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『One and only 』
迫間 央aa1445)&日暮仙寿aa4519)&マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&不知火あけびaa4519hero001)&藤咲 仁菜aa3237)&リオン クロフォードaa3237hero001

 東京近郊の湾岸工業地区にミーレス級従魔が大量出現中。一般市民多数が建物内に閉じ込められた。現場近くのエージェントは至急救出へ向かわれたし。
 H.O.P.E.東京海上支部からの緊急通信が入ったのは、迫間 央が某ホテルのスイーツビュッフェで行われる“女子会”へ付き添い、同じ境遇に陥れられた日暮仙寿、リオン クロフォードと冴えない顔を突き合わせていた最中のことだった。
「走れば5分ってとこだな!」
 勢いよくうなずくリオン。
 半ば無理矢理引っぱってこられたのに「女子会だから」と閉め出される仕打ちに、思わず自らの存在意義を疑っていたところだ。誇りを取り戻し、そして人々を救う。
「払いは俺が。もたついている暇はないからな」
 仙寿が速やかに入口のカウンターへ向かった。
 歳に似合わぬそつのなさ、日々の“若様”生活で存分に鍛えられていればこそだろう。
 こうなれば、最年長の央に課せられた任務はただひとつである。
「……通信は聞いたね。後日あらためて、俺が責任もって埋め合わせをセッティングするから」
 女子会へと割って入り、なるべく女子たちを逆撫でせぬようお願いする。
「うう、名残惜しいですけど、急がないとですね!」
 目をつぶって向こうに見えるスイーツの群れを遮断、藤咲 仁菜が立ち上がった。
「ニーナ、目は開けとけってば」
 あわてて駆けつけたリオンが彼女の手を取り、支えるが。
「見ちゃったら引っぱられちゃうかもだし! このまま! このまま外まで連れてって!」
「はいはい……」
「はいは1回!」
 賑やかに去って行くふたりに次いで立ち上がったのは不知火あけび。
「支払いって終わってますよね? じゃあ、急ぎましょう!」
 迷いがないのは、相方である仙寿がこんなときにどうするかを誰より理解していればこそ。ついこの前付き合い始めたばかりのはずなのにこの安定感。それまでに積んできた時間あってのものか。
 そして。
「従魔が数で蹂躙できると思い込んでるなら教えてあげないとね、現実を」
 伸べた手を央へ預け、そのとなりにマイヤ サーアが並ぶ。
「せっかくの機会、ゆっくり過ごしてほしかったんだけどな」
「気にしないで。気を遣ってくれていたのも、気を遣ってくれているのも知ってるから」


