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『帰る場所はここにある 』
レイルースaa3951hero001)&マオ・キムリックaa3951

 一歩踏み出す度に靴底が土を噛み、枯れ葉が乾いた音を立てる。視線を上向きにすると広がる色は緑より青のほうがずっと多かった。夏の直射日光を和らげ、雲が空を覆えば視界を阻害する代わりに雨を弾いてくれる天然の傘にもなる。そんな樹木の数は目的地に近付けば近付くほど数を減らしているように思える。それは決してマオの錯覚ではないだろう。
 三年近くもの空白を挟んでいても、散策を日課にしていたこともあって森の中を進む足取りに迷いはない。変わった部分は多いが特徴的な幹の模様だったり、倒れた朽ち木だったり。初めて訪れた人間にとっては迷いの森に等しいところでも、案外目印は存在しているものだ。
 不意に、臭いがした気がして。歩くのに合わせて揺れる尻尾がぴくりと動く。実際にはあのときは無我夢中で、その酷かっただろう焼ける臭いをマオは全く覚えていない。しかし知識と記憶が結びついて、引き攣る脚や逸る心臓、やけにうるさく響く自分の呼吸音。それらがまるで昨日のことのように呼び起こされ――。
 耳元で囀りが聴こえ、半ば無意識に動いていた体に急制動がかかる。その瞬間、まるで悪夢から目覚めたように意識が引き戻された。そのまま顔を横へと向ける。
 心配するようにこちらを見てぴよぴよ騒いでいるのは青い鳥のソラさん。更に顔を上げれば赤色の眠そうな瞳と目線が重なった。
「……マオ、大丈夫?」
 声音は淡々と無感情にも聞こえて、けれども柔らかく心配の色を帯びる。引き留められて繋がった手から温もりが伝わってきた。戻ってきたことに嬉しさと同じくらい痛苦を味わっているのはきっと、レイルースのほうなのに。彼はその素振りもなく気遣っている。ふぅ、と吐き出した息と共に緊張が解けていった。
「――うん。平気だよ、レイくん」
 言うとレイルースの手がするりと離れて、持ち上がったかと思えば頭を撫でられた。手のひらの優しい感触に思わず耳がぴょこぴょこ動く。こういった行動に実兄を思い出す反面で、撫で方に違いも感じる。
 二人並んでまた歩き出して、最後にトンネル状の低木の間をくぐり抜ける。後は直進してと、視界に広がる景色にマオは小さく息を漏らした。レイルースもほぼ同時に足を止める。
 往時に比べればその数は間違いなく激減していた。それでも周辺を森に囲まれた平地の中にぽつりぽつりと民家が点在しているのがよく見える。それは不安を消し飛ばして郷愁と展望を胸に抱かせる光景だ。
 立ち止まり、動けずにいたのも僅かな間だっただろう。村の入口近くに建つ家から一人の女性が出てきて、目が合えばその顔は喜色に彩られる。そして振り返って室内に向かい大声をあげた。彼女を押し出すようにして、何人もの懐かしい顔ぶれが姿を現す。
「……おばさんっ! それに、皆も……っ!!」
 言って、駆け出す。短い距離はあっという間に埋まり、半ばつんのめるようにして飛び込んだマオを最初に顔を見せた女性――幼い頃に他界した両親の親友で、自分たち兄妹を我が子も同然に育ててくれたおばさんがぎゅっと抱き留めてくれる。その胸に埋もれるマオの耳に聞き覚えのある声で口々にかけられる「おかえりなさい」の言葉と、
「元気そうで、よかった……」
 独り言のようなレイルースの安堵の声が聞こえた。おばさんに抱きついたまま顔だけ向ければ目が合って、彼の口角もかすかに上がる。
「マオちゃん、レイちゃん……! 久しぶりだねぇ……あぁ」
 後半は感極まったように涙声で言ったおばあさんに抱き締められ、レイルースがその背中を優しくさする。彼女が離れると今度は夫であるおじいさんに肩を叩かれて笑みを交わす。この老夫婦もまた、孫のように自分たちを可愛がってくれた。独り占めはよくないぞとおばさんに抗議するのは釣り好きのおじさんだ。彼にお裾分けして貰った川魚はいつもご馳走として食卓の中心に並んでいたことを思い出す。村一番の物知りで、生活の知恵から森の動植物の生態まで色々な話を聞かせてくれた村長に、数が少なかったこともあり一緒くたにこの村の子供として育てられた気の置けない友人たち。皆と挨拶をして抱き合い、それからまた言葉を交わしていく。頭上ではソラさんが輪を描くように飛び回っていた。
 自分とレイルースを救ってくれたエージェントや兄のように、誰かに手を差し伸べられる人になりたい。それと同時に二人が掲げた目標が混乱の中で散り散りになってしまった仲間たちを見つけて、村を復興することだった。エージェントではない彼らが遠くまで逃げるのは難しいことだといっても、別種族の目を避けて潜むところを見つけるのは容易ではなく。それでも直接村の外で再会出来た唯一の人物が村長だったのは幸運だった。でなければ現在も人が集まらず、復興の足掛かりすら掴めずじまいだったかもしれない。皆の命は実兄とレイルースが命懸けで守ってくれた。だから、いつか誰一人欠けることなく戻ってきてくれる。そう信じる。
 事前に同胞のコミュニティを利用し、訪ねる予定を手紙で伝えてあった。だから皆で歓迎の準備をして待っていたのよとおばさんは笑って。和やかな空気の中悪意のない問いが投げ込まれる。
「それで……今日アイツは来てないのか?」
 声に混じる焦れは期待ゆえのものだろう。お兄さんに目を向けられてマオの鼓動が跳ねる。
「あ、あのねっ……」
「いないよ。――アイツはもう、どこにもいない」 
 遮って代わりにレイルースが答える。二人とも名前を口にしなかったが、ここにいない同世代の友人でマオに心当たりを求めるのは一人だけだ。
「……そっか。あんだけ必死に戦ってくれたもんな」
 目を閉じる彼の脳裏にはきっとその姿がよぎっている。先程のマオがそうだったように記憶に焼きついているのかもしれない。
 悪い、と小さく付け足された言葉に思わずレイルースのほうを見る。返事をしたときと変わらず何を考えているのか分からない表情で、短く「いや」と返す声色も平坦だ。いつもの彼を見て何とはなしに、尻尾が垂れ下がって小さく鈴が鳴る。レイルースの肩に降り立ったソラさんが彼の首筋に頭を擦りつけた。

