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『死者に願うただひとつの有り様 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&Lady−Xaa4199hero002)&紫苑aa4199hero001

「あたしさー、海とか見たいんだけど」
 古ぼけた革張りのソファにしなだれかかり、Lady−Xは言ったものだ。
 それを聞かされた紫苑はリュートをつま弾く手を止めて横を見て。
 見られたバルタサール・デル・レイはなにも聞こえなかった顔でソファから立ち上がって部屋を――
「あ・た・し・さ。海とかみたいんだけど」
 わざわざ異世界から召喚した拳銃をバルタサールの延髄へ、剣呑な笑みごと押しつけて、Xは繰り返した。
「彼の女、かく求めし……だね」
 ゆるやかに語る紫苑に舌打ち、両手を挙げさせられたバルタサールはもう一度舌打ちして、深いため息を漏らすのだった。


「あたし、海が見たかったはずなんだけどー」
 小型四輪駆動車の後部座席で高く組んだ脚の先をぶらつかせ、気だるく抗議するX。
「1秒で寒ぃ、2秒で飽きた、3秒で俺のせいだと言い出す未来が目に見えてたんでな」
 バルタサールはサイドブレーキを引いてキーを抜き、げんなりと返した。
「憶えておくんだね。女の我儘は男を予言者にするものなんだよ」
 くつくつと喉を鳴らし、助手席についていた紫苑がドアを開いた、その途端。
 横殴りの雪が車内へ吹き込んできて、Xは「信じらんない!」、あわてて座席から這い出した。

 彼らがいるのはとある雪山。
 目の前には石煉瓦を積んで壁を成したコテージが建っていて、二重窓の奥にまたたくあたたかげな灯をもって3人を誘っているのだった。
 そして。
「海には逃げ場がないけれど、山ならあたたかな隠れ家へ逃げ込める。そのはずだったのにね」
 歌うように語りあげた紫苑は“それ”にかまわずリビングのソファへ腰を下ろし、暖炉からもっとも近い場所を確保する。
「それはそれでいいかもって思ってきたところだったのに」
 紫苑の向かいの席へ跳び込んだXが反転、顔を前へ向けて床を指し。
「でも、“こんなの”といっしょになるのはよくなくない?」
 渋々と暖炉から遠い席に尻を落としたバルタサールは、目ざとく見つけてきたブランデーを適当なグラスに注いで飲み下す。
 息をついてから“それ”であり、“こんなの”を見やり、次いでまわりを見渡した。
「こいつがここに寝転がったのはいつだ?」
 遠巻きに立つ人々はかぶりを振るばかり。
 ま、そりゃあそうだ。転がした奴がいるにせよ、素直にうなずくわけがない。
 今度はブランデーを慎重に舐め、紫苑にメカニカルメイドのスモールシガーを放り渡した。
「煙がないと考える間が保たない? 悪党は面倒だね」
 紫苑はXから受け取ったナイフでシガーの尻を切り、先を暖炉で炙って火を点してからバルタサールへ返す。
 それをくわえて吹かしつつ、バルタサールはあらためて転がったものへ目を向けた。
 すなわち、床に転がった男の死体へ。

「確かめるまでもないよ。死因は刃物でめった刺し、銃弾でめった撃ち。自殺したっていうならきっとサムライなんじゃない?」
 それだけ我慢強いということを言いたいのだろうが、死体を確かめていたXが報告する。
 きちんと調べたわけではないから確定は不可能だが、右手に握っていたリボルバーの弾倉に残った6発の薬莢はすべて空で、死体の体に穿たれた弾痕は6。さらに言えば左手のナイフは死体の腹に潜り込んだままになっているのだ。
「スマートフォンは圏外。電話は当然不通。僕らが来る前――朝からそうだったみたいだね。つまりは陸の孤島ってやつだ」
 人々からの話を取りまとめた紫苑が、一度上げた受話器を電話機へ戻した。
 その間に特等席をかすめ取ったバルタサールは新しいシガーに自分で火を点け、「そこあたしの席なんだけど!」と膝の上へ座ろうとしたXを追い払っておいて。
「現場の保存ってことで死体は動かせない。が、俺たちは自分らの部屋がどこかも知らないんでな。悪いがこの場で話を聞かせてくれるか?」
 人々がおずおずと近づいてくる。
 彼らとて理解はしているのだ。ここから離れれば、自分が犯人と疑われることを。
 そしてXの不思議なほどの不敵さと紫苑の不思議なほどのやわらかさ、バルタサールの不思議なほどの沈着さに、なんとなく落ち着きを取り戻してもいて。それが彼らの足を自然と前へ進ませたのだ。
「ねぇ」
「わかってる」
 紫苑の耳打ちへぞんざいに返し。
「全員、動きがおかしいな。怪我をしてるのか? 原因は」
 死体を指せば、これにも全員が首肯した。
「なら、そのときの話をしてくれ」
 促された人々が顔を見合わせ、内のひとりが口を開いた。

