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『火の用心 』
剱・獅子吼8915

 この界隈の不動産を多数扱う不動産会社。
 そのオフィスのソファに座した剱・獅子吼は、社長が近所の喫茶店から届けさせたアイスコーヒーへ口をつけた。
「押しかけた私にこれほどのお気遣い、ありがたい限りです」
 社長はつやつやとした頬を笑ませ、かぶりを振る。
「剱さんにはお世話になってますから。気持ちだけはお見せしておかないとバチが当たりますよ」
 彼は獅子吼に幽霊物件の件で依頼したことをきっかけに、その後もつきあいを継続している“太い客”だ。人的に信用ができる相手だからというのはもちろんだが、不動産と怪異とは縁深いもので、だからこそ顔を合わせる機会が多いこともある。
「で、今日はどういったご用件で? 事務所向きの物件でしたらすぐご紹介できますけど」
 獅子吼は立ち上がりかけた社長を留めた。
「引っ越しは特に考えていません。実はその、なにか仕事がいただけないかと」
 目を丸くする社長。
 これまでの獅子吼は、持ち込まれる話を受けるばかりで、一度たりとも売り込むようなことはしなかった。いつもどおり泰然と構えているが、もしや、生活に困るほど貧してしまったのか?
 社長の顔色を見て取った獅子吼は、挙げてあった手を左右に振って。
「生活に困っているわけではないのですが、うちの家事手伝いの目が厳しくて」
 今度は目をすがめる社長。
 これまでのつきあいで、獅子吼のボディガードともある程度の面識がある。おそらく彼女は、家主たる獅子吼に勤勉を求めたのだろう。そうされるほどに獅子吼はまあ、自由を楽しんでいたということだ。
「自由業は不自由業ってわけですなぁ」
「なってみて思い知る世知辛さですよ」
 社長と獅子吼はしみじみとうなずきあうのだった。


 果たして獅子吼は、町外れに半壊した壁面を晒す廃ビルを見上げていた。
 火事で焼け落ちたというこのビルは、リフォームする度に不審火で燃え落ち、建てなおそうとする度に謎の発火事故によって業者を病院送りにしたという曰くつきである。
「元は人間だったのか、それとも闇から沸いた怪異なのか。どちらにせよ、店子が力尽くで居座るのは道義にもとる。せめて話し合いには応じておくべきだったよ」
 ドライシガーに火を点け、紫煙を吐く。ああ、いつもより燃えがいい。火の気配に釣られてくれたみたいだね。
 胸中でうそぶく獅子吼の喪われた左腕に“黒”が灯り、速やかに伸び出して刃を顕わした。闇のごとくに黒い剣。それは彼女が左腕の代わりに唯一得たもの。
 とても等価での交換だったとは言い難いけれどね。
 シガーの先からこぼれ落ちた火が、消えることなく床へと転がり、ざわりと起き上がった。鰐を摸した四足で立ち上がったそれは、艶のない黒色の体をぶるりと震わせ、獅子吼へ黒い牙を剥く。
 火の心臓を鎧う煤の肉というわけか。
 獅子吼はシガーを口の端にくわえたまま剣を上げた。左足を前に置き、顔の横へ刃を寝かせたその構えは、日本に伝わる剣術においては“霞”と呼ばれるものである。
「不審火で追い払える相手じゃないとわかってくれたのは幸いだね」
 獅子吼の薄笑みに声なき声をあげた煤鰐は、じゃりっ。煤がコンクリートを躙る乾いた濁音を鳴らして跳びかかってきた。
 獅子吼は体をそのままに切っ先を突き込むが、鰐はそれを牙でくわえ止め、右前足から伸び出した爪を叩きつける。
 と。獅子吼はすでに右へと踏み出していた。左腕に剣がない、それに鰐が気づいたときにはもう、剣は形を取り戻している。
「すまないね。この剣は出し入れが自由なんだよ」
 剣という支えを失い、鰐の体は前へと流れている。
 裏を取る形となっていた獅子吼は鰐の尻からまっすぐに切っ先を突き込み、心臓たる火種を貫き消した。
 たちまち崩れ落ち、床に当たって散る煤。
 さて。これで店子が火に起因するなにかだってことは知れたわけだけど……本当の“火元”を止めない限り、この騒ぎは終わらないだろうね。
 携帯灰皿に消し止めたシガーを放り込んでしまい込み、獅子吼は二階へと向かった。