 ◆◇◆

 ――アイツは死んだ、なんて言葉は口が裂けても出てきそうになかった。その死を事実として理解はしている。それでも彼に庇われるほど弱くなかったなら、あの戦いで何か違うことが出来ていたならば。一命を取り留めて今もここにいたかもしれないと思う。
 胸の内で燻る罪悪感と山のような後悔を。あの悲劇によって自分の相棒となったマオは見透かしただろうか。彼女の初対面の相手に対する用心深さは副作用的に観察眼を養う助けにも繋がり、また、元いたはずの世界のことを一切覚えていないレイルースにとって一番長い付き合いといえるのも彼女だ。再びの森の中、隣を歩きながら再会した人たちとの思い出話を辿るマオは明るく楽しそうで、けれど若干空回りしているようにも見える。少し様子がおかしかったのと、これから行く場所を考えると当然かもしれないが。
「……不思議だよね」
「ん?」
「離れ離れになって、どんどん時間が流れていって。村のことも皆のことも、ちゃんと思い出せなくなりそうでちょっとだけね……怖かったんだ」
「――そっか」
 マオが立ち止まるのに二歩遅れて足を止め、振り返る。黄緑色のワンピースを着た彼女はまるで妖精のようだ――なんて、突拍子もないことを思った。
「でも、皆の顔を見たらすぐに、名前とか何をしてたとかだけじゃなくって、好きな物や一緒に遊んでたときの記憶で……忘れてたはずなのに、頭がいっぱいになったの」
 言ってマオは瞼を下ろし、胸の前で祈るように指を交差させる。その気持ちは彼女より彼らと共にいた時間が短いレイルースにも充分理解出来るものだった。
「家も、前と同じ場所に建ってるよね」
「うん、そうそうっ!」
 マオも気付いていたようで嬉しそうにぱっと顔を綻ばせる。
 積もる話はまた後でと村中を見て回ることはしなかったが、帰ってきた村人と新しい家の位置が結びついているのは話している際に気付いた。――けれど。
「戦いが終わったら、また、皆と一緒にいられるね」
「……そうだね」
 森も村も深い傷を負って、けれど時間と努力がいつか癒していくのだろう。最終決戦を乗り越えて、愚神の襲撃に怯える必要のない未来が約束された暁には。でもどうしても取り返しのつかないものもある。
(王との戦い――マオだけは、絶対に守り抜く)
 あの日あの時の二の舞にはならないように。ぐっと握った拳の内側に爪が当たるが、そんなものは痛みの内に入らない。
(それが叶うなら、自分はどうなっても……)
 構わないと。胸中でただ、自分なりの覚悟を決めようとしたところで正面にいるマオの表情が急に曇った。そしてどちらかが何か言うより早く耳元で羽ばたき音がして、後を追うように側頭部へと衝撃が走る。
「……っ! ……ソラさん、痛いっ」
 手で頭を庇おうとすればソラさんはさっと回り込み、違う方向からまた嘴で突っついてくる。普段から喋れなくても感情豊かな反応をするソラさんはまるで、レイルースの心を代弁するかのように振る舞う。しかし今回ばかりはソラさんが自身の気持ちを訴えているようにしか思えなかった。言語化するなら「マオを一人にするんじゃねぇっ!」と全力で抗議しているような。ただ激昂しているというよりも叱咤激励に近く感じる。鳥語への理解力にあまり自信はないけれど。
「ダメだよ、レイくんも一緒じゃないとっ!」
 突然のソラさんの奇行に驚いたのも束の間、同じように思考を汲み取ったらしいマオが頬を子供のようにぷくっと膨らませ、腰に手を当てて見上げてきた。同意するようにその周囲をソラさんがくるくる回る。そして満足したらしく肩に戻ってきた。
 一緒に戦っていても、レイルースにとってマオは守るべき対象だった。それはトラウマと、もうひとりの兄として慕ってくれる彼女への矜持が理由で。しかしそんなエゴでもう一度彼女を悲しませるのは嫌だ。見抜かれるくらいに想われていると再認識して、思わず苦笑いが零れた。
「――うん。必ず帰って来よう……二人で」
 思い直して告げた言葉にマオの表情が緩み。しかし、ばさりとつい先程も聞いた音が耳をかすめると、マオはふっと軽くふき出した。
「三人一緒に、だよね? ソラさん」
「……っ! ソラさんも一緒だからっ、」
 ソラさんは手乗りサイズで、本気で攻撃されているわけでもないから然程痛くない。それでもこんなふうに小突かれることが今までなかったので、つい冷静な判断が出来ずに手で防御しつつ、弁解しようとして。後が続かないレイルースを見て、マオの明るい笑い声が響いた。近頃ではくすくすと忍び笑いすることが多い彼女の素の笑顔にレイルースの表情筋も解ける。ソラさんは二人の間を周り、それから促すように先へと飛ぶ。今なら悔恨ではなく、澄んだ気持ちで向き合える気がした。

