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『ユー家の日常 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001)&aa0208hero002

 地平に暁の朱が灯るまで、あと2時間半。
 毛布にくるまったリィェン・ユーが目を醒ました途端。
「そら小僧、寝こけておる時ではないぞ!」
 窓を枠ごと吹っ飛ばし、乗り込んできた零が、寝床へ前蹴りを打ち込んだ。直線の内、最少の挙動を繋いだ襲撃。並以上の武人であれ、しのげるものではなかったが。
 すでに起き上がっていたリィェンは、ぶっ飛んできた窓をやわらかくキャッチ。
「防弾防爆仕様の高い窓なんだが」
「だからぶち割らんようにしてやっただろうが。小僧の懐を寂しくしては、我の酒が安くなる」
 腰を据えず、重心を上げたまま踏み出してきた零は両腕を巡らせ、遠心力を乗せた掌打を振り込んだ。
「問題は酒の値段かよ。つか、まだ4時半じゃないか……」
 こちらは腰を据えたリィェンが内から外への雲手――太極拳における纏絲勁の一手。この場合は順纏絲――で零の攻めを弾き、ため息を漏らす。
 ちなみにこの早朝の襲撃、日課である。リィェンに襲い来るのは零であったり、もうひとりの英雄であるイン・シェンであったり、時にはふたりがかりのこともあり、時間もまちまち。おかげで熟睡する習慣はなくなったが……今のところ、ふたりの襲撃へ即時対応できるようになった以上のメリットはない。
「って俺は思うんだが、そのへんはどうだ?」
 雲手によって描かれるは円。その円を大きくしていくことで敵の攻め手もまたより大きく弾かれることとなり、体勢が崩れゆく。
 が、零は小揺るぎもせずにその円を受け流し、攻め手を重ねていった。
「技を磨くは武人の務めだろうがよ。その上で心構えを結ばせてやっておるのだ。ほれ、どんどん行くぞ」


「寒いのに精が出るのう」
 朝7時。リィェンと零の大騒ぎをよそに6時まで寝入っていたインは、それが収まる頃合いを見計らって朝食を用意していた。
「精を出してるのは零だけだ」
 うんざり応えたリィェンは、ダイニングキッチンの卓へつき、インが手ずからよそってくれた粥を食らう。
 米から炊いた粥に魚介出汁と刻んだ鮑を混ぜて整えた粥だ。かろやかな滋味が、疲れた体に染み入った。
「たまには肉でもよいぞ?」
 風呂を使ってきた零がどっかと席へつき、粥へ油条――粥の付け合わせや薬味として添えられる揚げパン――を突っ込む。
「食らいたくば己で焼け。――にしても、男の風呂にしてはいつもながら長いのう」
「風呂で吹かす煙草は格別ゆえな」
 インに返した端から煙管に刻み煙草を詰め、零はうまそうに吹かしてみせた。
 実際、零ばかりではなくインも風呂が長い。湯は血行を促進し、体内に気を巡らせる助けとなる。汚れを落として緊張を抜くばかりでなく、内功の鍛錬場としても適切なのだ。
 そうした理由で風呂場を占領されがちなリィェン、その小さな夢はゆっくり風呂へ浸かることだったりするのだがともあれ。
「飯のときはやめろよ。鼻が塞がるだろう」
 しかめ面で紫煙を払うリィェンに、インと零は顔を見合わせて。
「かような女々しさがテレサに受けんのじゃ」
「美食家気取りは姦しいということよ」
「……少しずつ進展してるだろうが」
 弱い返事に、英雄ふたりはかぶりを振るばかりであった。


