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『Till the End of Time 〜リュンルース・アウイン/ソレル・ユークレース〜 』
リュンルース・アウインka1694)&ソレル・ユークレースka1693

 それはソルとルースが参加した異界探索での事。


『異界』
 黒いヴェールに包まれた邪神の支配域では、既に滅んだいずこかの世界、あるいは国や地域を象徴する出来事の前後数日間が再現され、延々繰り返されている。
 異界を消滅させるには『管理者』を探し討伐しなければならず、まずは内部の状況を調査するため、ふたりは探索隊の一員として異界内へ踏み込んだ。



「ルース、大丈夫か?」
「私は平気だよ」

 城壁の外から響く激しい砲撃や剣戟の音で、傍にいる互いの声さえ掻き消されそうになる。

「皆とはぐれてしまったね」
「参ったな」

 ソルは小さく舌打ちした。

 異界に踏み込んだ次の瞬間、彼らは戦場の只中に立っていた。
 歪虚の軍勢を迎え撃つ兵士達。彼らの後方には高い壁に守られた城郭都市があり、兵士達は歪虚を退けようと必死で戦っていたが、劣勢なのは明らかだった。異界の管理者は歪虚であるとは限らない。それでも見過ごす事はできず、探索隊は兵士達に加勢すべく飛び込んだ。
 ふたりは重傷者を保護し城門まで送って来たが、続々とやって来る撤退者の波に呑まれ、城門内へ押し流されてしまったのだ。

「一先ず外へ戻るぞ」

 揃って踵を返したその時、城門がゆっくりと閉まり始めた。

「おい止せ、外の兵士達を見殺しにする気か!?」

 激昂したソルは閉門を指揮する騎士へ食ってかかるが、

「ソル、急いで! もう通れなくなってしまうよ!」

 焦るルースの目の前で、門はいよいよ閉じていく。
 そして見てしまった。
 閉じゆく門の向こう、満身創痍でようやく帰り着こうとしていた兵士達の、絶望に満ちた眼差しを。

「だめッ、閉じないで……!」

 扉へ縋ったルースだったが、無情にも門は固く閉ざされた。
 けれどルースの耳に届いたのは、たった今生存の望みを絶たれ昏い目をしていた兵士達が、最期の反撃を開始する鬨の声だった。民や街を守るという使命に再び奮い立ったのだろう。
 駆けつけたソルがルースの手を引く。

「他に外へ出られる場所がねぇか探そう」
「うんっ」

 城壁沿いに目を凝らす。しかし兵士達の勇ましい咆哮は瞬く間に断末魔へ変わった。血飛沫が門の外側に飛び散る音が生々しく響く。

「クソッ」

 歯噛みするソルの傍らで、ルースは胸の底がすっと冷えていくのを感じた。

 仲間達はどうしているだろう。
 ベテラン揃いの面々が加勢しているにもかかわらず、兵士達は逝ってしまった。盛んに鳴っていた城側の砲撃も今やまばら、戦況は一向に好転していない。嫌な予感が胸を過る。

(そんな所へ、ソルが出ていってしまったら……)

 ぞくりと総毛立つ。
 ソルは元傭兵。ここの兵士達と同じく、いつか戦いの中で散るかもしれない身である事はとうに自覚し、覚悟も済ませているのだろう。
 けれど――唇を噛みしめた時、ソルが城壁の角にある塔を指した。

「あそこから城壁の上に出られそうだ、行こう」
「…………」
「ルース?」

 ルースは頷く事ができなかった。
 どんな時も傍らでソルを支えられる自分でありたいと願い、術を磨いてきた。互いに無二の相棒だと認めあっているし、そんな自分を誇らしく思う。
 けれど凄惨な殺戮の様を耳にして、ソルを行かせたくないと叫びだしそうな自分がいる。
 逡巡していると、門へ殺到する女達の一群が目に入った。女達は騎士を振り切り門へ取り縋る。

