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『恋の春の違う楽しみ方 』
アルヴィン = オールドリッチka2378)&沢城 葵ka3114)&水流崎トミヲka4852)&ユリアン・クレティエka1664)&フレデリク・リンドバーグka2490)&エアルドフリスka1856)&藤堂研司ka0569)&ジュード・エアハートka0410

「……ちょっとぉ、そんなに見つめられるとやりづらいんだけど?」
 自らの手元に注がれる視線を感じつつも、黙々と作業を続けること数分ばかり。一向に飽きる気配がないのに根負けして葵がそんな言葉と共にじとっとした視線を向けると、テーブルを挟んで対面に座るアルヴィンはしかし満面の笑みを崩さず、
「綺麗だネ、アオちゃん」
 と状況が状況でなければ口説き文句のような台詞を吐き、きらきらした眼差しを寄越してきた。アルヴィンさんってば大胆ですね! と、彼の隣の隣の椅子に座るフレデリクが楽しそうに言い、葵の隣にいるジュードがそれに乗っかる。イベント事になると率先し遊びたがるアルヴィン、そして普段は年齢以上にしっかりした常識人ながらお祭騒ぎが大好きでノリもいいフレデリクという、小隊でも随一の見た目と中身のギャップが凄まじいコンビに挟まれるエアルドフリスは呆れ顔でツッコミを放棄して自分の仕事をこなしていた。ニュアンス的に、触れれば自らにも飛び火するのが目に見えているというのもあるだろうが。尚、はしゃいでいる片割れは彼の恋人だ。背後ではキッチンに立つ研司が包丁で何かを刻む音と、ユリアンが不要な物を除けるのに確認を取り、それに研司が答えて礼を付け加えるというやり取りが行なわれている。
 仕事柄明日をも知れぬ身だから――なんて大層な理由ではなく、単にその時々の行事を全力で楽しむスタイルのアルヴィンが例の如く発案したのがチョコレートパーティーだ。そして自分たちも色々言いつつ参加するのがすっかりお約束になっている。ただし今回は各地で戦況が目まぐるしく変動している為に連絡すら中々取れず、結果チョコレートが余りに余ってしまった。普段なら研司は料理でジュードは菓子系、葵は二人ほどの腕前ではないがどちらも得意といったふうに自然と役割分担が出来ているのだが、何せピンポイントだ、被っても仕方がない。そこから紆余曲折を経てジュードの案を採用する形で道行く人に配る用の菓子を作っている。
「あたし一人で考えたわけじゃないけどね」
 纏まった数が完成したので一旦手を留め、軽く肩を動かしながら言う。綺麗に焼き上がったチョコレートマフィンにチョコレートソースをかけ、その上に苺やナッツをバランスよく配置してある。色味的にもっと派手でもいい気がするが、即席なので致し方ない。自らの目前にあるそれらを正面の三人に配分し、ジュードの前にある素のマフィンを幾つか拝借する。これで最後だよーと笑うジュードはさすが本職というべきか単純作業でもとても楽しそうで、そして自ら営む菓子店「極楽鳥」のアドレスカードを添える辺り商売人としても抜け目ない。実際に大部分が彼の担当で、葵は案を出したり飾り付けを手伝ったりしているだけなので構わないが。後ラッピングの監修も。そちらも手品に機械修理、調合と手先の器用な面子に任せているだけあっていい感じだ。アルヴィンとフレデリクは手より口のほうが動いている気がするが何故かペースはエアルドフリスと大差ない。
 マフィンの用意が終わったらパーティーの準備と配りに行く班に分かれて、終わり次第合流。知り合いがいたら巻き込んでいざスタート、といういつもの流れだ。ふと葵の視線は開けっ放しの引き戸の先に注がれる。毎度のことながら――とそっと溜め息を零した。

