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『牡丹から高楊枝 』
道元 ガンジka6005)&アスワド・ララka4239)&青霧 ノゾミka4377

 花のお江戸を形作る八百八町……なのだが。
「ここはいったいどこのお江戸の何町だい?」
 青霧 ノゾミが白皙の面をしかめて問えば。
「え、山だけど?」
 道元 ガンジが顔いっぱいに『町とかマジで言ってんの?』を表現しつつ振り向いた。
 だめだ、この若造に皮肉などという高度な術は通じない。
 ちらりと後ろをついてくるアスワド・ララへ視線を投げる。
「ああ、僕は楽しんでいますよ? なにせ江戸だと騙されてこんな山奥まで引っぱり出されたわけですし、これからどうしてくれんのかマジ興味深いじゃん?」
 褐色の面をにっこり。
 ちなみにアスワド、見たとおりの南蛮人である。江戸でめずらしい南蛮の香辛料を商っており、城や寺、神社にもその商品を献上している。その鼻薬――香辛料だけに――がどれほど効いたものか。彼はこの姿でありながら人別帳に“阿太郎”などと記され、普通の町人の身分が保証されているのだった。
 と、まあ、それは置いておいて。言葉が崩れるのは、本気で機嫌が悪いことを表わす。
 ため息をつき、ノゾミは苦虫を噛み潰す心持ちでもって低く、淡々と言いなおした。
「俺たちは江戸最高の珍味を味わわせてもらえるって話で連れ出されたんだよね?」
 対するガンジは高笑い、どんと胸を張って。
「おう! 珍味中の珍味、牡丹の薬ってのを食わせてやるよ!」
「牡丹が薬、ですか?」
 アスワドが眉根を潜めて考え込んだ。
 牡丹と言えば花。根皮を使った生薬は血の巡りをよくするものとして売られている……
「牡丹の薬食い、つまり猪肉を食べようってことだよ」
 ノゾミは補足してやって、あらためてガンジへ目を向けた。
「薬食いはいいけど、どうして牡丹? それもわざわざ店じゃなくて山にまで来て」
「明けたら亥年だぜ? シャレてんだろ?」
 すかっと応えておいて、ガンジは思い出した顔でそろりと視線を外し。
「それにまあ、買っちまったら銭かかるしなぁ」
「――ああ、ツケから逃げてきたのですね」
 あっさりアスワドが見破ったのは、やはり商人ならではといったところだろう。
 今日は晦日。年さえ越してしまえば掛け売りでこさえた借金はチャラになる(実際はそれほど甘いものでもないのだが)。
 まあ、ガンジは友たるノゾミの数少ない知己であるようだし、ここは下卑た悪あがきにもそっと目をつぶってやるところだろう。
 牡丹とやらにも興味はありますしね。
「んぐ」 
 一方のノゾミは、喉を押し詰めるガンジに釘を刺すことだけは忘れない。
「別に俺やアスワドが損してるわけじゃないから黙っててあげるけど、あんまりはしゃいでるともう一回調伏するよ」
 そうして山登りに不慣れなアスワドへ手を貸す。
「やれるもんならやってみろってんだい」
 鼻息を噴き、ガンジは袷の袖をからげ、墨の入った腕を鎧う戦籠手「炎獄」を露わした。
「って、その前に牡丹だ! 銭もかけねぇでたらふく肉喰えるなんて夢みてぇだな! ――これ、初夢とかじゃねぇよな?」
「夢は寝てから見るものだよ」
「皮算は狩ってからになさい」
 ノゾミとアスワドから同時にツッコまれ、“今”は生えてもいない尻尾をしおしお垂れ下げるガンジであった。


