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『You're my King 』
アークトゥルスaa4682hero001)&君島 耿太郎aa4682

●夢
 それは、アークトゥルス(aa4682hero001)の前に突然現れた。人の顔に当たる部位が触手で覆われた異形。それは暗闇の中で立ち尽くしている。アークは咄嗟に刃を抜き放った。
「お前は……愚神商人」
 アークは眉間に皺を寄せる。愚神にまつわる数多の事件において、背後で糸を引きそれを演出してきた存在。まさに死の商人だ。そんな恐るべき存在が目の前にいる。アークは顔を顰める。
「一体俺に何の用だ。悪いが、そう易々と貴様の手先にはならんぞ」
「いえいえ。今更そのような無粋な真似は致しませんよ。劇はいよいよ終幕を迎えようとしているのです。むしろアークトゥルスさんにはアークトゥルスさんのまま、その役目を全うしていただきたいと考えているのですよ」
 あからさまに含みのある物言い。アークは眉根を寄せた。構えは解いたが、相変わらず剣は握りしめたまま愚神商人(az0069)に問い詰める。
「どういう意味だ。まるで俺達が英雄である事を望んでいるようじゃないか?」
「ええ、まさしく」
「ぬ……」
 あっさりと首肯され、思わずアークは黙り込んだ。どこかで薄々と存在していた予感が、いよいよ強くなってくる。
「御存知ですか。貴方達が何故“英雄”であるのか」
「何故かだと? 俺達はお前達の王の支配を認めない為に立ち上がったんだ。今なら分かる。我ら同胞の絆が崩れたのも、貴様達の策謀に愚かにも踊らされたが故だ。せめて、この世界に生きる者達を同じような目に遭わせたくはない……だから俺はこの世界でお前達と戦っている」
 愚神商人は頷きもせず、首を振りもせずアークを見据える。
「確かにその感情は本物と言えましょう。しかし、それこそがこの世界において貴方に与えられた役割でもあるのです」
「役割……」
 アークは背筋が冷えるのを感じる。その言葉の意味するところは、彼自身が心のどこかで予感していた事でもあった。その予感を裏付けるように、商人は語り始める。
「いつかお話ししたでしょうか。英雄と呼ばれた者達は、そもそも愚神であるという事を。王との絆が断たれた愚神達は、代わりに降り立った世界に生きる知的生命体と絆を結び、その命脈を保った。新たな王を自ら戴いたのです。それが英雄という者の正体」
 気付けば、商人はアークのすぐ眼前に居た。咄嗟に剣を振るうが、その姿はおぼろげに掻き消え、刃は空を切る。天上から商人の声が更に響いた。
「そして英雄は絆を結んだ相手と共に我々に立ち向かった。特に貴方達の見せた力には眼を見張るものがあります。此処までの抵抗を成し得たのは、この世界が初めてであるとしてもいいでしょう」
 言葉を切った商人は、不意に声のトーンを落とす。
「しかし忘れてはいけない。貴方達もまた、この世界にとっては紛れも無く異物なのだという事を。愚神も英雄も寸分違わぬ存在であるという事を」
「何が言いたい」
「既に貴方なら分かっているのではないですか? 貴方達がこの世界の『人間』との絆を強め、勢力を増していく事に、一体如何なる意味があるか」
 何かを胃の腑に押し込められたような感覚。無理矢理肚を掻き回され、遂に言葉を引きずり出された。
「異世界の存在である我々の存在が強大になればなるほど、この世界の境界が曖昧になり、王の到来が近づく。……この世界は、王に取り込まれる」
 全身から力が抜け、がくりと膝をつく。アークは呻きながら、力無く呟いた。
「即ち、英雄と人間の絆が強まるほど、この世界の滅びは近づく」
「ええ。その通りです」
 再び商人が眼の前に形を取り戻した。跪くアークを見下し、商人は静かに言い放つ。
「そして、今や機は熟したのです。この世界は十二分に我らが王へ適合しました」

