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『 ■ born free 〜後編〜 ■ 』
工藤・勇太1122


 ――俺には自由などない。

 夜の公園で街灯の下、そう告げる銃口に。
 俺はもっとショックに狼狽えたり、諦念に後退ったり、冷ややかに現実を傍観するものだと思っていた。
 だけど、現実にはカーッと頭に血が昇って、全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。それは純然たる怒り。理不尽な束縛への憤りだ。
 猫を抱いて間合いを詰めるように走り出す。躊躇いなくひかれた引き金は一歩を踏み出そうとした足下を穿った。俺は右手を翳す。公園の砂場の砂がごうっと音をたて自分を中心に砂塵が逆巻き渦を作った。
 右手をゆっくりと握り込む。手の中には1本の槍。
 砂塵の向こうから聞こえてきたのは彼の舌打ちだったか。
「ちっ…反抗期かよ」
 なんだよ、それ!
 地面を蹴った。

 ――なんだよ! それ!!


 結論からいえば、IO2が探している猫がただの猫なわけがなかった。そんな単純な事にも気づけなかったのだ。それよりもIO2と草間さんに対する不審感の方が大きくて…いや、煽られてというべきか。
 後になって落ち着いて考えてみれば、俺は工事現場でディテクターに出会った時から猫に囚われていたのかもしれないと思う。
 負の感情を弄ぶ猫に。
 ディテクターと草間さんが同一人物かもしれない…それは可能性でしかなかった筈なのに断定的になったのもそのせいだろう。
 そうやって思考の選択肢を奪われ、怪我をしている猫の怪我の理由も考えず、ただ築き上げられたと勘違いした猫との友情に、俺はだからディテクターと対峙させられていた。
 これは、自由を勝ち取るために必要な事なのだと何の疑いもなく拳を振り上げ、その思考自体が自由意志ではなく猫に操られたものだったという皮肉な話だ。
 結果は怒り任せの俺に勝てる道理なんてなく。
 薄れゆく意識の片隅で猫が別の何かに変貌する姿を見た。


 ◆


 次に目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。
 傍の丸椅子で本を読んでいた草間さんが、目を覚ました俺に気付いて立ち上がと、こちらを覗き込むようにして言った。
「目を覚ましたか。心配したぞ」
 本当に心から心配している顔と声だった。
「…はい、すみません」
 俺は困惑げに応える。猫は…と聞こうとしてやめた。仮にもIO2のトップエージェントが仕損じるなんて事はあり得ない。
 草間さんがホッとしたように再び椅子に腰をおろす。
 俺は乳白色の天井をぼんやり見上げながら意識が途切れるまでの事を反芻していた。どれくらい間があったのか。実際には時計の秒針が1周もしてないだろう時間。
「驚いたぞ。救急車で運ばれたと聞いた時は…」
 草間さんの呟きに俺は内心首を傾げる。草間さんがディテクターなら、自分でしておいて、聞いた時とはなるまい。
「草間さん…」
 上体を起こして言い掛けた言葉を病室の扉が開いて飛び込んできた声がかき消した。
「勇太さん! 大丈夫ですか? 目を覚まされたんですね」
 入ってきたのは、草間さんの妹で草間興信所の探偵見習いをしている草間零だった。
「あ、うん。ありがとう」
 応えた俺に彼女は「よかった」と微笑んで、安堵の息を吐いた。
 どうやら彼女にも相当心配をかけてしまったらしい。それどころか。
「手続きとお会計済ませてきました。目が覚めたら帰っても大丈夫だそうですよ」
 などと草間さんに話している彼女に、俺はため息を漏らす。
 いつも周りに心配かけるばかりか迷惑かけてばかりだ。他人を助ける力があると言って貰えたのに、結局、あの時も今回も助けられる側で。
 ディテクターにも助けられてばかりだ…。
 あの時『反抗期かよ』と彼は言った。俺の暴走を反抗期、と。
 ああ、そうか。
 俺は監視されているんだと思いこんでいた。
 だけどその実、俺は――。
「はっ…」
 これは失笑ものだ。
「どうしたんですか?」
「勇太?」
「はは…あはははははははっ」
 笑いがこみ上げてくる。自分の傲慢っぷりに。自意識過剰も甚だしい。
 俺は両目を片手で覆って天を仰ぐ。
 俺はバカだ。
 こうやってみんなに迷惑をかけて、助けられて、心配かけて。ようやく気付くなんて。
「あっはっはっ! はははははっ!」
 笑いすぎて…泣けてくる…。
 布団に顔を埋めて。俺は笑いが堪えきれない。
 監視なんかじゃない。未熟で危なっかしい俺は草間さんにも、そしてたぶんIO2にも、ずっと【見守られて】いたんだ。
「はははははは…苦しい…笑いすぎて…」
 それをうざいと感じて過干渉に反発して、勝手に自由を奪われたと憤って、あれが監視だったと?
 違う。
 暴走する俺が周囲を傷つけないように監視していたわけじゃない。暴走した俺が後悔しないように見守ってくれていたんだ。だって彼らなら、あの時も今回も俺が暴走する前に止められたじゃないか。何故、暴走を放置した? 簡単だ。俺の暴走は脅威ではなく反抗期だからだ!
「勇太さん、まだどこか痛むんですか?」
 また、彼女に心配させているけど、俺は言葉も紡げず布団から顔もあげられないまま堪えるように拳を握るだけだった。
 どうしようもなく可笑しくて、どうしようもなく涙が…。
「ははははははは…」