 現場は予想以上に混乱していた。
『数多いな!』
 リオンの声に反応し、一斉に向けられた従魔の目は100を越えている。それが一斉にしばたたき、一気に押し寄せた。
「でも!」
 共鳴体を主導する仁菜のライヴスが意志を映して白く燃え立ち、ロップイヤーをはためかせた。
 そうだよな、「でも」だよな!
 リオンの力が高められる。
 アイギスの盾を押し立てた仁菜はそのまま踏み出し、従魔の奔流へ我が身を打ちつけて。
「私たちは退かない!」
『ああ! 絶っ対、守り抜くんだ!』
 盾からあふれ出した清浄なる輝きが従魔の爪牙を砕き、弾き飛ばした。
 突進を止め、じわりと後じさった従魔群。
 それを見据え、仁菜が救国の聖旗「ジャンヌ」を突き立てる。
 侵入を拒む絶対領域を為した仁菜、その小柄な体はまさに鉄壁となり、心持たぬはずの従魔どもをおののかせた。
『ここから一歩だって進めるなんて思うなよ?』
 しかし、数では圧倒的に勝る従魔である。仁菜と対した同胞の左右から流れ出し、聖旗の加護を避けて進もうと企んだが。
「進めると思うな。それは仁菜からだけの通告じゃない」
 リオンの左から影さながらに伸び出した仙寿が、繰り足を見取らせるよりも速く従魔どもの眼前へと至り、左に佩いた守護刀小烏丸を抜き打った。
 EMスカバードの電界で加速された刃は手首、肘、肩を連動させたしなやかな挙動でさらにその速度を増して駆け抜けて――数拍の後、思い出したように1体の従魔の首が落ちたころにはもう1体の首をも落としている。刃を返すことなく二連斬りができたのは、切っ先から刀身の半ばまでが両刃の小烏丸だからこその芸当だ。
 そして。派手であることを心がけた立ち回りは、仁菜の負担を減らしてもうひとつの“影”を包み隠すがための装い。
『仁菜とリオンが誰かを守る盾なら、私と仙寿は誰かを救う刃だから』
 あけびの強い言葉にかすかなうなずきを返し、仙寿は従魔のただ中へ踏み込んでいく。
「盾と刃か。なら、俺たちはどうだろうな?」
 リオンの右に現われたのは、背に天叢雲剣を負った央。
『どうあるべきかなんてわからないけれど』
 マイヤのライヴスは噴き上げることもあふれ出すこともなく押し詰まり、純然たる力と成って央を内から押し上げる。
 かくて踏み出した一歩が、音もなくかき消えた。
『影か靄か、ワタシは気づけばそこにあるようなものでいい』
 叢雲のはばきがEMスカバードの鯉口をこすって固い音を立てたときにはもう、央は従魔群の背後へ抜けていて。
 振り向いた従魔どもが、自らの動きによって断たれた傷口を開き、崩れ落ちた。


 ひとつ所を差して集まり来た従魔群。
 互いの体を踏み越え、多くの人々が立て籠もった工場へ殺到する姿はまさに津波である。
 必死でそれを押し止めるエージェントたちだったが、いつしか彼らは従魔の波に飲まれ、その数を減らしていった。
『……仙寿。あそこ、破れそう』
 従魔を斬り飛ばす仙寿の内よりあけびが見とがめたのは、工場の脇にある通用口だった。エージェントの防御陣をかきわけてたどり着いた従魔により、すでに半壊している。
「リオン行ける!?」
『まかせろ!』
 仁菜と代わって主導を取ったリオンが、盾に換えて長剣を抜き放ち、突き込んだ。
 同胞を貫かれた従魔の目がリオンへ向けられる。
 それでもリオンは下がらずに前へ。
「一気に片づける!」
 正中線を隠して半身に構えた剣を右手ひとつで繰り、従魔の爪を切っ先で巻き取り、払いながら、正確に突き返す。
 宮廷での決闘に用いられたレイピアさながらの剣技は、彼が元の世界で修めてきたものなのだろう。長剣では剣先のしなりを使うことこそできないが、容易く刃を折られることもない。そこに彼の技量が加わればなおさらだ。
『仙寿!』
「ああ!」
 あけびへ応えた仙寿が身を巡らせ、小烏丸を大きく薙いだ。これは斬るよりも追い散らすためのもの。
 その意図のとおりに従魔は退き、仙寿とリオンに踏み込むための足場を作った。
 仙寿は肘打ちで1体を叩き伏せておいて次の1体へ片手突き、引き抜く際のひねりで3体めを斬り上げて、足元に転がった最初の1体を突き下ろし、そのまま進んでさらに上段からの袈裟斬りで1体を斬り斃す。
 左右へのステップワークを一切使わず最短で斬り抜ける戦いぶり、まさに剣士のそれである。
「ふたりともやるな」
 影のごとくに従魔の死角を突き、屠り続ける央が口の端に薄笑みを刻み、うそぶいた。
『でも、このままなら間に合わない』
 今にもぶち破られそうな通用口を指して言うマイヤ。
『跳ぶわ。央は避難誘導を』
 マイヤがなにを言おうとしているのかは知れた。しかし。
「共鳴を解けば戦えなくなる」
『囮は務まるわ。この場でいちばん必要な役割がね。それに一度くらいはスキルも使えるはず。あなたのライヴスが残る叢雲なら』
 迷っている時間はない。即断した央は、爪を振り上げようとした従魔の中心を突いて振り捨て、その反動に乗って跳んだ。
「リオン、借りるぞ!」
 それだけの言葉でリオンが「了解!」、両足を踏みしめて踏んばり、肩にかかった央の足を支えて押し上げた。
「来い!」
 その先にいた仙寿もまた、従魔の攻めを鎬で押し退け、肩を開ける。
 果たしてふたりの協力で高く跳んだ央が、空中で共鳴を解除し。叢雲を手にしたマイヤはそのまま下へ。そのマイヤから忍刀「無」を渡された央は先へと向かい、体を丸めて今まさに破られた通用口へと転がり込んだ。
 ……生身だってことは考えておくんだったな。
 したたかに打ちつけた背の痛みに顔をしかめながら、忍刀を杖に走る。共鳴を解いた以上はこの刀もお守り程度ではあろうが、念のために魔導銃を携えてきた。マイヤと合流するまで保たせられるかは怪しいものだが――
 保たせてみせる。独りきりにしないって約束だけは破れないからな。