「風間って言います。スキー目的で来ました。昨日の朝、リビングに着いていきなりその人に絡まれました。カネを貸せって言われて、貸せないって言ったらバンって。それでそのまま外に逃げて夜まで」
 ひとつひとつ思い出しながら話した青年は、腰の入らないパンチをひょろりと振ってみせ、痛むらしい胸を押さえて小さく声をあげた。

「奥野と申します。写真が趣味で、雪山を撮りたかったんで。一昨日からここに泊まってて、朝、すごい音がリビングからして。その、怖くて収まるの待って出て。そしたらその、男がいて。私も一発もらって、あわてて部屋に逃げ帰って」
 最初から横腹を抱えていた中年男性が落ち着かない様子で視線をさまよわせ、青ざめた顔を左右に振った。

「保木、綾乃です。昨日のお昼に友だちとここに」
 大学生と思しき女子が横の眼鏡女子へ目を向ければ、その彼女もまたうなずいて。
「田中優奈、20歳になりました。そのお祝いに綾乃とふたりで雪見に来てました。たまにはそういうのもいいんじゃない? って思いつきで」
 保木が言葉を引き継いで。
「ふたりでいろいろしゃべってたら、部屋に入ってきたんです。うちも優奈もなんにもできなくて……」
 右手で首を、左手で下腹部を押さえてうずくまる保木を田中が抱きしめ、嗚咽を輪唱させる。
 なにがあったのかは、それだけで知れた。

「本名じゃなくていいんすよね? タラレバっす。動画配信とかしてました。コテージと同じでかさのかまくら作ろうって企画立てて、昨日の夜から現場入りしたんすけど管理会社の人来れないってんで。メシもないとかしょうがないじゃないっすか。寝るしかねぇなって風呂入ろうとしたらそのおっさんが入ってきて、後はひどいもんでしたね」
 配信者だからなのか、軽快に語りあげた赤毛の男。身振りも手振りもないのは、こめかみをひっきりなしにさすっているからだ。

「この男は、雪に紛れて入ってきたのかな」
 指先に顎を乗せた紫苑の疑問。
「雪っていつから降りだしたの?」
 問おうとしない紫苑の代わりにXが5人へ声をかける。
 他の4人が顔を見合わせる中、タラレバが右手を挙げて。
「自分が来たときにはかなり降ってました。多分すけど、夕方くらいからだったんじゃないすかね」