 ◆◇◆

 毎度ながら奴のリアルブルー知識と人脈はどうなっているんだ、とエアルドフリスはアルヴィンを小一時間問い詰めたい気分で一杯になった。
「エアさん……どう、かな?」
 と、何故か妙なところで自信なさげなジュードは恋人の欲目を抜きにしても大層可愛い。こういうとき照れ隠しで曖昧に濁すのは厳禁といつぞや助言を寄越したのは葵だったか。少なくとも小隊では他に心当たりがない。
「ああ、よく似合ってるぞ」
「そっかぁ……良かった!」
 先程と違い長い黒髪を撫でれば、安心したように表情が緩む。猫のように頬を擦り付けて目を閉じて、それでも笑んだ口元から嬉しさがよく伝わってきた。
 そんなジュードの格好はといえば制服だ。セーラー服にカーディガンとパーカーを重ねた防寒仕様で、スカートの丈はそこそこに黒のハイソックスを履いているという出で立ち。彼は実際に若いし似合っているので全く問題ない。見ず知らずの人間に見せることに対しては思う所があるにしろ。
 しかし、普段料理をしない自分が敢えて混ざりに行く必要もないと料理班に加わらなかったら制服を着る羽目になるとは思いも寄らず。去年の誕生日に気心の知れた年下の友人たちからおじさんと言われた身でこれは如何ともし難い。何故これしか用意しなかったのかと歳は然程変わらないのに違和感皆無のアルヴィンを渋面で睨みつつ思う。ジュードと同様に女物を着ているフレデリクも勿論自然だ。きゃっきゃと楽しそうにしている様は兄妹にも見える。
「せめてスーツを用意してもらいたかったところだ」
「? エアさん、嫌なの?」
「これっぽっちも似合ってないだろう」
 不思議そうな恋人にそう返して嘆息する。無難に済めばいいんだが、そうはならんのだろうな――アジトに向かう途中、助手のユリアンにそう零したとき、彼は困ったように笑い、しかし全く否定しなかった。何某かの惨事が起きるのもその後始末をする羽目になるのも予感していたとはいえ、これは予想外で。渋りつつも何だかんだで来た結果この有様である。溜め息も出るというものだ。
「んー……スーツ姿もカッコいいけど、俺はこういうのも好き」
 当人同士にしか伝わらない、迂遠な言い回しによる駆け引きも楽しいものだが。何の裏もない、シンプルな言葉が刺さりやすいのは真理だ。まあ相手に寄るところも大きい。咳払いした後、短くそれは良かったと返せば、ジュードは何も言わず楽しそうに笑った。

 知人と会わずにいるのは運がいいと言わざるを得ない。見知らぬ美女に話しかけられようが巧みに躱しつつ、マフィンを捌きつつ。ふと一人の男がエアルドフリスの前を通り抜けてジュードの前で止まると軽薄そうな笑みを浮かべた。胡散臭さを感じ取ったのだろうが、顔色一つ変えず営業スマイルで対応する彼に男が話しかける。やけにねっとりした細い声で、
「俺の恋人に何の用事がおありかな?」
 気持ち強めの語調で男の言葉を遮り、ジュードの腰に手を回して引き寄せる。にこやかな笑顔の体裁を取り繕うが、内では逆の感情が煮え滾っていた。当然隠す気もない。受け取る間もなく情けない声で謝って逃げる男の背を見送る。答えが判っているとはいえ目の前でナンパなんて冗談じゃない。密かに安堵の息をつくと顔を赤らめたジュードが見上げてきて。その向こうに、無垢な目を輝かせるエルフコンビの姿が見えた。

 ◆◇◆

 世はバレンタイン。腕を組み幸せそうに歩く男女が急増している、そう感じるのはトミヲの気のせいではないはずだ。こちらに来て友人は増えども恋愛事では安定のぼっちを貫く日々。
(もうね、この歳になると特に気にもならないし? チョコレートを貰わなくたって余裕のヨ。ヨ。ヨ)
 と脳内で誰にともなく言い訳し、
(え、この包みは何かって? ははは、うちにあったお菓子さ)
 と遠い目をする。一人暮らしで恋人もなし。となれば買った人間は――いや、追及するのは悲しくなるのでやめよう。公園のベンチに腰かけて包みを開け、中のトリュフチョコを頬張る。物がいいだけにより深い悲しみを背負い、よく味わいつつも一気にむしゃむしゃと食べて息をついた。遠くを見る眼は澄んでいるが逆光になっていて周囲からは見えない。まあ皆自分の恋人に夢中だけども。
 今年こそキャノジョを作るのだという意気込みを抱き早一ヶ月と半月。未だその意志を失ってはいないが、今直ぐ悲願が実る可能性はおそらく微粒子レベルだ。夏、夏までにはイケるさと大して行動を起こせていない現実から目を逸らしつつ自分を鼓舞する。明日から頑張るというアレだ。そう決めてしまうと朗らかな気分になって、公園よりも更にカップルが多いだろう街でイイカンジの空気を味わうのもいいなと思い至る。チョコも食べ終わったことだし、と、早速行動に移すことにした。

