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『あの日、途切れた道を歩む 』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394

「白龍様に願いを捧げると、何かと引き換えに叶えてくれるんだって」
 何故だか突然、そんな言葉が頭の中に浮かんだ。この村の白龍様は優しいからと、そんな風に笑っていたのは誰だっけ。目の前に広がる惨状から意識を逸らしたって現実が夢とすり替わるわけなどなく、飾り気のないティアンシェのワンピースにじわりじわりと液体が染み込んで肌に張り付いた。それと共に素肌に触れる温もりが徐々に熱を失っていく。何か言わなきゃと思っても言葉は喉の奥から剥がれず、何かしなきゃと考えても肉体は自身の呼吸にかすか揺れるだけ。かろうじて視線を動かせば、自分を守るように抱き締める母、娘と妻を庇って更に覆い被さった父の姿がもう一度見えた。その無防備な背中には太陽の光を弾いて白銀に輝く剣が突き立てられている。貫通し、しかしティアンシェの体までは届かないその刃のせいで三人の周りは血の海と化し、錆びた鉄に似た臭いが鼻をつく。だからこそ非現実的で、嘘に思えた。
「逃げなさい、ティア」
 迫り上る血液を顔を背けて吐き出した母の声は、それでも平時のまま凛としているように聞こえた。最後の力を振り絞るように床に手をつき、上半身を起こした母の顔は今にも泣き出しそうで。それでもそこに後悔の色や悲愴感は無く、自分と同じ紅玉の瞳が微笑と共に柔らかく細められた。まるで娘を守ることが使命だったとでも言うように。
「かあさま、とうさま……」
 呆然と呟くティアンシェの体を抱き締める父に言葉は無く、ただ耳元で喘鳴に似た呼吸音が徐々にか細くなっていくのを聞いていた。
 ――誰か、今直ぐに嘘だと言ってほしい。これは夢なんだと、悪趣味な悪戯だったと言って。
 そんなティアンシェの願いも虚しく広がる光景は無惨なままで、まだ陽が射し込む時間だというのに、誰の声も聞こえない。いつも一緒に遊んでいた友達の声も、村に住んでいるはずのあれだけの人、老若男女全てが。まるで、初めからいなかったかのようだ。頭が真っ白で泣き声一つ出ないティアンシェの身体は倒れ込み、かかる重みを感じながらゆっくり瞬きをする。それから、頭を上げて縺れるように自分の上で伏せる両親の姿を見た。言葉と抱擁で全てを出し切ったのか、もうピクリとも動かない。
 このまま二人と、村の人たちと一緒に終わってしまったほうがいいのではないか。そんな考えに息を殺そうとして、ふと今しがた現実逃避の際によぎった言葉を再び思い出す。白龍様に願いを捧げると――。
 腕に力を込める。息を吸って吐く。非力な分、力を振り絞りティアンシェは両親の遺体から這い出た。二人分の血液が染みた衣服は重たく、白から赤、そして徐々に黒ずんでいく。それでも母がこの日のために作ってくれたこのワンピースに不快感を抱いたりはしなかった。
 この悪夢が起きたのが今日だったのは、きっと必然だ。誕生日を迎え、成人の儀が執り行なわれるはずだった今日。それは同時にこの村で長きに渡って祀られている白龍様に祈りと唄を捧げ、ただの村娘から巫女になる日だったのだ。だから、まだ間に合う。ぐっと拳を握って、ティアンシェは走り出した。走りづらい服で全力疾走をすれば足は縺れ、繰り返し転倒する。その度に起き上がって、家を出て村を通り抜け、目的の場所へ向かった。
 歪虚に襲われるかもしれないなんて考えはとうに脳裏から消え去って。進む度に視界に映る悲惨な光景に何度も叫びたくなった。意味も無く出鱈目に声を吐き出したかった。酸欠でどんどん血の気が失せ、気が触れそうになる。自分の中の何かがバラバラに千切れる感触、それがかろうじて正気の淵へと繋ぎ止めた。
 呼吸は乱れて、心臓が早鐘を打つ。反面で冷えた脳が足に急制動をかけ何とか踏み留まると祠の前、儀礼用の盆に乗せられたヴェールに手を伸ばす。綺麗な花弁の模様とレースで飾られたそれを被るのが夢だった。
 一度止まると、疲れた身体は進むのをやめたがる。鉛のような足はティアンシェの意に反して重く、逸る気持ちと噛み合わずにまた転んだ。布越しに何度も擦れた膝はじくじくとした痛みが続いている。もう歩けない。地面に肘をついて這い、最後の距離を詰めて祠に縋りついて上体を起こし手を伸ばした。
「――……!」
 乾き切った喉は引き攣れて、まともに声が出ない。振り絞って出たそれは掠れていて常のものとはほど遠く、意味を成す音にならないのを何度も繰り返して、ようやくやり方を思い出したように言葉が生まれた。ただ懸命に、願いを紡ぐ。
「――私の大好きな村。大好きなみんな」
 近くにある山の木に登って村の景色を眺めたとき、この村を守りたいと思った。そしてそれは今日、白龍の巫女として生涯を捧げることで叶えられるはずだった。
「ねえ、白龍様。本当にいるのなら、私の願いを叶えて。みんなを助けて」
 地についた足は震えている。手を合わせて目を閉じて、無我夢中に祈る。肌身離さず持っている十字架を握り、血を吐くように。
「私はどうなったっていい、何でも持ってっていい。だから、どうか――」
 私の村を救って。