 朝食を済ませたリィェンと零は、工作室として使っている部屋で、リィェン専用の屠剣「神斬」たる“極”の改良作業にとりかかった。
 神妙な顔で研磨用のヤスリを使っていた零が顔を上げ、手にしていたライヴス強化結晶をリィェンに投げ渡す。
「少しばかり磨きと削りを入れてみた。試してみろ」
「ああ」
 受け取った結晶を“極”にはめ込んだリィェンは、ライヴスをはしらせて刃への巡りを確かめた。
「他との馴染みが浅いせいか、伝達の速さはもう少しだな」
 零は顎をしゃくり、刃を伝うライヴスの流れを見て。
「他も少し削るか。その分軽くなるからな、小僧は柄にひと細工しておけ」
 重量の軽減によって生じる得物の重心の狂いは、それを振るう武人にとって命取りともなりうる。結局は実践の中で自らへ馴染ませていくよりないのだが、その時間を縮めるには細工が必要だ。
「刀使いの友だちに見せてもらったあれを試してみるさ」
 結晶の削りは武具に精通した零へ任せ、リィェンは極の仕上がりを思い描きながら柄糸を巻きつける。
 柄糸といえば日本刀の柄に巻くものだが、容易く重さと重心の調整ができるのはおもしろい。いろいろと試した末、今回は水で濡れても滑りにくく、頑丈な麻糸を使ってみることにした。
「あとしばらくかかる。その間にできることをしておけよ」
「わかった」
 柄糸を巻き終えたリィェンは、黙々と結晶へヤスリをかけ続ける零の横でノートパソコンを開き、依頼のチェックを開始した。
「あの小娘が絡んだ事件はあるか?」
 びくり。肩を跳ねさせながらもリィェンは平静を装う。
「別にそれを探してるわけじゃない」
「その程度の惚れようか」
 しかし零は逃がさない。さらに追い詰めていく。このあたりは武における彼の有り様そのままだ。
「うるさい」
「ふん。女の尻を見送っていい余裕が汝にあるとは思えなんだがな」
「……うるさい」
 とどめを刺された形で、リィェンは唇を引き結んだ。
「削り終えたら我は寝る。汝のおかげで朝が早いゆえな」
 それはおまえのせいだろう。そう思いつつ、零は零なりに気づかい、話を切り上げてくれたこともわかるから、リィェンはなにも言わずにただうなずいた。

 男たちがぼそぼそとやり合っている間に、インはひとり風呂を使っている。
 湯を張りなおしたのは男が先に入ったからなどという乙女な理由ではない。零とは内功を高める助けとなる湯質が異なるからだ。零が金属質の鉱泉と引き合うように、インは草木を煮出した薬湯とよく引き合う。
 湯に身を浸して気を練りながら、インはフリーザーパックに収めたスマホでテレサの契約英雄、マイリン・アイゼラとの通話にいそしんでいる。
『んー、テレサなら会合に行ってて留守アルよ』
「なに、テレサのご機嫌伺いではない。むしろそちと友誼を深めとうての。いや、無論下心はあるぞ? わらわたちの結託が、互いの契約主の仲を進めようゆえな。賄賂とは言わぬが、茶でもどうじゃ? よい点心を出す店がある」
『食べ放題アルか!?』
 凄まじい勢いで食いついてきたマイリンに、インは苦笑を漏らし。
「うむ。先に茶缶を預けてきたゆえ、茶も飲み放題じゃ。ああ、烏龍茶のゼリーばかりは食らい過ぎると叱られるゆえ気をつけよ。あれは作るに時がかかるゆえな」
 取引においては、腹芸で巻き取るよりも腹を晒してまっすぐ切り込むのが彼女の流儀だ。それ以前に、友人へはなにを隠す不義理もしたくないこともある。
『餃子と饅頭と麺と月餅があったらいいアルよ!』
「多いの! とまれ、わらわの弟子とジーニアスヒロインの未来がために」
『そっちはあんまり気になんないアルけど、あたしの胃袋のためにアル!』
 まったく、報酬もないというに、わらわもよう働くものじゃ。
 こうして地道なリィェンの売り込みなどをこなしつつ、インはあらためて湯へ顎先まで浸かりなおした。ここからは気を練るも気を遣うもなく、ただ安らぐばかりの時を過ごそう。