 涙が…。


 ◆


「さっき何か言いかけてただろ?」
 草間さんがタクシー乗り場に並びながらそういえばと切り出した。病院からの帰り道。
 言いかけの…って、彼女が病室に入ってきた時の事か。
「あぁ、えぇっと…草間さん、IO2に俺の宿題の事、話した?」
 って聞こうとした。本当はどっちなんだろうと思ったからだ。草間さんはディテクターなのか。
「は? 宿題? 何のことだ?」
 何の脈絡もなく飛び出した宿題という単語にしばし首を傾げて、草間さんは記憶を辿るように視線を泳がせた。
「…って、あれかな? 今日は手伝いはと聞かれて、宿題させてるとか話したけど…そういう話じゃなくて?」
「ううん…そっか…」
 それで、何となくわかってしまった。つまり…なんて本当はどっちかなんて、もうどうでもいい事だった。俺にとってはどっちも…。くだらないことを勘ぐるのはやめよう。
 頭の上に「?」をいくつも並べている草間さんを後目に俺はタクシーに乗り込んだ。彼女が助手席に座る。
 タクシーが走り出した。
 流れる車窓を見送りながら俺は漸く意を決する。それは晴れやかなすっきりとした気分で。
 隣に座る草間さんにむけて決意表明。
「俺、IO2に入ります」
 誰かを守るという以前にまずは自分を守れる力を身につけようと思った。考えなしに行動して心配かけたり助けられたり迷惑をかけたり誰かを危ない目に巻き込んだりはもう御免だ。だから、そういう力の使い方をちゃんと覚えたかった。それにはきっとIO2がいいのだと思う。
 自分を守れるようになったら、残りの力で誰かを守れるようになれればいい。その力はあるってお墨付きは、もう貰っている。
「それは自分の意志か?」
「はい」
 草間さんの問いにきっぱりと答えた。迷いはない。
 俺はずっと自由だった。ただその事に気づけなかっただけだ。
「そうか。まぁ…頑張れ」
 草間さんは複雑そうにエールをくれた。



 IO2に入ったらいつか。
 俺みたいに勝手に袋小路に迷い込んで不自由にも雁字搦めになっている誰かを。
 ディテクターのように助け。
 草間さんのようにその背を見守ってやれればいい。
 なんて思う。

 なんか悔しいけど、これは夢ではなく目標だ。





■End■





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1122/工藤・勇太/男/17/超能力高校生】

【NPC/草間・武彦/男/30/草間興信所所長、探偵】
【NPC/ディテクター/男/30/IO2エージェント】
【NPC/草間・零/女/ /草間興信所の探偵見習い】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 born free...
 他人の思惑なんて関係ない
 それをどう感じどう受け止めるか
 それこそは君の自由だ

 という事で
 敢えて草間さんやディテクターの真意には触れず
 今回は勝手ながら一人称にしてみました

 楽しんでいただけていれば幸いです
 ありがとうございました

東京怪談ノベル(シングル) -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月22日

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