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『祈りの地 』
エアルドフリスka1856)&ジュード・エアハートka0410

 雲は厚く、空は見えない。
 見上げる天蓋はごく薄い色のついた鉛白色で、陰鬱な気配はなく、薄い湿気がひんやりと肌を撫でる。
 ふとエアがジュードの手に触れると、大気以上にひんやりとしていた。
 恋人が凍えていると思えば気持ちが抑えられなくて、エアは包むようにしてその手を握る。

 ジュードが見上げてきたけど、心配はない、とばかりに微笑みを向け、手をさするようにして回し、ただ貴方に凍えて欲しくなかったのだと仕草で伝える。
 少しすれば、自分の体温が移って、冷えも少しはマシになった。甘えるようにしてジュードが顔を胸に寄せてきたから、寄り添うようにして歩く。
 指を絡め、手を固くつなぎ合う。しっとりした東方の町並みを、二人して歩いていた。

 …………。

 エアの薬局は、暫し年越し休業。
 寒く、年末となれば書き入れ時とでも言うべき時期だが、それを敢えて休みにしてまで、エアはジュードと共に東方に来ていた。
 東方はジュードの母方のルーツになる。
 年越しはどこに行こうかという話になり、ジュードがそれを理由に提案して……自分と共に来て欲しいという思惑はきっとあったのだと思うけれど、恋人の要望をエアが無碍にするはずもない。
 エアが頷けば、ジュードはあからさまにはしゃいだ様子を見せ、折角だから聖輝節に贈った和装にしよう、どこに行こうかと話し始める。
 こんな風に喜んでくれるなら、多少の葛藤から目をそらした甲斐もある、そんな考えが頭にちらついた。

 ジュードのお陰で、和装にも随分と慣れた。
 エアが身につけるのは、聖輝節でジュードから贈られたトンビと呼ばれる和装コート、ジュードが着ているのもエアから贈られた振り袖だ。
 紺色のケーブを纏うエアの渋い出で立ちに対して、ジュードの振り袖は乳白色をベースに、淡くグラデーションする幻想的なものになっている。描かれたのは牡丹と藤、そして青海波。ジュードの長い髪は編んでまとめられ、簪の花が清楚に揺れる。

 ……噂ではどっちがエアの着付けを手伝うかでジュードと母親の間で軽いじゃれ合いがあったらしい。
 無論、ジュードが押し切った訳だが、示される好意をくすぐったく、沁みるように思う。

 新年という特別な時期だからか、東方で目にする着物は日頃に輪をかけて華やかに映る。
 めでたさを象徴する赤に、東方の人たちが愛する桜。荘厳な黒は百合を添えれば高貴な印象になる。
 見とれていたというより感心して観察してたのだが、気がつけば腕に寄り添うジュードは少しむくれていた。
「此処は皆が華やかだけど、その中でもジュードが一番綺麗だ」
 穏やかな声で告げれば、ジュードは一転して言葉を詰まらせ恥じらった。贈った着物も良く似合っていると愛しさを込めて見つめると、耐えられなくなったのか、繋いだジュードの手に力が篭もる。
「も、もう……」
 怒っている様子は余りない、言葉を詰まらせるのは、湧き上がる思いをどう伝えたものか懊悩してのものだろう。
「エアさんもすごくかっこいいし、俺の贈ったもの、着てくれて嬉しい」
 顔が赤いのはまず寒いからだけじゃない、ジュードの潤んだ眼差しを他の奴に見られなければいいな、と思いつつ、エアは自分の体格を利用してさり気なく壁を作る。

「……あ、此処。ちょっと寄っていこうか」
 ささやかな独占欲には気づかれて欲しくない、ジュードが甘味処で足を止めたのが丁度良かった。

 +

 甘味処でお汁粉と甘酒を頼んだ。
 店内は通路より少し高めの場所に畳が敷かれ、仕切りごとに大きな座卓と四人分の座布団があり、案内された席に靴を脱いで上がる。
 すぐ傍には大きな木枠の窓があり、簾の向こうから大通りが見えるようになっていた。

