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『カルハリニャタン奪還戦・着 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829)&日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001)&レオンaa4976hero001)&リィェン・ユーaa0208)&サーラ・アートネットaa4973)&葛城 巴aa4976)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&迫間 央aa1445)&イン・シェンaa0208hero001

「ここを通るのも二度めか」
 一同の先頭を行く迫間 央がぽつりと漏らす。
 ここは大口の口腔内。舌や粘膜は存在せず、どこまでも黒いばかりの食道が奥――本体である愚神にまで続いていた。
「ドロップゾーンが前よりも薄くなってる気がする」
 こちらは央と共に突入班の斥候を務める日暮仙寿の言。
 彼らは先日の前哨戦で大口の体内に潜入し、その構造を探る強行偵察を成した同士である。そして。
「ドロップゾーンを縫い止めることと愚神化すること、両立するのは難しいのかもしれない。巴はそう言っています」
 内に在る葛城 巴の推察を伝えたのは、強行偵察部隊の殿を務めたレオンだ。
 決死の偵察の末、彼らは見た。愚神の本体が、あろうことかカルハリニャタン共和国の建国の父たるカルハリであることを。
「――せめてこいつをぶった斬れたらな」
 極の銘を与えた屠剣「神斬」の切っ先で無造作に示すリィェン・ユー。前哨戦においては陽動役を担った彼だが、直接カルハリと対する突入班の打撃力底上げのため、今回はこちらへ加わっている。もちろん、彼の強敵を求める心が大いに作用していることもあるわけだが、ともあれ。
『それをすればさすがに気づかれよう。“歯”に戻ってこられては、陽動を務める皆の意を穢すこととなる』
 リィェンの内よりイン・シェンが告げた。
 ちなみに彼が指したものは、大口と歯とを繋ぐ神経糸である。これを断てば前哨戦で見たとおり、ドロップゾーンは消えるのだろうが……
『私たちが潜入した意味がなくなっちゃいますもんね』
 仙寿の内で不知火あけびがかぶりを振る。
 突入班は陽動班に先んじて戦場へ潜み、大口の体内へ入る機を窺ってきた。12のミサイルの爆炎に紛れて接近し、ライヴスジェットパックに点火。抜け落ちていく歯と入れ違う形で口内へと飛び込んだのだ。すべては歯の妨害を受けずにカルハリへと迫るがために。
『そうだとしても、なにもできないのは辛いところね』
 あけびの言を受け、央の内のマイヤ サーアが息をついた。
 こちらが前哨戦で情報を得たのと同じように、カルハリもまた情報を得て学び、対策してきている。もどかしくはあるが、ここは先へ進むことを急ぐべきだろう。
「用意してきたマグロが使えなくて残念だと巴が言っています」
 やれやれ。あきれ顔でレオンが巴の言葉を皆に伝えた。
『だって、マグロ食べてる間はなにもできないでしょ? その隙に! って思ってたんだもん』
 レオンにしか聞こえない内の声で、勢いよく言い張る巴。
 レオンはもう一度やれやれとかぶりを振り、内で巴を諫めた。
『それじゃあ潜入にならないだろう?』
 レオンは様式美ってのわかってないよねー。巴はさらに言っておいて、薄れゆく黒の先へ視線を伸べた。
『ただ、潜入の意味なかったかもね。ドロップゾーンが消えるってことはカルハリさん? も剥き出しになるんでしょ?』
 聞こえないはずの巴の声。それに応えるかのごとく、マイヤがうそぶく。
『でもこれで、最後は光の下で戦えそうね』
 と。
 リィェンが極を縦に振り抜いた。“極”の銘を与えられた重刃は野太い風切り音を裂いて衝撃波を飛ばし、20メートルにまで迫っていた従魔の正中線を断ち割った。
「ドロップゾーンが薄まれば、愚神は当然別の手段で自分を守ろうとするわけだ。ご本尊へ挨拶する前にひと騒ぎ越えなきゃならんな」
 リィェンに続いてインが口を開き。
『央、仙寿、わらわらが先に立つ。左右は頼むのじゃ』
 三者でレオンをかばって楔陣を組み、最後に後方を確かめる。
『サーラもよいか? ここからは一気に突っ切るぞ』
「いつでも」
 サーラ・アートネットは右手にサーベル、左手にオートマチックを取り、うなずいた。
 彼の敵は建国の父、カルハリ。強大な愚神と化した英雄に、この刃弾が届くはずはなかったが。
 だから連れてくんだよ。てめぇに刃弾をぶっ込めるみんなを。
 私は踏み石だ。
 みんなをカルハリに跳ばせる最後の足がかりだ。
 その役目を全うできたら、親父。あんたにも笑って会いに行けるよな。