 ともあれ、これで全員から話を聞いた。なので人々には一時解散を告げて部屋へ帰らせ、3人と死体だけでリビングを占領する。
「全員が順に死体じゃなかった彼と合って、痛い目を見ることになったって話だったね」
 せめて自分たちの目から隠しておきたい。そんな名目で奥野が持ってきたシーツをかけられた死体。紫苑はそれを見下ろし、ゆるやかに整理してみせた。
 彼にとって死体などめずらしいものではないし、前にあるからとてなにを感じることもなかったが、今は晴らされぬ疑問が宿っている。
「なんで死んだのか。誰が殺したのか。そういうことよね」
 浮き立つ心を隠しもせずにXが言った。完全にこの非日常を楽しんでいる。
 バルタサールはメカニカルメイド特有の辛い紫煙を吐き出し、もうひとつの疑問を口にする。
「管理人なりオーナーなりはどこだ?」
「最後の彼が言ってたの、憶えてない? 管理会社が請け負ってるそうだよ。毎日夕方には調理済みの夕食と補給物資を持ってくることになってる」
 ここの予約をしたのは紫苑だ。そのときに話を聞いていたという。資金不足はどの業界も深刻で、24時間常駐する管理人を抱え込むのは難しいのだと。
 もちろんコテージにはキッチンがあり、備蓄食料がある。数日閉じ込められたとしても困ることはない。
「朝と昼だけじゃなく、緊急時も客頼りかよ。日本人は責任ってのを大事にする質じゃなかったのか?」
 苦いつぶやきを漏らしたバルタサールへ、唐突にXが笑顔を突きつけた。
「せっかくだしバルちゃん作ってよ! あたしこのへんの名物料理が食べたいんだけどー」
 初めて来た土地の名物料理をとはとんだ無茶振りだが、考えることに早速飽きたからこそなのだろう。
 やれやれ、バルタサールは息をつき。
「ペスカドフリートもエンパナーダも材料がそろわねぇから無理だな」
「それメキシコ料理じゃないの!」
 ふたりの他愛ないやりとりに、紫苑は苦笑して立ち上がった。
「ありものでなにか作るよ。今日はシタールもリュートもないし、僕にできるのはそれくらいだしね」
 元は貴婦人の愛人を務めていたこともある彼だ。彼女らを喜ばせる小技はそれなり以上に習得している。
「見た目重視のふわふわ系じゃなくて、あったかくて辛くて濃〜いやつにしてね」
 Xが背中越しに注文を投げかける横で、バルタサールは口の端を歪めて言い添えた。
「ポブラノじゃなく、チボトレかセラノを入れてほしいってよ」
「ハバネロって言わなきゃバレないと思ってるわけ? 全部唐辛子じゃないのよ!」
 と。

「すみません。うちら怖くて」
「まだ怖い人がいるかもって」
 保木と田中が扉の向こうから入ってきて。
「独りだといろいろ考えちゃいますよね」
 ばつの悪い顔をのぞかせたのは、風間。
「暖房効いてないんで、部屋は寒くて」
 続く奥野もおどおどうなずいた。
「……っすね」
 饒舌を潜めたタラレバは、いつの間にか皆に交じっている。
 押し込まれる形で紫苑が後じさってくる。
 ようやく振り向いたXは目をしばたたき、ふむ。
「あたしたち、ここから出るの邪魔されてる?」
 5人はそれぞれ否定した。
「異口同音って感じかな。ああ、なにか楽器があれば唄を紡げるんだけど」
 言いながらも観念してソファへ座る。5人に不自然さはなかったが、さすがに5倍の圧には抗えない。
 すべてを見ていたバルタサールは紫煙を吐き出し、コメントする。
「おまえさんたちは俺たちになにが言いたい?」
「え? それは、どうしてこの人が死んでるのかなって」
 風間のセリフを遮り、続ける。
「まずひとつだけ確認しとこうか。昨日、管理会社の人間はここに来なかったんだったな?」
 これにうなずいたのはタラレバだ。
「そっす。自分、電話したんすけど来れないって言われたっす」
「さっき聞いたばっかでしょ、おじいちゃん」
 Xのツッコミはスルー。バルタサールは5人へ突きつける。
「普通は死体が寝てる場所に戻ってこねぇだろ。しかもおまえさんたちは昨日、こいつにやられたんだったよな。銃とナイフで武装してるような奴にな。今日まで居座るより昨日の内に逃げ出すさ。普通は、な」
 普通の腕語を繰り返し、サングラスに隠した鋭い視線を巡らせる。
 5人は立ち尽くしていた。なにかを恐れるように。なにかを待ち焦がれるように。
「バルちゃんてば全部わかっちゃったの!? おじいちゃんとかの名前に賭けて!?」
「はいはい邪魔しない。おもしろいとこ見逃すよ」
 Xをなだめるのは紫苑に丸投げ、バルタサールはブランデーを舐めた。
「こいつは常識の話で、推理なんて上等なもんじゃねぇが」
 ふと言葉を崩し、タラレバに目を据えて。
「雪が降った話を知ってたのはおまえさんだけだ。おかしくねぇか? 窓からでもどこからでも見れるし、そもそも夜まで外に逃げてた奴まで知らねぇってのは」
 紫苑に引き留められながらもわくわくとした目を向けてくるX。
 なにか言っても期待を裏切っても絡まれるだろうから、バルタサールは淡々と言葉を継いだ。
「それに、引っかかってたんだよ。来た、撮りたかった、雪が見たかった……ひとりがそう言ったんならそれだけのハナシだが、口そろえて過去形ってのはな」
 新しいシガーに火を点け、充分な間を空けて、5人に告げた。
「後始末はこっちでやっておく。そいつを落としどころにして、いけ」
 ――5人の姿がかき消えた。
 最初から誰もいなかったかのように。
 残されたものはバルタサールたちとひとつの死体、それと暖炉の火ばかりである。
「説明してくれる、名探偵?」
 舌の上で酒精を転がし、バルタサールは紫苑へ答えた。
「加害者が被害者で、被害者が加害者だってことだ」

