。
 怖いからか、ともだちが死んだからか、戦場から逃げられる安心感からか、生きている喜びか。 
 わからない、わからない、わからない。
 自分がどうしたくて、どうしたかったか。分からない。
「本当に戦意喪失したみたいね」
 ヴァレリアは穏やかな調子でそう告げた。
「私はね、あなた達全員を殺すようにいわれた。けれどもう 挑まないっていうなら追わなくていいとも言われてる」
 告げるとヴァレリアは銃を下ろした。
「けれど、燃衣。あなたはちがう。これから黒日向の前に出す。そこであなたは死んで頂戴」
「お安いご用です」
 そう歩き去ろうとする燃衣。誰もその背を見送らない。
 負けたのだ。その思いだけが全員を支配していた。
 その時だった。
「まだだ」
 一人の青年が幻想蝶から姿を現した。
 そしてすれ違いざまに槇の腹部を殴りつける。
「ごぱぁ。なんでだお」
「いつまでそうしてるつもりだ」
 冷たい怒気があたりを満たした。
 依が全員を見渡している。
「依……」
 仁菜が力なくその名前を呼ぶ。
「仁菜、見損なったぞ」
 告げるよりは仁菜を庇うようにヴァレリアとの間に立った。
「本当の絶望を知らない? うちの能力者を馬鹿にするな」
 そう言いは放つ依。
「実際に知らないっすから、そうやって地面転がってるんじゃないんすか?」
 その言葉に依は首を振った。
「それはちがうな。絶望で足を止めず、希望を掴むために進んできた。その強さを、足を止めて生きてきたお前に馬鹿にされる筋合いはない」
 仁菜と第一英雄の誓約は【最後まで守る事を諦めない】こと、窮地で2人の力を最大限引き出せる反面その誓約故に2人は前に進むしか道がなかった。
 だが依は知っている、そのおかげでどれだけの命が救われたか。
「けれど今回はそのせいで彼女は傷つき心が折れたはず」
「今回は、な。だが一度の悲劇で仁菜のこれまでの行いを否定させはしない」
 仁菜が顔を上げた。
「御前も、これまでの自分を否定するな。今日確かに御前は守ることを諦めたかもしれない。けれどそれはこれまで守ることを諦めなかった証明でもある」
 仁菜とリオンが“絶望も弱さも乗り越えて前に進む”ための誓約なら
 依と仁菜の誓約は“自分の弱さを受け入れる”誓約だ。
「思い出してみろ、普段の任務、仲間たちと駆け抜けた戦場。みんなどう言っていた?」
 仁菜の瞳が潤んでいく。
 仁菜はずっと探していたのだ。
 自分なんかが生きていていいのか?
「俺は、俺は仁菜たんに何度も助けられたお。仁菜たんがいてくれたからここまでこれたお」
 槇が声を上げた。振り返った拍子に仁菜の目から涙がこぼれる。
「俺も、御前に何度も助けられたんだぞ」  
 依は思っていた。生きている価値があるのか?
「それまで否定しないでくれ」
 両親を失った時から仁菜が感じていた思い。
 化け物である依が生まれた時から感じていた思い。
 自分が生きてどうしたいのか。

