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『間奏曲、オリオンの下で 』
紫 征四郎aa0076)&木霊・C・リュカaa0068

 世界の命運を懸けた戦いだった。

 ――なんて言っても、未だに実感は曖昧で。
 それでも起きた戦いは現実で、負った傷も本当で――

「っッ――!」
 紫 征四郎(aa0076)は布団の中から飛び起きた。ドク、ドク、心臓が痛いほどに脈打っている。
 世界の命運を懸けた戦い。世界が終わるかもしれない瞬間。もう二度と明日が来ないかもしれない予感。頑張らないと、自分達の手に懸かっているんだから――前向きとは、弱さを赦さぬ鞭でもある。飲み込んでいた筈の不安は悪夢となって、まだ幼い少女の心を絞め付ける。
(ひどい……あせ……)
 征四郎は肌着をじっとりと濡らす生温い汗に眉根を寄せた。肌着が濡れたままだと体が冷えて風邪をひくぞ、という第一英雄の言葉を思い出しては、彼女はそっと布団から抜け出した。今は大事な時期なんだ、風邪をひいている場合じゃない。それから酷く喉が渇いたから、水分補給も……。
 など、ゴソゴソしている内に、征四郎は自分の眠気がすっかり消えてしまっていることに気が付いた。布団に戻って無理矢理目を閉じるという手もある、だが、終末の悪夢を思い出しては、気も進まない。
 月明りを頼りに時計を見た。真夜中だ。朝は遠い。どうしようか、と征四郎は溜息を吐いた。それから、眠気が来るまで少し外を散歩しようと思い立っては、寝間着から温かい格好に着替えて、英雄を起こさないように廊下をそっと歩いて、ゆっくりと玄関から出た。
 散歩、と思ったが行く当てなど思い付いておらず。白い息を吐いた。いたずらに足を動かし始める。
 そんな時だった。

「どうしたの、お嬢さん。眠れない?」

 背後から急に声をかけられて――でもそれは聞き馴染んだ声で。征四郎が振り返れば、そこに木霊・C・リュカ(aa0068)が立っていた。共鳴していない状態のリュカは重度弱視者で、しかも夜の暗がりの中で、どうやって征四郎を征四郎と見分けたのだろうか。そんなことを思いながら、征四郎は「リュカ……」と彼の名前を呟いた。
「あ、やっぱりせーちゃんだ。よかったー、人違いだったらお兄さん通報されちゃってたよ!」
 冗談っぽくリュカは笑った。「せーちゃんだ、って思ったから。なんとなくだけど」とその隣に、白杖を突きながら並ぶ。今の彼には、征四郎の姿はボンヤリとした人影だろうに。それでも見分けてくれたことに、征四郎は一抹の……優越感のような喜びを密かに感じる。
「手をつなぎましょう、夜道はあぶないのです」
 杖を持つ方とは反対側の手、征四郎は自分より大きな手を握った。少し冷たい手だ。
「リュカの手、つめたいのです……征四郎があっためてあげます!」
「今夜も冷え込んでるからねぇ。うん、せーちゃんの手はぽっかぽかだ」
 きゅっと握り締める子供体温。温度という命の証明。戦場において征四郎は凛々しい戦士であるが――この子はまだ、小さな子供なんだなぁと、リュカは改めて思い知る。
「コンビニにでも行ってさ、お夜食たべちゃおっか。あっつあつの肉まん!」
「いいですね! さんせいです!」
 ちょうど目的もなく、どこに行こうか悩んでいた時だった。リュカの提案に、征四郎は頷く。

 ――深夜。
 夏や秋は虫の声が聞こえたものだが、冬の夜はどこまでも静かだ。シンとしている。
 吐く息は白く、空気は冷たく。澄み渡った空には、キラキラと星が瞬いている。

「今日はよく星がみえます。オリオン座は、とてもはっきり見えますね」
 ゆっくり、目の悪いリュカの為に周囲に気を配りながら。征四郎は「あそこです」とかじかむ指でオリオン座を指差した。リュカは少女の輪郭を頼りに空を見上げる。夜だからサングラスは着けていない。色素のない目に星の粒は見えない、だけど、光は確かに感じた。
「本当だ……綺麗だね」
 冬の冷たい空の中に、白く散りばめられた光達。共鳴時に見える光景と、本で得た知識と、そして征四郎の声を繋ぎ合わせて、リュカは頭の中にオリオン座を描く。リゲル、ベテルギウス、ベラトリックス……。
「オリオン座のベルトの左下の方向に、シリウスがあるよ」
「左下……あれですね!」
「シリウスはね、太陽を除けば、地球から見える一番明るい恒星なんだって」
「へぇ〜!」
 リュカは物知りなのです、と征四郎は星空を見上げている。……そこから少し視線を逸らせば、同じように空を見上げているリュカの横顔。星灯りに照らされる白い肌、細められた赤い瞳。
 と、その時だった。横合いから風が吹いて、征四郎の視界に髪が入る。少女は反射的に目を閉じる。
 暗い、瞼の裏だ。
 そうしたら、なんだか――「このまま目を開けたら、リュカが消えていなくなってしまっているかもしれない」、そんな想像がふっと心の中に湧いて出て。
 ありえないって分かっている。だって今も手を握っているんだから。
「うー、冷たい風だー……せーちゃん大丈夫?」
 ず、と鼻をすする音が隣からして。征四郎は目を開けた。隣にはリュカがいる。当たり前だけれど――隣に彼がいることに、征四郎の心に安堵が灯った。
「はい、征四郎はだいじょうぶなのです」
「ん、……そっかそっか」

