▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今年も明るく楽しく幸せに! 』
パトリシア=K=ポラリスka5996)&万歳丸ka5665

「ありがとデス!」
 パトリシアがお礼を言うと、頑張ってねと激励の言葉が返ってくる。また別の人に声を掛けにいくのだろう、離れていくお婆さんに手を振って、受け取った紙コップに口を付けた。触れているだけでも充分温かい中身はジンジャーティー。生姜の風味に戸惑ったのは最初の数口分だけで、暫くすると体の内側にぽかぽか温もりが広がっていった。休憩所のベンチに腰かけたまま白い息を吐いて、パトリシアは正面にそびえる山を見上げた。灯籠か何かの灯りが山頂まで延々続いているのが分かる。まだ深夜ということもあり、いい道標になるだろう。
 目的地はこの山の、ずっと上に建立された神社だ。元日という特別な日にパトリシアがここにいる理由は言うまでもない。初詣の為に来たのだ。勿論、東方でも田舎のこの地方をわざわざ訪ね、新年一日目の朝を山中で迎える決断をしたのには意味がある。ここの神社の境内で新年のお参りをする――厳密に言えば、山中で初日の出を観ることが出来た者には福が来る、とそんな伝承があるのを聞いたからだ。何せ昔は山伏が沢山いたから――とか何とかかんとか。その辺りの経緯はふんわりとしか覚えていない。とにもかくにも面白そうと思ったからには実行に移すべしとこうして訪れたわけだ。とはいえど一人では楽しさも半分というもので。足をぷらぷらしつつ紅茶を飲みつつ記憶を辿っていると、この時間帯には似つかわしくない騒音がパトリシアの鼓膜を揺らし、音の出所に顔を向けた。
「すまねェ、待たしちまったなァ!!」
「おおっ。マル、とってもカッコいいネ!」
 空になった紙コップを持ったまま立ち上がる。女性としては長身の部類に入るパトリシアだが、それでも目を見て話そうと思えば、ほとんど真上を向かなければならないほど高い位置に同行者――万歳丸の顔がある。その類稀な背丈に見合う、あるいはそれ以上に逞しい体は普段なら身軽さを重視してか、軽装で包むことが多いのだが今日は黒の羽織袴を着ていた。彼の正装らしい格好を見るのは初めてのような気がする。
「呵呵ッ! そりゃァ、着てみた甲斐があったってモンだ! そっちもよく似合ってンぜ!」
「ふふ。アリガトー!」
 話を訊いたとき、万歳丸はその場にいなかったが、彼を誘う際に、腕に自信があるなら着物を着て行くといい、そう勧められたことを伝えてあったのだ。ただ、お互いに前日まで別々の依頼に当たっていたのでこうして現地集合となってしまって。自分を未来の大英雄と称して憚らない彼ならきっと着てくるだろうと思っていたが、東方にもそのルーツの一つとされる日本文化にも明るくないパトリシアはどういった感じになるのか上手く想像出来なかった。だから驚きも大きかったし、それは自分の格好も同じ。白を基調に瑞々しい四葉と桜の花びらがあしらわれた着物は可愛くてすっかりお気に入りだ。着付けをしてくれたお姉さんは汚れが目立つせいか人気がないとぼやいていたけど。
「そンじゃァそろそろ行くとするか!」
「おー♪」
 貰った飲み物を一気飲みし、礼を言って紙コップを返した万歳丸が気合い充分に言う。パトリシアも片手を上げて彼の号令に答えて、同じように差し出された手に紙コップを渡してお礼を言い、揃って灯りが並ぶ方に向かった。
「ふわぁ〜。ドコまで続いてるのカナ?」
「なるほど……こりゃァ、楽しめそうだ」
 パトリシアはずっと先に目を向け、万歳丸は幾分か声のトーンを落とした反面で、その瞳は期待に爛々とする。そんな二人の前にそびえるのは長い石段だ。右手人差し指で段数を数えようとして、割と直ぐ諦めた程度には長い。というか、時間帯と樹々のせいで見切れないというのもある。パトリシアが視線を向けると、薄明かりに冴える金色の瞳もこちらを見返す。す、と口を開いたのは同時だ。
「どっちが先にゴールするか、しょーぶダヨっ!」
「最初に登り切った奴が勝ちだぜ!」
 言葉はてんでばらばらだが思考は一致している。聞き直さずともそれが伝わって、二人してにっと笑うと、正面に向き直って足を踏み出した。走りやすいように着物の裾をたくし上げるパトリシアの横で、万歳丸も早々に袖をまくって裾も上げて、全力で走る姿勢を取った。先程までの彼も格好よかったけど、やっぱりこの野性味溢れる姿の方がらしくてパトリシアは笑う。
 友人たちと異世界に飛ばされて、ハンターになって。右も左も分からない頃に訓練で知り合ったのが万歳丸だった。強くて痛快で真っ直ぐで、無茶を言っても彼なら必ず実現すると信じられるから安心出来る。一緒にいるだけで楽しくてもっと元気になれる。だから傍にいたいと思うし、いつかは彼と楽しい家庭を築くような。そんな予感もするのだ。その直感の前では恋人同士じゃないなんて些細なこと。なるようになると思う。
 ぽつぽつといる他の参拝者を避けつつ喋りつつ足を動かしているうちに石段が途切れたかと思いきや、その先に道らしい道はなく、ぴたりと足を止めて黙り込むと水音が聞こえる。少し歩いて音の方に近付き、また立ち止まった。どちらともなく目が合う。
「勝負は続行、だなァ」
「パティも負けないヨー!」
「呵呵ッ、望むところだ!」
 次に立ちはだかるのは川だ。対岸まで等間隔に提灯が吊るしてあるので点在する飛び石がよく見える。石段は同条件だったので分が悪かったが、今回は違う。万歳丸は体格がいいため歩幅が大きいものの、その大きな足で踏める石は限られる。パトリシアは小刻みな移動が必要だが選択肢が広い分進みやすい。だから、普通に歩けばちぐはぐなのに今は噛み合っているのが何だか嬉しくて笑みが零れた。
 その後も登って丸太橋を渡って、また登って連れ添う木の間をくぐる。それから。
「……アレ? パティたち、迷子になっちゃった……?」
 しんと静まり返る中。かもしんねェな、と思いのほか落ち着いた声が返ってきて気が紛れる。獣道でも進むべき方向を示していた灯籠はなく、いつの間にか空が明るくなってきているとはいえ葉に遮られて心許ない。がさがさと草叢を揺らす音に、パトリシアはびくりと肩を竦ませた。