 鞘に収めたままの叢雲でコンクリートを突き、前進を押し止めたマイヤは体を転がして横へ跳ぶ。
「それじゃあ見失うわよ?」
 あえて声音を発し、辺りを見回す従魔どもへ自らの居場所を知らせては、また跳ぶ。
『食いついたよ』
 音を抑えたあけびの声に、仙寿は意識をマイヤへ奪われた従魔へ小烏丸を打ち込んでいく。
『マイヤの足が保つ内に間に合わせる。使うぞ』
 共鳴していない、言わば生身のマイヤである。その力を十全に振るえないのは当然だが、従魔の爪牙で容易く命は損なわれる。ましてや共鳴体ならば感じずにすむレベルの疲労は、刻一刻と彼女を鈍らせていくのだから。
『うん。ここしかないって私も思ってた』
 仙寿とあけびのライヴスが指先から流れ出し、疾く、桜の花弁を映した影となって場へ退き荒れる。
 繚乱の花嵐に巻かれた従魔どもは意識を奪われ、マイヤを喰らえぬまま斃れ伏していった。

『もどかしいね』
 仁菜がぽつりと漏らす。
 形勢は徐々にエージェント側へと傾きつつあるが、それでも通用口の守備についたリオンは従魔を押し返すのに精いっぱいで、マイヤたちのサポートへ回ることができずにいた。
「大丈夫だよ、マイヤさんは。それに央さんも」
 と。そう返したリオンの表情は本当に本気で。
 ふたりのこと信じてるってこと、だよね。仁菜はそっとリオンを窺うが。
「ニーナの心がふたりのこと守ってくれるから、大丈夫!」
 思いがけない応えに、共鳴体のロップイヤーを大きく跳ねさせてしまった。
 えー! 私がいるから大丈夫ーっ!?


 魔導銃を頼りに攻め寄せる従魔群の逆へと一般人を誘導、路を開けてくれていたエージェントたちへ託し、央は再び工場を突っ切って戻りゆく。
 くそ、俺の足はこんなに遅いのか!!
 焦れる心を塞ぐように、追ってきたのだろう従魔どもが央へと迫った。
「おまえらなんかに喰われてられないんだよ、俺は――!」


