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『丁々発止 』
リィェン・ユーaa0208

 着つけないスーツに着られた風情のリィェン・ユーはオランダの首都アムステルダムのカフェの一席、減らぬ珈琲から伸び出した湯気が痩せていく様を見続け、ついにはかき消える様を見届けた。
 ここに座して一時間。空調が効いているとはいえ、乾いた寒気は容易く万物から熱を奪う。この場で失われない熱は――
「お待たせしました、ユー様」
 立ち上がりかけたリィェンは、膝を半ば伸ばした状態のまま固まった。現われた人物が待ち人ではない、別人だったからだ。
 いや、その美しく整った細面に見覚えはあったが、黒髪をオールバックに固め、リムレスの眼鏡の奥に鋭い両眼を隠したその男は、古龍幇を統べる劉士文ならぬ誰かと言うよりない。
「……その、なんて呼べ、お呼びすれば」
「劉士文の代理を務めますスミシーと申します。ああ、武辺が言葉を飾ったところで真意は伝えられませんよ。いつもどおりにお話しください」
 向かいの席へついた男は鷹揚に語り、店員にマンデリンを注文した。
 それだけの時間で男の鮮烈な気に打ち据えられた店員は最敬礼、マナーを忘れて駆け足で戻っていく。
 その威厳で正体は丸わかりだったが、スミシーと呼ばせたいようだし、従うことにした。
「俺は武辺ですが、礼を投げ出すつもりはありません。いろいろと不調法はあるかと思いますが、そこは目をつぶってもらえればと」
 スミシーは無言でうなずいた。ともあれ話は聞いてくれるつもりらしい……と、姿勢を正したリィェンに、スミシーが声音を投げた。
「劉宛てにご連絡いただいたようですが」
「確認はしていただけていますか」
「部下からの報告は上がっています」
 リィェンは息を詰め、それを悟られぬように吹き抜いた。
 これはカウンターパンチだ。華僑のネットワークに後押しを受け、劉へ手紙を送ったリィェンに対し、劉本人がどこの誰とも知れぬ者の手紙を直接見るようなことはありえないと突きつけられた。
 なのに、わざわざ劉が素性を偽ってここへ来たのはリィェンを後押しする華僑社会への義と礼のため。そして幇の本拠地たる香港ではなくアムステルダムを指定したのは、数多の“目”に見張られる場所において失態を犯すリスクを避けるためのことなのだろう。
 すなわち、自らの失言で幇の面子を潰すリスクと、リィェンの蛮行でネットワークの面子を潰させるリスクをだ。
 ――これが俺が挑もうとしてる世界ってことか。
 綱渡りのような緊迫感を感じながら、リィェンは継ぐべき言葉を探す。

