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『カルハリニャタン奪還戦・決 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&リタaa2526hero001)&マルチナ・マンチコフaa5406)&美空aa4136)&沖 一真aa3591)&鬼灯 佐千子aa2526)&R.A.Yaa4136hero002)&ラストシルバーバタリオンaa4829hero002)&マシーネンカバリエaa5406hero001)&オブイエクト266試作型機aa4973hero002

 世界は今、“王”との決戦を前に、最後の前哨戦へ臨んでいた。
 ライヴスリンカーたちは愚神群を必死で押し返しながら同じ先を見る。“王”が在る彼方を。
 しかしその中でただひとり、ソーニャ・デグチャレフは北を見据えて動かない。
 彼女は待っていた。世界の裏側に張られた銀幕に、自らは踏み入る“時”が映しだされることを。
「デグチはん、ぼちぼち行こか」
 彼女の執務室へノックもなく入ってきたのはカルハリニャタン共和国統合軍の裏方を一手に担うマルチナ・マンチコフ。その顔は色濃い憔悴を映し、それでも薄笑みを作っていた。
「行けるのか?」
「シバタはんは行く気ぃやで」
 振り向かずに問うたソーニャの背へ返し、マルチナは応接用ソファに倒れ込んだ途端――寝息を漏らし始める。
 彼女に上着をかけてやったソーニャは、できうる限り音を立てぬよう室を出た。
 マルチナはこの一ヶ月、凄絶な激務の内にその身を浸している。たとえ電池切れといった有様であれ、眠れるときには眠っておいてほしい。
 そして廊下を歩き出して3歩め、前を塞ぐものに気づいて。
「……なぜ貴公がここにいる?」
「むいむい」
 謎言語で返事をした美空は、いつもどおりのセーラー服姿でぱたぱたとソーニャのとなりへ。
「いつの間にかいたのよね。神出鬼没って感じ?」
 肩をすくめてみせたのは、ソーニャを待っていたらしい鬼灯 佐千子だ。
 そうか。行けるのは、中尉ばかりではないということだな。
 ソーニャは小さく首肯し、「その名に鬼の字を持つそなたが堅実なのはありがたくあるよ」。
「鬼じゃなくて鬼灯だもの。……それに私が堅実を忘れるわけにいかないでしょう」
 佐千子の言うとおりだ。美空は奇貨となりうるが、この状況で全員が美空では困る。なにせこの決戦には、余裕というものがまるで存在しないのだから。
「で、どこに行くでありますか?」
 ソーニャ、佐千子の間をちょろちょろ往復していた美空がきょとんと小首を傾げた。
「格納庫だ」

 共和国亡命政府領内に造られた、アルミの骨組にシートを張っただけの格納庫。
「電圧上げてくれ。符の霊力が燻ってる」
 巨大な筒状の合金塊をふたつ並べ、沖 一真はその接続部を見据えている。
「マスターがおれへんし、危ないんはやめたほうがええんちゃうか?」
 言いながらもマシーネンカバリエは装置のダイヤルを少しずつひねり、合金塊に繋がった電線へ電力を流し込み、発生する磁力の数値を確かめた。
「あー、なんかアタマ重てー。磁石やべーよ磁石ぅ」
 なにをするでもなく端に転がったR.A.Yが頭から毛布をかぶって引きこもりの姿勢。
「R.A.Yちゃんしゃきっとするでありますよ」
 そちらへ向かった美空と入れ違い、靴音を高く響かせ、リタがソーニャを出迎えた。
「最終調整はとどこおりなく進んでいる。……もっとも気休めを進めてきただけとも言えるわけだが」
「いや、すべての積み重ねが気を休めてくれるものだ。それだけでも意義はある」
 苦笑を交わし、ふたりは「気休め」の中心へと目をやった。幾十もの線で計器と繋がれて座す、ラストシルバーバタリオンと、そのサポートとして同じく縛められたオブイエクト266試作型機を。
「――少佐殿」
 かすかに頭をもたげたラストシルバーバタリオンへソーニャはうなずきかけ、そのあたり中に転がる合金塊に目線を投げた。
「マルチナが寝に入った。それはつまり、これ以上なにをすることもないということだ」
「これ以上なにもできないだけってことかもしれませんがね」
 オブイエクトが陽気に付け加える。
 昔はもう少し重々しかった気もするが、厳しい連戦の中、努めてムードメーカーを演じることを選択した結果なのかもしれない。いずれにせよ、敬礼とともに事実を繰り返されるよりはこちらのほうがありがたかったが。
「それにしても、このような“夢”にすがらねばならんとは……私たちにはいよいよそうするよりないのだと痛感させられる」
 リタのため息に、一真はとびきりの笑顔を振り向かせ。
「共和国奪還っていう最大級の難問に挑戦するんだ。夢だろうとなんだろうと、すがっておくところだろうさ」
「むしろどうして沖さんがそんなにうきうきしてるのかが不明なんだけど」
「いやいや! そりゃあもうロマンだろ!? こんなもん用意されて、男が盛り上がらないはずないって!」
「残念だけど、私は女だから……」
 さらに盛り上がる一真から、思わず半歩退いてしまう佐千子であった。
「ともあれ中尉だ。そなたの心は定まっているか?」
 ソーニャの問いにラストシルバーバタリオンはまっすぐ視線を返す。
「肚はとうに決まっております。しかしながら、号令を下すは我々にあらず」
 美空とR.A.Yを除く全員がソーニャへ視線を集めた。
 そうだ。始めと終わりを告げるは小官。その任を全うすることこそ、我が同胞と、祖国がために集ってくれた友への、せめてもの誠である。
 果たしてソーニャはその小さな体を直ぐに伸ばし、告げた。
「組み上げ終了次第、出立する。祖国――カルハリニャタンの地を愚神より取り戻す!」