 体勢を立てなおしたエージェントが順次加わりきて、戦局は一気に打開された。
 場を埋め尽くしていた従魔は今やいくつかの塊と化し、防衛戦は掃討戦へと切り替わりつつある。
 その狭間、冷めた面を引き上げるマイヤ。体に傷こそなかったが、心から切り離した疲労は色濃く、白い肌は酸素不足を示す紫で色づけられていた。
「あと、少し」
 央が戻ってくるまで、倒れるわけにいかない。
 私は央がすべてを預けられる存在でなければだめなのよ。
 央が信じてくれる、完全な存在に。
 始めはこんなことを考えていたわけではなかったはずなのに、気がつけば取り憑かれていて、駆り立てられていた。
 今ならわかる。私が央を行かせたのは、私だけで証明したい……これだけあなたの役に立つ女はほかにいないでしょうって言い張りたかっただけの、浅ましい欲だったんだって。
 自分への絶望が、疲れで痺れた足まで届いてもつれさせる。
 倒れ込みながら、マイヤは振り込まれてきた従魔どもの爪を呆然と見上げ、我に返って叢雲を抜き放った。
 すり抜けたはずだった。
 こんな雑魚に傷つけさせるはずがなかった。
 それだけの迅さが、自分にはあるのだから。
 刃に残された央のライヴスがマイヤのライヴスに点火し、繚乱を噴き荒れさせる。
 その風に身を巻かせ、従魔の陣を渡り抜けたマイヤは、額にはしる違和感に指を這わせた。
 赤く湿る、白い手袋。
 違和感は次々流れ落ち、純白のウエディングドレスを点々と赤で染める。
 血。
 思い至った瞬間。
 溢れだした。痛みが、疲労が、熱が、正気が。
「ああ、あ、あ、ああ」
 私は傷つけられた。完全でなければいけない私が、損なわれた。壊れた私は央の役に立たない、央の役に立てない。私を汚したのは――私を穢したのは――汚された。穢された。汚されて穢されて汚されて穢されて――
「あああああああああ」
 声音を追ってはしる叢雲が声音を追い越し、黒く塗り潰された視界に映る靄を斬り払い、突き抜いた。
 靄はいつしか形を成していた。
 どんなに斬っても穿っても沸き出してはその眼前に笑みを突きつける、あの女へと。
 消えて消えて消えてこの世界から央のそばから央と私の前から!
 遅い遅い遅い。こんなに遅いから払えない消せない殺せない。こんなものがあるから遅い。捨ててしまえばもっと迅くなって払える消せる殺せる。
 だから手にしていたものを放り出し、両手の先を女へ突き通して引き裂いた。


「マイヤ!?」
 異変に気づいた仙寿が一瞬足を止め、咄嗟に飛び退いた。
 生き残りの従魔群は眼前にまで迫っている。他の傷ついたエージェントを守るためにも、ここで陣を崩すわけにはいかない。しかし。
 仙寿の乱れた心をあけびのやわらかな声音が解す。
『私たちはまず終わらせるよ。大丈夫、もう行ってくれてるから』
 ああ、そうか。
 仙寿もまたあけびが指すものに気づき、息をついた。
「全員、陣を整えて俺に続け。向こうは、誰よりも頼れるバトルメディックに任せておいて」

「クリアレイも効かない! BSじゃないのか」
 リオンはエージェントを取りまとめて従魔にあたる仙寿よりもマイヤの近くにいた。だから彼女が傷つけられる様も、正気を失くして駆け出す様も、目の当たりにしていて。従魔に阻まれたとはいえ、なにもできなかったことに変わりはない。
 でも、下手に突っ込んでも巻き込まれるだけだよな。剣を向けるなんてできないし、俺はどうしたらいい?
『大丈夫だよ』
 彼の葛藤に応えたのは内の仁菜。
 彼女は共鳴体の主導を自らへと切り替え、通用口の守りを他のエージェントへ託して賭けだした。
『ニーナ、どうするんだ?』
「守る。マイヤさんの心を」
 リオンがあたりまえに信じてくれた、私の心で。
 かくて踏み込んだ仁菜の胸が裂け、鮮血が迸る。
 その血煙のただ中に、マイヤがいた。
 乱れた髪で覆われた、小さく丸まった背。
 仁菜を見上げた眼は酷く歪み、自らで食い破ったのだろう唇からはとめどなく血が流れ出していた。
「どうしているのどうして消えないのあなたはどうしてどうしてどうして央の前から」

 通信機を通じてマイヤの声を聞いた仙寿は思い至っている。彼女の狂乱の原因に。
『大丈夫だよ、仙寿』
 あけびもまた同じ答に至っていた。でも、それだからこそ、言い切る。
『――ああ、わかってる』
 仙寿はマイヤから意識を離し、従魔を唐竹割りに両断した。