「ふっ!」
 腰を落としたリィェンが、肩をあてがった極の腹で従魔どもの突撃をがっしと受け止める。内功にて支えられた体はまさに鋼の硬さと重さを湛え、揺らがない。
「アートネットさん!」
 リィェンの影からレオンが踏み出し、シールドバッシュを従魔の先陣へ叩きつけた。腕を振り込むばかりでなく、しっかりと体重を乗せての一撃が、敵の重心を崩して揺らがせる。
「了解であります!」
 サーラはふたりの間からオートマチックを突き出し、ライヴス弾を撃ち込んだ。
 すでに体勢を崩されていた従魔は為す術なくコアを砕かれ、ボロボロと砕け落ちていく。
 キリキリと歯をこすり合わせ、下がる生き残りの従魔。
「前だけじゃなく、横にも注意しておくべきだったな」
 ふいに灯った気配に引きつけられ、従魔どもがそちらを向いたが。
 央はすでにそこにはいない。逆へと滑り込み、空へ置いてきた刃を引いて1体の首を?き斬っていく。
 機動に秀でた彼だが、その戦術の真髄は「止まらない」ことにこそあるのだ。
「後ろにもだ」
 動揺する従魔の背後で待ち受けていたのは、こちらも気配を消して回り込んでいた仙寿である。
 央の剣を支える業(わざ)がアサシンならば、彼の剣は忍の業に支えられていた。体軸を据えたまま踏み出し、最後尾の従魔のコアを刺し貫いておいて蹴り飛ばし、他の従魔を巻き込む。
 果たして前後左右から崩されて乱れに乱れた敵陣へ、リィェンが飛び込んだ。
「もうどこを見ても遅い」
 極の刃が横殴りに1体を引っかけて両断し、その上体が宙で回っている間にもう1体を、さらには自らの体を回して体当たりで発勁。従魔を揺らして内から引き裂いた。
 守りよりも攻めにこそ本質を置いた彼ならではの、轟然たる連撃である。
「お見事です」
 盾に代えて双槍、白鷺と烏羽を両手に取ったレオンが、残る従魔を光放つ穂先で突き斃していく。
 巴などは自身を衛生兵と言い張るが、生命適性のバトルメディックはタンク役として前線の支えを担うもの。後ろから回復するばかりではないのがレオンの強みである。
「はっ!」
 そしてカルハリニャタン共和国統合軍式剣術突きの型で、サーラが最後の従魔を仕留めた。
 この場にあってはもっとも戦闘力の低い彼ながら、固めた意志の力がその目と手を研ぎ澄まし、十二分に機能させている。もっともそれが火事場の馬鹿力に過ぎないことを、彼自身がもっともよく知っていたのだが。
 なんだっていいさ。私はあと少しだけ保てばいいんだからな。
「先を急ぎましょう!」


 大口より2000メートルを置いた戦場。輸送機から発進したLSB-Hの内でソーニャ・デグチャレフは告げた。
「今日この日を三度めの正直とし、果たしてみせよう」


 従魔の追撃を退け、あるいはやり過ごし、突入班は食道の突き当たりへ達しようとしていた。
『一応は順調かな。一度来た路だからね。まあ、途中でちょっとまずいとこあったけど』
 あけびの言どおり、幾度か危険な場面はあった。それこそ櫛の歯が欠けるようにドロップゾーンが消失し、深淵を化した箇所がそれなりの数存在したからだ。
『最初のミサイル攻撃と陽動班のおかげだと思っておくところよね』
 苦笑を含めてマイヤがあけびに声をかける。
 深淵の数は歯がそれだけの数損なわれていればこそのもの。しかし正直なところ、シャドウルーカーふた組の警戒がもう少し甘ければ、彼らはともかく他の者たちはどことも知れぬ底なき底へ飲まれていたことだろう。
『息を整えよ。拝謁じゃぞ?』
 インの警告に、微量和んだ空気が一気に引き締まる。
 その中で、レオンがサーラの強ばった肩に触れ。
「力が入りすぎていると、巴が心配しています」
『サーラさんががんばらなくちゃいけないのは今日よりも明日なんだからね!』
 巴の言葉を伝えてやった後、レオンも静かにうなずいた。
「巴の言うとおり、国を取り戻してからが本当の戦いですよ」
「復興には戦費なんか比べものにならないくらいの金がかかる。アイドルを辞めてもらうわけにはいかないよ……我が自治体のためにも」
 あえて軽い口調で語った央が、サーラに触れたレオンの手に手を重ね。
「祖国奪還記念ライブは関係者席で見せてもらう。――ガチ恋口上? なんだそれ?」
 内のあけびに茶化されつつ、仙寿もまた手を重ね。
「厄介さんとやらは俺に任せておけ。まとめて蹴り出してやるさ」
 最後に手を重ねたリィェンが、そのまま先陣を切って踏み出していった。
 私は支えられてばっかだ。上官殿にも友だちにも。
 サーラは体内に押し詰まった息を強く吹き抜いた。


