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『せっかく紡いだ縁だから 』
ノアka7212

 そよ風に葉擦れの音、それから鳥の鳴き声。顔を上げれば空は雲一つなく、晴れやかに澄み渡っている。
「んー、今日もいい朝!」
 加えて二月にしては気温が高めのようで陽が昇りきる前から暖かく気持ちいい。ノアは背筋を反らして伸びをして、そのまま顔を真上まで向けた。自分の手の縁がうっすら透けて見える。体勢を崩しそうになるのを踏み留まって息をつき、手首につけていたお気に入りの髪留めでかき集めた癖っ毛を括った。位置はいつも頭上高く。
 今日はどこに行くか、まだ具体的には考えていない。ずっと公園にいるのも顔馴染みと話せて楽しいけど、それと同じくらいノアは新しい出会いに胸を高鳴らせるのも好きな性質で。今日は出掛ける気分かな、と胸中で呟くと出口へと向かった。
「猫ちゃんたち、おはよーっ。ここにいたのね?」
 途中、ベンチの上で丸まっている猫を見つけ足を止める。数匹固まっているのがたまらなく可愛かった。いつもはもっと陽の当たる広場に集まるので、木陰のここにいるとは思わず。しゃがんで観察し、起きてこちらを見ている一匹の目の前に指を出してゆらゆら揺らしてみる。ひくひくと鼻を動かして、でも構ってはくれない。
「うーん、今日はつれない気分かぁ」
 構って構ってと擦り寄ってくるなら嫌がられるまで全力で構い倒すのだが、動物といえど自分の都合で無理強いするのは気が引ける。立ち上がるとまた後でね、と手を振り再び歩き出した。出口に着くと、ちょうど見知った人と鉢合わせる。
「おじさん、おはよう♪」
「おっ、ノアちゃん今日も元気だねぇ」
「だってこんなに気持ちのいい朝なんだもの!」
 と力説すれば、おじさんもにこにこして頷く。
「ジョギング頑張ってね」
「ありがとうなぁ」
 体力が衰えてきたのでそれを改善する為に走り始めた、という彼とは時々こうして公園や周辺で顔を合わせることがある。休憩中に世間話をした際、酒店を経営していると聞いたのだがうっかり場所を聞きそびれてしまって、いつも見送った後でそれを思い出す。遠ざかる背中を見送りながら次こそはと、ぐっと拳を握って公園を出た。
 街中にある近隣住民の憩いの公園といった環境なので、一歩足を踏み出せば直ぐ往来に人々の姿を見ることが出来る。店先で開店準備をしている人や仕事しに足早に急ぐ人、大声ではしゃいで走る男の子に慌ててついていく女の子。元気に散歩や会話を楽しむ老人もいる。そんな人たちにノアは元気よく挨拶していった。初対面の人も知人も、その人の家族に自分より詳しい、なんて言われる位仲良くなった相手もいるが、挨拶を返してくれるだけで等しく嬉しいし笑顔も続く。足取りも軽く、どんどん進んでいく。
 そうして時折足を止めて話をしていれば、近所に住んでいる知人が亡くなっただとか、ハンターの友人が大きな戦いに出て大怪我をしただとか。暗い情報や悲しい情報を耳にする機会もある。勿論何も感じない筈がなく、痛みに寄り添いたいとも思う。自分に出来ることならなりふり構わず手を差し伸べたい。
 それでも、力になれることが何もないのなら。ノアは変わらず笑っていようと思うのだ。笑顔は笑っている間、悲しみや苦しみを打ち消すことが出来て、ほんのちょっとだけ楽しいことをしていいのかな、前を向いていていいのかな、そんな風に一歩踏み出せる。それを繰り返している内にいつの間にか随分先まで歩いているのだ。笑顔は前を向く原動力。ノアにとってそれは、人と触れ合うことに等しい。言葉じゃなくて行動や表情で伝わるものもあるし、自分にない視点やその人だけの複雑な感情に触れるのは何よりも楽しくて。
 道を歩いているだけで、ハプニングに出くわすのも日常茶飯事だ。例えばある日は腰の曲がったお年寄りに声を掛けて荷物持ちをし、お礼をしたいからと勧められて家の中にお邪魔したら、山のように林檎を貰い友人知人に配り歩くことになった。またある日には公園で女の子の手から風船が逃げていって、一緒に遊んでいてすぐ傍にいたから頑張ってジャンプをしたら無事に取れた。そうしたら子供たちの間でヒーローになっていて入れ代わり立ち代わりやってくる彼らと日中遊び倒すことになったりもした。