 ◆◇◆

 暗がりに光る目が真っ直ぐにこちらを見る。真っ直ぐ――人並み外れた身長を持つ万歳丸と。ほんのひと呼吸の間だけ空けて、敵性認識した獣が直線上に全力で向かってくる。
「パティ!」
 名を呼び、反射的にだろう符を取り出した彼女を制した。視線は冷静に敵の急所を追って、しかし即座に思い直すと自ら相手の懐に飛び込む。姿勢を低くして手加減無しに足払いを見舞った。倒れた上に跨がり、首に手をかける。
「――悪ィな」
 小さく呟いて、体を起こし振り返れば案外、若葉色の眼差しに恐怖の色はなく、不安げな表情で万歳丸の体に視線を流したあと獣を覗き込む。戦い方こそ違えど彼女もハンターだ、土壇場での芯の強さに内心感嘆した。見くびっていたつもりはないが。
「なァに、気絶させただけだ。安心しろ」
 パトリシアの唇からほっと息が零れる。
「よかったヨー……ごめんなさい、クマさん」
 言って手を合わせて、彼女は立ち上がった。元はと言えば道に迷い、彼らの領域に踏み込んだのが原因。だから殺す選択肢は早々に排除した。そんな道理も因果も有り得ない。と息をついたのも束の間。遠くの気配に今度こそ身を硬くするパトリシアを万歳丸は無造作に抱え上げた。装備すると彼女が表現するように肩車し、
「怪我しねェよう、気ィつけとけッ!」
 忠告だけしてくるりと反転し、走り出した。落とさないようがっちり掴んではいるが、枝葉がぶつかるのだけはどうにもならない。さすがに三匹も四匹も殺さず同時に相手にする選択肢はなく、パトリシアが返事をしたのかも確認しないまま、万歳丸はひたすら突き進んだ。

 登り始めて何時間経ったのかを二人は目の前に現れる太陽を見て知った。何とか提灯が並んだ道に戻って、最早勝負も何もあったものではないので騒いでも急ぎはせずに進んで、唐突に視界が開ける。二人が現在いる休憩所らしき場所よりも低い連山が波のようななだらかさで幾重にも続いていて、その先には少しだけ海の煌めきが見えた。水平線も山々も橙色に染まり、顔を更に上へ傾ければ橙から黄色、水色へと移り変わる。それらの景色を一通り堪能してから万歳丸は隣の同行者に目をやった。金色の髪と白い肌と、彼女の晴れ着が橙に染まっていて漠然と綺麗だなと思ったが、視線に気付き振り向いたパトリシアの瞳は太陽の光に負けないくらい瞬いていて。柄にもなく言葉を失い、がしがしと後頭部を掻き毟る。
「キレーだね、マル♪」
「――おゥ。鍛錬代わりになって、いいモンも見れて。誘ってくれてアリガトよ、パティ!!」
 万歳丸がにかっと歯を見せて笑うと、パトリシアもにこにこ嬉しそうに笑う。そして新年早々の充足感に満足して帰ろうとして、まだ参拝していないことを思い出した。