「目標、小口。全速前進!」
 決戦兵器5機の合体により顕現した巨大人型戦車が、ソーニャの号令で戦場へとその足を踏み出した。
 合体承認コードであり、その頭部に据えられた1270mmカノン砲砲2A82「ディエス・イレ」の銘でもあるSINとは「真」にして「罪」。あの日を越えられず、無意味に散った罪を真に贖う意志を映した大砲が、歯の融合体である“小口”へその砲口を突きつける。


 豪奢な衣まとった偉丈夫カルハリは、床上に足をつけて立ちながらも、未だまどろみの内をたゆたっていた。
 薄く開けられた両眼はなにを見ることもなく、ただただ虚空をながめやるばかり。
『寝ぼけた相手に殴りかかるのは好みじゃないが……一応は暗殺ってことになってるんでな』
 極を担いでカルハリへと駆けるリィェンの内なる声に、インは神妙な顔でうなずいてみせる。
『相手はレガトゥス級じゃ。最初にいくらか石を置かせてもろうても反則にはなるまい』
 リィェンの歩に合わせて進む央の内、マイヤがふとささやいた。
『ドロップゾーンが消えればさすがに眼を醒ますはず。それまでにどれだけのダメージを与えておけるかが鍵になる』
 うなずいた央は、左についた仙寿へ目線を送る。
 それに了解のアイコンタクトを返した仙寿が大きく左へ駆けだした。
『ここからが本番だ。あけび、技を尽くすぞ』
『うん。友だちの明日がかかってるからね。――国は建てた人のものなんかじゃない、今そこに生きてる人たちのものなんだって、思い知らせる』
 あけびのライヴスが仙寿の足を加速する。
 守護刀「小烏丸」の鯉口を切り、右へ踏み出した央、前へ突き進むリィェンと連動した三角陣を形成した。
 そして彼らの後ろには、サーラをカバーして油断なくカルハリの様子を窺うレオンがついている。
『カルハリさんが人間だったときの性質を残してるなら、そういうところが弱点になると思うんだ。ソーニャんが言ってた、最期に左足の小指ぶつけた話とかも気になるね』
『それはさすがに完治してるだろう』
 巴へツッコんでおいて、レオンは思いなおす。
 人は記憶に支配されるものだ。たったひとつの嫌な記憶が、それまで積んできたものをすべて引っ繰り返すこともある。
『とにかく懐まで飛び込んじゃえばいけそうな気がする!』
『……カバーはともかく、突撃はしないからな』
 今まで同様に最後尾へついたサーラは、オートマチックの薬室へ弾丸が押し込まれているのを確かめ、厳しい顔を引き上げた。
 銅像でさんざん見てきた建国の父! 取り戻しに来たんだよな、自分の国を! でもな、この国はもうあんたのもんじゃねぇ。だから取り戻す。あんたから、私らの国を!!