 ふらふらと彷徨っている間に疲れてくる。現在はハンターが生業といっても後衛職では体力が付くはずもなく、実年齢と体型相応のそれが限界を迎えて心が虚無に近付く。疲れたときには甘い物、しかし手持ちは食べてしまった。と、急激にやつれ出すトミヲの鼻先にふと甘い匂いが漂う。
 いつの間にか着いた郊外、謎の人の輪から抜けてきた男女が笑顔で横を通り過ぎる。その手には綺麗に包装された、シャレオツなチョコマフィンが――!
「ヤァヤァ、トミヲ氏! 元気にしてたカナ?」
 吸い寄せられて向かった小さな家の前には特徴的な語調で訊きながら爽やかな顔を向けてくるアルヴィンの姿があった。そんな正統派美形は何故だかブレザーを着ている。懐かしい。
「アルヴィンくんは何でその格好なの……?」
「余ったチョコレートを配ッテるんダヨー!」
 話が噛み合っていないのは気のせいじゃない。本人が楽しければそれでいいかぁと納得していると、更に続ける彼にパーティーに誘われる。
「お一つ、いかがですか?」
 これまたブレザーを着た美少女がトミヲに件のマフィンを差し出す。エルフに制服とは何とも言えず――と考えつつもお礼を言って受け取った。時間差であれ? と首を傾げる。視線は胸元をすっと見て顔に戻る。嫌な顔などしないどこからどう見ても可憐な美少女だが、そういえばいつぞやの依頼で一緒だったような。それにアルヴィンの小隊は確か。
「ゲェッ……」
 つい漏れた声は聞こえていなかったらしく二人揃ってきょとんとする。適齢期の女性を前にするとついキョどる自分の性質が反応しないことからも疑いようはなく。まさかの男子会だと……!? と震撼した。しかし裏を返せば依頼で一緒になったことも多い面子で男のみ、気後れの心配もないわけで。
(いや、いいな、楽しそうだな。僕もヴァレンタインの思い出欲しい!!!)
 とテンションを爆上げしたトミヲの返答は言うまでもなかった。

 ◆◇◆

 主が不在がちな小さな家とはいえ、現在八人のメンバーを擁するアジトの居間はそれなりに広く、テーブルも大きい。しかし来客が多ければ座るスペースが足りなさそうで、とりあえず並べた八枚の座布団を眺めながらユリアンは顎に手を添え思案した。研司と葵の二人で分担している調理も既にほぼ片付いていて、外に出た組もそろそろ戻ってくる頃合いだ。それぞれの好みや食べ合わせを考え、研司や葵、ジュードには馴染み深いだろう東方のお茶から、気温や湿度など茶葉の栽培環境によって特色の出た紅茶まで色々と持ってきてある。今くらいに淹れたらちょうどいいかなと思い台布巾で一通り拭いてから台所へと踵を返した。
 先程までは甘い匂いが充満していたが、今はうっすら香る程度だ。食欲をそそる反面でつい先日の記憶がユリアンの脳裏をかすめる。
 妹の手作りチョコの生贄――もとい試作品の味見に付き合うのはまあ今に始まったことではないのだが、今年は諸般の事情から彼女の発する圧が半端なく。
(ははは……)
 思い出すだけで乾いた笑みが浮かぶ始末だ。自業自得なので仕方ないといえば仕方ない。そんな一幕を経験した後のこの料理好き二人と、菓子店経営のジュードという布陣は頼もしい限りだ。何も気にせず楽しんで食べられる、そんな当たり前の尊さを有難がる。自分自身も家事は一通りこなすし、稀なエアルドフリスの料理もそれはそれで好きだけれど。
「どう? そろそろ終わりそうかな」
 食器棚からティーポットを取り出しつつ横目で訊けば、小さく鼻歌を歌っていた研司が一旦手を止めこちらを見た。にっと歯を見せて自信満々といったふうに笑う。戦闘時後ろから支援してくれるのとは違った頼もしさがある。
「ばっちりの出来だ! 手が空いたら、運ぶのを手伝ってくれると助かるな」
「勿論、そのつもりだよ」
 皿に盛りつける間に淹れ終わるはずだ。使っていないコンロに水の入ったやかんをかけ、茶葉を一つ取り出す。紅茶の中でも特に体が温まるとされる物を選んだ。癖が少なく飲み易いのもポイントが高い。温めたティーポットに茶葉を入れて、沸騰したお湯を注ぐ。待つ間に何をしようと考えつつ葵を見てふと思い出すことがあったが、それを口に出すより先に、玄関扉の開く音がした。
「ああ、トミヲさん。いらっしゃい」
「お邪魔するよ。……あれ? ユリアンくんも用事、なかったりする?」
 待望のゲストだと大歓迎されているらしく、師匠以外の三人に押し込まれるようにして入ってきたのは依頼で度々一緒になっては助けられているトミヲだった。何故か怪訝そうに見ながら訊かれたので素直に頷く。
「……こいつらこんなイケメンなのに、彼女いないとか嘘だろ」
「え? ごめん、聞こえなかった」
 独り言のようにぼそぼそ何か言ったのは聞こえたのだが、内容は聞き取れなかった。急に真顔になったのでますます気になったが、彼は誤魔化すように口角を上げサムズアップする。アルヴィンも同じようにしたが多分こっちはよく分からずにノリでやっていると察した。普段実は周囲の状況をよく見通しているのに、変に疎いところがある。現に今日もただイベントに乗っかってわいわい遊びたい、くらいにしか考えていないのだろう。そのお陰でとても楽だったけれど。と軽く振り返りつつ靴箱の上のカレンダー、今日の日付のところの赤丸を見た。