 生い茂る木々の葉にせき止められ、三人の足元に雪はない。ただ、そのせいもあってか下生えが枯れ落ちることもなく、歩きにくさは大概のものだ。
「俺の後ろから外れんなよ? 迷子になっちまったらもう探せねぇから」
 物騒なガンジの警告にノゾミが肩をすくめてみせた。
「それよりさ、猪どころか兎も出ないみたいだけど」
「提案があるのですが。ここからまっすぐ引き返して、皆で僕の店の初売り準備をしませんか? 牡丹鍋くらいは振る舞えますよ?」
「そんな野暮ができっかよ!」
 アスワドの声音を勢いだけで弾き飛ばし、ガンジは獣道を辿りながら木々の隙間へ視線を投げ……後ろのふたりを掌で押しとどめた。
「今まで騒いでいたのはガンジだけだけどね」
「江戸っ子を称する輩は感情的でいけません」
 いいから、ちょっと黙っとけ! 唇の動きだけで伝え、気配を抑えて木陰に潜む。
 十丈(およそ三十メートル)ほど先、下生えを鼻先でかき分ける猪がいた。
 猪は冬眠しねぇからな。こういう山なら食いもん探して出歩いてると思ったぜ。
 ただし、問題は距離だ。今は向こうが夢中だから気づかれていないが、大きな音を立てればいつ顔を上げないとも限らない。逃げ出さずに向かってきてくれることを祈って突っ込むか――
 ガンジの悩みは唐突に解消した。
 猪が逃げたわけではなく、逃げる間もなくなにかに食らいつかれ、噛み裂かれたことで。
「俺の牡丹ーっ!!」
「ここで騒ぎだすのは最悪なんじゃないかな」
「どうも彼に、我々のあたりまえは通じないようですが」
 口々に言いながら、ノゾミは小振りな仕込み杖に収められていた柄を伸ばして錫杖「漣」を現わし、アスワドはサッシュに差し込んでいたダンサーズショートソードを引き抜いて、身構えた。
 瞬く間に猪を食らい尽くした魍魎がこちらを虚ろな眼で見やり。
「これまでまったく気配を感じさせなかった。多分、五感を鈍らせる力があるんだろうね。猪がガンジに気づかなかったのもそのおかげだったわけだ」
 ノゾミのにおいに引き寄せられるがごとく、靄めく体を躍らせて迫り来た。
「海を渡る中でさんざん化物とも対してきましたが……結局のところ、どこへ行こうと人ばかりの世になど行き着かないものです」
 弓をよく使うアスワドだが、さすがにこの展開は予想していなかったため、携えてきていない。もっともこの山中で長弓を取り回すことは不可能だったろうが。
「この野郎、俺の牡丹返せ!!」
 ふたりにかまわず、身をかがめたガンジは不規則に立ち並ぶ木々の隙間を、ときに二本足、ときに片手をついた三本足、さらには両手を使った四本足で体の均衡を保ち、すり抜けていく。
 と。声もなく魍魎が振り込んできた長く鋭い爪。
 ガンジは仰向けで滑り込みながら炎獄を突き出してこれを弾き、魍魎の端を掴んで弾みをつけ、人のものならぬ背へと絡みついた。
「喰うってこた、体が在るってことだ。だったら掴めるし殴れるよなぁ!」
 狙いもつけずに延髄あたりへ炎獄の拳を振り下ろす。猪であろうと獅子であろうと、この急所を打たれて耐えられるものはない。ただし。
「相手が獣や人ならだけどね」
 ノゾミの漣から飛んだ氷弾に撃ち据えられる直前、魍魎はその身をぶるりと振ってガンジを振り落とし、その身を朧へと変じてみせた。
 ガンジとノゾミに気を取られた魍魎の死角から踏み込んだアスワドの刃が空を切る。
「っ!」
 降り落ちてきた爪を、地へ身を投げて辛くもかわしたアスワド。
「くっそ!」
 ガンジの鉤突きもまた朧を捕らえることかなわず行き過ぎて、こちらはざくりと胸から腹までを裂かれてよろめいた。
「ガンジ、このままだと喰われるのはこっちみたいだけど」
 ノゾミがなにを言いたいかはわかっている。できれば友だちの友だちたるアスワドに晒すのは控えたいところだったのだが。
「こっちに刃ぁ向けんなよ!」
 果たしてゆるめられたガンジの襟の奥から現われたものは。
「首輪、ですか」
 眉をひそめるアスワドに、ノゾミは苦みを含めた薄笑みを返し。
「ガンジは犬だから」
「犬じゃねぇ!」
 ガンジが首輪を引き抜いた途端。
 その体が膨れ上がると同時に強(こわ)い獣毛をあふれ出させた。
「狼だ!!」
 それは強大な力を備えた幻影。ガンジの体に刻まれた入れ墨を標に祖霊たる狼を顕現させる、一種の神降ろしであった。
「彼はジン憑きなのですか」
 咆哮をあげるガンジを見やり、砂の国に言い伝えられる魔神の呼称を口にするアスワド。
「覡(げき)――平たく言えば男性版の巫女――っていうほうが近いけどね。とにかく、喰らうときにはあの魍魎も形を得る。狙うならそこしかない」
「虚を突き、実を穿つ。わかりました。少しの間、持ちこたえてください」