「ふっ!!」
 太い呼気がリィェンの唇を押し割り噴き出されて。その太い両脚がドロップゾーンを踏みしだき、反動を螺旋状に押し上げた。発勁を乗せた重刃が立ち尽くすカルハリの頭頂部へ叩きつけられ、ねじり込まれる。
 同時に右から飛び込んだ央がEMスカバードの電界で加速した天叢雲剣を抜き打ち、駆け抜け様にその首筋を引き斬っていく。
 その半拍の後、左から踏み込んでいた仙寿がわずかに傾いだカルハリの首を迎え討つ形で小烏丸を一閃。大きく跳びすさった。
「脛でいいんだな!?」
 内の巴に問い、肯定サインを受け取ったレオンが双槍を投げ放ち、カルハリの脛へ突き立てる。
 合わせて撃ち込まれたサーラの銃弾は、ゆるやかに開かれつつあるカルハリの眼をレオンの槍から逸らすべくその上体へ集められていた。
 完全に決まった奇襲。
 しかし。
 エージェントの渾身は、毛筋ほどの傷もカルハリに与えてはいなかったのだ。
「これはひどい硬さだな!」
 カルハリに弾かれ、鈍く痺れた両手でそれでも極を握りなおしたリィェンが再び腰を据えてその体を斬りつけたが……これもあえなく弾かれる。
「血縁である第四王子に討たれた生前の記憶がそうさせているのではないかと巴が!」
 極と同じく弾かれて戻ってきた槍をすぐまた投げ放ち、体勢の崩れたリィェンをカバーしたレオンが告げた。
「二度と討たれないために硬く、近づかせないために重さを得たわけだ。すいぶんといじましいじゃないか、カルハリ」
 跳ね返されるを避けるべく、もう一度カルハリの首を撫で斬る央。これで1ミリでも削れればいいと思ったが、果たされなかったことは見るまでもなく知れる。
「攻めを集める! リィェン、連携の最後を頼む!」
 カルハリの体を取り巻くように滑り込んだ仙寿が、央が斬ったラインに刃を合わせ、そのまま叩き斬った。敵が硬いなら、衝撃と斬撃を合わせて少しでも多くのダメージを与えたい。
「カルハリ――!!」
 オートマチックを捨て、サーベルを両手で構えたサーラがカルハリへ跳ぶ。狙うは央と仙寿が攻めを重ねた首筋の一点。
 突き込んだ切っ先がジャグリ、鈍い音をたててカルハリの首を滑り、その肩口へぶつかったサーラの軽い体が勢いをそのまま跳ね返されて床へ落ちた。
「不埒な輩ども。我が命は我ならぬ泡ども、芥どもを山ほど積んだところで贖えはせぬぞ」
 央、仙寿、レオンが驚愕し、リィェンは警戒を強めて身構え、体を起こしたサーラは眼鏡の奥の両眼をすがめる。
『しゃべった……前は思念みたいなのだけだったのに』
『ええ、これは本当に覚醒するようね』
 あけびとマイヤがささやき合う中、インが強く声音を張った。
『わらわらはこのまま攻め立てるぞ! 互いに知れたことあらば、もう声をひそめる必要もない! すぐに告げよ!』
 次いでリィェンへは。
『これだけの相手ならば、“王”と対するがための肩慣らしにちょうどよい。行くぞ!』
「応」
 丹田で練り上げたライヴスを体内へ巡らせ、防御を高めたリィェンが、強くその歩を踏み出した。
 俺にできることなんざ知れてる。前に出て、ぶった斬るだけ。ひとつしかないんだから迷いようもない。だから突き通すぜ、俺を預けたこの極を!
『央、ワタシが絶対にあなたを生き延びさせるから』
 マイヤは黒いばかりだったはずが時代がかった玉座の間へと形を変えゆくドロップゾーンの有様を見やり、内から央へ触れた。
「マイヤ、生き延びるんじゃない。俺たちふたりで生き抜くんだ」
 次いで。
『仙寿、私の命は預けるからね』
「俺の命もおまえに預けるさ」
 仙寿の応えを聞いたあけびが心を引き締めた。生きるも死ぬもあなたのそばで。これは絶対だけど。ここであなたを死なせないし、私は死なない。それだけじゃないよ。友だちも共和国の人たちも、愚神なんかにあげたりしないから。
 3組が向かい行く裏で、巴はレオンの内から五感をこらして カルハリを探る。
 絶対どこかに弱点があるはず! 脛はだめだったけど、アキレス腱は? 脇をくすぐられたら耐えられないんじゃないかな? あ〜もうっ! 調べに行きたい行きたい行きた〜い!!
『俺は巴の安全を最優先するからな』
 内でじたばたする巴の本心を察して釘を刺すレオンだった。
 そしてサーラは今一度後方を振り返る。
 この薄れ行く閉鎖世界の先、彼の相棒と共に鋼をきしらせているだろう上官、ソーニャの姿を幻(み)て――自らの視線と意識を前へと引き戻した。


 SINの砲撃で小口の頭部を噴き飛ばしはしたが、そこにコアはなかった。
 小口の猛攻を打ち払い、打ちのめされながら、ソーニャは巨大人型戦の内で奥歯を噛み締める。
「この一発をきざはしに、次には鋼を撃ち込む!」