 大型輸送機が誘導員の指示に従い、静かに滑走路へと進みでていく。
「このまま離陸してよろしいか?」
 計器チェックと操作にいそがしい副操縦士マシーネンカバリエの横で、操縦士のマルチナが管制官へ通信を入れた。
 対して管制官は『そのままどうぞ』、言葉を返し。
『我々一同、あなたがたの凱旋をお待ちしております。――ご武運を』
 輸送機がその重量を感じさせないかろやかさで一気に加速、空へと舞い上がった。

 カーゴへ繋がる兵員待機席にて、他の面々は作戦を今一度確かめる。
「小官らの任は愚神カルハリを押し包むドロップゾーンの解除とその後の陽動である」
 ソーニャの言に佐千子が薄く苦笑し、両手を拡げてみせた。
「つまり、残りの“歯”を全部相手にして隙を作って、決死隊を送り込むわけよね」
「実に無謀極まりないな」
 こちらも同じく手を拡げるリタ。さすが相棒同士、しぐさがよく似ている。
「でも、それを突き通すためのあいつだろ?」
 一真がカーゴを親指で差してみせた。
 思い描いたロマンを自らの手で顕わす。それはなにより彼の心を浮き立たせることだったし、そして――
 ここまで来たら思いっきりやらせてもらうさ。なにせもう、気にしなくちゃいけないのは俺たちの命だけだからな。
 この戦いに挑む兵員は馴染みの深いエージェントばかり。
 先にも述べたが、他の人員を雇い入れる予算はなかった。夢だのロマンだのあいつだのと呼ばれるものへ、かき集めたすべてを投じなければならなかったおかげで。
 しかし言い換えれば、先の戦いのように誰かの命を使い潰す必要もないということだ。
「毒をもって毒を制するとは言いますが、こっちの絞り出した毒はどれくらい役に立ってくれますかね」
 オブイエクトは鋼の体をジャギジャギ鳴らして立ち上がり。
「ちょっと先輩の様子を見てきます。47人中ひとりでも落ち込んでたら動きに障るかもですんで」
 元は戦車の魂だったというオブイエクトは、内に押し込められた兵士たちの気持ちの有り様を誰よりも知っている……のかもしれない。
 カーゴへ向かった人型戦車の背を見送り、一同はなんとない沈黙に沈む。
 と。
「だりぃ」
 その身を縛めたシートベルトを引っぱり伸ばし、R.A.Yがだらけた声音を漏らした。
「つか、なーんで御館様こっち来てんだよ? あっちに行くって言ってなかったか?」
 御館様こと一真はくわっと拳を握り締め。
「決まってるだろ! ロ」
「ロマンはもういーや。ゲップでるぜ」
 実際にげっぷをしてみせて、R.A.Yは傍らに座すちんまりとした契約主を見下ろす。
「マスターはなによ? カメラ係か?」
 実はR.A.Y、この場に及んで未だ美空参戦の理由を知らないのだ。彼女自身は飽きるほど戦えると誘われてここにいるわけだが……そういや共鳴してなきゃ俺、「ミサイルぶっぱなし係」もできねーのか。ま、よくわかんねーもんに突っ込まれて突撃とか突貫とか言われるよかいーやな。
「もちろんロマンのためであります!」
 びし! 敬礼を決める美空。
 R.A.Yはその不吉な3文字に身を震わせて。
「え? ちょまっ」
「R.A.Yちゃんもいっしょにロマンでありますよ! 突撃からの突貫であります!」
 マぁジかよおおおおおお!?
 めんどくさがりな戦闘狂の絶叫響く中、10人というあまりにささやかな全戦力を乗せた輸送機が北へ向かう。


