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『遥か彼方の世界にて 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

●出会い
 辺境の都市シュタインベルク。粗末な旅装の青年――日暮仙寿(aa4519)は、活気にあふれた市場を歩いていた。何度も人と擦れ違うが、彼が崩壊した王国の末裔であるとは誰も気づかない。
(ここはまだ……平穏を保っているのか)
 彼は周囲を見渡す。堕天使が連れてきた混沌の獣との戦いに疲れ、彼が立ち寄ってきたどの都市の人間も疲弊していた。昼間から窓も扉も締め切り、一切他人と交わらずに一日を過ごすような者も少なくはなかった。そんな人間ばかりを目にしてきた仙寿にとっては、日常の喧騒は少しうるさいくらいだった。
 広場の近くを通りかかると、一際大きな歓声が飛び出した。見れば、中央に建てられたモニュメントの前に人だかりが出来ている。彼は何かに吸い寄せられるように、その人だかりを目指した。
 響き渡る、軽やかな音楽。人混みを潜り抜けてみると、紫色の髪を持つ、一人の少女が小さな笛を吹きながら軽やかに舞っていた。腰のくびれやくるぶしを露出した薄手の衣装を纏うその姿には艶やかな風情がある。身を翻す度に、風が吹く度に揺れるビロードの帯が、仙寿の眼を惹いた。
(踊り子か……宮廷で見たことはあったが……)
 宮廷の催しに、城下町で踊る芸人一座を父が迎え入れた事がある。女の肢体をこれでもかと魅せつける踊りは美しく、また迫力があったが、目の前の少女の舞もそれに勝るとも劣らぬ美しさがあった。それに、身体の線を丸見せにするような装いでも、その少女の舞にはどこか気品がある。
(……何故だろう。彼女のこと、どこかで見たことがあるような)
 仙寿が首を傾げていると、少女は静かに舞を終える。ぺこりと礼をすると、歓声と共に籠へと小銭が次々投げ込まれていった。仙寿は彼女の横顔を見つめて、呆然と立ち尽くす。
 少女はそんな仙寿に気付いた。眼をきらきらさせ、悪戯っぽく口角を持ち上げると、少女はとんとんと軽やかに歩を刻んで仙寿の目の前に歩み寄る。
「どうしたのお兄さん。見惚れちゃった?」
「……なっ!」
 周囲が仙寿を囃し立てる。俗っぽい雰囲気に慣れていない彼は、思わず顔を顰め、じろりと睨みつける。
「そんな事は無い! あまり人を揶揄うな!」
 しかし、意地を張る彼に少女はさらにくすくす笑いを続ける。
「照れなくたっていいのに。私はあけび。よろしくね?」
 そう言って、不知火あけび(aa4519hero001)は仙寿に手を差し伸べる。

 これが、仙寿とあけびの、初めての出会いだった。

●戦いと日常
 火の手が上がる真夜中の村。荒れ狂う混沌の獣。仙寿は剣を抜き放ち、果敢に先陣を切った。炎に照らされる異形を前にしても、彼は決して怯まない。
「獣は俺とあけびが相手をする! 皆は池から水を汲んで火を消せ! 怪我をしている村民が居れば治療しろ!」
 早口で命令を発しながら、彼は素早く獣に斬りかかった。獣は唸りながら前脚の爪を振り上げる。刃の腹で受け止めた仙寿は、手の内を返して爪を往なし、その肩を鋭く斬りつける。そのまま彼は振り返って叫んだ。
「あけび!」
「いーよー! 任せて!」
 あけびは空高く跳び上がると、魔法陣の描かれたビロードを振るう。月の光に照らされた魔法陣は輝きを放ち、仙寿の身体を包み込んだ。
「行って、仙寿様!」
 踊り子の魔法を受けた仙寿は、目にも止まらぬ速さで獣の腹に刃を突き立てた。獣は断末魔を上げる間もなく、その場に横倒しで倒される。仙寿は剣を構え直すと、また別の獣の懐へと斬り込んでいく。その背後であけびは舞を続ける。
「はぁっ!」
 再び光が仙寿の身体を包み込む。振り下ろされた爪を仙寿は左手で受け止め、そのまま獣の心臓へ刃を突き立てる。
 獣は天を見上げてぶるりと震える。そのままそれは崩れ落ち、闇と化して消滅した。
「流石だなぁ、お二人さんは」
 振り返ると、大桶を担いだ旅の仲間がにやにやしながら立っている。仙寿はバツが悪そうな顔をすると、腰の鞘に剣を収めるのだった。