「頭が高い」
 カルハリの左眼が怪しく輝いたかと思いきや、エージェントたちの膝が大理石と化したドロップゾーンの床へ落ちた。いや、落とされた。
『これが、彼奴の、重力っ!』
 リィェンのライヴスに自らのライヴスを併せ、インは功を練り上げたが……いかな彼女とリィェンのふたりがかりであれ、その重さはびくとも払えない。
「力を抜くなよ、イン!」
 そのときに跳び出せるように! リィェンの意志を感じ取ったインは消えかけた功へをさらなるライヴスをくべる。
 そうじゃな。わらわらは武辺じゃ。ならば踏み出すとき来たるを信じ、備えようぞ。
 それは央とマイヤ、仙寿とあけびも同じこと。
「リィェンさんの剣より俺たちの剣のほうが軽い。それだけ重力の影響も薄いはずだ」
「ああ。斬り拓くのは、俺たちの役目だな」
 央と仙寿はあらん限りの力を振り絞り、迫り来る床から面を引き上げた。
『ひれ伏してなんか、やらない!』
『すぐに跪かせてあげるわ』
 あけびとマイヤも互いの恋人を支えて言い放つ。
『レオン、魔法って、重力に弱いのかな?』
 加重された息をゆっくりと声音に変えて、巴はレオンに問うた。
『武器のように重さがあるわけじゃないからな……そういうことか』
 レオンがじりじりと幻想蝶から抜き出したものはヴェルカースブック。異世界の金属“ヴェルカース”についてを解説した書は、それを結晶化して顕現させる。異世界のもの、ましてや魔法精製物なら、この世界の物理法則を無視できるかもしれない。
「タイミングを合わせます! 3、2、1!」
 果たして。かすかに拓かれた書より直ぐに飛んだ半透明の結晶がカルハリの左眼を打つ。それはもちろん、硬きカルハリを傷つけられはしなかったが――
 緩んだ!
 央が、仙寿が、そしてリィェンが、それぞれの得物の切っ先を引きずりながらカルハリへ殺到し、3組による3連撃を打ち込んだ。
「……不敬」
 かすかに顔をしかめたカルハリがすがめていた左眼を見開いて。
 3組はおろか、後方の2組をも噴き飛ばした。
 重力の、反転っ! 内臓をかきまわされ、壁に叩きつけられながら、サーラはいち早く情報の分析を終える。
 ちがう、答よりもなにができるか考えろ!
「愚神は重力を反転させています! しかしその出力は“大口”状態に比べて微弱! 大口はある意味で群生体であり、ゆえに力も加算されていたものと推察されます!」
 再び圧を上げ始めた重力の内を泳ぐように渡り、攻撃を加えていくエージェント。しかしカルハリは微動だにせず、重力による足止めと反転による透化攻撃及びノックバックで彼らを突き放す。
『弱くなった重力……だったら話はすっごく簡単で、すっごく難しいよね』
 仲間へケアレインを降らせるレオンの内で、巴が眉根をしかめた。
「どういうことだ?」
 レオンに伝えられた仙寿が、足を縫い止める重力に抗いながら問う。
「巴は言っています。重力が弱いなら、それを突き抜けるだけの速さと重さを備えたものをぶつければいいと。そうなればあの外殻も耐えられまいと」
「なるほど。それは確かに簡単で難しいな」
 舌を打つ央。
 弱まった重力に押し流される程度の重さしか持たぬ自分たちでは、たとえどれほど迅く駆けたところで突き抜けるはずはない。
「……いや、わらわたちにできずとも、できるものはある」
 仲間の盾として立ちはだかったリィェンの内からインが語った。
「サーラ、スポッターはきみだ。そのときが来たら教えてやるんだ。カルハリがどこにいるのかを」
 リィェンの添えた言葉で、一同は理解する。
 そうだ。その簡単で難しいことを成せる“規格外”が、ただひとつだけある。
『じゃあ、それまでなんとか保たせないとね』
『サーラは後ろから指示よろしく! 私たち、多分気づけないから』
 マイヤとあけびがライヴスを燃え立たせた。
「カルハリは眼を打たれるのを相当嫌っているようです。これも生前の記憶なんでしょうが、ともあれ僕は眼を狙います。みなさんはその直後に」
 レオンの書が結晶をカルハリへ飛ばした直後、エージェントたちはふと緩んだ重力をかき分け、跳び出した。