 兄のように戦いたいと言ったときの彼女の毅然とした瞳。それを見るのは三度目だ。二度目は二人がエージェントとして活動を始める前にここで――村から少し離れた所にあるマオの両親の墓前で決意を固くしたとき。約三年前のあの日にはまだ、マオの兄が加わったことを自分も彼女も上手く飲み込めなかったと思う。鎮圧に携わった人に手厚く葬られていたため、直接見送れなかったというのも大きいが。
 同じ名字を持つ三人の墓碑の前、二人並んでしゃがみ込み目を閉じて手を合わせる。暫くしてレイルースはそっと瞼を上げた。
「行ってくるよ……前に進むために」
 言って立ち上がる。途中で摘んできた物の他にも真新しい花が幾つも手向けられていた。ここ最近合流した者以外は事情を知っているはずだから彼らだろう。少し遅れてマオも腕を下ろし、ゆっくりと立って隣に並んだ。
「――また、来るね」
 だから見守っていてね。足したそんな言葉は風が吹き抜ける中、それでもはっきりとレイルースの耳に届いた。両脚で掴んでいた花を一輪添えたソラさんがまるで歌うように囀る。
 誓約は今も二人を繋ぎ、改めて抱く決意はより強い力を生み出して。根源を断ち切ったとき、大切な家族がいるこの村に必ず帰ってくる。そして前を向き共に歩む日々はその後も続いていくから。未来のために何度でも、歩き出す。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa3951hero001/レイルース/男性/21/シャドウルーカー】
【aa3951/マオ・キムリック/女性/17/ワイルドブラッド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
自由にやらせていただいた前回だとほとんど書けなかった
ソラさんを、一緒に帰る三人目として書けて凄く楽しかったです!
実際には代弁しているわけではないにしても、ソラさんが人語を
理解出来るなら、レイルースくんもちょっと鳥語が分かるかもと
そんなことを想像しつつ。あの台詞は色々と妄想が膨らみますね。
レイルースくんは自己犠牲的なところがあるので、その辺り
マオちゃんが引っ張ってくれそうなのがいいなあ、と思います。
今回は本当にありがとうございました!
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2019年01月29日

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