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『孤独の戦い・後編 』
芳乃・綺花8870

 気配を探ってみても、自分以外のモノの気配といえば先程まで相手にしていた悪霊の残留思念のみ。
 どうやら悪霊達は生前、この世界に迷い込み、エサを見つけられずに無念のまま餓死したようだ。
「霊を閉じ込めておく世界……。どこかで聞いたことがありますね」
 しかし聞いた話では、その件はとっくに終わっているはず。
 かつて狂気にとらわれてしまった一人の少女が、心霊テロリストになってしまった。超常能力を使って数多くの犠牲者を出したものの、高峰心霊学研究所がその件を担当して、事件は終えたはず――だ。
「その心霊テロリストは高峰心霊学研究所が引き取り、今では平穏に暮らしているという話ですが……。でもこの一件に、無関係というわけではなさそうですね」
 心霊テロリストの超常能力は自ら作り出した世界に、獲物を引きずり込むことができたらしい。
 つまりあえて超常能力者を選んで、この世界に連れてきたというのも考えられる。
「ふむ……。少し歩いて、この世界のことを調べてみましょうか」
 どんなに戦っても、誰かが駆け付けてくることはなかった。やはり、現実世界と似た異界と思った方がよさそうだ。
 車も通らないようなので堂々と車道の真ん中を歩いていると、再び背筋がゾワッとする気配を察した。
「――今度は人型ですか」
 表情を引き締めて、綺花は刀を構える。
 次に現れたのは、悪霊化した人間だったモノ達。先程の悪霊と同じで身体は黒くて目は赤いが、着ている服はボロボロで、恨みがましい表情を浮かべながら綺花に向かって来た。
「この異界に突然連れてこられて、そのまま亡くなってしまった人達のようですね。かわいそうに……。今、解放してあげます」
 悪霊達は元は一般人だったようだが、その手には包丁やハサミなど、日常生活で使う刃物類を持っている。
「先程よりは、まともな戦いになりそうですね!」
 前の戦いでは向かってくる悪霊を切り裂くだけだったが、今度の綺花は自ら向かって行く。
「せいっ! はあっ!」
 刃物を刃で弾き飛ばしてから、悪霊を切り裂いた。
 凶器を手にしているものの、やはりその身体はもろい。まともな思考能力が残っていないせいか、悪霊達の動きはフラフラしていて、あっと言う間に距離を詰められるほどに鈍かった。
 なので二回戦も、あっさりと決着がつく。
「やはり弱い……と言うより、もろいですね。誘拐された超常能力者達が手こずるようには思えませんから、やはり何らかの力が働いているせいでこの世界から出られないのでしょう。――と言うことは、私も出られない状態なのですね」
 所長が指示した通りに動いているので、後に助けはあるだろう。しかしその間に、悪霊達を相手にしなければならない。
「いくら弱くとも、数をこなすのはなかなか大変そうです」
 たった一撃で倒せる敵しかいないのか、あるいは強力な敵がどこかに潜んでいるのか――。
 その答えは、三桁もの悪霊を切り裂いた後に判明する。


「はあはあっ……。さっさすがに疲れてきましたね」
 端正な顔にはうっすらと汗が滲み、眉間にはシワが寄っていた。
 いつ終えるとも分からない戦闘は、少しずつだが綺花に心身共に疲労を与えつつある。
「しかしこれだけ騒いでも、他の人と出会わないことが気になりますね。他の場所の担当者とは、そう離れていないはずなのですが……」
 手練れがそろっている組織の者達がそう簡単にやられはしないだろうが、それでも不安はあった。

 ――だがしかし、その不安も新たに現れた敵によって、一瞬にして消え去る。

 新たな敵の気配を感じて、綺花は考えるのを止めた。
 そしてすぐに刀を持ち直して、敵がやってくる方向を睨み付ける。
 闇の中から現れた敵の姿を見た途端、綺花は驚愕の表情を浮かべた。
「なっ……んで、『私』……が?」
 呆然と呟くのも、無理はない。
 綺花の前に現れたのは、艶やかな長い黒髪に、黒いセーラー服に身を包んだ女子高校生――綺花そっくりのモノだったのだ。しかもその手には、見慣れた愛刀が握られている。
 だが綺花はすぐに、違和感に気付く。
「……私自身を完全に模したモノではなさそうですね。左右が逆転しています」
 綺花の言う通り、現れた【綺花】は本物とは左右が逆転しており、刀を持つ手も逆だ。
 【綺花】はニコッと微笑むと、瞬時に刀を両手で持って襲い掛かってくる。
「くっ!」
 刃同士がぶつかり、キィンッ!と闇の中に音と火花が散った。
 左右が逆転しているとはいえ、動き方や速さは本物そっくりで、気を抜いていればやられただろう。
 攻撃を防がれても【綺花】の余裕の表情は変わらず、それどころか刃を合わせたまま力尽くで押してくる。
「私ってこんなに力がありましたっけ?」
 皮肉を込めて声をかけるも、【綺花】は微笑みを浮かべるだけ。
「喋れないとは少し残念ですね! しかし敵対するのが己自身とは、良い経験になります!」
 刀を斜めにして【綺花】の体勢を崩させると、綺花は距離を取る。
「――なるほど。今までの雑魚戦は、私の戦闘データを取る為ですか。……なら今までの失踪者も、同じことをされたのでしょうね」
 よりにもよって自分の姿と戦闘能力が同じ敵が現れれば、少なからず動揺して隙が生まれただろう。
「ここで負ければ悪霊の仲間入りですか。遠慮したいですね!」
 綺花は地を蹴り、【綺花】に切りかかる。しかし【綺花】はごく少ない動きで攻撃を防いだり、避けたりした。
 だがその動きは綺花自身、覚えがあるものばかり。戦いながらも、勝つ方法を綺花は考える。
 今までの経験は、【綺花】に真似をされる。ならば――。
「新たな戦い方をすれば良いだけですね。シンプルな方法は嫌いじゃありません」
 気持ちを切り替えると、【綺花】にクルっと背を向けて走り出す。
 走りながらも顔だけ後ろを向くと、【綺花】は追って来ている。
「目標が私だけというのが、逆に助かります」
 都市を舞台に活動しているだけはあり、地図は頭に入っていた。
 綺花が向かったのは、住宅街の外れにある広い森林公園。奥へ行くと、森林浴の為に植えられた数多くの木々がある。
 そこで綺花は、一本の木に狙いを定めた。細長い木で、枝が長くて数多い。
 綺花は木の後ろへ回り、【綺花】が間合いに入って来たことを知ると、幹ごと木を切り倒した。
 【綺花】は驚いて立ち止まり、木を切ろうとするも数多くの枝に邪魔されて、その場で木に押し潰されてしまう。
 地面に倒れたところを見計らって、綺花は駆け寄ると【綺花】の首を刎ねた――。


 その直後、【綺花】の姿は消え去り、切ったはずの木は元通りになる。
「どうやら事件は終わったようですね。なかなか愉快な仕事でした」
 現実世界に戻って来た綺花の所へ、同じ組織に属している退魔士が走って来て、失踪者達を全員無事に保護できたことを報告した。
 刃を鞘に入れながら、綺花は満足げに微笑んだ。


【終わり】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8870@TK01/芳乃・綺花/女/18/女子高生退魔士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびは依頼をしていただきまして、ありがとうございました(ぺこり)。
 
東京怪談ノベル(シングル) -
hosimure クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月29日

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