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『二年参り 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

 2月4日。鮮やかな赤で飾られた夜のチャイナタウンに、リィェン・ユーはいた。
「3、2、1、塞げ!」
 彼が言い切った次の瞬間、吊されていた爆竹の束に火が点けられてパダダダダダダダダ――サブマシンガンさながらの爆音が響き渡った。その音に促されたように次々、パダダダパ、パパパパパ、爆竹が爆ぜていく。
「Dodgy(信じられない)!」
 顔をしかめて耳を塞ぐのは、マオカラーのジャケットにワイドパンツを会わせたテレサ・バートレットである。固まりながらも視線を鋭く巡らせているのは……
「ここは俺のネットワーク内だぜ! 奇襲も狙撃も心配ない!」
 リィェンはそっとテレサの手をゆるめて、思いきり叫んだ。そうしないと爆竹がうるさすぎて声が届かない。
「やっぱりだめね! 音がするとポジショニングが気になるわ!」
「いきなり伏せないでくれればいいさ! それをされたら、さすがに人目からカバーするのが難しくなる!」
 さりげなくテレサの手を取ったまま歩き出すリィェン。余談だが、テレサが中国風を意識したマオカラーで装ってくれたことがなによりうれしい。
 片手で耳を押さえるのに気を取られたテレサは、気づかぬままその後へ続いた。

 今日は除夕(じょせき)。日本で云う大晦日である。
 黄金の愚神との決戦を終え、一時アイルランドから引き上げてくる際、リィェンは同じ戦場にあったテレサへ申し出たのだ。
『2月5日が春節――中国の正月なんだ。クリスマスにそんな話をしたこともあるし、見に来てみないか?』
『そうね、興味はあるけど』
 と、テレサがためらった瞬間。
『春節はチャイニーズ的に絶対やっとかなきゃいけないやつアルよ!! あたしもドッカンボッカン爆竹鳴らすアル!!』
 横からわーっとマイリン・アイゼラが詰め寄ってきて、テレサにまとわりついた。
『ちょ、なにマイリン? そんなにいきなり――』
 しがみつかれて倒れ込みそうになるテレサを片手で掴み止めて引き起こし、勁で揺らしてマイリンを引き剥がしたのはイン・シェンである。
『かように砲弾さながらな爆竹があろうはずなかろう。それに鳴らしたいのであれば春節当日ではなく除夕じゃ』
『『除夕?』』
 なぜ自称チャイニーズまで首を傾げるのかは不明だが、リィェンの説明を受けたマイリンはくわっとテレサをにらみ上げて。
『除夕の夜に伺うアル! いいアルねテレサ!?』

「傍からならば恋仲に見えぬこともないのう」
 気配を断ち、ふたりの様をレストランの窓から見守っていたインは、スマホを取り出してコールした。相手は当然というか必然というか、別の場所からリィェンたちを監視しているマイリンである。
『パダひょダダおおおダダダダおダおアルぅダダダダダダ』
 ぶつり。一旦通話を切って、インはため息をついた。
「あやつ、火薬でガン決まっておる……」
 同じガンナーのくせに、どうしてテレサとこれほどまでにちがうものか。いや、だからこそバランスが取れているということなのかもしれないが。
 しかたなく立ち上がり、店を出る。
 一発尻でも張って、正気を取り戻させてやらねばの。

 時が過ぎるほどに爆竹の音は激しさを増して耳を痛めつけ、乱れ飛ぶ花火がその光の軌跡で目を痛めつけ、両者が発する火薬の臭いが鼻を痛めつけた。
「これはさすがにたまらないわね……どうしてこんなに火薬好きなの」
 ついに耳を塞ぐのをあきらめたテレサが、首をすくめたままげんなりつぶやいた。
「爆竹には“年”っていう化物を追い払う力があるんだ。赤色で飾るのもその火花の赤さを再現してるのさ」
「花火は!? 爆竹と関係ないわよね!?」
「んー。景気づけ、かな? ……それでも今はテレビに齧りついてる連中が多いからマシなんだけどな。0時が近づくとまあ、酷くなる」
 説明する間にも、リィェンは左手の内にあるテレサの手を離さない。ガンナーらしく皮の固い、しかしあたたかな手を。
 うん。やわらかいだけでなにもできない手じゃないところがいい。分厚くて固い俺の手に、なにより似合う手だ。