 ◆◇◆

 ナイスタイミングでお手洗いに席を外したトミヲが戻るところを呼び止めて手招きする。研司と彼は投石機を破壊しに行ったり肉体美を競い合ったりと依頼で一緒になった以外にも、共通の友人――と一口に言っていいのか分からないが、とにかく縁はあるほうだ。ちらっと居間を覗けば皆で分担して準備をしているのが見えたが、こちらに気付いたらしいフレデリクが、笑顔で小さく手を振ってくれる。心配は要らなさそうだ。
 キッチンまで来てもらって、手短に事情を説明する。話を聞いて冷蔵庫の中身を見たトミヲは興奮したように声を上げて、そして自らの口をはっと塞いだ。どのみち賑やかなので向こうには聞こえていなさそうだが。はしゃぐ十代二人と我らが隊長を年長組が窘めて、間に挟まれたユリアンが困った顔をしているのが目に浮かぶ。そんな概ね合っているだろう予想に笑いながら、トミヲにも例の物を渡した。
「それじゃあ、打ち合わせ通りによろしく!」
「オッケー!」
 実にいい笑顔で応じたトミヲと共に戻れば既に準備万端といったところだった。自分を含め銘々に座ったのを確認し、ざっと部屋を見回す。ハート型のガーランドやらバルーンやらで飾り付けられた空間はどう考えても自分には似合わないが、単にバレンタインを模しているだけじゃないと思えばアリだ。いつもなら主催者らしくアルヴィンが乾杯の音頭を取るところを、挙手と一緒に元気よく声をあげたジュードが遮る。七人で顔を見合わせ、
『誕生日、おめでとー!』
 ぴったり合ったのはそこまでで、後はばらばらの呼び方に音が混じり合ったが。それでも同時にクラッカーを引いたときの音は小気味好くて幾つになってもわくわくするものだ。アルヴィン、アルヴィンさん、アルヴィンくん、リッチー、オールドリッチと色々な呼び名で話しかけられる本日の主役は、本気で自分の誕生日でもあることを忘れていたようだ。挨拶をしようと中途半端に口を開けたまま、暫し沈黙する。そして皆が不安になるだけの間を置いてようやく再起動した彼は、いつものような無邪気な笑顔とは違い、そっと柔らかく微笑む。次の瞬間には、
「みんな、アリガトウなんダヨー!!」
 と、また見ているだけで元気が出るような表情に戻ったが。それでも瞳はほんの少し、穏やかな色を帯びていた。
「去年もイッパイイッパイ、楽しい思い出が出来たカラ、今年も一緒に遊んでクレルと嬉しいナ!」
「勿論ですよ!」
「リッチー、それは水臭いよ?」
「あんたの思いつきに振り回されるのはいつものことだろう」
 三者三様の反応。しかし言葉はどうあれ、意味は結局のところ同じだった。戦う時に都合がいいとか、そんな利害関係だけだったならこうして集まる理由などないのだ。それは客人のトミヲも同様で。戦いも日常もイベント事も全ての物事に意義がある。
「冷めないうちにご飯いただいちゃおうか」
 和やかな空気がゆるりと馴染む頃を見てユリアンが提案する。研司が料理長として召し上がれと声をかけ、全員でいただきます、と手を合わせた。半数が制服姿のままなのが結構シュールだなあ、とちょっとだけ思いつつ。
 パスタやサラダ、ハンバーグなどの洋食が中心のメニューが所狭しと並ぶ。頻繁には足さないが味見もしているし、葵も太鼓判を押していたから大丈夫のはず。思いながら、研司もカトラリーに手を伸ばした。