「この後お参りがあるから、ちょっとだけね」
 お参りの後に寄っても良かったんじゃないかと尋ねるが、ジュードが言うには、分けてもらった福を逃さず持ち帰るためには、お参りの後寄り道せずに帰るのがいいらしい。
「だから、本格的に飲むなら帰ってから」
 そう言ってジュードはお汁粉の椀を抱えて朗らかに笑った。

 無垢な笑顔だが、儚さはない。ジュードは自分以上にしっかりしていて、ふとすれば消えてしまいそうな危うさなどもうどこにもなかった。
 純真な笑顔、それを愛しく思う。
 のぼせそうになるのは片手間に呷る酒のせいかどうか、じっと眺めていると、「冷めないうちに食べて」と照れ混じりにせっつかれる。
 意識をそらす事を要求されたのが名残惜しい、本当はもう少し眺めていたいのだけれど。

 窓に視線を向ければ、外ではらはらと雪が降り始めている。意図せず、愛しい人との雪見酒だった。

 +

 食事を終え、外に出ても雪は降ったままだった。
 外出する前に持参を勧められた赤の番傘を広げ、ジュードと二人で中に収まる。
 食事したばかりだからだろう、ジュードの体はまだ温かい。エアがこのまま寄り添い続ければ、或いはこのままでいられるかもしれなかった。

 神社前に着き、服装を整えて一礼してから鳥居の端をくぐる。参拝の簡単な作法は、到着前にジュードから簡単に教わっていた。
「母様から教わったんだよ」
 そうジュードは弾んだ口調で語る、家族を誇りに思っていると、口ぶりから伝わっていた。
「真ん中は精霊の通り道だから、歩くのは端っこ」
 東方だから祀るのはやはり龍なのか、好奇が湧いて尋ねれば、この社は龍だけれど、他の場所では違う精霊を祀るところもあるのだとジュードは語る。
 この地はあらゆるところに精霊が存在するという考え方であり、土着の精霊が祀られるのも珍しくはない。違う土地の信仰もその地が持つものとして八百万に受け入れられ、排斥される事は少ないのだという。
「そうか……」
「皆好き勝手生きてるだけ、って言う人もいるけどね」
 東方ならば、エアの信仰もエアの土地のものとして受け入れられるのかもしれない。
 歓待も追求もなく、干渉される事もなく、ただそういうものとしてかの地に加わる事を許される。
 選択すらきっと自由だ。故郷の信仰を持つのはエア一人だけ、その事に重責と寂寥感を感じるのは変わらないけど、存在してもいい、何なら加わってもいいと門戸を開く東方の社は、今まで巡ってきたどの地方とも違う感慨をエアに抱かせていた。
 まだどうするかなんて決まってないし、決められないけど。
「……お参りに行こう」
 礼を尽くしたい、そうしたいと心から思えていた。

 手水舎で身を清め、参拝の列に並ぶ。暫し無言のまま、ジュードの手だけを握って待ち時間を過ごした。
 自分達の番になり、一礼してから賽銭箱に金を入れ、鈴を鳴らして二拝二拍手一拝をする。
 崇めるのではなく礼を尽くす、それでいいのがとても心地よい。ジュードに出会えた事に感謝を告げ、ジュードの守護を祈った。
 ……ああ、そして願わくは、少しでも長く一緒にいられる事を。
 エア自身の事は祈らない、あえて言うなら商売繁盛がちょっとくらいあったかもしれないけど、信じているものが違うというのもあったし、エアはどちらかと言えば自分の事は自分でもぎ取ってくる派だ。
 だから、出来ればでいい。一緒にいられるかどうかなんて、まずはエアが心を決めるのが先だろうから。