「では、またいずれお会いしましょう。王の御座にて」

 商人はアークの瞼を手で塞ぐ。その瞬間、全身が痺れたように動かなくなり、アークは底なしの闇へと沈んでいった。

●欺けぬ意志
 アークは咄嗟にベッドから飛び起きた。全身が冷や汗でびっしょりと濡れている。慌てて辺りをぐるりと見渡すと、そこは何の変哲もない、いつもの寝室だ。しかし、全身の痺れたような感覚ははっきりと残っていた。起き上がろうとしたが、手足が覚束ず、アークはベッドから転げ落ちる。
『くっ……!』
 全身が軋む。横ざまに倒れたままアークが呻いていると、慌ただしく扉を開き、君島 耿太郎(aa4682)が部屋に踏み込んできた。
「王さん!」
 倒れたままのアークに、耿太郎は慌てて駆け寄りその身を起こす。
「大丈夫っすか? どうしたんすか、王さん!」
『……耿太郎』
 息も絶え絶えに、アークは少年の名を呼ぶ。その眼は虚ろだ。
「ま、待っててください! 今何か、何か持ってくるっす!」

 アークは湯呑みに注がれたお湯を一気に飲み干す。英雄でなければ、間違いなく火傷している程の熱さ。しかし、その熱がようやくアークを正気に戻した。
『……すまない、耿太郎』
「あ、はい。でも、こんな熱いお湯で良かったんすか?」
『ああ。助かった』
 全身に伝わる熱が、ようやく身体から痺れを取る。アークはゆっくりと布団を抜け出し、ベッドの縁に座り直した。耿太郎はそんなアークの横顔を覗き込む。
「どうかしたんすか?」
『いや……』
 何でもない、とアークは言いかける。しかし、耿太郎の不安げな眼を見るとその言葉は喉でつっかえてしまった。
『……誤魔化しても仕方ないな。少々とんでもない目に遭った』
 アークはかくかくしかじかを話す。彼が語る間、耿太郎はずっと目を見張ったままだった。
「俺と、王さんの絆が、この世界を滅亡に近づけている……」
『ヘイシズの話を聞いて、薄々想像していた事ではあった。だが、こうして答え合わせをされてしまうとな』
 王の器たる者として、常に堂々と振る舞ってきたアークであったが、今日ばかりは腹に力が入らなかった。声も先が細り、覚束ない。取り返しのつかないところまで来てしまった。そう思うと、心の奥底が空しい。思わず彼は呟く。
『これから、どうしたものかな』
「どうするもこうするもないっすよ。今更」
 耿太郎は丸くしていた眼を静かに怒らせる。アークの肩を掴むと、耿太郎はアークの眼をじっと覗き込んだ。
「王さん。俺は王さんと一緒だったからこうして生きていけてるんすよ? この世界が滅ばなくたって、王さんがいてくれなかったら、きっと俺の世界はあの時に閉じていたっす」
『耿太郎』
 アークはかつて、耿太郎と初めて出会った時の事を思い出す。絶望に目を曇らせ、愚神を目の前にしても、ただ茫然としている事しか出来なかった少年の顔を。
 しかし、今の彼の眼は違う。アークを見つめる視線は力強い。そこには一分の迷いも後悔も無かった。
「王さんが隣にいない世界なんて、もう考えたくないっすよ。だから、王さんも、俺の英雄になってくれたこと、後悔なんてしないでほしいっす」
 アークは唇を噛む。気付かぬうちに、この少年は一人前になりつつあったらしい。今更愚神商人の言葉に惑わされかけた自分が、少し情けなく思えた。
『……そうだな。すまない』
 耿太郎はこくりと頷く。
「迷うのは後で良いんすよ。でしょう?」
 返す言葉も無かった。アークはそっと目頭を押さえる。耿太郎はそんなアークを見て微笑むと、お盆を抱えて立ち上がる。
「ゆっくりしててください。今何か作るっす」
 扉が閉まる音が響く。一人になったアークの心の奥で、王の言葉が小さく反響した。