 ◆◇◆

『かんぱーい!!』
 と、隣のジュードとグラスを合わせて、フレデリクはまずは一口、チョコレートリキュールを運んだ。濃厚な甘さに混じったアルコール特有の刺激が喉を通る。しかし度数の割には凄く飲み易い。
「ん、こちらは随分と黒いな?」
「そっちはブラックチョコレートなので! 甘いのが良かったら、これかあっちですね」
「――いや、俺は絶対に飲み比べはせんぞ?」
 ジュード越しに心底嫌そうな顔を向けられ、ふふっと笑みが零れる。師匠と助手の二人は揃ってお酒に弱く、ユリアンはパーティーの終わり際に少しだけ呑むこともあるが、エアルドフリスは一滴も呑まないのが常だ。逆に超がつく程のうわばみなのが葵で、辛いほうが好みというギャップ付き。フレデリクは皆で呑むのが好きなだけでお酒自体にはあまり詳しくなく、チョコレートリキュールの存在も今日のパーティーに使いたいという話を聞いて知った。ちなみに、フレデリクの家族のつてで紹介してもらったお店に葵と一緒に買いに行った物だ。彼女の知識と経験の豊富さは大変ためになる。
「そういえば……このソースにもチョコレートが入ってるんだよね」
「ああ、そうそう。今日のメニューは全部、隠し味にチョコを入れてあるんだよ」
 うっすらと湯気が見えるカップを師匠に渡しながら言うユリアンに研司が頷く。毎回趣向を凝らしているとはいえ、今回はさすがにケーキだけだと予想していたので意外だ。ソースを多めにつけて食べてみる。変わらず美味しい。そしてコクがある気がする。
「前に葵さんが作ってくれたんだっけ? あの時のソースも美味しかったな」
「そんなこともあったわね。オールドリッチのアレは凄かったわぁ」
「アレって何ですか?」
「巨大なチョコレートの像が出現してなあ……あれはいつだったかねえ」
「エアさんがおじさんっぽいこと言ってる……」
「疲れたケド、楽しかったヨ♪」
「アルヴィンくん、きみ何やってるの……?」
「あー、何か色々飾ってあったなあ。……最後は凄いことになってたが」
「ちょっと、思い出させないで!!」
 研司の言葉を聞いた葵が自分の体を抱き、ユリアンが苦笑いする。ジュードとエアルドフリスに至っては何処か遠い目だ。その像の話はアルヴィンから聞いていたが、何せ彼の語り口なので普通に面白く思っていた。しかし現実は残酷だったらしい。まあでも、たまに大惨事を引き起こすのもいつものことだ。
 みんなでわいわいと話しながら、美味しい手料理とお酒に舌鼓を打つ。親兄弟と一緒にいるときとまた違った楽しさがあった。五年後、十年後にはどうなっているだろうか。邪神を倒せばそれで万事解決とはいかないにしろ、少しずつハンターの手も必要なくなって、多芸な人たちだから皆今以上に忙しくなるのかも。フレデリク自身も手が空いたら機導装置の扱いをもっと勉強して店を持つ夢に全力で奔走するつもりで。ふと湧いた寂寞の念を振り払ってリキュールを煽った。どうせ未来を想像するなら楽しいことがいい。例えばエアルドフリスとジュードがついに結婚して――多分そんなに変わらなさそう。アルヴィンとはいつまでもお茶を飲みながら、面白い話をしていそうな気がする。背が伸びて男らしくなるかもと自分の姿を想像してみたりもした。
 楽しくなってきて思わず笑う。笑い声は潜めたものから賑やかなものに変わっていった。