 少佐殿、鋼を!
 ソーニャは英雄の声音へ吸い込まれるようにトリガーを引いた。


 リィェンの腹を突き上げた重力が爆ぜ、五臓を引き裂く。
 血を吐きながら膝をつく彼は、苦痛から思考を切り離して苦笑した。押し潰すだけじゃないのかよ。やられたとしか言い様がないな。
 同じく膝をついた央は、マイヤの無事を確かめて、体内に押し込められた息を絞り出した。
 脚を止められたらH.O.P.E.の神速もお手上げ……お足上げだな。いや、そこに立ってるだけで平民を打ちのめすんだから、俺がどれだけ迅く駆けても無意味か。
 重力爆弾に肩を抉られた仙寿は、賢者の欠片を激痛と共に噛み締め、カルハリをにらみつける。
 重さなんてとっくに置き去ってきたものと思い込んでたが、どうやらそれは思い上がりだったみたいだ。これじゃあ友だちを迎えることもできそうにない。
 レオンはリジェレネーションですり減らされた生命力を押し上げながら、必死で仲間のカバーに努めていた。
 なんとかここまで戦線を維持させてはきたが……結局のところ俺は、無意味に苦しみを引き延ばしているだけなのかもしれない。
 押し詰まる絶望の中、サーラは祈る。
 今ここで私を投げ出したって、きざはしにはなれない。わかってるから、なにもできないんだ。自分に光を――この薄暗い愚神の腹の底で歯を食いしばるしかできない自分に――!

 上官殿、代わりにうちの伍長殿の明日は頼みます。

 唐突に聞こえた、声。
 それは間違えようもない、契約英雄たる人型戦車のもので。
 ……あのポンコツ戦車、なにカッコつけてんだよ。
 重力の軛に捕らわれたまま、サーラは口の端を吊り上げた。
 続いて聞こえた事務官の『ぶっ込めぇーっ!!』に合わせ、声の限りを尽くして吼える。
「敵愚神は、自分の声の先にあります!! 上官殿ぉーっ!!」
 ドロップゾーンが形造った王の間が揺らぎ。
 光が降り落ちる。


 ついに小口のコアを撃ち抜いた無銘。
 その頭部にあるソーニャは、小口の断末魔と最期のあがきに打ち据えられる中で、自らを包む英雄が迫り上がり、SINの砲身へ装填されゆく様を感じていた。
「いったいこれは――!?」
 彼女らをここまで運んできた輸送機から事務官が告げる。なんでもええから止まったらライヴス全開、トリガー引け!!
 かくてソーニャは英雄ごと、砲身に収まったAPFSDSの先にセットされる。不可思議なのは、この弾に火薬は装填されておらず、ただライヴス鉱石と重金属が詰め込まれているばかりということだ。
 いや、理由は知れている。小官のライヴスで、この弾は飛ぶということだ。確かにライヴス推進なれば重力の干渉も少なかろうが。
 ドロップゾーンの消滅と同時、内より溢れだした凄絶な重力波が無銘の両脚をさらい、へし折った。しかし人型戦車は膝と無事を保つ左腕をついて自らを固定する。

 敵愚神は、自分の声の先にあります!!

 ああ、聞こえたぞ。同志サーラ。その先にあるのだな。
 考えるをやめたソーニャは見えぬはずの標的に照準を定め。自らのライヴスをAPFSDSに同調させてトリガーを引いた。

 起爆したソーニャのライヴスは、鉱石を繰る愚神よりもたらされた純正ライヴス鉱石の配列により、ミリセカンドの間に段階的な誘爆を引き起こす。それは通常弾の2倍以上の重量を備えたライヴス式APFSDSをまさしく爆発的に加速させ、無銘の砲口より飛び立たせた。
 その弾速は、通常弾の3倍に迫る秒速4200メートル。
 1秒の半分で2000メートルの距離を突き抜けた弾は、その重さと速度とでカルハリの重力を引きちぎり、そして。
 弾頭部より突き出した侵徹体がカルハリの胸へとねじり込まれる。重力の軛を自らに課すことでこれを受け止めたカルハリであったが、その外殻は穿たれた穴を中心に、これまでにエージェントたちから与えられたダメージを伝って一気にひび割れ、砕けゆく。
「我が鉄壁を……我が聖域を……」
 呆然とつぶやくカルハリの左眼に、弾の内より露われたソーニャが、自らの鎧たる英雄の頭部に据えられた12・7mmカノン砲2A82改2型“ディエス・イレ”の砲口を突きつけて。
「来たぞ、カルハリ。この身と志とを鋼に据えて、貴殿を撃ち据えんがために」
「我は、もう二度と」
 カルハリの左眼よりあふれ出した重力は――ディエス・イレの砲口が絞り出したライヴス鉱石砲弾に芯たる左眼を撃ち抜かれ、ドロップゾーンの余韻と共に微塵と散った。
「我は」
 カルハリの外殻が一気に噴き飛んだ。重力ならぬ内圧によって。