「これがあの人たちの加害者よね?」
 Xは死体を指して。
「仕返しにあの人たちが加害者になったわけ?」
 5人が消えたあたりを指し、首を傾げる。
「それは置いといて、あたしたちに部屋から出て欲しくなかった理由は?」
「行かれたら見られちまうからだ。自分の有様をな」
 紫苑は薄笑みを刻んだ面を扉のほうへと振り向けた。
「コテージの外、部屋、風呂……そこに彼らの死体があるってことかな」
 だとすれば、彼らがしきりに気にしていた体の部位は、弾なりナイフなりに穿たれた箇所なのだろう。
「ああ。連中は順に、銃とナイフを持った奴に殺られた。だから、自分が死ぬまでのことしか知らねぇわけだ。たとえば雪が降り出したのはいつからだったかも、答えられたのは後から来た連中だけだ。そんなもん、窓からいくらでも見れたはずなのにな」
 バルタサールの言葉に、Xがまた首を傾げた。
「でも! 幽霊なら自分の死んだ場所に貼りついてるんじゃないの?」
「日本は“うらめしや”の国だぜ。化けて出たってことなんだろうよ」
 よく知らねぇけどな。肩をすくめるバルタサール。
 実際、どうしたのかは知れないが、彼らは復讐を果たしたわけだ。自分を殺した男に対し、同じ痛みを与えた上で。
「彼らはどうして僕らにこんな謎解きをさせたかったんだろうね」
 紫苑の疑問はもっともなもので、さしもの悪党にも応えようがなかった。
 押し詰まる沈黙。
 それを叩き割ったのは、Xの適当な言葉だった。
「黙ってるよりしゃべっちゃったほうが楽になるんでしょ。懺悔とか自白とか。そういう感じで」
「……なにが起きたのかを知ってほしかったってのはあるのかもな」
 バルタサールは口の端を歪めて立ち上がり。
「が、死人なんざ口なしくらいでちょうどいい。そうでなきゃ、俺なんざ怨霊の恨み言で二度と眠れなくなっちまう」
 電話を取り上げ、通じていることを確かめる。
「これから取り調べ室に小旅行だ。おまえらは警察には隠さず見たとおり、聞いたとおりにしゃべっとけよ。口なし決め込みゃ、痛くもねぇ腹探られるぞ」
 警察を呼び出すバルタサールの背に、紫苑は低くささやきかけた。
 なら、僕は夜が来るたびにきみがため唄おう。死せる魂よ、夜の翼へ纏わることなかれ――

 翌日にもろもろの容疑から解放されたバルタサールたちは一路、冬の海を目ざす。
 ちなみに結末は、バルタサールが予言したとおりだった。
「ちょっとバルちゃん! ほんとに占い師とか向いてるんじゃない!?」
「……」
「……」


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【バルタサール・デル・レイ(aa4199) / 男性 / 48歳 / 願いし生者】
【Lady−X(aa4199hero002) / 女性 / 24歳 / 麗しき奔放】
【紫苑(aa4199hero001) / 男性 / 24歳 / 夜のうた】
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2019年01月31日

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