 ◆◇◆

「ねぇ、これでもダメですかー?」
「いや、すっごく近いんだけど!」
 キッチンから戻ってくると何だか大変なことになっている。隣のトミヲにしな垂れ掛かるフレデリクの声は甘ったるく、あ、酔ってるなこれ、と顔を見なくても分かった。
「ジュードさん〜、トミヲさんが構ってくれないよ〜!」
「うんうん、分かったから。俺今ケーキ持ってるからね、後で聞くね」
「絶対だからね?」
 長机の前に戻るなり絡んできた彼は頷けばあっさりと脚に抱きついていた腕を解いた。絡み酒ではなく素が出るだけなのだ。取り分ける用のお皿とフォークが乗ったテーブルの真ん中にチョコレートケーキを置く。メッセージプレートはアルヴィンのほうに向けて。後、気になったのでフレデリクのブレザーのボタンを留めて、緩んだリボンも直す。からかいに思った反応を得られず、唇を尖らせているのが可愛い。
 外周に並べられた蝋燭の火をアルヴィンは一つずつ吹き消していく。全部消えると研司がおめでとう! と力強く言い、皆もそれぞれのテンションと言い方でお祝いした。
「ンー、スッゴク美味しそうだネ!」
「これ、皆で分担して作ったんだよ」
「ぶっつけ本番だったけどね!」
「ははは……」
 ジュードが付け足すと包丁で等分している研司が苦く笑う。
 まともに連絡も取れない忙しさで、アルヴィンがパーティーをしたがるのは分かっていたものの今回ばかりは今日じゃないと意味がない。それと、誰か一人のお手製か、市販の物という選択肢は最後に取っておきたかった。それでも自信を持って出せるレベルに仕上がって満足だ。実際にひと切れを食べてみても、ちゃんと美味しい。ユリアンの紅茶がいい感じに味を引き立てている。
 誰がどの工程を担当したのか、という裏話から徐々に会話のテーマが変わっていく。
「最後に交換会をするんじゃなかったか?」
 エアルドフリスの言葉に皆がはっとした。
「ウッカリしちゃってたネ」
「え? 何の話?」
「バレンタインとは仲良し同士でもチョコを交換したりして楽しむものらしい――だっけか?」
「そう、ソレ!」
「向こうでいうところの友チョコ、って奴よね」
「友チョコ……ウン、ソッカ……」
 先日のアルヴィンの台詞を研司が引用し、葵の説明にトミヲが片言気味に言って納得する。が、
「ボク、何も用意してないよ!?」
「急でしたもんね。一杯あるんで、遠慮なく受け取って下さい!」
 この世の終わりのような顔をしていたトミヲはうーんと唸った。
「じゃあ、有難く受け取ろうかな。それで今度、絶対お返し持ってくるから!」
 という結論に至ったらしい。渡す側としては気にしなくていいのに、と思うけれど自分が同じ立場だったら絶対腕によりをかけて作る。そういうことなのだろう。
「はい、これエアさんの分」
「ああ、有り難う……ん?」
 大好きな恋人に渡したのは他の人のと同じ手作り菓子一つ。隣を陣取れているので少し凭れ掛かる。
「帰りに極楽鳥に寄ってくれる?」
「そうしよう」
 毎年恒例の手作り菓子と小物はそっちに置いてきてあった。喜んでくれるかなと期待と不安で心が揺れる。甘い物は積極的に食べないけど嫌いでもない、それは分かっているけどどうせなら一番喜んでもらえる物をと、欲張ってしまう。
(エアさんも同じように思ってたら嬉しいな……)
 目を伏せたジュードの肩に逆側からの衝撃が走った。