『あれが本性というわけじゃな』
 霞む眼でインが見据えたものは、左眼を損なった赤熊だった。王たる威厳を狂気と衝動で塗り潰し、言葉ならぬ咆哮をあげた。
『あれなら刃も通るでしょうけど、問題はワタシたちの命があとどのくらい保つか、ね』
 吼える度に空間が歪み、引き裂かれ、押し潰される。その間合を測りながら、マイヤは冷徹に自らと央の状態と照らし合わせた。
 統制なき重力は、これまで以上の脅威となってエージェントを打ち据え、穿つだろう。それをくぐり抜けたとて、あの分厚い毛皮に鎧われ、太い爪牙を備えた愚神の本体が待ち受けている。
『初手は私と仙寿が行くよ。私たちは誰かを救う刃だから。ソーニャと共和国の人たちを、私たちで救う』
 あけびは胸先に映るイラーダリングを握り締める。今日、ここでリングに刻んだ約束を果たそう。仙寿とふたりで――
 命を限界まで失ったソーニャは、紙人形のように飛ばされて地へ落ち、動かない。
 その前には誰よりも深手を受けているサーラが立ちはだかり、赤熊の炯々と輝く右眼をにらみ返していた。
 上官殿、仮眠よりお目覚めになられるまで、自分がかならずお守りいたしますので。
「あっちもさすがにもう見せられる芸はないだろう。なら比べ合おうか、お互い最後の一芸を」
 リィェンの言葉はこの場にあるエージェント全員の心を映した決意であった。
『衛生兵は粘り強く生き抜いて、戦友の命を救うのがお仕事だから。こんなところであきらめてられないよね』
 すでにスキルも賢者の欠片も尽き、数本のヒールアンプルを残すのみとなっても、巴の意気は消えたりしない。
 レオンは自らの弱気を振り払うようにかぶりを振り、うなずいた。
 果たしてリィェン、央、仙寿が、レオンが、そしてサーラが、その傷ついた足を前へ投げ出した、そのとき。
 ガトリング弾がカルハリの周囲で爆ぜる重力の歪みを撃ち砕き。
 飛来した符が小鬼と化して、赤熊の太い足に斧を振り込んだ。
 さらには毒つきのカチューシャMRLが降りそそぎ、そして。事務官の英雄によるコネクトウィッシュが、突入班のエージェントの傷をかき消し、力を取り戻させる。
「陽動班、来てくれたか!」
 歪みをすり抜けて跳んだ仙寿へ、共に跳んだ央が笑みを投げて。
「あとは俺たちが任務を全うするだけだ」

 多くの声が、呼んでいる。
 寝ぼけてる場合ではないのであります。
 おいルーキー、とっとと立て。
 早く見て、あそこよ。
 撃て。撃て。討て。
 まったく騒がしいな。わめくのではなく、示せ。小官が撃つべきものを。

 ガトリング弾と狙撃弾でその意識を散らされた赤熊は、逆立てた毛を噴出し、まとわりつく仙寿を射貫かんとしたが。
 俺の、私の、「初手」を見せる。
 胸中でつぶやいた仙寿とあけびが、心を合わせてライヴス結晶を握り潰した。果たして顕現したものはあけびの「お師匠様」ならぬ、あけびの赤眼を備えただけの仙寿。これこそがふたりのリンクバースト――真なる共鳴体だった。
 果たして毛針の豪雨の隙間を神速ならぬ神足ですり抜けた仙寿の刃が、無防備な赤熊の延髄深くへ潜り込み、斬り裂いた。
 が、あ、あ……のけぞる赤熊の頭。その喉元にはすでに、次なる刃が迫っている。寸前で察した赤熊が、横殴りに刃の主を殴り飛ばし、空振りした。
 実をもって虚を為す。ようやく暗殺らしくなってきたな。
 投げ上げた刃をくぐり、下へ沈み込んだ央は赤熊の左足の小指へ踵を突き込んだ。
 がああああ!! 痛みよりもそれが残した最期の痛手の記憶に悶える赤熊。
 その空白は、央が手にした柄糸を引き、叢雲を取り戻すに充分な時間となった。
 今度こそのザ・キラーで喉を裂かれた赤熊は、咆哮を甲高い笛の音に変えながらも、そこかしこの空間を歪め、爪を振り回す。
「悪あがきだな。王の殻を捨てたおまえは、ただ狩られるだけの獣に成り下がった」
 極の切っ先を突き立てて重力塊の爆発に耐えたリィェンが、両の爪を極の柄頭で突き落として踏み込んだ。
 功を吸わせた重刃が、前後から斬り裂かれて傾いだ赤熊の喉へ突き立ち、突き通す。
「――首を落とすまではいかなかったか。が、今日の俺は主役じゃない、武辺その1なんだよ」
 極を残したまま、赤熊の腹を蹴って跳びすさり。
「きみたちで取り戻せ、きみたちの祖国を簒奪者からな!!」
 がくりと膝を落としたリィェンに、すぐさま駆け寄ってカバーしつつ、レオンがケアレイを送る。
「完全回復があったとはいえ無茶をしすぎだと巴が怒っていますよ」
 しかし、その無茶があってこそ“きざはし”がかけられたことを、レオンは知っていた。
 最後まで見届けますよ。カルハリニャタン共和国の終わりと始まりを、僕と巴の目で。