 轟!
 魍魎の爪を飛び退いてかわしたガンジは立ち木を掴む。そのまま小さく跳ねながらぐるりと身を巡らせて加速、もう一度魍魎へと跳び込んで直突きを打ち込んだ。
 もちろん、朧と化した魍魎にその拳は届かない。大きくそれた腕へと逆に爪を突き込まれ、すれちがう。
「そこかよ!」
 その際、ガンジは後ろ手に握り固めた拳の甲を振り込むが、朧のいくらかを吹き散らすばかりで、魍魎に傷を負わせることはできなかった。
「本性晒してそれか。不甲斐ないんじゃない?」
 ノゾミは術を撃ち込む代わりに漣をガンジのと魍魎の狭間へ突き込んだ。
 魍魎の爪が柄に当たって反れ、衝撃で腕を痺れさせたノゾミは顔をしかめて一歩退く。
「こっちのほうが敏感だからよ! 鼻ムズムズすんぜ」
 魍魎の気よりもまわりの花粉にやられたように狼面が顰んだ。
 祖霊の加護により、傷はすでに癒されている。が、獣の鋭い五感はかえって魍魎の力にあてられ、十全に機能していないようだった。
 と。木々の隙間に固い光がまたたく。
「なんだありゃ、ほかの魍魎か!?」
 魍魎の爪を炎獄で受け止めたガンジが口の端を歪めた。
 その声でまたたきに気づいたノゾミは小さくかぶりを振り、氷弾をガンジの籠手へ滑らせて魍魎の爪を引き剥がす。
「冷てぇ!! なにすんだ――」
「いいから! 俺の話をきけ」
「あ?」

 ゆらゆらと木々の間をたゆたい抜けて、魍魎が身構えるガンジへ襲いかかった。
「おらぁ!」
 息を止め、踏みしめた足を起点にガンジが拳を振り込んでいく。一、二、三、四五六七八九。
 左右の突きが朧をかすめて空を打つ。
 魍魎は声もなく嗤い、さらにガンジへ迫る。なりはでかいし力も強いが、そこの小さいのよりこちらのほうが惑わせやすく、喰らいやすい。
「十とや塔福寺の鐘の音、ってな!」
 最後の突きが空振りに終わったことを確かめて、魍魎は先ほどの意趣返しとばかりにガンジへ絡みつく。そして顕現させた牙をガンジの首筋へ潜り込ませた。
 肉が爆ぜ、骨が砕け、裂かれた血管から血が噴き出し、祖霊の加護を大きく追い越して命が損なわれていく。
 虚ろな存在を満たす命の熱に、魍魎は嗤う。
 その眼には映らぬガンジの狼面が、凄絶な笑みを刻んでいることにも気づかぬまま。
「九つとや、ここへござれやあね御さん。八つとや、やわら良い子だ器用な子じゃ」
 魍魎に抱えられたまま、ガンジは握っていた拳から一本ずつ指を開き、唱える数を減らす。
 意味がわからない。このでかいのは、喰われながらなにをしている?
「ひとつとや、ひと夜明くればにぎやかに、にぎやかに」
 唐突に太い腕を巡らせて魍魎を抱きすくめ。
「お飾り立てたり松飾、松飾!」
 その言葉尻が刃と化し、魍魎の背へ当たった。いや、そうではない。これは、矢だ。
「これほど木があっても、弓にできるものはなかなか見つけられませんでね」
 弓を構えたアスワドが木陰より跳び出し、次の矢をつがえて射放した。弓も矢も同様に、短剣で切り出されてきた木を使った即席。そんなものが突き立つはずもなかったが、威力はどうでもいい。
 次々射かけられる矢で、魍魎の挙動が鈍る。
「ガンジ!」
 ノゾミの氷弾で牙の半ばをへし折られた魍魎は、ここに至ってようやく朧へ変じることを思い出した。その体が速やかに霞んでいく。
「逃がすかよ」
 損なわれた歯の隙間にねじ込まれるガンジの右腕。