 意識は唐突に引き上げられ、視界には寝起きする度に見る部屋の天井がある。喉の奥に何かが絡み付いているような錯覚に起き上がって身体を丸め、繰り返し乾いた咳をした。つい先程と違ってそこに声は無い。ただ狭苦しく空気が入れ替わる音だけが響いた。
 何とか落ち着き横を見れば、直ぐ傍のナイトテーブルにスケッチブック、それから両親の形見である十字架が目に入った。白銀の十字の交差点にティアンシェの瞳と同じ色の宝石が嵌められている。巫女として必要だからと贈ってくれた大事な物。欠かさず手入れしており、今も薄明かりの下で煌めいている。ぐっと握り締め、それから普段通りに左側の髪を一房取って髪飾りにする。それでも感情は乱れたままだった。
 どうやら、昔の夢を見ていたらしい。声と一緒にあの頃の記憶を失ったティアンシェはこうしてたまに夢という形で思い出を取り戻す。
(――こんなに苦しい夢は久しぶりなの、です)
 胸のつっかえはそう簡単に消えて無くなりそうもない。自らを宥めるように添えた手は落ち着きがなく、普段なら言葉として留めようとスケッチブックを取るはずが、書くのを躊躇う。
 果たして故郷のあの村は救われたのだろうか。ティアンシェの願い事は叶ったのだろうか。断片的な記憶はその悲劇の顛末をまだ教えてはくれない。どうして村が歪虚の襲撃に遭ったのかもあの後どうなったのかも、未だ失われた記憶の中だ。
 それでも、判ることもある。村がどこに在ったか今のティアンシェは知っている。――そして、少なくとも地図からはとうの昔に消えてしまっている事実も。元々記されないような秘境だったなら、いっそ良かった。そうだったなら村が復興していて、むしろ外に出たティアンシェのことをみんなで探している。そんな夢も見れた。けれど消えたならばおそらく――。
(だから、まだ……行くことはできてない)
 確かめるのがたまらなく怖いから。じわりと視界が滲み、小雨が大雨に変わるように、次第に涙の量が増えて。ティアンシェの頬を伝い、ポロポロと流れていく。枕元にある大好きな人そっくりの人形を手に取り、ぎゅっと抱え込んだ。手の甲や腕に顎先から溢れた雫が降りそそぐ。
 真相に辿り着くにはまだ、数十歩が必要だった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女性/20/聖導士(クルセイダー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
拝見した文章的に一人称のほうがスマートかなあと思ったんですが、
単純に自分が苦手なのと、語尾の扱いに悩んで三人称にしています。
途中の台詞でも迷った部分でもあるので、間違っていたら
お手数ですが遠慮なくリテイクの申請をしていただければ。
恋愛事情もですが、月並みながらいつか声を取り戻すのか、
そのときには全部の記憶を思い出せているんだろうかとか、
想像を巡らせつつ。幸せになってほしいと心から思います。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2019年01月30日

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