――新たな王を自ら戴いたのです。

 独りの少年を救ったように見えて、救われたのは独りでは生きる事もままならぬ存在となってしまった自分の方。今更ながらに、アークは気付く。
『……Yes, Your Majesty.』
 誰もいない虚空に向かって、アークは呟く。潤む目を擦ると、彼はきっと顔を上げた。
(耿太郎の為に、俺はあと何が出来るだろうか)
 かの洞窟の中で見た、銀河の影を思い出す。真砂に散らされた世界や魂を吸い込み続ける巨大なブラックホール。それに抗うには、一体何を為せばいいのか。
 アークは自問する。
(俺の刃は、あれに届くだろうか)

●希望の凱歌
 ある日、アークは果物の入ったバスケットを片手に、病院の廊下を歩いていた。個室の前に掲げられた名前を確かめると、彼はそっと足を踏み入れる。
『……君が、セオドラ・カーライルか』
 ベッドの上で身を起こし、窓の外をじっと見つめている少女。アークが尋ねると、少女――セオドラ・カーライル(az0138hero002)は振り返った。金色の髪がさらりと揺れる。
『貴方は、確かアークトゥルスという名前でしたね。私に何か御用でしたか』
『用というほどの事は無いが。少し気になったんだ。あれほどの無茶をする英雄とは、いったいどのような人物なのか』
 籠を置いて林檎を手に取る。屑籠の前でアークはさらりと皮を剥き始めた。その慣れた手つきを見ながら、セオドラは溜め息をつく。
『無茶と言われれば……確かに無茶だったのでしょうね』
『イザベラは聡明な人物であるように見えた。事実、彼女の活躍によって、我々はアメリカを守る上で相当楽が出来たと言っていいだろう』
 皮を剥くと、そのままアークは林檎を六つに切り分けていく。
『なのに何故、その絆を危険に晒してまで、君達は力を欲したんだ。何故君は、それを善しとした。余りにもやり方が投げやりに思える』
『その身を捨ててでも、この世界を守る事をイザベラ様が望んだからです。貴方達の戦力を過小に見積もっていた事実は否定できませんが、それ故に私達の役目はあれが最善だったのです』
 セオドラはむっとしたような顔で言い放つ。アークが差し出したフォークの切っ先をそのまま彼の鼻先へ突き出し、彼女はアークに尋ねる。
『貴方にはわかりませんか? 命を賭さんとしている主の為に、己の全てを懸けたいという気持ちは』
『わかるとも。痛いほどに。俺もその為に戦っているんだ』
 愚神商人が眼の前に現れた時には、その心を揺すぶられた。しかし、今や何を言われようと一切動じることは無いとアークは言いきれた。耿太郎の為に己の全てを懸けようと決めていた。
『そうですか。なら、我々に代わってそのまま王を蹴散らしてきてください。貴方達ならそれが出来るはずですから』
 林檎を貪りながら、セオドラはじろりとアークを見据える。
『あと、私達を生かしておいて、自分達だけ散るというのは許されませんよ』
『わかっている。……耿太郎と共に未来を掴むと決めたんだ。けして死んだりはしない』

 弱きを守るため、この世界に希望があると証明する。アークと耿太郎の戦いの最終章が、今まさに幕を開けようとしていた。

 You’re my King 終わり



『あ、この林檎、美味しいですね』
『……そうか』



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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アークトゥルス(aa4682hero001)
君島 耿太郎(aa4682)
愚神商人(az0069)
セオドラ・カーライル(az0138hero002)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影絵 企我です。
愚神商人が見せた夢という事で、ガンマさんにチェックを頂きながらシーンは書かせていただきました。イメージに合うものになっているでしょうか。あと、完成時期が此処まで割り込んでしまったので、ついでにラストミッションにも繋がるようなイメージでイザベラの英雄とのやり取りで覚悟完了したアークさんの姿も書かせていただきました。お気に召していただければ幸いです。此処だけの話、というわけでもないですが、軍服を脱いだイザベラとセオドラのコンビは割ととぼけてたり。
何かあればリテイクをお願いします。

この度はご発注まことにありがとうございました。ではまた、御縁がありましたら。
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2019年01月28日

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