 ノゾミは先ほどガンジにささやきかけていた。
『アスワドが弓を作ってくる。ただし彼の技を生かすには魍魎を実体化させる必要がある。あとはわかるよね』
 言いもしねぇのかよ。ガンジはぶすくれたが、確かに実体化させなければどうにもできそうにないし、それ以上に、結局のところは。
 それしかねぇってノゾミがけしかけてくんならそれしかねぇんだろうさ。
 本心を自分からも隠したまま、達観した心持ちでガンジは心を据えたのだ。
『てめぇもちったぁ働けよ!』
 働くさ。ノゾミは胸の内で応える。
 もう二度と、誰かが向こう側へ堕ちていくのを見ているつもりはない。
 そしていつか、あの人を引き戻してみせる。

「てめぇは外から霞むよなぁ。だったらよ、中はまだ、在るってことだろ?」
 霊力のすべてを右手へ握り込み、握り締めた。
 それは炎獄を真っ赤に燃え立たせ、魍魎がなにを思うよりも早く、その存在を微塵に消し飛ばした。
「牡丹の仇、きっちり取ってやったぜ」
 元のとおりに首輪をはめ、人の姿を取り戻したガンジが決め顔で言った途端。
 ぐぅと彼の腹が鳴り。
「あー、俺の牡丹!魍魎といっしょにぶっ飛ばしちまった!?」
 ぎくしゃくとへたり込むガンジの様からそっと目線を外しつつ、アスワドはノゾミへ問うた。
「彼は本気で言っているんですか?」
「残念ながらね」


 木から落とした雪を沸かし、とっておきの醤油と七味で味つけした汁。そこへ大量の茸をぶち込んだだけの鍋を三人で囲む。
「火事には最大の注意が必要ですが、あたたまるのはありがたいところですね」
 椀によそった茸汁をすすり込み、アスワドが薄笑みを浮かべた。熱を帯びた息が白く凍り、この日本にあっては奇しき彼の相貌を飾る。
「そうだね。これで帰り道もなんとか保ちそうだ」
 ノゾミもゆっくりと汁を味わう。平茸を中心とした茸の滋味が醤油と溶け合い、七味でいや増されて五臓へ染み渡っていく。
「あー、牡丹。牡丹がねぇ茸汁なんざただの茸汁じゃねぇか……」
 こちらはこれ以上体力を使ってしまわないよう、しょぼしょぼと嘆くガンジである。
「武士の心に近づいたって思うしかないんじゃない? 食わねど高楊枝ってさ」
「魍魎に喰われたってのに、俺がなんも喰えねぇのはおかしくねぇ?」
 ノゾミへ言い返しておいて、茸を噛む。いや、そりゃあ茸もうまいんだけどよ。俺の腹ぁ牡丹になっちまってんだ。肉食って楊枝使いてぇだろぉ。
「まあ、日も暮れてくるころですし、そろそろ戻りましょうか。私の店に寄って行きなさい。確か香辛料といっしょに“原木”が届いていたはず」
 あまりのガンジの萎れっぷりに、アスワドが声をかけた。
「原木? 木ならそこら中にやんなるくれぇあんだろ?」
「僕が言う原木は、ガンジさんが言う牡丹の脚を塩漬けにして熟成させたものです」
「牡丹の脚!?」
 アスワドの手伝いをすることもあるノゾミは、思い至った顔でうなずいて。
「生でも食べられるそうだけど、俺は軽く炙って食べるのが好きだな」
「年が明けたら蕎麦をたぐりに行きますか。馴染みの屋台がありますので。……それまで逃げ切れれば、ガンジさんも当座は凌げるでしょう」
 これを聞いたガンジは汁をぐいと飲み下し、その勢いで鍋と火の始末をすませ、袋にまとめて担ぎ上げる。
「そうと決まりゃあとっとと帰ろうぜ! 花で暮れて花で明ける、最っ高の年越しじゃねぇか!」
 牡丹という花で大晦日を過ごし、新年には花番(蕎麦屋の接客係。屋台なら店主が兼ねる)に出してもらった蕎麦をたぐる。ガンジはそう言っているわけだ。

 かくて彼らは町へと戻る。
 そこに咲く花が牡丹どころかむさ苦しい徒花であることには気づかぬふり、心の楊枝ばかりは高く掲げて揚々と。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【道元 ガンジ(ka6005) / 男性 / 15歳 / 轟狼】
【アスワド・ララ(ka4239) / 男性 / 20歳 / 穿眼】
【青霧 ノゾミ(ka4377) / 男性 / 26歳 / 翳智】
 
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2019年01月31日

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