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『孤独の戦い・前編 』
芳乃・綺花8870

「はあ……。少々厄介な依頼を引き受けましたね」
 退魔社・弥代の社内にある女性用更衣室で、芳乃・綺花は浮かない表情を浮かべつつ、通っている高校の制服から、戦闘用の制服に着替えていた。
 黒いセーラー服のスカートは短く、黒の光沢があるストッキングはランガードとバックラインがある。
 気持ちは沈みがちでも着替えは手慣れているので、いつものように終えると扉の近くにある等身大の鏡の前で、黒く長い髪を手で整えた。
 綺花の住む都市は、とにかく怪奇現象が多い。日常茶飯事と言っても良いぐらいに。
 しかも住人の中には怪奇現象そのモノまでいるので、最早どんなことが起きても人々は滅多に驚きはしない。
 だがそんな住人達は今、とある事件のことで頭を悩ませている。
「超常能力者の失踪事件、ですか……」
 ボソッと吐き出した言葉で、綺花の表情は険しいものになった。
 その事件は静かにゆっくりと、けれど確実にこの都市に恐怖を与えている。
 グッと唇を引き締めた綺花は、更衣室を出た。
 廊下を歩き向かうのは、愛刀が待っている武器庫室。今夜の戦いは長時間になりそうなので、刀はメンテナンスに出していたのだ。
 そして刀を受け取った後は、最終確認の為に資料室へ向かう。
 この事件の依頼人は、よりにもよって高峰心霊学研究所所長だ。
 常に両目を閉じたままの妖艶なあの美女は、綺花よりも強力な超常能力と謎を持っている。彼女が持ち込む依頼は一筋縄ではいかないことが多く、都市に住む多くの人々は頼りにするのと同時に腫れ物扱いをしていた。
 しかしそんな彼女からの依頼だからこそ、決して軽視はできない。
「今回の依頼も、また困難な内容ですね」
 綺花は依頼内容をまとめたファイルを手に取って、内容を読む。

 事の起こりは一ヵ月前のこと。
 草間興信所に探し人の依頼がきたのだ。依頼人は五十代のふくよかな女性で、探しているのは二十代の息子だった。息子は就職したばかりの新社会人だったのだが、ある朝、会社へ行ったはずなのに到着しなかったらしい。
 会社の人から連絡を受けた母親はすぐに心当たりを探したものの、数日が経過しても見つからないし帰ってこなかった。
 なので興信所を頼りに来た――とまでは、よくある話だと言えよう。
 だが同じような行方不明者が続々と増え続ければ、流石に何かがおかしいと思い始める。
 事件は高峰心霊学研究所がまとめることになり、所長は失踪者に共通点があることを見つけ出した。

「失踪者はよりにもよって、全員が超常能力者。生まれつきの人もいれば、ある日突然目覚めた人もいるようですけど」
 超常能力者も珍しくはないこの都市では、そういった者達が一般人として生きていても不思議ではない。
 なのに彼らは何の手掛かりも残さずに、消え去ってしまった。
 この事件に所長は何か心当たりがあるようで、綺花のような退魔士達に声をかけてきたのだ。
 所長の作戦では、都市の指定した場所へ退魔士を向かわせる。そこで長時間の戦闘が行われる。
 その間に所長が失踪者を探し出す――という作戦を聞かされたのは、つい昨日のこと。
 実は綺花の周辺でも失踪者が相次いでおり、誰かに相談すべきか悩んでいた時に持ち掛けられた依頼だった。
「あの人は先読みの能力でもあるんでしょうか?」
 あまりにタイミングが良すぎる為に、ついそう思ってしまう。
 声をかけられた退魔士は数多いが、指定された場所も多い。なので一人一ヵ所という割り振りになり、綺花もたった一人で戦いに行かねばならないのだ。
「まあ戦うのは良いんですけどね。……彼女、まだ何かを隠しているような気がするんですけど」
 だが聞いたところで、はぐらかされてしまうだろう。
 綺花よりどれほど長生きしているか分からないが、そういったあしらい方が上手いのだ。
「と、考えている間に時間ですね」
 壁に掛けてある時計を見ると、そろそろ作戦実行の時間になる。
 綺花はファイルを元の場所に戻すと、愛刀を持って資料室から出た。


 綺花が担当する場所は、都市の高級住宅街。豪華で立派な家が目立つが、最近は失踪者の噂が流行っているせいか、夜道に人の気配は無い。住人達は息をひそめるように、家の中にいるようだ。
「仕事はしやすいですけど、何だか気が滅入りますね」
 昼間の賑やかな光景を知っているだけに、夜の都市はまるで別世界のようだ――と思いながら、足の裏が地面についた時だった。

 ブォオンッ……

 まるで虫の羽音のような音が、綺花の鼓膜を震わす。
「……何でしょう? 何か、今までと違うような……」
 立ち止まった綺花は、キョロキョロと周囲を見回す。先程と同じ場所なはずなのに、何か違和感があるのだ。
 綺花はふと空を見上げて、その違和感の正体に気付く。
「えっ? 先程まで月と星があったのに……」
 夜道でも明るいほどの月の光と、数多くの星が夜空を彩っていた――はずなのだが、今は何の光もない闇空だ。
 しかもよく見れば、街灯や家の電気も消えている。なのに視界はちゃんときいてあった。
「――なるほど。コレが失踪の正体ですか」
 周囲からただならぬ気配が近付いてくることを感じ取り、綺花は鞘から刀身を引き抜く。
 暗闇の中でも美しく輝く刀身が、とても頼もしく見えた。
「どうやら異界と呼ばれる所へ、導かれたようですね。凄まじい超常能力ですが……」
 そこで綺花は突然襲い掛かってきた犬のようなモノを、縦に真っ二つに切り裂く。
「攻撃力はそれほど――と言ったところでしょうか? まあ数は多いみたいですけど」
 綺花の視界いっぱいに、悪霊と化した犬や猫、鳥などが映る。どれも身体は黒く、眼は血のような赤い色、そして綺花に殺意を向けていた。
「動物に恨みを持たれる人生は、送ってきていないはずなのですが……。この世界の主人に、命じられているのでしょうね」
 刀を持ち直した綺花は、真正面から敵と向かい合う。
「あなた達に恨みはありませんが、命を狙われている以上、敵と判断します。今夜の私の使命は【戦い続けること】のみ。さあ、はじめましょうか」
 自然と浮かぶ微笑みは、年齢以上の妖艶さがあった――。


「ふう……、コレでラストです。十五体ぐらいいましたか? 悪霊のレベルは低いですけど、次から次へとよく出てきましたね」
 最後に鳥の悪霊を切り裂いた後、綺花はため息を吐く。
 悪霊化した動物霊達は、たった一撃で葬れるほど弱い。
 戦い慣れた綺花にとっては敵にもならないほどだが、超常能力者である失踪者達にとっても敵ではなかっただろう。
 だが彼らは依然として行方知れず。それが綺花の心にモヤをかけていた。
「さて、失踪者の探索は大丈夫なんでしょうか?」


<後編へ続く>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8870@TK01/芳乃・綺花/女/18/女子高生退魔士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびは依頼をしていただきまして、ありがとうございます(ぺこり)。
 ストーリーは前後編となっておりますので、後編もお楽しみいただければ幸いです。

東京怪談ノベル(シングル) -
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東京怪談
2019年01月29日

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