「はーい! 怪我しちゃった皆は私のところに集まって!」
 戦いが一段落すると、あけびは早速仲間や村人を自分の周りに集めた。彼女の美貌に惹かれた男女は、すぐさま駆け寄ってきた。月の光を浴びた彼女のきめ細やかな肌は、うっすらと光を放っている。天使のような美貌を見せつけながら、彼女は周りの人々を癒していく。
 剣を磨きながら、仙寿は遠巻きにあけびの姿をじっと見つめていた。その姿はやはり美しい。穢れを知らぬ巫女のようにも見えたが、仙寿は顔を顰める。
(……彼女は踊り子だ。浮名を流したことも一度や二度ではないのだろう)
「あの娘が好きなのか?」
 そんな所へ、修道服を纏った青年がどっかりと腰を下ろす。見た目は女性のようだったが、振る舞いはむしろ男らしい。仙寿は頬を赤らめると、ふいと顔を逸らした。
「そ、そういう訳では……」
「堅苦しくなるなって。仲間だろう、俺達は」
「我々は戦う為に集ったのだ。馴れ合う必要はない」
 肩をポンと叩かれ、仙寿は思わず意固地になってしまった。そこへ踊りを終えたあけびがやってきて、目を三角にした。
「まーたそんな事言ってる!」
 あけびは腰に手を当て、仙寿に詰め寄った。
「旅は道連れ世は情け! つんけんしちゃダメだよ! ね?」
(芸事で世渡りするような奴には敵わないな……)
 生真面目な仙寿と、自由闊達なあけび。二人は常にこんなやり取りを繰り返していた。

 しかし、そんな二人の関係は、その日変わったのだった。

「エーディン様。そこにあらせられるのは、エーディン様では」
 一人の老婆が、杖を突きながらあけびに向かって歩み寄る。その名を聞いた途端、あけびの頬にさっと朱が差し、慌ただしく眼を泳がせる。その振る舞いを見た瞬間、仙寿は幼い頃のある一瞬をふと思い出す。妙な懐かしさにも合点がいった。仙寿は呆気に取られつつ尋ねる。
「エーディン……? おい。まさかヴィラハのエーディンか!?」
 仙寿に言われた瞬間、あけびは観念したように肩を竦めた。
「そうだよ。“アディーエ”様」
 ヴィラハ公国。堕天使の襲来に際して果敢に戦い制圧されてしまった名家だ。仙寿は信じられないと言わんばかりに首を振る。
「夭折したと聞いていたが……? 何で踊り子なんかしてるんだ……?」
 あけびは口を尖らす。傍の石ころを蹴飛ばして、むくれた子どものように呟く。
「……私は自由でいたかったの。合わなかったんだよ。籠の中で大人しくしてるなんて」

●自由な鳥
 城の庭には、兵士達の快哉がいつまでも響き渡っている。仙寿は書斎のバルコニーに立ち、遠目に宴の様子を見つめていた。あけびはそんな彼の背中に飛びつく。
「仙寿様!」
「うおっ」
 仙寿が振り返ると、ほんのりと甘いお酒の匂いがする。うっすらと頬を赤らめたあけびは、悪戯っ子のような笑みを浮かべて仙寿の頬をつついた。
「ふふん。やっぱりここにいたんだ」
「あけびか。もう踊りは良いのか?」
「流石にずっと踊ってたら疲れちゃってさ。それに仙寿様の顔も見えないし。だから捜しに来たんだよ。仙寿様こそ、また一人で引っ込んじゃって」
「仕方ないだろう。あの破戒僧に飲まされ過ぎた」
「ははっ。お酒強くないもんね、仙寿様」
「……お前が羨ましいよ」
 あけびもバルコニーの塀にもたれ掛かり、戦勝の宴を見つめる。
「ついに仙寿様のお城、取り戻せたね」
「ああ。皆のお陰だ。きっと王都も取り戻せるだろう」
 一瞬訪れた沈黙。星空を見つめていた仙寿は、ふとあけびに目を戻す。
「あけび。頼みがある」
「……なあに?」
「これから先の未来も、妻として俺を支えてくれないか」
 真っ直ぐな求婚の言葉に、あけびは思わず目を見開く。一瞬微笑みかけた彼女だったが、すぐにその笑みはしぼみ、肩を落として首を振る。
「ごめん。仙寿様の事は、好きだよ。大好き。仙寿様はこの戦いに勝ったらヘリオス国王のアディーエ様になるんだよ。そしたら私はお妃様。……言ったよね。私は籠の中は嫌なの」
 自由に生きたい。それも婚約を躊躇わせる理由だった。しかし、今やそれだけではない。あけびは天使の血が混じる仙寿の美しい横顔を見つめ、ひっそりと力無く呟く。
「それに、私は妾腹だよ? 私よりも、もっとお似合いの人と結婚すべきだと思う」
 過酷な旅を乗り越えた仙寿は、既に将来の王に相応しい悠々たる大器を持ち合わせるようになっていた。そんな彼の隣にずっといたいと思いながら、最早自分には叶わないと諦めるようになってさえいた。
 しかし、仙寿はそんなあけびの肩を抱き、真っ直ぐに向かい合った。その真剣な眼差しに、あけびははっと息を呑んだ。
「あけびの外に誰が俺の妻に似合うと言うんだ? それに、俺はヴィラハ家のエーディンと結婚したいんじゃない。今まで俺を支えてくれた不知火あけびと結婚したいんだ」
 そのまま仙寿はあけびを抱きしめる。互いの温もりが、じわりと伝わる。
「籠の鳥になんてするものか。俺はあけびの自由な姿に憧れていたんだ。君に励まされて、俺はここまでこれた」
「仙寿、様」
 再び仙寿は肩に手を載せ、あけびの深紅の瞳を覗き込む。
「昔の王は、決まった王宮を持たず、王国を転々としながら統治をおこなっていたらしい。いつか王国全てを取り戻した時には、俺も各地を復興するために、その統治に倣おうと思う」
 有無を言わせぬうちに、仙寿はあけびと唇を重ねた。その瞬間、あけびの頑なな意志は、ふわりと蕩けていく。
「一緒に自由な鳥として、この世界を飛び回ろう。あけび」

