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『人形裁判』
松本・太一8504


 服は買わない。
 こうして『夜宵の魔女』になれば、着たいと思った衣服が身体の周りに勝手に生じてくる。服飾費がかからないのは、まあ有り難いと言えるのだろうか。
「着たいと思った衣服、ではないですね。何か際どいレオタードとかナース服とか人外コスプレとか、そんなのばっかりです」
 雪のちらつく街を歩きながら、松本太一は独り言を漏らした。傍目には、独り言だ。
 目に見えぬ相手が、会話に応じてくれた。
『状況に合った装備品がね、適切な情報改編によって自動生成されるのよ』
「あれも、あれも、あれもアレもあれも全部、その時その時の適切な装備だったって言うんですか……」
 さすがに、あんな格好やあんな格好では街を歩けない。今の太一は、白を基調とした冬物の装いをしている。帽子もコートもブーツも、ふさふさとした毛皮で縁取られている。
「今回は珍しく、ちゃんとした服が出て来ましたよ」
『白ねえ。私としては、黒系統の方が貴女に似合うと思うのだけど』
「今日はちょっと白でいきたい気分だったんです。けど……」
 ショーウィンドウの前で、太一は立ち止まった。
「こういうの見ると……黒もいいなって、思えますよね」
 マネキン人形が1体、黒く着飾っていた。今の太一の服装を、白黒逆転させた感じである。
「コートの下は……セーター、ですかね。胸の形が、すごい格好良く見えます」
『貴女の方が、大きいじゃないの』
「大きければいいってもんじゃないんですよ。服も素敵だけど、このマネキン人形さん……理想的な体型です。綺麗です。まあ人形だから当たり前ですけど」
『……本当に、そう思う?』
 姿なき会話相手が、意味ありげな口調で言う。
 彼女が何を言わんとしているのか、太一にも何となくわかる。
「まあ、ね……また見つけちゃいましたよ」
「嬉しい……」
 ガラス越しであるから、肉声ではないだろう。念話の類である、と思われる。
 とにかくマネキン人形が、言葉を発していた。
 恐らく通行人には聞こえない、太一の心にだけ届く声を。
「やっと、あたしを……褒めてくれる人がいた……」
「お人形、じゃないですね。貴女、元々は人間でしょう」
 ショーウィンドウ越しに、マネキン人形と会話をする。通報されかねない行為である。
 構わず、太一は言った。
「何でしょうね。ここ最近、普通に街を歩いてるだけなのに『変なもの』を見つけるようになっちゃったんですよ。ああ幽霊とかじゃなくて、いやそれも大量にいますけど」
『幽霊の類より、もっと厄介なものを……ね』
「……そう、人間です」
 マネキン人形の、青い瞳を見据えて、太一は言った。
「それも貴女のように、『もの』に変わってしまった人間……大抵はね、魔女やら悪魔やらの仕業だったりします。つまり被害者です。私、正義の味方じゃありませんけど、助けられる人は助けたりもしています」
『こないだ見た、アレは傑作だったわよねえ』
 目に見えぬ会話相手が、思い出し笑いをしている。
『バス停近くの、不細工な人面の岩。何とかっていう凶悪殺人鬼が、能力者に岩ごと粉砕されて再構成されて』
『鉱物と一体化して、自分で死ぬ事も出来なくなっちゃったっていう。もちろん、殺人鬼を元に戻すわけにはいかないから放っときましたけどね』
 太一は、豊かな胸を抱えるように腕組みをした。
『他にもね、元々は邪悪な魔法使いだった石像とか。人を殺して死体の絵を描いていたサイコパスの芸術家が、その絵に閉じ込められて飾ってあったりとか。そういうのを私つい見かけちゃうんです。お人形さん、貴女はどうなんでしょう』
「あたし……そんなのと違う……」
 マネキン人形であるから、表情は動かない。涙も流れない。
 だが彼女は間違いなく、泣いていた。
「あたし、あの人にお願いして……お人形に、してもらったの。綺麗なあたしを、ずっと保って……みんなに見て欲しかったから……」
「あの人、とは……」
『どうせ夜会の連中の誰かでしょ。深く考えない方がいいわよ』
「ですね……まあ、それはともかく。貴女のお願いは叶ったわけですよね? こんな綺麗なお人形になって、高い服着せてもらって飾られて。道行く人たちに、見てもらえるじゃないですか」
「みんな……あたしの事なんて、見てくれない……あたしが着てる、高い服しか見てないもの……」
「……宿命、ですね。マネキン人形の」
 太一は、小さく溜め息をついた。
 美しい女性が、その美しさを永く保つため、人形になりたいと願う。
 そんな心境に至るまで、複雑な過程があったのかも知れない。事情があったのかも知れない。
「まあ、そんなの聞かされても困るわけで……貴女が嘘を言ってない事だけはわかりました。ちょっと『情報』を見れば、判明する事ですからね」
「情報……見る……?」
「人をマネキン人形に変える力と、根元は同じ能力だと思います多分。で、ここからが肝心なお話……貴女、人間に戻りたいですか?」
「……戻して、くれるなら……」
「人間はね、老けますよ。お肌のケアとか少しでも怠けると結構、色々と台無しになりますよ。あと食生活。油断してるとね、身体の線なんてあっという間に崩れてきちゃうんだから」
 太一は言った。
「それでも……綺麗なお人形を、辞めたいですか?」
「人形なんて……誰も見てくれないって事、わかったから……」
 悲痛な泣き声に、微かな、本当に微かな、決意のようなものが宿った、のであろうか。
「あたしは……あたしを、見て欲しいから……」
「……どうなっても、知りませんよ」
 太一は、片手をかざした。
 ガラス越しに、情報改変が行われた。
 マネキン人形が、膝から崩れ落ちる。膝が、柔らかく曲がっている。
 黒い、高価な冬物を着せられたまま、ガラスの向こう側でうずくまってるのは、もはやマネキン人形ではなかった。
 太一はもはや目もくれず、何事もなかったかのように歩き出した。
 ショーウィンドウの中に、生身の女性がいる。すぐに大騒ぎになるだろう。彼女は警察にでも保護される事になる。
 それ以降の事は、彼女次第だ。夜宵の魔女が干渉するべきではない。まあ窃盗犯のような扱いを受けるようであれば、助けてやらなければなるまいが。
 歩きながら、太一は訊いた。
「この能力……男物の服は、出せないんですか?」
『あら何、着飾ってみたいの? 48歳の、熟年の男の子が』
「男だってね、オシャレをしたい心はありますよ」
『しているじゃない、しょっちゅう。しかも情報改変に頼らず』
「……女装とオシャレは違いますからね」
 そろそろ会社から、また何かおかしな要望が来るかも知れない、と太一は思った。


 登場人物一覧
【8504/松本・太一/男/48歳/会社員(魔女)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年01月31日

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