 リィェンの残した極の柄に取りついたのは、英雄との合流を果たしたサーラである。赤熊の太い腕と鋭い爪で人型戦車の外殻を削がれながら、刃に沿わせてカノン砲を伸べ。
「今度こそ伝説の底へ送り返す――これからは名君の名前だけを語られて奉られていろ、父なるカルハリ!!」
 至近距離からの砲弾が、かろうじて繋がっていた赤熊の頭部を胴から噴き飛ばした。

 小官が撃つべきは、あれか。
 朧に沈む思考を置き去り、ソーニャは体に叩き込まれたとおりの動きを為して、宙に舞う標的へトリガーを引く。

 導かれるように飛んだ砲弾は、宙にあった赤熊の右眼を貫き、その頭部を爆散させた。
 愚王の最期は、ここに正しく再演されたのである。


 重力と愚神の負のライヴスが霧散した途端、空気が本来の軽さを思い出したかのごとく浮き立った。
 ぉぉぉぉぉ、響く余韻にあけびは小首を傾げ。
『あれ、なにか聞こえる?』
 と。事務官の乗る輸送機が外部スピーカーを全開にして、ある音を振りまいた。
『鐘――年が明けたのね』
 マイヤがやわらかくすがめた目を、いつしか黒へと変わっていた空へ向ける。
 輸送機が中継しているのは、新年を告げる鐘の音。国を問わず、受信した音をザッピングで鳴らしているだけなのだが、その賑やかで荘厳でかろやかな音たちは、戦い抜いたエージェントたちを福音さながら包み込んで。
『ソーニャの引き連れてきた魂たちも、ようようと祖国の土へ還れたようじゃな』
 鐘の音に紛れて消えた多くの魂の勝ち鬨に耳を傾けていたインがそっとうそぶいた。
『――医師団の手配、大至急!』
 その中で、深淵の底から漏れ出してくる弱々しい命の気配を感じ取った巴がレオンを急かす。
「あの穴の底に閉じ込められた人々はまだ生きていると巴が言っています! 急ぎましょう、これ以上、なにも失わないように」
 レオンの声に、集まっていたエージェントたちが一斉に動き出した。戦いの終わりは、共和国にとって始まりの合図なのだから。

 深淵の穿たれた荒野へ視線を馳せ、サーラが支え起こしたソーニャへ言う。
「上官殿、祖国であります」
「うむ。未だ実感がないのは困ったものだが……愚王を打ち倒した小官らは、今度こそ正統の後継としてこの国を得た」
 サーラはうなずき、それはもう神妙な顔で。
「カルハリがこうなった以上はこの国もカルハリニャタンではなく、にゃーたんニャタン共和国と呼ばれることに――むしろ呼ばせましょう、呼ばせます! 自分が!」
「万一そうなったら小官の命を賭けてにゃーたんさーらんニャタン共和国に改名してやるからな!」


 かくてレガトゥス級愚神を相手取った祖国奪還戦は16時間43分27秒で終結。共和国軍が勝利を得た。
 愚神の餌として深淵に封じられていた国民の内、命永らえた者は全体の3割に留まったが、真っ当な再会が幾多も演じられ、または真っ当な別離の涙が流されることとなった。
 明日を取り戻した共和国の名は未だ定まってはいないが、ともあれ。
 次なる物語は、ソーニャとサーラの手で幕を落とされるを待ちわびているのだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 決魂】
【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 屠神】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 導眼】
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 尽刃】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 刃支】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 先刃】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 19歳 / 先見】
【葛城 巴(aa4976) / 女性 / 25歳 / 唯愛】
【レオン(aa4976hero001) / 男性 / 15歳 / 護救】
【サーラ・アートネット(aa4973) / 女性 / 16歳 / 誓魂】
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2019年01月17日

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