 ニャタン連峰がその背か腹かでレーダー波を跳ね返し、輸送機のコクピットに警告音を響かせた。
「あとちょいやんな」
 アナログ計器の内にひとつだけ据えられた液晶画面に目線を落とし、マルチナがつぶやくと。
「小官らの発進タイミングは?」
 背後から伸び出したソーニャの渋い顔に、マルチナは目だけを向けて。
「今、カーゴの下にぶら下がってるミサイル12こ。これが発射できんとハッチが開かんねや。やから、ちょお待っとってや」
 うなずいてみせたソーニャは言葉を切り、いくらかためらった後、観念したように口を開いた。
「取り返すぞ、祖国を」
 言い残し、ソーニャは後方へ戻っていく。
 それを見送ったマシーネンカバリエは小首を傾げ。
「わざわざ意志表示に来はったんか?」
「そんだけ気負ってんねや」
 同国人のマルチナを訪れたのは、同じ思いを共有する者にしかその思いを見せられないからだ。ついてきてくれた友を信頼できないということではなく、自らの気負いを押しつけたくないがために。
「うちも気負ってるし、マルちゃんもやな」
 マルチナはコンソールに指をはしらせ、空対地ミサイル発射プログラムを呼び出した。
「調子どないや?」
『ぼちぼちでんなー』
 応えたのは、マルチナの思考パターンをデータ化した人工知能“マルちゃん”である。
「頼むで。デグチはんらぁの最初の生き死に、マルちゃんにかかっとぉからな」
『わかってま。ハデにぶっちらばりまっせー』
 さすがにマルチナの分身だ。ひとつのデータをコピーした12体の「自分」が散ることを弁えてなお、かるい口調で返してくるのだから。
 先日、マルちゃんがチェスで散々に打ち負かしたはずのソーニャが言った。
『貴公のカメラに見せてやる。智に劣り、力に劣る人にしか起こし得ぬ、奇蹟というものを』
 それを見せてもらうがため、彼女は自らマルチナに提案したのだ。自分をミサイルに組み込み、ソーニャたちの突撃路を拓くために使えと。
 マルチナは秘密裏にマルちゃんらの体を作り上げた。ASM-MB――AI誘導式空対地ミサイル“マンチコフ・ブロッサム”を。
 マルチナは結んだ唇を引き剥がし、マイクに向けて言い放つ。
「こっちの準備はできてるで。あんたらも配置についたってや。ミサイル発射から3秒でハッチ開くからな」


 先の戦いの後、深淵の底からライヴスを吸収すべく半眠状態へと移行したレガトゥス級愚神“大口”。
 まどろみの内、大口はうつらうつらと巨体を揺すっていたが、高度10000メートルの高空を渡り来た輸送機の気配にその眼を開くよりも早く、激震した。
『MB1から4、大口の唇に着弾! 5から12、開いたとこに突っ込むで!』
『了解や!』
 圧縮データを音よりも迅く空を飛び交わせ、微弱な重力波を突き抜けた12のASM-MBは、4機がかりでこじ開けた大口の口内へ飛び込んで起爆。ドロップゾーンの留め具であり、1本1本がトリブヌス級愚神である“歯”もろとも消滅した。

『MBI-MB、全弾命中!! 今やマスター!!』
 カーゴにまわったマシーネンカバリエから通信が入り、マルチナはミサイルポッドを切り離し、塞がれていたハッチを緊急開放する。
 頼むでみんな。うちの分身、無駄死に終わらせんといてや――!