「開けて、ここを開けて!」
「もう戦わなくていい、敵わないのは分かってたでしょ?」
「例え敵を退けたって、女子供ばかり残されて生きていけると思うの!?」

 泣き叫びながら、細腕を振り上げ何度も何度も門を叩く。肌が裂けようと爪が剥がれようと止まらない。じきに門の内側には女達の血が紅く滲んだ。
 その光景にルースは胸を掻きむしられる思いだったが、ソルは女達の暴動を呆然と眺める。

「何で避難しねぇんだ。男どもは、その女子供を守るために戦ってるんじゃないか」
「……ソルには、わからないの?」
「何がだ?」
「たった今、門の向こうで悲鳴をあげているのは、彼女達の夫や恋人や……大切な人かもしれないんだよ。見えなくても皆分かってるんだ。陥落するのは時間の問題だってこと」

 答えあぐねるソルの横顔を、ルースは物哀しい気持ちで見つめた。
 自分の胸にこみ上げているこの苦しみが、常に"守る側"であるソルの理解の範疇にない感情だと思い知ってしまったから。

「彼女達は……どうせ敵わないのなら、抗っても遅かれ早かれ皆死んでしまうなら――残して逝って欲しくないんだよ。一緒に逝きたいんだよ。少しでも、一秒でも長く大切な人の傍にって……」


 そう呟いた時だった。
 一心不乱に門を叩いていた女達が一斉にルースを振り返る。この喧騒の中、聞き取れたはずがないのに。


 刹那、大気が戦慄いた。


 ルースを凝視する女達だけを残し、景色が歪み黒く塗り潰されていく。この異常事態に即反応したのはソルだ。ルースを背に回し、女達の視線から庇うように立ちはだかる。

「次は何だってんだ、何でもありかよ異界ってのは!? ルース、俺から離れるなよ!」

 女達の姿が陽炎のように揺らいだ。溶けてひとつに混ざり合うと、強烈な負のマテリアルを放つ一体の女歪虚へと変貌を遂げる。

「ただの歪虚じゃねぇな……まさかあれが管理者か?」
「分からないけれど……私が彼女達に共感を示してしまったから、管理者としての本性を表したのかも」
「共感って、」

 ソルの言葉の途中で、女は突然姿を消した。次の瞬間真横に現れ、凄まじい力でふたりを引き剥がす。

「ルース!」
「ソルッ!」

 突き飛ばされ倒れ込んだ地面は、もう地面とも言えないぬめりを帯びた何かで、ぐちゃりと四肢に纏わりつく。

「放して!」

 ルースは魔法陣を展開しかけたが、女が青白い顔を間近に寄せて覗き込んできた。

『私達の気持ちが、わかるのね』

 闇を凝り固めたような眼で見つめられると、あらゆる記憶や感情が暴かれていく感覚がした。故郷の村の風景やふたりで逃げた道行き、赴いた依頼の数々などが次々にフラッシュバックする。

「やめて、覗かないで……一体何が目的なの?」

 胸の奥に秘めたものまで残らず見終えると、女は憐れむようにルースを抱きすくめた。

『可哀想な人。あなたもいずれ、彼に置いていかれるのね』
「何の話を、」
『種族の違い、寿命の差。彼がどんなに強くても、命の期限には抗えない』
「……!」
『もし危機が訪れたなら、彼はあなたを庇うため惜しまず命を擲つでしょう。あなたを守れたとさぞ満足して逝くでしょう。……ええ、満足でしょうとも。自分の命ある限りあなたの隣を独占し続けた挙げ句、身勝手な勇敢さで先に逝ってしまうのだから』

 女が一歩退くと、離れた場所で地面に絡め取られているソルが見えた。話が聞こえていたらしい。動揺に瞳を揺らすソルを、女は冷たく見下ろす。

『考えた事があって? 残される者の苦しみを。かけがえのない人を失い歩む時間が、どんなに味気なく侘しいものか。いっそ出会わなければと、大切な思い出さえも否定したくなる程の哀しみを、想像した事があって?』