「リィェンご満悦アルねー」
 ひりひりする尻をさすりさすり、マイリンは“刺客”がリィェンたちへと駆けだしていく様を見送った。
「形ばかりは手を繋いでおるからの。あとは爆竹ならぬ彼奴らに火を点けてやるばかりじゃ」
 悪い笑みを口の端にたゆたわせ、インは財布をしまいこむ。厳選した“刺客”には赤い小袋に詰めた“紅包”――日本でいうお年玉を握らせてある。その鍛え抜いた技をもって、あのふたりを追い立ててくれるはず。
「でも、インが普通に言ったらいいんじゃないアルか? こんなフォローも……!」
 と。後ろから迫り来る、気の早い春節パレードの舞龍(数人がかりで繰られた布の龍が玉を追いかける様を演じる獅子舞のようなもの)を特製爆竹弾の威嚇射撃で追い散らしておきながら、マイリンが小首を傾げた。
「火薬が爆ぜるには空気が要るじゃろ。心が爆ぜるにも相応の空気が要るのじゃ。浮かれた空気は気を乗せるものじゃが、騒ぎ過ぎては空気そのものが吹き散ってしまうからの」
 ようするに適度なお祭気分に乗せてムードを育んでやろうという親心らしかったが……
「チャイナはそういうの、向いてないアルよね」
「なにをするにも全力じゃからのう」
 しみじみ言い合って、肚を据える。
 インはリィェンをテレサと結ばせてやるがために。
 マイリンはテレサのテ料理ならぬリィェンの除夕料理をいただくがために。
「食材店のほうにも連絡しといたアル。材料切れの心配はないアルよ」
「よし。わらわたちは暴漢や酔鬼(酔っ払い)がテレサに迫らんよう守るぞ」
「了解アル!」

 通り過ぎて行った子どもらが口にした「カンテイ」という言葉は、やけにテレサの耳を引いた。
「カンテイってなにかしら?」
「関帝、つまり三国志で有名な関羽のことだ。中国では商売の神として広く信仰されてる」
「関羽なら武神じゃなくて?」
 リィェンはうなずき、説明を加える。
「武神でもあるんだが、算盤や大福帳を作ったのが彼だって伝説があってな。華僑の町にはかならず奉られてる。もちろんこの町にも」
 と、ここで思いついたリィェンはふとテレサに提案した。
「中国でも春節に初詣する習慣があるんだ。そしてこの町は春節も休めない店が多いから、もう詣でてる人はいる。俺たちも商売はともかく武の利益をもらいに行ってみないか?」
 うなずきながら、テレサはふと思いついたように口を開き。
「そういうの、ニネンマイリっていうんだったかしら?」
「年をまたいで詣でるのが二年参りだな。まあ、今からならそれほどちがいはないさ」

 一方の英雄ふたり組は、テレサの金髪に引き寄せられようとしていた酔っ払いどもを相手に奮闘中である。
「だからってこっち来んなアルぅ!」
 マイリンの爆竹弾で足元を弾かれた酔っ払いが、よろめきながらも迫り来る。
「こやつら酒精で頭が痺れておるから、直に当てねばこたえぬぞ!」
 言いながらインが震脚、勁の螺旋を吸わせた掌打で別の酔っ払いの頬を打ち据えた。
 意識を飛ばされ、へたり込む酔っ払い。
 それを見たマイリンは、酔っ払いの腹へしたたかに爆竹弾を撃ち込んだが。
「あ、腹はやめておけ! と、もう遅いの」
 前のめりになった酔っ払いがマイリンへしがみつき、下を向いたまま、胃の中のものを……
 アイエエエエエエエエエ!!

 なにも知らぬまま、リィェンとテレサは関帝廟で武運を祈り、リィェン馴染みの食材店へと向かう。
「除夕には餃子と年年有魚が欠かせない。特に年年有魚は宴席の最後を飾る縁起物で、武人に出すときは背が向くようにするのが習わしだな」
「あたしもリィェン君も武人だから……だったら並ばないとだめなのかしら」
 何の気なしに言われて、リィェンはびくりとすくみあがった。いや、俺はけしてそんなつもりで言ったんじゃない!
「……テレサは大学生で、文人でもあるだろう? 文人には腹を向けて出して“満腹文章(いい文章が多く作れる様)”の利益をだな」