 ハッチ開放を示すグリーンランプが点灯したそのとき、鋼の内にその身を封じたソーニャが左眼を見開いて。
「全機発進! 生き残りの“歯”をへし折るぞ!」
 果たして輸送機から滑り落ちていくものは、翼持つ5機の人型兵器であった。

「LSB-B“37564”、レーダー展開じゃん」
 R.A.Yと共鳴し、常とは異なる力強きサイボーグと化した美空が、巨大な人型機体の頭部へ搭載されたロート・ドームを回転させ、あらゆる地形や愚神群の挙動を見通して各機へ送る。
『なーんでレーダータイプなんだよ!? これじゃ殺れねーじゃん!』
 内でわめくR.A.Yへ美空は『まあまあ』。
『データ収集は戦争の基本でありますよ。それに美空死ねないであります。この戦いの後、お姉さまを助けて白狼攻略でありますしー、収録した戦闘記録、にゃーたんファンに高く売りつけたいですしー……ってとこで、美空の日記は終わってるのであります』
『死んでんじゃんかよー!』
 R.A.Yのツッコミに小揺るぎもせず、美空は通信機へ向けて。
「こちら美空じゃん! 残りの歯ぁ18本、愚神化してんぜ! 注意しろよ!!」

「こちらLSB-A“OYAKATA”、目視した。攻撃に移る――って、この機体名どうにかなんなかったのかよ」
 ぼやく一真が乗り込んだ機体は、その体に狩衣型追加装甲をまとった陰陽師仕様である。
 眼下には愚神化し、大口から抜け落ちた“歯”どもがその身を寄せ合い、融合を始めている。っと、こりゃあ急がないとな。
「さて、どれくらい効いてくれるかな……」
 中空まで一気に降下した機体が、コーティングを施したマグネシウム板に梵字を刻んだ特製の符を放ち。
「急急如律令、呪符退魔!!」
 一真のライヴスで点火した符は“歯”の1本へまとわりつき、その純白を黒く焦していく。

「LSB-L“SHELL”、追撃に入るわ」
“OYAKATA”に続いたのは、飾り気のないシャープなボディにあらん限りの銃器を後付けした佐千子の機体だ。
『追加兵装は使用した端からパージする。どうせ持ってはいけんからな』
 照準合わせとトリガーを佐千子へ任せ、追加武装の状態管理を担ったリタが告げる。
「彼の岸にまでは……っていう話なら、少しはロマンチックだったんだけど」
 中空からロケット弾を一気に射出、ポッドを機体から切り離した“SHELL”がその機体を大きく揺らがせた。重量を損ってバランスを崩すのは当然の道理だ。
『墜落にだけは注意しろ。LSB-Cの起動まで時間を稼ぐぞ』
「了解よ」
 16連ロケット弾の爆発が一真の符に巻かれた“歯”を焼き砕き、荒野にばらまいた。

「もうちょいお待ちを。なんせほとんど手動ですんでね」
 こちらは他の機体よりもさらに小振りなLSB-C“MAGAZINE”へマシーネンカバリエと共に搭乗したオブイエクトである。彼の形をそのままに映したこの機体名を邦訳すれば「弾倉」となるのだが、それ以上の意味がこの機体にはあった。
「……反撃も来始めましたな」
 地上で融合中の“歯”を助けるべく沸き出した長距離支援型の従魔どもが、空の5機へ反撃を開始している。
 武装こそ戦車砲ひとつながら、機体の小柄さと各部に取りつけられたブースターの数は他の機体に勝る“MAGAZINE”はするすると弾幕の隙間をくぐり抜け、仲間へ通信を飛ばした。
「こっちの調整が終わるまで援護頼みますよ」

「LSB-H、了解である。とはいえこちらも無茶はできぬが、適当にそなたを援護しよう」
 ソーニャが応え、“127”の名を持つ機体を“MAGAZINE”の前へ滑り込ませた。
 こちらもラストシルバーバタリオンを巨大化させたようなボディを持ち、その頭部には彼の12・7mmカノン砲2A82改2型“ディエス・イレ”を大型化した127mmカノン砲を搭載している。
『少佐殿、本番が近いようでありますな』
 ラストシルバーバタリオンが平らかな声音で告げて。
 ソーニャは静かにうなずきを返し、口を開いた。
「ありし日と愚神の幻(み)せた情景、小官らはすでに二度しくじっている……いや、他の並行世界を合わせればすでに数えきれぬほどの敗北を重ねているのか。しかし、今日この日を三度めの正直とし、果たしてみせよう」