 かくして、仙寿とあけびは結ばれることになったのであった。

●比翼連理
 数多の戦を乗り越え、遂に堕天使と、彼らを操る混沌の意思からヘリオスの地を解放した英雄アディーエ。王となった彼は荒廃した国土を復旧すべく、妻のエーディンと共に各地を渡り歩きながら政を行ったと知られている。
 しかし、二人にとって、二人は相変わらず仙寿であり、あけびなのであった。

「やっぱりすごく落ち着かない! 窮屈だし!」
 フリル付きのドレスに身を包んだあけびは、そのままベッドに倒れ込む。仙寿は彼女の横顔を見て苦笑した。
「それでも動きやすく仕立てて貰った方なんだかな」
「もうあの服に慣れちゃうとさ」
 あけびは背中に手を伸ばしてコルセットをほどこうとする。しかし仙寿は手で制した。
「待て」
「えー……」
 彼女は口を尖らす。その子供っぽい表情に、思わず仙寿は頬を緩めた。
「やっぱり変わらないな、あけびは」
「仙寿は立派になったよね。堂々としてて、格好良かったよ」
 彼は照れくさそうに微笑む。そのままあけびの横たわるベッドの縁に腰を下ろすと、彼女を腕に抱えて見つめ合う。
「これからもそばで支えてくれ」
「もちろんだよ。仙寿」
 二人はベッドの上で口づけを交わす。そのまま仙寿はコルセットを結ぶ紐に手を伸ばし、そっと解いて――

●目覚め
「はっ!」
 そこで仙寿は目を覚ました。外ではふっくらスズメが鳴いている。ぼんやりと天井を見つめていたら、夢で見た断片的な景色を次々と思い出す。顔を真っ赤にして仙寿は布団に潜り込んだ。
「違う。違う! こんなのあいつらに知られたら笑われる……!」
 しかし、残念ながらその夢はむしろずっと脳裏に刻んでおきたいくらいに心地よい夢だった。しかし受験だからと我慢しているゲームの筋書きに似ているとあっては、年を越す前に百八の煩悩を払えなかった事をありありと自覚してしまう。
「くそっ!」
 部屋を飛び出す仙寿だったが、パタパタと早足でやってくる人影にぶつかりそうになってしまった。咄嗟に交わすと、それはあけびだ。
「うわっ、せ、仙寿!」
「なんだ、あけびか。早いな?」
「仙寿こそ……」
 あけびは目を白黒させている。自分も同じ顔に違いないと思いながら、彼は目を見張る。
「何だよその顔」
「そっちこそ。何してるの?」
「何って。あいつら起こしに行こうと……」
「何だ、じゃあ私と同じだね。じゃあまた後で」
 あけびは何処か余所余所しい態度のままいそいそと立ち去ってしまう。仙寿は首を傾げながらそれを見送った。
(つーか、名前はともかく、何で本名まで変わってるんだ。ゲームじゃフレイだったはずだが……?)
 今一つ釈然としない想いを抱えながら、仙寿は初詣兼戦勝祈願へ赴くべく、客間で寝ているであろう友人達を起こしに向かうのだった。



 遥か彼方の世界にて 終わり



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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日暮仙寿(aa4519)
不知火あけび(aa4519hero001)


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
割と趣味全開で書かせていただきました。文字数の都合もあって割愛、調整した設定などもあったりするのですが、満足いただけるものになったでしょうか……
あと、ゲームの夢、だったりもしますが、王が世界の境界をわやくちゃにしたおかげで遥か彼方の世界の『仙寿』さんと『あけび』さんの記憶が流れこんだとも読めるようにもしてみました。どちらかお好きな方をお選びください……まあ名前が思いっきり和名なのは御愛嬌という事で。
ちなみにお二人とも同じ初夢をお二人の立場で見てます。

この度はご発注まことにありがとうございました。ではまた、御縁がありましたら。
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2019年01月23日

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