「むう、テレサが釣り針を垂らす形となったものを……リィェンめ、今年の内にへたれ小僧を脱することはかなわぬようじゃな」
 舌打ちするイン。せっかく子役を使ってリィェンたちを初詣へ行くようしむけ、となりに並ばせることへの違和感を撃ち消してやったというのに、まるで生かせていないではないか。
「なんでもいいアル……あたしは臘八粥と揚げ豆腐と羊肉の煮たやつがあれば、あとは年年有魚と餃子と春巻と臘肉と餅と元宵団子だけで充分アルよ」
 そこかしこに出された屋台から仕込んできた料理を食らいつつ、マイリンはかぶりを振った。
「あんな目に合っておきながら、よくもまあ食らえるものじゃ」
「それがあたしって人アルから」
 よくわからないが、マイリンにもまた譲れぬ矜持があるらしい。
「誰も彼も、ままならぬものじゃな。……ま、ふたりきりで買い物と料理をするは、その仲によき影響を与えることじゃろうよ」
 ここまでの時間と空気を共有したことで育まれた共感、それをふたりきりの場へ持ち込めば、ただ会って料理を始めるよりもずっと濃やかに心情が通い合うこととなろう。

 テレサと共に大きな買い物袋を抱えて家へ戻ったリィェンは、彼女へシンプルなエプロンを渡し、さらにはそろいのエプロンを自らもつけて台所へ立つ。
 ちなみにエプロンは、この日のために彼自らが縫い上げた、耐燃耐爆耐刃仕様の代物である。俺は万が一にもテレサに傷を負わせはしない……!
「じゃあ作っていくか。除夕と春節、どっちもな」
 そんな決意はまるで感じさせない顔で言えば、テレサはぴしりと敬礼を返し。
「Lovely(了解)。まずなにからすればいい?」
「冷蔵庫の下の段に入ってる青い壺を取ってくれ。素手で大丈夫だが、口だけは開けないようにな」

 その後も小さなトラブルはありつつ、インとマイリンは程よく時間を潰して家へと帰り着いた。
「あー、お腹すいたアル」
「早いの!?」
 と。おののくインの声に気づき、エプロン姿のテレサが台所から顔を出す。
「おかえり。お邪魔してるわ」
「戦衣装もよいが、老婆さながらの装いもまたよい」
「老婆?」
「大陸では妻を指す。若妻もまた老婆じゃ」
 あえて説明することでテレサへ意識させることに成功、インは悠々と台所へ踏み入った。
「できあがったか?」
「ああ。俺とテレサが腕を振るった除夕料理と春節料理だ」
 リィェンが指し示したのは、餃子を始めとした除夕に欠かせない料理の数々。てりてりと輝く年年有魚もそろえられているが。
「とりあえずいつものとおり、わらわはリィェンの料理をつまもうか。テレサの料理は渡したくなかろ?」
 もちろんこれは我が身を守るための策である。ここでテ料理など食してしまえば、年を越えることはできなくなるのだから。
「ああ、ぜひそうしてくれ。ぜひ感想が聞きたいんでな」
 なにやら不穏なものを感じつつ、卓へついてリィェンがよそった水餃子を匙ですくう。
 ああ、うまい。ざっくりと練られた餡の歯触りと滋味、そして絶妙に効かされた隠し味――
 気づかぬままに「安全安心アル!」とばくばく食らい続けるマイリンを置いておいて、インは静かに佇むリィェンを仰ぎ見た。
「なにを入れた!?」
「気づくとはさすがだな。俺が練り上げた秘薬だよ」
 深淵のような目でリィェンは語る。
 俺はずっとテ料理の再現に励んできた。もちろん、それを食らい続けることでテ毒を克服するためにだ。でも、どうやってもかなわなくてな。せめて効果だけはとさんざん毒を練ってきたが……やっと、ほんの少しだけ再現できるようになったのさ。
「まあ、一定量摂取しなければ効かないんだがな。ひと口めから効くように改良しないと」
「余計なことをするな!」
 消毒ついでに白酒を呷れば、テレサがひょいと顔を出し。
「それ、あたしのお土産よ」
 テで侵されておるではないか!!
 すでに「一定量」以上を食らったマイリンは、卓に突っ伏して動かない。
 胃の腑が酒精ならぬもので焼き爛れていく。おそらくはテの毒がリィェンの毒を触媒に、新たなる毒性を発しているのだろう。
 こやつらを番わせては世界が危うい。わらわはまちがっておったのじゃ!
「さあ、まだまだあるからな。どんどん食ってくれ」
「あたしのも味見してね。かなり自信あるんだけど」
 ああ、窓の外が明るくてうるさい。0時が来るのじゃな。しかしわらわはその数分先まで生き延びられるものか。願わくばどこぞに在る神よ、わらわの生を次の年まで永らえたまえ――


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 23歳 / ジーニアスヒロイン】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】
イベントノベル(パーティ) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年01月28日

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