 いち早く地上に降り立った“SHELL”は片膝をつき、使い捨てのロケットランチャーを構えた。3秒で照準を合わせ、撃ち放てば、ロケット弾は“歯”の1本を横殴りに噴き飛ばし、欠けさせる。
「さすがにトリブヌスは硬いわね」
 奥歯を噛み、佐千子は“SHELL”にアサルトライフルを構えさせた。そして躊躇なくマガジン1本分のAP(アーマーピアシング)弾を“歯”へ叩き込む。
 かくて“歯”は細かに割れ砕け、きりきり舞いを演じながら荒れ地へ斃れ伏した。
『愚神はいい。問題は従魔だ』
 リタの指摘はごく端的で実に痛いものだった。
 そこかしこから沸き出した従魔群は、打ち寄せる波がごとくに向かってくる。しかしながら“SHELL”の武装のほとんどは対愚神用の高硬度兵器で、多数を巻き込むには適していないのだ。浸透されて飲み込まれるのは時間の問題である。
『雑魚は俺が相手するさ。その青を疾く駆り、我が友を護れ――後鬼招来!』
 上空から飛来した“OYAKATA”、その狩衣型装甲より射出された無数の符が青鬼へと変じ、“SHELL”の周囲に展開した。鬼はその身をもって従魔が撃ち込む攻撃を受け止め、佐千子を守る。
 鬼は守るだけじゃないぜ。
 一真は“OYAKATA”を宙で旋回させ、つま先で従魔を蹴散らしておいて着地。一度縮めさせた身を大きく開いた。
『その赤を疾く駆り、我が敵を討て――前鬼招来!』
 次いで撃ち出された符は速やかに赤鬼を為し、手にした斧で従魔どもへ襲いかかる。
『重友よ、飛べ!』
 ソーニャの通信を受けた瞬間、佐千子は機体を後方へ跳ねさせ、ブースターに点火して空へ舞い上がらせた。
『“SHELL”、範囲外に出ました。いつでもどうぞ』
 ラストシルバーバタリオンが報告すると共に新たな砲弾の装填を完了し、ソーニャを促す。
「照準よし――てぇっ!!」
 空を押し割って飛んだキャニスター弾が従魔のただ中へ着弾し、噴き散らばった散弾が数十メートルの戦域を文字通りの微塵に変えた。
 しかし、キャニスター弾はその性質上、射程が極端に短い。同胞の破片をにじり、新たな従魔が中空にある“127”へ顔をもたげ、弾を吐きつけようと弾みをつける――
『黙って見ててやると思ったか?』
 大きく旋回して“127”の横合から滑り込んできた“OYAKATA”が装甲の内に装填されていた金属符を右手へスライドさせる。
『術火徳真君、浄火をもって邪を祓え。急急如律令!』
 再びの火炎が従魔どもを取り巻き、灰すらも残さず燃やし尽くした。
 そしてさらに。
『おまえら全員37564だぜぇ!!』
“37564”唯一の武装である16段ロケットを展開、半日がかりで弾頭へ毒塗料を塗りつけたそれが一斉に発射され、眼下の敵を区別も差別もなく緑炎の底へ押し沈める。
『今のどーよ!? 取れ高バッチリじゃね!?』
 ようやくぶっ放せてすっきりしたR.A.Yが最高の笑みを見せる中、共鳴体の主導を一時渡していた美空はモニターをにらみつけ。
『“歯”が寄り集まってるであります』

 美空の言のとおり、従魔の奥に隠れた“歯”が身をすり寄せていた。互いに削り合って内のコアを合わせ、そして。
 パキパキと乾いた音を立てながら、白き巨体を戦場に立たせる。

 美空の報告が戦場を揺らす。
『“歯”が融合しやがった! 全高43メートル、重量不明――推定等級レガトゥスじゃん!』
 それを聞いたリタは口の端を歪めてかぶりを振り。
『合わさっただけでなく、力まで高めたか。姿こそ大口を摸してはいるが、ずいぶんと小振りじゃないか。さしずめ小口といったところだ』
『だからって回れ右するわけにはいかないだろ。行くぜ』
 一真が“OYAKATA”を前進させ、他の者も後へ続く。

 あとちょい、もうちょいだけがんばってくださいよ。
 仲間を見送ることもなく、オブイエクトはひたすらにコンソールと向き合い続けていた。
“MAGAZINE”は繊細だ。まず、機体を構成するパーツ数は他の機体の数十倍あり、しかもそのすべてに別々の役割が課せられている。その割り振りを完全に行うため、これまで戦闘に参加することもなく努めてきたわけだが……オブイエクトは自分の鋼の頭脳が焼き切れていないのが不思議でならない。
 ここまで引っぱってなんとか動かせるまでは持ってきた。兵器としちゃ赤点だが、足りない点は気合とか運で埋めるしかないってことだな。
 そして肚を据え、小口の音波攻撃に立ち向かう仲間たちへ通信を飛ばす。
『こっちはいつでも行けますよ! 動作保証率74パーセントでかなり心もとないんですが、やるしかない状況っすから多目に見てください!』
「ご苦労。あれを相手にそこまで引き上げてくれたなら充分だ」
 オブイエクトの通信を受けたソーニャが左目を見開き。
「各員、承認コードを入力せよ!」