 突き込まれたマイヤの手刀が仁菜の傷口を押し広げていく。
 しかし、仁菜は裂かれながら両脚を踏んばり、受け止めたマイヤへ空の両手を伸べて。
「どうしてマイヤさんが……なんて訊きません。わかったふりなんてしたくないから。だからきっと、マイヤさんを引き戻すなんてこともできないですけど」
 マイヤを抱き起こして抱きすくめ、ぐっと力を込めて。
「怖さなんかに負けてていいんですか!?」
 血がなくなりすぎてかすれそうな声音を振り絞る。
 言い切るまで震えない。伝えきるまで倒れない。だからリオン、私のこと支えて。
「マイヤさんが怖いのは迫間さんですよね? 信じられないんですか、迫間さんのこと」
「わ、たしは、央を。私は、ふさわしくない。央の――役に立たない」
 大きくかぶりを振るマイヤの顔を左右から挟み止め、無理矢理に自分と向き合わせて、仁菜は額を突き合わせる。逃がさない。マイヤさんを、マイヤさんの弱さから、絶対!
「マイヤさんは迫間さんが役に立つからいっしょにいるんじゃないのに?」
 これはわかったふりなんかじゃない。
 仁菜は知っているから。こんな狂態を晒してしまうほどに強い、マイヤの想いを。
「迫間さんを信じてくださいなんて言いません。でも」
 マイヤからそっと手を離し、笑んで。
「迫間さんがいっしょにいたいって願ったマイヤさん自身を信じて」
 崩れ落ちたマイヤの背を、ふわり。ぬくもりが覆う。
「あの人が見えてたんですよね。でも、そんな人はいないんです。だって、央さんが選んだのはマイヤさんじゃないですか。似てるから面影を重ねるとか、役に立つから置いておくとか、そんな器用な人ですか央さんは」
 あけびはマイヤを抱えたまま、やさしく叱りつける。
 真っ先に駆け寄りたかった気持ちを押し殺して、仁菜の邪魔をさせないために従魔を討った。だからもう私は堪えない。伝えるから。
「信じたい人がいて、その人が信じてくれる。だからいっしょにいられるんです。私と仙寿も、そうだから」
 マイヤが顔を上げた。
 冷たく歪んでいた表情を押し上げる熱は、たまらないほどの激情。
 あと少しで戻ってくる。央さんがいっしょにいたいって願ったマイヤさんが。それから私たちがいっしょにいたいって願って、いっしょにいられるって信じたマイヤさんが。
「マイヤさんがいっしょにいたい人、誰ですか?」
 マイヤの顔から歪みが抜け落ちて。
 呆然とした顔をさまよわせて、彼女は細い声で呼ぶ。
「央」
「マイヤ!!」
 応えたものは影なんかじゃない。
 霞などでもありえない。
 息を切らし、傷ついた右腕を抱えて駆け込んできた、央。
「央、傷を」
「俺の傷なんてどうでもいい。マイヤ、怪我してるじゃないか」
 央は汗も血も拭わぬまま、ただマイヤへと向かう。
「あ、あ。ごめんなさい――ワタシ、こんな顔で――ドレスも――」
 萎えた脚で立ち上がり、マイヤは央から離れようとする。呼んでしまったのは私なのに、あなたにこんな姿を見られたくなくて。誰よりも大切なあなたにそんな傷を負わせてしまった私を赦せなくて。
 しかし央はマイヤへ追いすがり、抱きしめた。H.O.P.E.の神速と謳われる男が形振りかまわず必死で追いすがり、技も業も尽くさず、ただ愚直に。
「頼むから逃げないでくれ。離れてるのはもう限界だよ」