「ともあれ本題からお聞きしましょう」
 スミシーが珈琲をすする。それだけのことが絵になる風格が、彼にはある。
 しかし、気圧されてはいられない。肚を据えて言葉を紡ぐ。
「……戸籍が欲しいんです。堂々と示せる立場が」
 スミシーは眉をひそめた。
 中国の戸籍は制度化されてまだ100年も経っていない。そしてその内容はとても平等と呼べるようなものではなく、露骨な差別がまかり通っているのが実情だ。
「あなたのネットワークに頼れば生まれから育ちまで、必要以上のものが整うでしょう」
 これは面談に臨む際に報告されたリィェン・ユーの身元調査書で見た内容だったが――リィェンは古龍幇の下部組織のひとつで刺客をやらされていたという。
 もちろん、スミシーの立場から綺麗事を言うつもりはない。あの頃にはよくあった話のひとつに過ぎないし、そんな子どもに戸籍が残されていないことも然り。
 しかし今、彼には縁で結ばれた頼りになるネットワークがあるはず。いや、この話はそのネットワークから差し向けられたものではあるのだが、それにしてもなぜわざわざ、恨んでもいるだろう古巣へこんな話を?
 ――と、思うだろうな。リィェンはスミシーの疑問を前に息を吸い、力を込めた。ここからが本題だ。
「古龍幇の戸籍なら、少なくとも裏側で舐められることはありませんから」
 裏側とは裏社会を指す。表の世界の裏にあまねく根を張る、文字通りの裏側だ。
「裏で成り上がることが目的ですか? しかし、いくら裏で名を上げたところで、テレサ・バートレットと並び立つことはかなわないでしょう」
 スミシーの言葉に動揺はしない。その程度、古龍幇にとっては半日で調べ上げられる程度の情報だろうから。
 そしてリィェンがここで語るべきことは、テレサへの恋情ではないのだ。
「まず、俺は裏からの悪意の干渉を受けずにいられる立場が欲しいんです」
 歴史ある古龍幇の根は、中国内部のみならず世界へも張り巡らされている。だからこそ劉はその根の1本であるネットワークからの要請に抗えなかったわけだが、ともあれ。その1本を10、100と増やせれば、リィェンは世界の至る場所を歩き回れるパスを手にできる。
「確かに、幇の保証する身分が手にできるならば必然、手に入れられるでしょうね。あなたの益は計り知れない」
 そう、劉大兄の言うとおり、ここまでは俺だけが恩恵を受けられるって話だ。
 だが、それで済ませて席を立たせるようなことはしないさ。
「それが幇にも益をもたらすものと考えています」
 意気込みを鎮め、平らかに継ぐ。
「幇はH.O.P.E.との提携で、裏社会への影響を保ちながら表社会へ乗り出していますね」
 言われるまでもない。スミシーは肩をすくめ、姿勢を崩した。あからさまな「おまえの話に価値を感じない」アピール。
 気づかないふりをして、リィェンは続ける。
「古龍幇の支援を受けたエージェントが愚神王の首を刈る。それはひとつの材料になりませんか? 裏はもちろん、表にも幇の名を押し出すための」
 スミシーの両眼が鋭くすがめられた。
 若造が大口を叩く、そう思ってるんだろうな。俺だってそのへんのチンピラに言われたら同じように思うかもしれないが、しかし。
「そのエージェントは戦歴も戦果も十分に上げている、それなり以上の存在です。預けていただいた信用を裏切るような真似はしません」
「数百の人数がチームで挑む戦いの中で、そのエージェントはどれだけの功績を上げられるのでしょうね?」
 返されたのは当然の疑問。
 リィェンはまっすぐにスミシーを見据え。
「全体のチームワークを乱すようなことはしません。でも、俺の小隊が最大功績を上げられれば証明にはなります」
「それがあなたにできると?」
「できなければ、そのときに切り捨てていただければ」
 スミシーは重い息を漏らし、かぶりを振った。
「懐に抱いたものを見放すようなことはできませんよ。それをしてきたからこそ、古龍幇は保たれてきたのです。あなたの話は夢を巡る先物取引だ」
 スミシー、いや、劉は立ち上がり、一歩を踏み出して。
「幇の庇護が欲しいなら、まずはその証明とやらを持ってこい」
 厳しい表情をかすかに緩め、付け加える。
「ただし、おまえが望むものを手にしても、“イギリス”には届かんぞ」
 あの島国で長き時をかけて醸造された純血、それのみを尊ぶ者たちの社会。端的に言えば国粋主義者の小部屋へ潜り込もうなど、ある意味で王の首を刈るより難しかろう。
 本拠をアメリカという“辺境”に移したバートレット家だが、ロンドンに娘を残しているのは、いらぬ横槍をH.O.P.E.へ入れられぬための言い訳なのだ。
 そのすべてを飲み込んでリィェンは立ち上がり。
「それでも一歩は進めます。あきらめないための一歩分を」
 強く一礼した。


 かくてリィェンは劉の言質を取った形で決戦へと向かう。
 次に劉の前に立ったのは、殊勲を得て帰った翌日のことである。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【劉士文(NPC) / 男性 / ?歳 / 古龍幇首魁】
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2019年02月07日

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