 ノアがハンターとして引き受ける仕事は大抵、そういう日常の延長線上にあるような人助けばかりで、あまりやりたがる人もおらず、報酬も良くて雀の涙。お金にもならないようなものが殆どだ。その為どれだけ働いても生活にゆとりという言葉はなく、空腹に苛まれながらギルド掲示板を目を皿にして眺めるなんて光景も割とよくある。
 それでもノアには寝る所がある。公園の隅っこに勝手にテントを張っているだけなのだがそれでも家は家だし、気温に合わせて過ごし易い場所に移動出来るという利点もある。うん、立派な家だ。それに、人助けで貰ったり、顔馴染みにご馳走してもらったりしてお腹一杯食べられることもあるし(ご馳走してもらったら何か手伝いをしてお返しする)、友達だっている。老若男女から動物まで交友関係は広いと自負しているくらいだ。
 ――そして何より、今日も自由に動く手足がある。滅多に悪くすることのない丈夫な身体は立派な資本で財産だ。だからこう思う。
(なんて私は恵まれてるんだろう!)
 と。よそ者を嫌う閉鎖的な環境で生まれ育ったノアだが、そんな自らの境遇を嫌っている訳ではない。外に出てからというもの毎日が真新しく刺激的だし、心にはいつも両親の教えと諭しがある。
「チョコ……チョコかぁ」
 歩きながらでもちらほらと目にするのは、この時期になると毎年溢れ返るチョコレートだ。集落にもこの文化はあって、けれどいつも父と兄にあげるだけだった。ノアの心に思い浮かぶのはこっちに出てきてから出来た友達の一人だ。背が高くていつも姿勢が良く、自分とはまるで対照的なタイプ。共通点など職業くらいなものなのに、偶然交流所で出会って以来、何かとノアのことを気遣ってくれる“いいひと”だ。ふらりと立ち寄った店には綺麗に包装されたチョコレートがずらりと並ぶ。何となくその内の一つに手を伸ばした。
(そう。彼はいい人)
 指を伸ばして触れてみたいのは、手よりもその心で。けれど彼を見つめると気付く。優しさと厳しさの奥に不意に垣間見える、途方もない寂しさと鋭く突き刺さる痛みのような、昏くて底の見えない影だ。それが気になって仕方なくて、だから確かめようとするのに触れるにはまだ距離が遠く、目の前には靄がかかっていて道筋は霞み見えない。自分の胸中に宿るこの気持ちが一体何なのか、ノアにはまだ分からなかった。けれどいつも、傍にいないときだって何処かに引っかかっている。
(親しい友人たちの輪の中。今が“ちゃんと”幸せならそれでいい。けど――)
 ぐっと唇を引き結ぶ。手に持ったハートが一杯描かれた箱を棚に戻して、何も買わず店を出た。す、と息を吸って、はぁと長く深く吐き出す。再び歩き出せば足取りはいつものように軽く、ノアはしっかりと前を見て、笑顔を浮かべた。進む度に髪は踊って靴は小気味好く鳴る。通い慣れた道を通り抜けて路地裏に入り、辿り着いたのは馴染みの喫茶店だった。扉を開ければ来客を告げる鈴の音が響いて、ノアはそれに負けじと声を張りあげながら足を踏み入れる。
「こんにちは! 先日は有難う、軽食がてら顔出しに来ちゃったっ♪」

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka7212/ノア/女性/23/格闘士(マスターアームズ)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
荷物持ちや風船取りは過去の話として流すんじゃなく
実際にこの日起こったことにしたかったんですが、
勝手に付け足した部分を削っても文字数が圧倒的に
足りないだろうなと思い直し、この形にしました。
今年はやめるのかどうなのか、気になるところですね。
明るくて元気で前向きで、でもしっかりと自立していたり、
人を意図的に傷付けたくないというところが好ましいです。
今回は本当にありがとうございました!
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りや クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2019年02月08日

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