『これ終わったらもう寝てていーんだよな?』
『だめでありますよR.A.Yちゃん。まだ「エンジン出力低下、しかし機動に……支障なし……」とか言う役目が残ってるであります』
『だーかーら! それ死んでんじゃん!?』
 美空はR.A.Yと内で賑やかに言い合いながら、コードを打ち込んだ。

『さて、私たちも男のロマンを実現するときが来たようだぞ』
「残念ながらどっちも女よ。――戦場のリアリズムをこんなに恋しく思う日が来るなんてね」
 リタへため息をついてみせ、佐千子もまたコードを入力し終える。
 ロマンを支えることこそが彼女たちの役どころ。ならばこれから存分にリアリズムを語り尽くせることだろう。

「待ってたぜ! もっとも担当はメインじゃないんだけどな」
 ほんの少しがっかりしつつ、一真はコードが正しく入力されたことを確かめた。
 たとえ“担当”がどこであれ、できることもやるべきことも数え切れないほど有り余っている。それをどれだけこなせるかで、今日という日は形を変えるのだ。
 生き抜いて還るさ。俺と友だち、みんなの明るい明日にな。

「全機からの承認コード確認。“SIN”、実行!」
 承認コードであり、実行ワードである“SIN”により、“MAGAZINE”がその機体を砕いた。いや、分かたれたのだ。数百に及ぶパーツへと。磁力とライヴス、さらには一真の呪術までもを組み合わせて造り上げたC――Clutch(連動機)として。
「誘導開始じゃん!」
 Bodyたる“37564”が連動機を間において磁力ビームを放射、Armの“HANNARI”、Legの“SHELL”を呼び寄せた。
 そして互いに機体の正中線を断ち割る形でふたつに別れたAとLが変型しつつ、Cと噛み合ってBへ接続。
『接続成功だ!』
『こちらも確認したわ』
 一真と佐千子の報告響く中、Headである“127”が形を変えながらBの先へ降り立ち、しっかりと繋ぎ合わさった。
 果たして顕われたものは、小口に劣らぬ全高を持つ巨大人型戦車――鋼塊をライヴスという力で無理矢理に繋ぎ合わせた奇蹟、真なるラストシルバーバタリオン“無銘”であった。
『少佐、号令を』
 今や巨体と完全に溶け合ったラストシルバーバタリオンがソーニャを促す。
「目標、小口。全速前進!」
 あの日、愚神によってただ打ち壊されて砕けた機体の欠片が。
 あの日、愚神によってただ殺し尽されて散った47人の欠片が。
 ライヴスリンカーの魂で繋ぎ合わされ、今度こそ踏み出した。


「エンジン出力上昇、オートバランサー問題なし。そのまま行って!」
『射撃管制はオートからマニュアルに移行する。動かすことと撃つことのサポートは私たちに任せろ』
 腰部のコクピット内、無銘の運用を担う佐千子とリタが告げ、脚部に接続された40ミリバルカン砲の掃射で足元の従魔を薙ぎ払った。

『思いっきり振り回してもらって構いませんよ。カルハリニャタン魂、見せてやります』
“MAGAZINE”と同じく自らの体を分離させ、無銘の主要部のライヴスブースターとして配したオブイエクトが、胸部に合体した頭を傾げて言い放った。
 せめて最後まで使い潰してやってください。今度こそ、自分は自分を全うしたいんですよ。国のために生まれた兵器の一分ってやつをね。

「だったら俺は――」
 小口が吐きつけた強酸を符で巻き取って叩き返し、無銘の左肩に搭乗した一真は印を切る。
 ブースター内で増幅されたライヴスが無銘の指先へはしり、符を起点に青き炎を燃え立たせた。
「――切るのと唱えるのを任されとこうか」

「サポートは搭乗員に任せ、小官らは小口撃破に集中するぞ。あれを放っておけば突撃班に少なからず悪影響が出る」
『了解。――APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)装填します』
 ソーニャに応えたラストシルバーバタリオンが、1270mmカノン砲2A82“ディエス・イレSIN”へ長大な砲弾を送り込み、照準を合わせる。
 当然、それを見ている小口ではない。太い腕の先で拳を握り、振りかぶった。
「来るわよ!」
 警告を飛ばしつつ、佐千子が無銘の腰を落とさせ、耐ショック姿勢を取らせた。その間にリタは無銘の左腕に取りつけられた機銃で弾幕を張り、迫る小口の拳の速度を鈍らせる。
 気休めだが……な!
 ならもうひとつ重ねるさ。
 リタに呼応するがごとく、一真が腕部から後鬼をばらまき、弾幕へと重ねた。