 山頂の祠はこじんまりとして、赤く塗られているわけでもなく質素な物だったが。些事は気にせず、参拝の手順を思い起こす。万歳丸の渾身の拍手は凄まじい音を打ち鳴らし、目を閉じると楽しそうな笑い声の後に自分のものほどではないが元気一杯の拍手が二回。唸り声を出さんばかりに気合いを入れて念じた。願掛けは言うまでもなく、世界平和だ。結構長くなってしまったようで隣を見ればパトリシアは既に一通り終えてこちらを見ていた。
「マルは、今年のほーふって考えてるノ?」
「今年の抱負ゥ? ……そーだなァ」
 願いではなく抱負とは予想外で、顎に手を添えて大きく首を傾ける。大英雄になる為には立ち止まっている暇などなく、物心ついてから今まで、そしてこれからもひたすら修行をして歪虚と戦う以外に己の進むべき道はない。そう断言出来る。
「今年こそ、平和にしてェな。――この世界を、まるごと」
 行き着く先は結局そこだ。大英雄になる未来ももうそう遠くはない。
「すっごく、頼もしーネ! だいえーゆーのマルがいたら、百人りょく、ダヨ!」
 東方を出てからというもの、覚えられない単語が多々ある身でいうのも何だが、パトリシアの言動もまた違った意味で危うい。伝わればそれでいいが。ぽんぽんと湧き出す純粋な褒め言葉にむず痒さを覚えつつ、気になったことを口にする。
「そう言うてめェはどうなんだ? パティ」
「パティは、毎日を大切に」
 言って彼女は胸元で手を合わせる。祈る形から指先だけくっつける形に変えて。
「世界がクルクルグラグラ動いてるカラ、毎日を、一緒にいる人を、ちゃんと感じて覚えてたい」
 目を閉じていても眉や唇が、とんとんと足踏みする仕草が未来への展望に胸を膨らませる、そんな心情を伝えてくる。
「パティだけじゃ、ゼンブはできないケド。マルとパティと、皆で世界をへーわにしてイッパイ楽しいコトして。そしたら、いつかパティがかわいいお婆ちゃんになったとき、かわいいかわいい孫たちにお話できるデショ? 今日、マルとこんな話したコトも忘れないヨ」
 最後の言葉は確信したように言って、パトリシアは目を開くと笑顔を弾けさせた。
「ダカラ子供は、たくさんがいいネっ♪」
「お、おゥ……?」
 勢いに釣られて返事をすれば、一際嬉しそうに笑う。すっかり陽も昇って人も増えて、近付いてくる参拝者に気付くとパトリシアは万歳丸の腕を引っ張って祠の前から連れ出した。着いていきつつ思考を巡らせる。
 思えば、大英雄になる未来ばかり見据えていて、万歳丸は平和になったあと自分がどうするか深く考えたことはなかった。邪神と七眷属を滅ぼせば歪虚は全て消えるのか。戦う相手がいなくなった大英雄は一体何をすべきなのか。いずれにせよ世界は平和であるべきで、その日が来るのも早ければ早いほうがいい。それも確かだ。パトリシアの言葉に引き寄せられるように想像は近い将来から遠い未来へと飛ぶ。
「ジジイになる、ってのはうまく想像出来ねェが……」
 万歳丸が独り言のように呟くとパトリシアが振り返った。いつかサクラカップルとして参加した記憶が蘇る。家族、子供、孫。そんな単語が取り留めもなく浮かんで。
「ずっと一緒にいンなら、退屈しねェだろうなァ」
 パトリシアと相棒であり続ける未来も悪くない。そう思って口にした言葉に、彼女は今日一番の笑顔を万歳丸に向けて、飛びついてきた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【ka5996/パトリシア=K=ポラリス/女性/19/符術師(カードマスター)】
【ka5665/万歳丸/男性/17/格闘士(マスターアームズ)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
すごく野暮だとは思いますが、分かりづらいと思うので補足を。
元々山伏が多く集まる霊山で、道のりが過酷なことから重病治癒などの祈願に
一般人が神社に参拝、実際に奇跡が起こってご利益がある、福があると有名に。
それに初日の出を見ると〜という言い伝えが加わって村おこし的な感じで
提灯を用意したり生姜紅茶を振る舞ったりしていたという経緯で考えてました。
着物も、汚れたり破れたりするのも織り込み済みで貸し出してます。
(あくまで一般人にはツライ、なのでハンターなどの腕に自信がある人向けに)
あまりほのぼのとした雰囲気にはなりませんでしたが、恋愛感情があるような
ないような、でも確かに仲のいい二人を書くのがとても楽しかったです!
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年01月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.