 ◆◇◆

「結婚式には俺も絶対に呼んでねっ!」
「えっ、まだその予定はないんだけど」
「……どうしてそういう話になった?」
 ジュードにくっついたフレデリクが真剣な目で言って、謎の飛躍に恋人同士は困惑した顔をする。けれど満更でもなさそうだ。ジュードの友人目線で早く帰ってくるように〜と教訓めいた内容を語り出す彼を見てエアルドフリスは何かを探し、そんな様子に気付いたらしいユリアンが、
「お水取ってくるよ」
 と言って席を立つ。それに彼も助かるよと返した。ついでに空になったお皿やラッピング袋も回収していく。
 一方ではトミヲが研司に何かの進捗を訊いていて、それに答える彼は何処か歯切れが悪い。ただ、愛おしそうに緩む唇と、少し色付いた頬に何か凄く素敵な出来事があったようなのが伝わる。話を聞くトミヲも葵も、まるで自分のことのように嬉しそうだ。そうやって他人を気遣える優しさはイイ人の証拠で。
 見た目はアレだったけど中身はまともだった、との評価を受けた持参のチョコバナナ入り餃子を頬張っていると戻ってきたユリアンが紅茶のお代わりを注いでくれたので、むぐむぐ口を動かして味わい、飲み込んだ後で有り難く香りと一緒に楽しんだ。
 目の前、今ここにいる友人たちの姿がきらきらと輝いて見える。魂の煌めきとはこういうものなのかもしれない。それをこんな間近で見られる自分は間違いなく幸せ者で。
「……何? また何か企んでるんじゃないでしょうね?」
 言われて隣の葵の方向を見ると、彼女ははぁと溜め息をついてティッシュを取り出し、片手で顔の向きを固定しつつ口元の汚れを拭ってくれる。
「子供じゃないんだから」
 と呆れた顔で、でもその手つきは丁寧でとても優しい。
「あはは、アルヴィンさん沢城さんに怒られてる!」
「リンドバーグ、あなた楽しそうねぇ」
「うん楽しいよ。エアさん弄ってると、ジュードさんも嬉しそうだし!」
「まぁ、それは分かるけどね?」
「おい、人で遊ぶんじゃあない」
 エアルドフリスがそう言えば、今度は彼への褒め殺し選手権が始まる。尊敬してるしツッコミが上手いしとふわふわした口調で語るフレデリクとは逆に、ジュードは真顔で指折り数え出す。
「あー、これジュードさんも酔ってるっぽいね」
 率直な印象にからかいの意図を交えて語る面々より恋人の言葉がヒットしている。研司は困ったように笑いながらもじゃあ俺も、と素で乗っかってエアルドフリスに全力で制止された。
「……リ、リア充天寿を全うして天国でも幸せになれ」
 最初の単語の意味は知らないが、呪詛のような声音に反してトミヲが祝福しているのは伝わる。師匠に助け舟を求められたユリアンは、
「面と向かって褒められる機会って貴重だよ」
 と善意の塊のような発言を返す。そんなやり取りを聞いていると背中にとん、と手の感触。
「あなたも何か言うことはないのかしら?」
 からかうときの少し意地悪そうな笑みと押すように触れた手に、何となく蚊帳の外にいるつもりでいたけど、自分もこの一員なのだとアルヴィンは思い出す。んーと考える仕草をして、
「ルールーと一緒にお出掛けシタときの話デモしようカナ?」
「こら、それは反則だぞ!」
 エアルドフリスが珍しく大声をあげるので、余計に皆の関心を引く。どういう反応をするだろうと想像を巡らせながら、いつもの笑顔でアルヴィンは口を開いた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】
【ka0410/ジュード・エアハート/男性/18/猟撃士(イェーガー)】
【ka0569/藤堂研司/男性/25/猟撃士(イェーガー)】
【ka1664/ユリアン/男性/20/疾影士(ストライダー)】
【ka1856/エアルドフリス/男性/30/魔術師(マギステル)】
【ka2490/フレデリク・リンドバーグ/男性/16/機導師(アルケミスト)】
【ka3114/沢城 葵/男性/28/魔術師(マギステル)】
【ka4852/水流崎トミヲ/男性/27/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
シリアスっぽいアルヴィンさんだとか、彼氏力の高いエアルドフリスさんだとか
酔っ払ったフレデリクくんだとか、色々好きに詰め込ませていただきました。
今まで誕生日は見落としていましたが、今回ちゃんと気付けてよかったです。
実際にPCの皆さんは知っているのかな?と思いつつも、その辺は思い切りで。
改めておめでとうございます!(タイミング的にフライングですみません!)
次がある前提というのも大変烏滸がましいですが、ここは違うという点があれば
遠慮なく仰っていただければ幸いです。地の文でもはっちゃけたトミヲさんとか……。
全編楽しんで書いていましたがもし悪ノリになっていたら非常に申し訳ないです。
今回は本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年02月06日

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