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『その手に託されたのは 』
ジェーン・ドゥ8901

「こんにちは」

 顔をあげた少女の目はジェーン・ドゥ(8901)を映しながらも、どこか違うところを見ているかのように空虚だった。

「誰?」

 投げやりな言葉には答えないままジェーンは少女の隣に座る。

「いつもここに座っているわね。誰か待っているの?」

「前はそうだったかもしれない。でも、今は違う。来ないって知ってるもの」

 葡萄酒色の瞳が微笑むと、少女は少し間があってからそう口を開いた。

 誰かも知らない相手と口も利きたくもないのに質問に答えたのはどうしてだろう、と少女は答えてから思う。

 今更ながらの警戒心からだろうか、無意識に自分の手首に少女の手が伸びた。

「お姉さんは誰か待ってるの?」

「……そうね。待っているといえばそうだし、そうじゃないといえばそうじゃないわ」

 何を言っているのかという表情をする少女にジェーンは意味が分からないわね、と苦笑し言葉を続けた。

「多分、貴女と同じだわ」

  ***

 数日後、

「今日も来てくれたのね」

「別にお姉さんに会いに来たわけじゃないわ」

 そういう少女の声に少しだけ安堵の色が滲んでいるのを感じてジェーンは微笑んだ。

「それでも、今日も会えて嬉しいわ」

「そう? 変わってるのね」

 ジェーンの隣に座った少女は何も言わないまま通り過ぎていく人々へ視線を送る。
 話をするわけではない。
 それでも、ジェーンと共に過ごす時間を少女はとても心地良く思っていた。

「誰を待っていたの?」

 どれ程時間が経っただろう。
 少女が口を開いた。

「……。どうして?」

 ジェーンが少し驚いたような声を出す。

「何となく。前に私と一緒って言ってたから」

「大切な人を、ね。相手にとってはそうじゃ無かったかもしれないけれど、私には大切だったの」

 躊躇いがちに口にするジェーンの笑顔はどこか寂し気に少女には映った。

「私も……大切な……友達を待っていたの。でも、きっとあの子にとって私は友達じゃなかったんだと思う」

 少女は、ぽつりぽつりと友達のことを話し始めた。
 幼い頃から仲がよくいつも一緒に遊んでいたこと。
 親にも誰にも言えないこともその友達には話せたこと。

「ある日、友達が私の事を違う子に話してるのを偶然聞いたの」

 友達だと思っていた。
 それなのに、

「その子は私の事を嗤ってた。可哀想だから一緒にいるんだって、全然好きじゃないって」

「そう……」

 それだけ言ってジェーンは次の言葉を待つ。

 話を聞いていたことをその子に伝えた日から少女の前にその子は現れなくなったのだと少女は続けた。

「うちの親は私のことを全然わかってくれなくて。だけど、その子だけは私のこと分かってくれてると思ってたのに……。楽しかった思い出も、嬉しかったその子の言葉も、全部嘘だった。誰かに何かを言うのは怖くなったわ。でも、我慢するとすごく苦しくなるの」

 言葉を呑み込めば呑み込むほど苦しくて息が出来なくなっていく。
 でも、吐き出すことはそれ以上に怖い。

「だから……」

 少女は俯き、手首に添えた手をじっと見つめた。
 添える、というにはあまりにも強く力の入った手は白くなっている。
 その下にある何本も引かれた赤い線がじくじくと痛む気がした。

「私たちは似てるかもしれないわね」

 同情も、憐憫も何もない、共感の声に少女は顔をあげる。

「……お姉さんもいらないと思ってるの?」

 何を、とは言わなかった。

「そう……ね。なくなってしまえたらどんなに楽だろうと何度も思うわ」

 痛いだけだもの、そう続けるジェーンの手が少女の手に重なる。
 その手の温かさに少女の思いが決壊した。

「……っ」

 声もなく涙を流す少女の瞳に生気が宿りつつあるのをジェーンは感情の伴わない瞳で見つめていた。

  ***

 その話をきっかけに少女はジェーンと話をするようになった。

 といっても、話すのはもっぱら少女だったが。

「そうだわ。これ、お姉さんにあげる」

 ある日、差し出されたのは一本のカッターナイフ。

「お守りだったんだけど、私にはもう必要ないものだから。お姉さんのおかげよ、ありがとう」

 不思議そうにカッターを見つめるジェーンに少女は笑った。

「お姉さんでもそんな顔するのね」

「そんな顔?」

「ええ。心からびっくりした、って顔に書いてある」

 そう言われて頬に手を当てるジェーンは少女が今まで見たどんな表情よりも人間のようだった。

「……お礼といっては何だけれど、もし良かったらこれから私の家に遊びに来ない?」

 少しの間があってからジェーンはそう誘った。

「お姉さんの家?」

「ええ。何もないところだから楽しくはないかもしれないけれど……」

 少女は少し驚いた表情をしたがすぐに頷いた。

「ここ?」

 少女が案内されたのは古びた教会だった。

「あぁ、おかえり。ジェーン。それと……初めましてだね。いらっしゃい、お嬢さん」

 2人の姿を見止めた神父が微笑む。

「こんにちは」

 見知らぬ人物に少女は声を固くしちらっとジェーンの方へ視線を送る。
 と、神父の笑みが深くなる。

「怖がらせちゃったかな。そんなに固くならなくても大丈夫だよ」

 神父の笑顔に言い知れぬ不安を感じ警戒を強める少女だったが、ジェーンに誘われるまま礼拝堂へと足を踏み入れる。
 少女が数歩進んだところで後方から鍵が閉まる音がした。

「『供物』をお持ちしました」

 ジェーンの硬質的な声と、耳慣れない言葉に少女の中で不安が一気に広がる。

「供物ってどういうこと? どうして鍵をかけるの?」

「貴女はご主人様への供物なの。貴女に近づいたのはご主人様がそう望んだから。貴女がなくしたがっているものは、元々私にはないものなのよ」

 ジェーンの瞳はガラス玉のように少女の姿を映す。
 そこには何の感情もない。

「それじゃ……」

(あの微笑みも、言葉も、何もかも嘘だったの……? ジェーンはあの子とは違うと思ったのに……)

 少女の中の不安が失望と絶望へ塗り替えられていく。

「……」

 魚が酸素を求めるように苦しそうに喘ぐばかりで少女の喉から言葉は出なかった。
 苦しさが、痛みが少女の体を埋め尽くしていく。

「私は……どう……なるの?」

 少女の絞り出すような声。

「望んでいたでしょう? なくなることを。願いが叶うのよ」

(今は違う!)

 ジェーンの言葉に返したい言葉の代わりに少女の目から涙があふれる。

「……っ」

 少女が伸ばした手を取ったのは神父。

「お嬢さん、君はとても美味しそうだ」

 その言葉を最後に少女の世界は暗転した。

  ***

「今度は上手く出来たじゃないか」

 満足げな神父の声にジェーンは恭しく頭を下げる。

 その視界の隅に少女だったものが映る。

 その瞬間。
 ほんの一瞬だが、処分する間のなかったカッターを握る手に少しだけ力が入った理由をジェーンはまだ知らない。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 8901 / ジェーン・ドゥ / 女性 /20歳(外見年齢)/ 心無い人形 】
東京怪談ノベル(シングル) -
龍川 那月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月12日

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