「敵パンチの速度低下!」
 二重の防御幕にまとわりつかれ、速度と重さを崩していく小口の拳。
 その様を無銘の背に回るロートドームで分析、実況する美空。しかしその本業は観察や、ましてや応援などではない。高出力レーダー波で従魔を「レンチン」することと、どこからどのように出されているか不明な指揮系統のジャミングを行うことである。
『なんかこう、自動で従魔殺すとかつまんなくね?』
 不満そうなR.A.Yに美空は内でしたり顔を向け。
『敵群に見させない、聞かせない。美空たちだけが見て聞く。従魔掃討はついででありますよ。あとエンジンの出力低下待ちであります』
『マジでそれ待ちかよ!?』

『支えますよ、先輩』
 オブイエクトは各所に散った自らの体にライヴスを燃え立たせ、無銘の鋼を覆った。血の通わぬ鋼塊に命を吹き込むものが誰かの魂であるならば、かならずやそれを成してみせる。
 こんななり損ないの出来損ないが48人めになれるかはわかりませんが、今は同じ塊の一部ですんでね。
 据えた心の隅にふと、右と左で異なるレンズを繋いだ眼鏡がよぎった。
 時々でいいんで、自分のことも思い出してやってくださいよ。伍長殿。

 果たして。
 もっとも分厚い胸部装甲で小口の拳を受けた無銘が、咳き込むようなエンジン音を吐き出し、その音を轟然と太く空へ伸べた。
 拳を押し返してさらに一歩踏み込んで、その重量をもって小口の姿勢を崩させる。
『おおっ!』
 さらにラストシルバーバタリオンが振り込んだ右ストレートが小口の鼻面を突き離した。
 無銘はまっすぐ、ぎくしゃく下がる小口を見据えている。つまり、砲口は小口に据えられているということだ。
 果たしてソーニャの指がトリガーを引き。
 SINは世界を轟音で引き裂いた。
 1270mmという規格外の砲内、ライフリングを辿って砲弾が加速し、眼前の敵の顔の半ばをこそげ取っていく。
「直撃ならずか!」
 砲撃の反動が狙いをわずかに狂わせたのだ。
 そしてSINは、一発撃つごとに数分間砲身を冷ます必要があり、連続砲撃が不可能。追い撃ちがしたくともできない状況である。
『まだ終わってねーし終わんねーぞ!』
 美空の通信で我に返ったソーニャは心を鎮め、ラストシルバーバタリオンへ告げる。
「この一発をきざはしに、次には鋼を撃ち込む!」
『了解であります、少佐殿。今度こそ、ですな』