【これから一緒に、生きている意味を探そう】

 その言葉に仁菜は再び立ち上がる。
「仁菜は弱い。“全て”は守れない。
 だが、まだ手が届くところにある命を
 守れないと泣いて諦めるほど、弱くて小さな兎ではないだろう?」
 強気に笑って仁菜に手を伸ばす。     
 その手見つめる仁菜に。
 その姿を見て決意を固める鎖繰。
「私にその魂を移してくれ。世良さんあなたならできるはずだ」
 杏奈は膨大な魂と接触したことにより、魂の真髄を理解し始めていた。
「できるけど、それは……」 
 今のヴァレリアの苦しみをそのまま体感する行為だ。そんなこと許すわけにはいかない。それに。
「けど、魂の断片は火蛾魅さんが連れて行っちゃって。そうなるとまた魂のキメラというか。不完全な融合体に。VVちゃんよりもっと苦しいことになるけど」
「それこそ、私達のできることだ。この後のことはこの場をのり越えてから考えよう」
「正気っすか?」
 ヴァレリアが完全に虚を突かれた表情で問い掛ける。口調が素に戻っていた。
「それなら自分は、朱雀を呼ばないといけないっす。今の皆さんで勝てるっすか?」
 その言葉ににやりと笑ってアイリスが言葉を返した。
「変質して殺されて。なのに他人の体に間借りしてでも仲間の為に激励する」
 そんなすごく頑張っている少女をアイリスが好ましくそして面白く思うのは当然のこと。
「いいね。では暁が持ち直すまで私がこの場を死守しよう」
「朱雀を一人で相手にするつもりっすか?」
「大丈夫だ。このガラスの大地を大地の力が凝縮された宝石と再定義する。私は大地より宝石の方が相性がいい。神話の時代の私を取り戻せそうだ。私が朱雀をやる」
「アイリスさん」
 そう燃衣がアイリスを呼ぶとアイリスはその背中をバシバシ叩いた。
「君もだ。凝り固まった精神をしていないで、純粋に……いや、まだ無理か。でも走り続けている間にドロも落ちるだろう」
 アイリスがいつものように微笑むと場の空気がかわっていく。
「どうだい? 君たち、私達がこれほど言っているんだ。まだ絶望したままでいる気かい?」
「僕は個の先にいきます、そのために皆さんの力を貸してほしい」
「君たちは諦めず戦い続け、救った者の方が多いと私は思っていたのだけどね」
「されば立ち上がって戦え いかなる運命にも意志をもって!」
 その言葉に頷いて仁菜は依の手を取った。その目には意志が戻っていた。
「依、力を貸してくれる?」
 頷き光に包まれる二人。
 共鳴。
 しかしいつもと様子が違う。成長した姿。髪と同じく赤に染まった目。
 その満ち溢れる闘気にヴァレリアは溜息をつく。
「本当はこの手は使いたくなかったんすけどね」
 告げると空が裂けて燃える何かが突撃してきた。
 それは朱雀。
 全身を炎の鎧で固めた本気モードだ。
 その眼前にアイリスが立ち。仁菜がその横っ面を飛盾で殴って距離をとる。
「全ては守れなくても。今ここにいる仲間を、そして威月さんの思いを守るために」
 鎖繰はその体に魂を二つ抱いた。
「があああああ!」
「だ、大丈夫?」 
 杏奈が背中をこする中、鎖繰は胃の中のものすべてを吐き出してそれでも痛みと 苦しみに耐える。
「黒日向のところに行くぞ、決着をつける」
 刀を持って走りだす鎖繰。それに続く燃衣。
「お兄ちゃんはあっちに行って」
 槇は銃を構えながら仁菜の言葉に驚きの言葉を返した。
「何でだお」
「隊長と月奏さんじゃ心理戦とか頭脳戦で負けちゃう」
 槇はその言葉に頷いて走りだす。
 直後弟の回線が戻ってきた。
「状況は悪いことには変わりねぇお」
 三人は建物の中に突入する。
「君も行け」
 アイリスはガラスを溶かして大きな檻を形成、朱雀と自分を隔離する。
 仁菜は軋む体に鞭打って走る。体の限界なんてとっくに越えてる。でも守りたい意志は。もう折れない。
 地面を弾くように跳躍する仁菜。杏奈を抱きかかえてそのまま施設内に突入した。
 残されたアイリスはほくそ笑む。
「本気をだしてしまってもいいね?」
「聞こえたぜ、その魂の歌」
 その時だ、朱雀の放った熱波を真正面からねじ伏せるように巨大な何かが地面を割って現れた。 
 それはもはやスーパーロボットにしか見えない巨体。
 つぎはぎだらけのからだ。有り合わせの残骸から作られた奇妙な兵器の頭部には腰と両腕が埋まった状態がみえた。まるで機械にとりこまれたような形である。
 それは紛れもなくアルトが操る偽極姫がベースでありながら無数の武装、そして分厚い装甲で何倍もパワーアップしていることが見て取れた。
「おらあああああ!」
 その偽極姫はアルトが一からすべて作ったわけではない。
 アルトの幻想蝶が輝きコアとなったのだ。
 それがなにを意味するか、アルトには分からない。
 ただ、幻影蝶から溢れる暖かな光はアルトに力をくれる。
 その力はあまりに自然にアルトの体になじんだ。
「ぶっ飛べ! 大盤振る舞いだ!」
 振り上げたダーインスレイブを核としたした武装は十メートル以上の幅があり、その鉄の塊を朱雀は溶かし切れず、地面に転がることで回避するしかない。
「…………すまねぇ、すっげぇ……待たせちまったな。…………ぜっってえぇ許さねえぇぇえ!!」
 そう朱雀の炎熱装甲は溶かし切られる前に本体に攻撃が当たれば問題ないのだ。
 今の偽極姫の装備はそうそうとけきる事のない質量である。
 熱量には質量で対抗する。それがアルトの答えだ。
「なんだいそれは、あり合わせかい?」
 アイリスが愉快そうに告げると、その翼をスピーカーとして震わせた。
「無様でも、不恰好でもこれがアタシの歌だ! あたしの想いだ!」
 アルトにアイバイザーと小型マイクが装備される。その歌を聴いていると不思議と皆体が動く気がしてきた。
「みんな、すぐ行くから。まってやがれええええ!」
 全身の遠距離火力を朱雀に集中。
 その爆炎は地形も、自身にもダメージを与えるほど地表を炎で埋め尽くす。
 もはやどちらかが死ぬまでと思わんばかり。火力が尽きるまでもう、止まるつもりはなかった。
 そんな仲間の奏でる魂のシンフォニーをバックに燃衣たちは通路を走る。
 すると汚い字で、こちらと殴りがかれており。
「罠かもしれない」
 そう鎖繰が言う中燃衣はその指示に従って進んだ。
「罠をはる意味がありません」
 その通路の先の扉を空けると闇が広がっており、それに飲まれる一行。
 その様子にほくそ笑む塵と。歯噛みする日向。
 最終決戦は近い。