 リオンに傷を癒された仁菜は、あけびと共に向こうで事後処理にあたっていた仙寿と合流した。
「もう大丈夫ですよね。迫間さんが来てくれましたから」
 央とマイヤからまぶしげな目を外す仁菜。
「あんなに想い合ってる人がいても、自分が壊れちゃうくらい不安になるんだね。でも、その不安をなくしてくれるのも想い人だけだから――」
 仙寿はこちらを見上げたあげびの肩を抱き、うなずいた。
 言わなくてもわかるだろうってのは日本人の悪い癖だ。だから俺は、態度だけじゃなく言葉でも伝える。
「俺はあけびのそばにいる。もし引き離れされたときはどこまでも追って行く。それだけだ」
 央とマイヤ、そして仙寿とあけびの様を交互に見比べたリオンは自問した。
 好きだから不安になって、好きだから満たされる。俺はニーナといっしょにいてどうなんだ?
 不安は、なかったよな。だって考えたことなかったし。だって英雄はいつ消えるかわからない存在だから、考えないようにしてきたんだ。考えたらそれこそ不安になるから。大切ななにかを守りきれないまま消えてくんじゃないかって怖くて――って、怖い?
 もしかしたら俺は、目を逸らしてきたんじゃないか? いちばん向き合わなくちゃいけないものから。本当にそれでいいのか? このままで、いいのか……
「リオン、どうしたの?」
 と、仁菜がリオンの顔をのぞきこんだ。
「なんでもない。でもさ、やっぱり仁菜はすごいな。ほんとにマイヤさんのこと守って、引き戻した」
「リオンが言ってくれたからだよ」
 あまりにもあたりまえの顔で仁菜が言うものだから、リオンは聞き返せなくて。
 そんな彼に背を向けた仁菜は胸中で噛み締める。
 リオンが私の心が守るって言ってくれたから。大丈夫だって言ってくれたから。私は私を信じられたんだよ。
 いつだってリオンは私がいちばん欲しい言葉と思いをくれる。だから私は大丈夫。
 リオンがいてくれるから、大丈夫。
 ――そんなふたりを見やる仙寿に、あけびがそっとささやきかけた。
「変わっていくんだね、みんな」
 言い換えれば、気づいていくということなのだろう。あけびとて仙寿と添うことになるなど、出会った当初は夢にも思わなかったのだから。しかし、ふたりで同じ時を重ねる中、気づいた。仙寿という存在に共鳴する自らを。
「ああ。俺たちや央たちとは別の意味で大変そうだけどな」
 今は見守ろう、ふたりの道行を。仙寿は応え、息をついた。


 マイヤがぽつりぽつりとこれまでの経緯を拙い言葉で綴り。
 央はそのひとつひとつにうなずいて、彼女を抱えたままへたり込んだ。
「央、傷が痛むんでしょう? すぐ仁菜ちゃんに」
「ふたりきりじゃなきゃ言えないこととできないことがあるから、まだいい」
 央はマイヤとまっすぐ目を合わせ、血まみれの彼女の髪を指先で梳いて。
「マイヤ。誕生日、おめでとう」
 え? 思わず見開かれるマイヤの両目。どういうこと? 意味がわからない。
「前に言ってくれたよな。俺と会って初めて今のマイヤ サーアが始まったんだって」
 痛みに眉をしかめながら、それでも右手でスーツの内ポケットを探り、なにかを抜き出した。
「だから、俺たちが出会ったこの11月5日をマイヤの誕生日にさせてもらった」
 そっとマイヤへ差し出されたものは、純白に染められた革製の小箱。
 央はマイヤの前に片膝をつき、両手で捧げ持ったそれの上部をゆっくりと引き上げて――
「央、これ」
 箱に収められていたものは指輪。
 中央部にはファンタジーカットで仕上げられた深黄色の石が据えられており、日ざしを照り返して荘厳な金を映す。
「11月の誕生石のトパーズだ。髪に合わせて青もいいかと思ったんだけど、マイヤの瞳と同じ色だなって思ったら、それ以外考えられなくなって」
 血で汚れた右手で箱から取り上げた指輪を、手袋を外してなお血にまみれたマイヤの左手へと近づけた。
「だめよ央、ワタシは汚れて」
 マイヤがあわてて引こうとした手を、央は包み込んだまま離さない。意志を込めて、想いを乗せて、繋ぎ止める。
「俺への不安でマイヤを傷つけて汚してしまった。これから絶対、同じ目に遭わせないなんて言えないけど……俺は全部受け止める。俺がそうしたいのは、ただひとり誓約を結んだ、俺だけの英雄だからだ」
 そう語る央の手には、この戦場でつけられたものではない傷痕がいくつも残っていた。もちろん手ばかりでなく、体の至る場所にそれはあるのだろう。幾度となく肌を重ねてきたのに気づかなかった。いや、気づきたくなかったのかもしれない。あの女を上回ることばかりに腐心してきた自分は。
 ああ。私が今まで完全でいられたのは、央が傷を全部引き受けていてくれたから。笑えるわね。そんなことにも気づかないまま、私は私を買いかぶって。
 なのに央は、そんな私を赦してくれていた。あの女――魔女じゃない私を。
 本当に私でいいの? こんなに醜くて浅ましい、少し傷つけられただけで濁ってしまう私で。いいわけがない。
「ワタシはあなたの運命の女じゃない。だってそれは」
 マイヤの迷いを吹き払い、強く。央はまっすぐに告げた。
「マイヤが俺のOne and onlyだ」
 かけがえのない存在、唯一無二の人。
 そして。
「俺と生きてくれ、マイヤ」
 マイヤの答は。
「あ」
 ああああああああああ。
 声をあげて泣きながらうなずいた。央の左腕にしがみつき、何度も何度もうなずいて、何度もかぶりを振って、またうなずいて。
 私のそばにいて、央。生きたい。行きたい。明日よりもずっと先まで、ふたりで。