 …………。

 祈りを済ませ、最後に会釈して場所を譲る。
 外では雪がまだ降っている、傘を開き、ジュードを中に招き入れると手を繋ぎ直して帰り道へと歩き始める。
 手は少し冷えたみたいだけど、温め直すのはまだ間に合うだろう。
 暫し歩いて、何かを言わないと行けない、そう思っていた。

 エアの様子がおかしい事は、きっと誰もが気づいていた。
 酒瓶を片手に悪態をつかれたり、遠まわしに背中を支えてもらったりもして、促されるだけで、誰もがエアを待ってくれていた。
 きっと、ジュードも。

 繋ぐ手に力が篭もる、どう告げようかと考えて、どうしても言葉が選び出せなかった。
 信仰と愛情。
 どっちが大切とか、どっちが大事とか、どっちを言い訳にしたい訳ではない。
 背を向けるほどの強さはなく、罪から逃げる狡さもなく、孤高に生きる決意もない。
 抱えたものを手放せないなら彼の手を解くしかないのに、心が泣いてそれを拒む。
 笑顔を、優しさを、ぬくもりを、知ってしまって、自分から突き放す覚悟などどこにあるだろう。
「ジュード、俺は……」
 何も言う事が出来ない、でも彼から逃げたい訳でもない。
 迷っていると告げるのがエアに出来る最大限の誠意で、答えを出せない不甲斐なさを、ありのままに見せる事しか出来なかった。
 ジュードの顔は静かだ、綺麗で、気高くさえあって、だから自分がみじめだという錯覚すら覚えてしまう。

「違うよ、エアさん」
 違うの、そう繰り返し告げてジュードの手がエアの手を包み込んだ。

「エアさんが迷うのは、俺との事を真剣に考えてくれているから」
 情けないだろう、かっこよくもない、でも決してみじめや劣っているとは思わない。
 包んだ手がジュードの顔に運ばれ、冷えた頬に触れた。……ああ、自分が触れていないと、彼の体温はこんなにも冷たくなってしまう。
「俺を神格化して、勝手に離れていこうとしないで?」
 怒るよ、そう言ってジュードは実際に膨れて見せる。
「わかっている……が」
 そう言ってもらっても、報いる事は出来ない。優しさをかけられるだけ、エアは心苦しさを感じていた。
「それも違う、俺は俺のために、エアさんと一緒に生きたい」
 ため息をつき、今から言いたい事をぶちまけます、とばかりに息を吸った。

「そもそもねぇ、かっこつけて一人で解決しようとしても、エアさんはそれが一番かっこ悪いの!!!」
 ジュードが叫んだ言葉に、なんだなんだ、痴話喧嘩かと周囲の注目が集まる。
 それを気にした風もなく、ジュードは一息ついて、今度は穏やかに微笑んだ。
「……でも、そんなエアさんが今も好きだよ」
 途端に周囲の興味が失せた、二人で取り残された空間の中、エアは息が詰まったような顔をしてジュードを見つめている。
 ジュードは変わらず綺麗で、でもそれを上回る強い意志で、エアと一緒にいたいと伝えてくれている。
「二人で幸せになるんだから、これからのことも二人で考えようよ」
 ダメかなと白い息を吐いて問いながら、手を繋ぎなおすようにしてジュードの指が重なった。

「……悪かった」
「ううん、ちゃんと俺に打ち明けようとしてくれたもんね」
 不満があるとしたら他の人に先を越された事、そう言ってジュードは膨れる。
 どこが悪かったのか、語り始めれば色々ある。
「もう少し……時間をくれるか」
「俺の気持ちを置いていかないなら」
 わかった、そんな神妙なエアの呟きを最後に二人で帰途につく。
 幸福を零さないように、まっすぐ――。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1856/エアルドフリス/男性/30/魔術師(マギステル)】
【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼有難うございました。
プレイングより大分過激なジュード君を諌めるべきかどうか、それが問題だ。
……諌めませんでした! ここで言葉を濁してもなんか違うなって!!
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2019年01月24日

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