 そう言うとふたりの戒めを解き、ルースへ視線を戻す。

『でも、彼とずっと一緒に居られる方法がひとつあるわ』

 女は銀のナイフをルースの手へ握らせた。それは不思議とルースの手のひらに馴染み、しっとりと吸いついた。

『ここは異界。同じ時を際限なく繰り返す場所。これで彼を刺しなさい――ここで死ねば異界の一部となり、彼は巡る時の中で永遠に生き続ける。勿論あなたも。そうすればずっと一緒よ……さあ』

 女の蠱惑的な声がルースの思考を蝕んでいく。否、ソルと永遠に一緒に居られるという甘美な誘惑が、頭の芯を痺れさせる。ルースはソルに向き直った。

「ルース、」

 振り絞るようなソルの声。けれどその紫の瞳は、もう揺らいではいなかった。

「……ある意味、その女の言った事は事実だ。お前をそんなに苦しめているなんて気付きもしないで、俺がお前と居たいがために傍に居続けちまった。だが今更手放してやれる気もしねぇ。……だからお前が望むなら、俺は――」

 語尾を引き取り、ルースはナイフを振り上げる。
 一瞬の後、黒い空間に紅い血が飛び散った。
 ナイフが裂いたのはソルではなく女の喉。驚愕に目を瞠る女に、ルースは油断なくナイフを構え告げる。

「……見くびらないで。種族の違いなんて、出会った時からわかっていた事。ソルの気質だって理解してる。
 ソルが望んでくれるから一緒に居るんじゃない……全部わかった上で、私がソルと居る事を選んだの。まやかしの永遠なんて、いらない――!」

 女の声なき悲鳴が轟くと、黒い空間に亀裂が走った。差し込んだ光に視界を白く灼かれ、立っている事すらできなくなる。

「ルース!」

 何も視えない中、抱きとめてくれる確かな腕の感触。そこで、意識が途切れた。




 ルースが重い瞼を開けると、異界突入前にいた荒野に横たわっていた。隣に倒れていたソルも頭を振って跳ね起きる。

「何だ? 俺達は異界に入ったはずだよな?」

 周りを見回すと異界は跡形もなく消え、仲間達がそこここで目を覚ましている所だった。
 異界が消滅したという事は、自分達は『管理者』を討伐したのだろうか――思い出そうとするものの、異界突入後の記憶がない。それはルースやソルだけでなく全員同じ状態だった。

「どうなってんだ」
「さあ……」

 ふたりは顔を見合わせる。ただ胸のどこかに、小さな棘が刺さったような感覚だけが残っていた。
 どう報告すればと途方に暮れる一行の中、ソルが立ち上がる。

「思い出せないモンはしょうがねぇさ。そのまま報告するしかないだろ」

 それから迷わずルースへ手を差し出した。

「さ、帰ってエールでも飲もうぜルース」

 混乱した状況下でも自分を見失わない彼の逞しさ、人間らしい健やかさが眩しくて、ルースは目を細めてその手をとる。
 そうして並んで歩き出す。違う歩幅を互いに合わせあいながら、足跡を刻んでいくのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1694/リュンルース・アウイン/男性/21歳/きみとともに】
【ka1693/ソレル・ユークレース/男性/25歳/おまえのそばに】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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リュンルースさんとソレルさんの小さなお話、お届けします。
お届けまでにお時間頂戴してしまい、大変申し訳ございませんでした。
重ねてご縁頂いている大好きなおふたりを、好き放題書かせて頂いてしまいました。
「ずっと一緒」の誘惑に強く惹かれるのはルースさんの方かなと思いつつ、
いち早く現実に立ち返る強さをお持ちなのもルースさんなのでは、などと愚考し、
このようなお話に相成りました。
イメージと違う等ありましたらお気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました。ざいました。
おまかせノベル -
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2019年01月28日

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