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『人の証、人形の証』
セレシュ・ウィーラー8538


 人形と化して、まず失われるもの。それは羞恥心である、とセレシュ・ウィーラーは思う。自分も人形化した事があるから、よくわかる。
 今、1人の少女が、人形と化したまま歩いている。身体に巻き付けたドレスを、滑り落ちないよう懸命に押さえながら。
 人間用の衣服は、人形の硬く滑らかな体表面には合わないのだ。
 脱げ落ちたら恥ずかしい、と思えているうちは大丈夫だ。人間の心がまだ残っている、とセレシュは思う。
「心までお人形さんになるとなあ、でんぐり返って1人恥ずかし固めとかも平気になってまうねん。恐いやろ」
『何を言っているのか、よくわからないけれど……』
「気にせんでええよ。それより自分、一体ここで何しとったの」
 とある山中の、洞窟である。
「龍脈の力なんて大層なもの、ゾンビの量産に使うて終わりなワケない。その先があるやろ」
『……龍脈の力とは、すなわち地球の生命力。それを用いて、新たなる生命を創り上げるのが、この実験の最終目的』
 硬い足音を洞窟内に響かせながら、人形が語る。
『今はね、生命を持たない、だけど生命を宿らせ易いものを使っての試験段階よ。貴女さえ来なければ、次のステージへ進めるはずだったのに……』
「やめとき。地球さまの力、うっかり弄ったらなあ、きっと虚無の境界のためにもならへん。世界が滅ぶ。霊的進化なんちゅう高尚なモンとは縁遠い、悲惨な滅び方や」
 龍脈との接続を、無難に断ち切る。その方法を、セレシュは思索した。
「実物っちゅうか、現場を見なあかんな……っと自分、何いきなり立ち止まっとんねん」
 セレシュは危うく、人形少女の背中にぶつかってしまうところだった。
『……ここ、落とし穴』
 言いつつ、人形が何かを念じた。
 思念で、何者かに命令を下したようだ。
 ゾンビが何体か、洞窟内のどこかから歩み寄って来た。
 1体が、人形少女の眼前で地面を踏み抜いた。言葉通り、落とし穴である。
 2体目、3体目と、ゾンビたちがことごとく穴に飛び込む。倒れ込む。詰め込まれてゆく。
 7体目で、落とし穴は完全に埋まった。
 密集するゾンビたちの頭を踏みつけて、人形少女は歩み進む。
 セレシュは呆れた。
「跳び越えたらええやん。こう、ぴょーんって」
 ゾンビたちの頭上を跳躍しつつ言うが、人形は応えない。
 滑り落ちそうな衣服を押さえたままでは跳べない、脱げたら恥ずかしい、と思っているのだとしたら、生身の少女としての羞恥心はまだ維持している事になる。
 ただ、質問に応えるのが億劫になってきているようではあった。