● エピローグ

 塵は自分の空間に反応があったその瞬間。我に返ってモニターを見た。塵はその戦闘の傷、消耗を回復しながら恋人の事を思い出していた。それだけじゃない。
「ちっ、うるせぇ」
 塵は魂をはべらせておく術を知らない。なので先ほど略奪した魂は自分の体の中に飼っていた。
 魂はいま体から離れたばかりだというのに元気で、塵の口から説教を垂れ流す。
「んなこと今は重要じゃねぇんだよ」
 塵は暁メンバーが自分の作り出した停滞空間に飲みこまれたのを確認後。塵はモニターの電源を落した。
 塵はすでにこの施設に侵入している。
 その上で暁メンバーが体勢を整えられるように医薬品一式と共に時間の流れが遅くなる空間を用意しておいた。
「かき回してくれよ?」
 そう期待を込めて暁メンバーにエールを送る。
「にしても、燃衣よ。俺ちゃんと同じ場所に至ったってか。むなくそわりぃ」
 塵は燃衣を観察し続ける。無駄を削ぎ切り『復讐の為に最適化』した存在となった塵なら清を倒せるだろうか。
「まぁ、俺ちゃんはいつもみてぇにいいとこどりするだけよ」
 告げると塵は今しばらくの休憩時間を察して再び寝の姿勢に入った。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━……・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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『煤原 燃衣 (aa2271@WTZERO)』
『火蛾魅 塵(aa5095@WTZERO)』
『エミル・ハイドレンジア(aa0425@WTZERO)』
『アイリス(aa0124hero001@WTZEROHERO)』
『阪須賀 槇(aa4862@WTZERO)』
『藤咲 仁菜 (aa3237@WTZERO)』
『世良 杏奈 (aa3447@WTZERO)』
『楪 アルト(aa4349@WTZERO)』
『無明 威月(aa3532@WTZERO)』
『月奏 鎖繰(NPC)』
『朱雀(NPC)』
『ヴァレリア・ヴァーミリオン(NPC)』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 皆さんこんにちは、鳴海でございます。
 今回実はお正月にお届けするはずだったのですが、大幅に内容を書き直して現在に至ります。
 お待たせしてすみません。
 次回朱雀と対戦みたいな雰囲気ですが。こちらは、朱雀に勝ったという事実だけでも終わらせていいと思っています。
 さて、ここから物語は佳境ですが、果たしてどうなるか、楽しみですね。
 また次回お待ちしております。


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2019年01月11日

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