「バランサーもマニュアルに切り替えるわ! 全員備えて!」
 小口のライヴスを流し込まれて吹っ飛んだバランサー制御機器を切断した佐千子が、あふれ出す電流の中へ両手を突き込み、操縦桿を握り締めた。
『小口の追撃を封じるぞ!』
 リタはオブイエクトを経由してライヴスによる指示を兵装へ伝達、一斉射撃を開始させる。
 倒れ込みそうな姿勢で踏ん張り、撃ち続ける無銘。
 小口はキョリキョリと耳障りな音を発して太く長い腕で弾を払い、無銘を攻め立てる。
 幾度となく打ち据えられ、酸を、可燃液を、毒を吐きかけられ、無銘はその巨体を歪ませていった。
『いざとなると名言とか言ってられないでありますね』
 4割以上が反応しなくなった計器類の上にいそがしく指先を行き来させ、美空はジャミングの出力を保とうとあがく。
『あいつ、従魔食って回復してんぞ。一発で殺さねーとキリねーって』
 小口は従魔を取り込むことで受けた傷を回復している。それを止めるには、一発でコアをぶち抜くよりない。
「コアのある場所はわかってるんですがね」
 オブイエクトがギヂリ、頭部装甲をきしらせた。
 これまでの攻防で、小口のコアが右肩にあることは知れている。あえて外殻の鎧で固められない箇所を選んだのは、そこが動きさえ止まらなければ狙いづらい位置だからだろう。
「SINは?」
 ソーニャがラストシルバーバタリオンへ問えば、『充分とは言えませんが、行けます』との言葉が返る。
 無銘の受けたダメージは、本体として在るラストシルバーバタリオンをそのまま苛む。苦しくないはずがないのだ。しかし、それをまるで感じさせず、砲口を小口へ向け続けるその闘志は、ソーニャのもどかしさを鎮め、醒めさせた。
「この場を耐え抜き、攻めるぞ」
『は』
 それを聞いていた一真が傷ついた唇を引き、その端をかすかに吊り上げる。
「だったら止めればいいってことだよな……?」
 油圧の助けを失った右腕をゆっくりと持ち上げさせ、佐千子を呼んだ。
「三歩、まっすぐ踏み込んでくれ!」
『了解よ』
 意図を問うこともなく、佐千子は噴き出す電流に焼かれた手を繰り、無銘を踏み出させた。従魔の攻撃を蹴り退けて1、小口の拳を受け流して2、ついに爆ぜた両手を無理矢理に引きつけて3。
 ああ、俺の霞んじまった眼でも見える。あの白い顔が。
 血が流れ込んで塞がった両眼をこらし、一真は印を切る。呪句は指先に込め、指先にライヴスを灯し、そして。
 機能しない右腕を投げ出して小口の眼と攻めを引きつけておいて、左腕を伝わせたサンダーランス。
「届けますよ、沖君」
 それを受け取ったオブイエクトが自らのライヴスで増幅し、より太く編み上げていく。負荷に耐えきれず、体は次々に吹っ飛んだが、かまわない。
 かくて巨大な雷刃と化したランスが無銘の左手に至り。
「これなら外さなくてすむってわけだ」
 右腕が引きちぎられた反動に乗せて体を旋回させ、投げ放たれなければならない雷を剣のごとくに握り込んで突き出す。それは狙い過たず小口の右腕を貫き、その体を内から焦して縫い止めた。
『少佐殿、鋼を!』
 ラストシルバーバタリオンの声音へ吸い込まれるようにソーニャはトリガーを引き。
 APFSDSが小口の左肩をぶち抜いた。
 それを見た大口が低いうなり声が轟かせた直後、従魔群が無銘へ殺到した。
「ここからは打ち合わせどおりに、ね」
 言い残し、佐千子がハッチを蹴り飛ばして外へ。
「打ち合わせ? ――ち!」
 崩れ落ちながら、それでも無銘を叩き続ける小口の拳。
 それを無銘の左腕一本で受け止め、払い退けるソーニャを置いて、一真が、美空が佐千子に続く。
「雑魚は引き受けるってことじゃん!」
 殺到する従魔へヌァザの銀腕を向け、くねりながら飛ぶビームを浴びせかけた美空が言い。
『ここからはおとぎ話ではなく、戦争の時間だ』
 20mmガトリング砲「ヘパイストス」を掃射した佐千子の内でリタが口の端を吊り上げる。
「できればもう少しロマンに浸りたかったぜ」
 飄々と言い放った一真もまた、賢者の欠片を噛み砕いて符を取った。
「みなさん、こうなるってのは予想してたんですよ。いざとなったら小回り効かせて先輩を護るんだってね」
 小口に針先さながらの戦車砲を撃ち込み、オブイエクトが説明する。
「自分はここで護りますよ。先輩の体を最後までね。上官殿、代わりにうちの伍長殿の明日は頼みます」
 分かたれた体のあちらこちらを爆ぜさせながら、オブイエクトはライヴスを燃え立たせた。
「連れて行くさ。同志も皆も、そなたも――!」
 ソーニャが歯を食いしばった、そのとき。
『シバタはん、ここや!! デグチはんはなんでもええから止まったらライヴス全開、トリガー引け!!』
 なに?
 ソーニャの問いはまわり中の鋼が吐き出す騒音の内、かき消えた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 決魂】
【ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002) / ? / 27歳 / 鋼魂】
【オブイエクト266試作型機(aa4973hero002) / ? / 67歳 / 据鋼】
【鬼灯 佐千子(aa2526) / 女性 / 21歳 / 清噛】
【リタ(aa2526hero001) / 女性 / 22歳 / 濁噛】
【沖 一真(aa3591) / 男性 / 17歳 / 屈不】
【美空(aa4136) / 女性 / 10歳 / 貫己】
【R.A.Y(aa4136hero002) / 女性 / 18歳 / 貫怠】
【マルチナ・マンチコフ(aa5406) / 女性 / 15歳 / 隠魂】
【マシーネンカバリエ(aa5406hero001) / ? / 20歳 / 黙魂】
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2019年01月17日

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