 洞窟の、最奥部である。
 岩壁に描かれているのは一見、何の変哲もない魔法陣である。
「こんなんで、龍脈とアクセスしとるっちゅうんか……」
 眼鏡越しに、セレシュはまじまじと魔法陣を観察した。
 このようなもの、消滅させるのは容易い。
 セレシュは手を伸ばそうとした。その手が、硬直した。
「……あかんがな。この魔法陣、消した瞬間に、溜まっとった龍脈の力が大量にぶちまけられてこの辺一帯、地形変わるわ」
『よく、わかるわね』
 人形少女が、誇らしげにしている。
『これが私の術式よ。正しい手順で解除しないと……地形が変わる、程度では済まないわね。一体どれほどの死と破壊がもたらされる事やら』
「正しい手順で、解除したってや」
『……ふん! 龍脈の利用価値を理解しようともしない、石頭の年寄りが』
「うちの石頭は年季入っとるさかいな。ええから早よ解除しなさい」
 ぶつぶつと罵詈雑言を呟きながら人形少女が、その小さく硬い指先で、魔法陣内部の文字や紋様を書き変えてゆく。
 人形のままであったら、こうはいかない。部下なり舎弟なりとして使うのであれば、やはり人間に戻してやる必要があるのだろうか。
 そんな事をセレシュが思っている間に、魔法陣は消え失せていた。
『解除……完了……』
 機械のように告げながら、人形少女が岩壁から離れ、さっさと歩き出す。セレシュなど、いないかのように。
「ちょい待ち、脱げとる脱げとる」
 セレシュが指摘すると、人形少女は小鳥のように首を傾げた。
 硬く滑らかな体表面から、衣服が滑り落ちている。肩の丸みが露わである。
 気付いていない少女の胸元を、セレシュは叩いた。硬い音が響いた。
「ノックしてもしもぉーし! 心臓、入ってまっか? 恥ずかしゅうてドキドキ高鳴る心臓、無くしてもうたんかい。生身やったらアウトなもん丸出しにしよってからに」
『ああ……』
 機械的な手つきで、人形少女はドレスを直した。いくらか慌てている、ようではある。
 羞恥心を失うのは時間の問題、とも思える。
「……嫌がっとる事、無理にやらせたら人形化が進むと。そういう事かも知れへんなあ」
 考察するセレシュを視界にも入れず、人形少女は歩き出す。
 追いすがりながら、セレシュは声をかけた。
「ちょう待ちや、まだお人形に成られたら困るねん。背後関係とか色々聞き出さなあかんし……まあ虚無の境界のメンバーっちゅうのは知っとるけど」
 人形少女が、応えもせず岩に躓き、転倒した。
 よろよろと起き上がりながら、少女は己の全身を見下ろし見回している。
『損傷、確認……損傷、確認……』
「……うん大丈夫、傷物にはなってへん。綺麗やで、自分……お洋服、脱げとるで」
 セレシュの言葉を認識する事も、出来なくなりつつあるようだった。脱げ落ちたものを放置して、人形少女は歩き出す。
「お人形は、着せ替えて遊ぶもの……とも限らんみたいやな。ほんま綺麗やで、自分」
 誉めながら、セレシュは観察した。
 胸と尻の膨らみは当然、触れば固い。目で見るだけなら、瑞々しい柔らかさを堪能出来る。
 格好良く引き締まった胴、球体関節で繋がりながらスラリと美しく伸びた手足。
 食生活の乱れで崩れる事のない、魅惑の曲線に、セレシュは見入った。
「……なあ自分、恥ずかしゅうないん?」
『別に……』
 一応、返事はしつつも歩調は変えず、少女は歩き続ける。迷宮そのものの洞窟内を、迷う事もなく。
 崩落した入り口、意外の脱出経路を、やはり知っている。
 完全に人形になってしまったら、その記憶も失われるのか。
「……そうなる前に、うちを外へ連れてってや」
『了解』
 返事はしてくれる。
 だが、もはや会話は出来ないだろうとセレシュは思った。先程までは、普通に会話をしていたのだが。
 人形化の進行が早い……いや、とセレシュは思い直した。
(……これが普通? うちが普通とちゃう、っちゅう事かいな)
 何を今更。
 居候であり助手であり用心棒であった、あの娘がいたら、そう言われていたところであろう。


 岩壁の何カ所かは、幻覚魔法の産物だった。セレシュでも容易には見破れないほどの、である。
 それら全てを突破・走破し、セレシュを地上へと導いたところで、少女は完全に人形と化した。
「やあ、お疲れさんや。助かったでえ、おおきに」
 セレシュが話しかけても、とうとう返事すらしてくれなくなってしまった。
 山林の中である。小鳥の声や、小川のせせらぎが聞こえてくる。
「お役御免、っちゅう事で……ここに放置したら、不法投棄やねえ」
 佇む人形を見て、セレシュは腕組みをした。
「あの子がおったらなあ。運んで行かせるねんけど……いやまあ、うちが担いで行ってもええんやけどね」


 登場人物一覧
【8538/セレシュ・ウィーラー/女/外見年齢21/鍼灸マッサージ師】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月15日

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