「この傷、治るかしら」
 不安げに言うマイヤへ「大丈夫です! ハイクラスバトルメディックを信じてください!」、先に受けた謝罪を笑い飛ばした仁菜は思いきり保証し、眉間に刻まれた傷をケアレイで癒した。ついでに泣き腫らした目も。
「俺は残念ながら証人になれないけど、気持ちだけは込めさせてもらう」
 仙寿があけびの記入した署名に指を乗せ、しばし目を閉じて祈る。央とマイヤが末永く幸いであるように。
『俺も祈るからね。ふたりなかよくいつまでも!』
 仁菜の内で力いっぱい念じるリオン。ただし、その真摯な思いの端にほんの少しだけ、別のなにかが潜められていたのだが……ともあれ。
「いってらっしゃい、央さん、マイヤさん」
 あけびが自分の署名入りの書類を央へ渡し、笑みかける。
「ありがとう」
 クリアファイルに収めた書類をビジネスバッグに収め、新しいスーツに着替えた央がマイヤに左手を伸べた。
「行ってくるわね」
 その手を取って、マイヤが左手を見送る4人へ振る。その薬指には、清められた後あらためて央に贈られたトパーズの指輪が輝いていた。

「まだいくつも解決しなくちゃいけない問題はあるけどな」
 彼が右手に下げたバッグの内には、親友とあけびが署名してくれた婚姻届書が収められている。
 これを役所に提出すれば、そのときからふたりは心ばかりでない結びつきを得ることになるのだ。
 それを思いながら、マイヤは小さくかぶりを振った。
「飛び越えていけるわ。ふたりなら」
 ねえ、央。私はもう、自分が影や霞であればいいなんて思わない。あなたのFemme fataleじゃないなんて怯えない。
 あなたがOne and onlyだと信じてくれた、マイヤ サーアであることをこそ誓うから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【迫間 央(aa1445) / 男性 / 25歳 / 素戔嗚尊】
【マイヤ サーア(aa1445hero001) / 女性 / 26歳 / 奇稲田姫】
【日暮仙寿(aa4519) / 男性 / 18歳 / 八重桜】
【不知火あけび(aa4519hero001) / 女性 / 20歳 / 染井吉野】
【藤咲 仁菜(aa3237) / 女性 / 14歳 / 迷い兎】
【リオン クロフォード(aa3237hero001) / 男性 / 14歳 / 悟り王子】
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2019年02月04日

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