 ――そこから、数十歩分の沈黙。

 今更、沈黙が気になるような間柄ではない。
 ない、はず、だ。けれど。

「……ブジで、よかった」
 気付けば俯いたまま、征四郎はそう呟いていた。次もそうあって欲しいと願い、握った手に少しだけ力を込める。
「いやー、あれは流石に駄目だったね!」
 リュカは眉尻を下げて笑った。王の鎌を奪取せんとした時のことだ。あれは人間に扱える代物ではない、その莫大なコストは一瞬にしてリュカの生命力を消し飛ばしたほどだ。
「リュカはとても勇気があって、とてもあぶないことも、するりとしてしまうから……」
 果てしない泥海の光景。無尽蔵の王の兵。凡そ人智を超えた王という絶対者。一瞬の気の緩みで全て飲み込まれてしまいそうな、圧倒的な絶望。掲げる希望の灯火を、容易く吹き消してしまいそうな漆黒。思い返せば恐怖が走る――だけど、自分達が戦わなければどうにもならないことを、征四郎は理解していた。
「世界の明日を、まもるため……みんなの、かけがえのない未来のため……征四郎たちは……かちとらなければならなくて……」
 みんな。それは英雄達のことであり、友人知人のことであり、名前も知らない数多の人々の為であり。征四郎の言うことは“正しい”。理想的なほどに。だが、少女の物言いは弱々しく、紡ぐにつれて小さくなる。遂には数秒の間ができた。その間、リュカは決して急かすことなく、征四郎の言葉を受け止めていた。
 それから、ようやっと。
「……でも、本当は、リュカにはブジでいてほしい……」
 か細く絞り出した、それが征四郎の本音。
「――そっか」
 リュカは繋いだ手を握り直した。――この小さな少女が自分に向けている“特別な感情”を、彼は理解している。把握している。そして自分もまた、彼女と同じ想いを――いや、きっと少女より大人な分、いろいろと不純で狡猾だろうけれど――小さな彼女へ向けている。
 もしかしたら、次の戦いではどちらかが、死んでしまうかもしれない。
 だったら今、全てを打ち明けてしまえ。自分のモノにしてしまえ。彼女、不安がってるぞ。お前で満たしてしまえばいいじゃないか。心の中の悪魔がリュカに囁いた。ああ、狡いし汚いなぁと自嘲する。こんな状況なら、NOなんて言えないじゃないか。それは不平等だ。無理矢理に等しい。
(十八になるまで――)
 手も想いも出しません。自分自身に、リュカは改めてそう告げて。なんてことない、へらりとしたいつもの笑みを、少女に向けた。

「ずっとずっと最初から、君の物語と一緒に戦ってこれたから。俺はきっと数多の物語の読者で、モブで、脇役で、世界で一番幸せな主人公なんだ――ありがとう、俺のヒーロー」

 視力のない目、それでも輪郭と気配で、征四郎がリュカの方を見上げたのを、彼は見た。多分、目が合っているのだろう。冷えていたリュカの手は、温かい征四郎の手に包まれて、すっかり同じ温度に混ざっていた。
(もし……俺より、せーちゃんにとって素敵な男の人が現れたとして……)
 握ったこの手が、離れる時が来るとして。その時はその時なのだ、と、リュカは曖昧な視界の中、征四郎の目があるのだろう位置をじっと見つめる。
(大丈夫、待つのも諦めるのも堪えるのも、人より得意なつもりだから)
 飲み込んだ言葉、向ける微笑み。まあ、彼女が十八の時、リュカは三十九なのだが。それでも、年の差を理由に「ごめんね諦めて」と突き放せない自分を、狡い大人だなぁと嗤った。
「――、」
 征四郎は笑みを返した。それから勇気を出して一歩、一瞬だけ、大きな体にむぎゅっと抱き着いて。
「ほら! コンビニ、いきましょうっ! こばらがすいてきたのです!」
 ぱっと離れるや、表情を花咲かせながら歩き始めるのだ。
(……もう少し、もう少し、“明日”はもう見えているのです。でも、)
 今はまだ、この手の温かさを感じていたい。――なんでか泣きそうになって、髪をかき上げる仕草に見せかけて目元を拭って、征四郎はリュカの手を引いて行く。

 ――二〇一九年、世界が終わりそうになっていた日の出来事。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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紫 征四郎(aa0076)/女/10歳/攻撃適性
木霊・C・リュカ(aa0068)/男/31歳/攻撃適性
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2019年02月06日

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