 13時。昼食は、特に用がなければ全員でとるのが三者の決まりだ。いや、決まりというほどのものではない。単純に外へ食いに出るより、リィェンの作る飯のほうがうまいというだけで。
 まだリィェンが包丁も握っていない内からキッチンへ集まり、零と共に白酒を舐めるイン。
「して、今日はなんじゃ?」
「いいナマズが手に入ったからな。紅焼鯰魚にしようと思う」
 紅は醤油を指し、それをベースにした出汁で煮込む料理を紅焼と云う。つまりは鯰の煮込みというわけだ。
「おう、添えるは茄子か」
 当然の顔で言う零に、インの眉尻がぴくり。
「共に煮込むは豆腐じゃろう?」
 と。今度は零が眉尻を跳ね上げ。
「豆腐? あんな歯触りも食いでもないものを喜ぶなど、歯抜けくらいなものだろうが」
 思わせぶりな目でインを見やる。
 見た目にそぐわず歳を重ねておるようだな、婆?
「ならばちょうどよかろう。そろそろ“染みる”頃合であろ?」
 何食わぬ顔で返すイン。
 かろうじて歯は繋がっておろうが、隙間から熱が染みるは辛かろう、爺。
「……どっちも入れてやる」
 苦笑して、リィェンは生抽と老抽、二種類の中国醤油を合わせた出汁を作り、泥と内臓を抜いたナマズを圧力鍋にかける。もちろん、茄子と豆腐も忘れずにだ。
「うむ。あの鍋ならば味がよう染みるぞ」
「ふん。手間を惜しんではひと味どころかふた味も落ちよう」
 またにらみ合うインと零は放っておいて、血合いと汚れを除いた鶏ガラで取っておいた“湯”へ薄切りにした搾菜と鶏ササミを加えてとろみをつけ、溶き卵を流してかき玉仕上げに。この玉子が細いと肴にならぬと酒飲みふたりがうるさいので、わざと太く、大きめにしてある。
「金白の花が咲く湯には風情があるのう」
「風情はいらんから早うよこせ。酒が終わってしまうわ」
「わかったわかった」
 湯へ入れなかった搾菜を胡麻油で和え、湯の鉢と共に出してやったリィェンは、手早く豚耳と葱の炒め物を仕上げてこれも卓へ出す。
「どちらも辛味が薄い……はてさて小僧、いったいこれは、どういうわけだ?」
「訊いてやるな。今の彼奴は、わらわたちの舌に合わせてくれる気などないのじゃから」
 あれだけ細かいことで衝突しているくせに、こんなときばかりは結託してくるのだから質が悪い。
 まあ、今のところはいじられてやるさ。それも英雄孝行ってもんだろうしな。
「そろそろナマズが煮上がるぞ。飯を出すから瓶をよけてくれ」


 茶を喫してひと休み入れて。
 リィェンは英雄ふたりを相手に鍛錬を行う。
「抜いて後狙うのではない。抜きながら狙え」
 零による今日の手ほどきは、リィェンが苦手とする銃の扱いだ。アサルトライフルや狙撃銃ではなく小口径の拳銃を幾度となく抜き撃たせ、指導する。
「その際は視線を狙うべきところへ据えておけ。そこへ照星を重ねれば、それまでの動きを気にする必要もない。辻褄を合わせると考えよ」
 零の言葉は細かなものではなく、押さえるべきポイントだけを端的に告げるものである。そして。
「それができれば虚を織り交ぜることができる。己が目と銃口とを裏腹とし、敵を騙すわけだ。体術を混ぜる――こちらの映画というのか、あれで云うところのガンカタとやらだな――には不可欠となろうゆえ、まずはそこを指すぞ」
 次に目ざすべきものを示してモチベーションを上げさせるあたりも気が利いている。
 このあたり、武辺ながら師としての素養が高いのだろう。なにせもうひとりの師は典型的な武辺だから。

「そちには功夫が足りておらぬのじゃ! 内功を高めよ! さすれば外功も高まろう!」
 実に大雑把なことを言いながら、震脚したインが発勁の拳をリィェンへ打ち込んだ。
 この拳を内へ弾けばインは肘を畳んで肘打ちを打ってくるだろうし、かといって外へ弾けば巻き取られ、結局突き込まれるばかりだ。ゆえに先ほどは功を高めて受け止めたのだが……受けを破られて吹っ飛ばされた。
 この部屋は床も壁も特製だ。リィェンがどれだけぶち当たっても壊れることはないが、それにしても体に蓄積されるダメージばかりはどうにもならない。その内に受ける手が上がらなくなる。
 つまりは受けるばかりじゃだめだってことだろう!
 インから半拍ずらして震脚したリィェンは拳をインの拳の内へ滑り込ませて肘を畳み、彼女の鳩尾へ勁を乗せた肘を叩き込む――と、インの体が反転した。こちらの肘の外へ回り込みながら背へ抜け、体当たりを合わせようとしているのだ。
 リィェンは踏み込んだ足へ勁力を無理矢理に戻して前進を踏み止め、インの背に肩を打ちつけて勁を放つ。
「言ったであろ? 功夫が足りておらぬと」
 背に滾らせた功をもってリィェンの肩を弾いたインが、再び体を巡らせて彼と向き合った。
 宙をぶっ飛びながら、リィェンは思うのだ。
 次の技への繋ぎを考えてなかったのは俺のミスだが、結局は地力ってことじゃないか。
「小僧は搦め手が足りんのだ。追い詰められて打つ技には次がない。敵を追い詰め、打たせることで立場は逆となる。……そのあたりを仕込んでやらねばならんか」
 やれやれと進み出た零を仰ぎ見て、リィェンは床を転がり、踏み下ろされた足をかわした。


 17時過ぎまで続いた鍛錬の後のこと。
「今宵は会食ゆえ、帰りは遅うなるぞ」
「小僧。我も出かけるが、夜を更かすなよ」
 午後の鍛錬を終えたインと零は、汗を流した後に家を出て行った。夕食はそれぞれが思い思いにとることとなっているので、これは特に問題ない。
 昼の残りの湯で麺を和えてすすり込んだリィェンは、友人や仕事先へメールを飛ばし、必要な確認をとっていく。

 馴染みの中国料理店にしけこんだ零は真っ先に「酒はいつものとおり壺でくれ。肴は適当に、ただし切らさずな」。
 零はほぼほぼこの店にしか行かない。なぜなら細やかに注文を重ねたりこだわりを伝えるのは面倒だし、リィェンへツケを回すには彼の同胞の店でなければならないからだ。

「で、じゃ。テレサのためにリィェンは今日も辛みの足りぬ飯を作っておったわ」
「アイヤ。辛くない中華料理なんて花椒の入ってない麻婆みたいなもんアル」
 食べ放題で有名な池袋の中国点心屋。
 インからの話を聞いたマイリンは大げさにのけぞったが、中華料理という言いかたは日本特有だし、麻婆も中国料理なので例えにもなっていない。
「いったいそちはどこの生まれじゃ」
 ツッコんでおいて、インはそっと彼女へ顔を近づけて。
「して、仕込みはどうじゃ?」
「そっちはばっちりアル」

 勝手にツケられたり企まれたりしていることにも気づかぬまま、リィェンはやるべきことをすませてひと息ついていた。
 どうせ明日の朝もインなり零なりに襲撃されるわけだし、早めに寝るのも悪くはないが、なんとなく目が冴えていてまだ眠れそうにはない。
「電話、してもいいもんかな」
 もちろん、テレサへだ。
 が、いきなり電話というのは礼儀としてどうだろう。コミュニケーションアプリならもう少し軽い感じで行けそうだが、そもそも繋がっていないし、かといってメールでは返事が――
 そんな悩みはスマホの着信音でぶっ飛んだ。なにせこの音は、テレサ専用なのだから。
 脳を通さぬまま通話を繋ぎ、耳に当てる。
「リィェン・ユーだ!」
『知ってるわ。あたしはテレサ・バートレットだけど、ご存じいただけてる?』
「もちろん。もちろんだ。実は今、きみに電話をかけていいかどうか悩んでた」
『マイリンから聞いたわ。リィェン君があたしに直接話したいことがあるって』
 ああ、インの差し金か。
 察しながら、リィェンは息をつき。
「……ありすぎて困ってる」
 イン、零、明日の襲撃はふたりがかりで来い。
 少しばかり痛い目を見ておかないと、浮かれすぎて浮いちまいそうだからな。


 かくて三者の1日はそれぞれに暮れ、明日という次章が始まるまでしばし幕を下ろすのだった。
 

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【零(aa0208hero002) / 男性 / 50歳 / 義の見客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】
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2019年01月21日

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