 かくて二階では上下のコンビネーション攻撃を繰り出す煤獣ども、三階では自在に跳び回り、火玉を投げつけてくる煤猩猩の群れを屠った獅子吼は最上階へ至る。
 相手はこちらを見て進化してきた。なら、最後に来るのは当然――
 煤の鎧をまとう煤の人型が六体、火の剣を霞に構えて待ち受けていた。
「なるほど、キミがもともと人じゃないことはわかった」
 人であったなら、それがけして強い存在ではないことを知っていたはずだ。店子は誤った。通常人ではありえない、獅子吼を相手取ってしまったことで。
「しかし、最後にチャンバラができるのは悪くない」
 フェンシングさながらの半身構えをとった獅子吼は剣先を揺らして煤人を誘う。
 走り寄り、霞からの突きを繰り出す煤人ども。
 獅子吼はその一本を切っ先で巻き取って払い、つま先でその胴を蹴り上げた。煤とはいえ怪異の存在、それだけで砕けるようなことはない。それを見越しての前蹴りは、思惑どおり煤人に受け止められ、獅子吼はそれを支点に剣を自らの背のほうへと巡らせた。この回転斬りはもう一体の煤人の脚を斬り飛ばし、転ばせるが。
 三体めがその体を踏んで跳びかかってきた。上段に掲げた火剣が、赤い軌跡を描いて振り下ろされる。
 対して獅子吼は回転を止めずに身をかがめ、剣をかわしつつ三体めの足首を薙いだ。言うなればシットキャメルスピンの姿勢。
 そこからかがませていた体を伸び上げ、レイバックスピンの型でさらに四体めの胴を真横に両断した。
「どのような形であれ、結局のところは使いようということさ」
 回転を止めた獅子吼は靴の踵で倒した煤人の心臓の火を躙り消し、残る二体へ薄笑みを傾げてみせる。
 と。五体めが火剣を突き込んできた。霞構えからのものではなく、トゥシュ――先に獅子吼が見せたフェンシング風の攻めである。
 獅子吼はこれを下へ向けた切っ先で受けて、リポスト(防御後の攻め)。
 が、煤人は同じように下向きの剣先で流して突き返す。
 戦いの最中で学習しているわけだ。そういう真面目さはうちの家事手伝いの得意だね。
 脳裏に同居人の渋い顔を閃かせて苦笑し、獅子吼は剣を受けながら踏み出した。煤人が学ぶなら、未だ学んでいないものでケリをつけるだけだ。
 そのまま火剣の鎬をレール代わりにして剣を進ませ、鍔元へ届くと同時、手首の返しで上へ刃を跳ね上げる。受ける際、自分の剣が敵の剣の内に入るよう調整はしていた。だから今、煤人の懐はがら空きだ。
 一気に心臓を斬り飛ばし、剣をそのままにダッキング。ライオンの鬣さながらの髪先を、火弾がこすって通り過ぎていった。
 猩猩が玉を使うんだ。奥の手の飛び道具くらいは用意してると思ってたよ。
 煤の銃を構えた六体めの胸に剣を刺し通し、ひねる。
 火を消された煤人は他の者同様砕け落ち、二度と動くことはなかった。
「と。最後に」
 獅子吼は視線を巡らせ、目当ての場所を見つけ出した。こんなビルならかならずある給湯室。
 怪異は依代を求める。自らを象徴し、現世へ繋ぎ止めるに足るものを。
 いつもならば同居人に丸投げるところだが、今回はご機嫌伺いを兼ねての仕事。きっちりと後始末まで終わらせておかなければならなかった。だから、すまないけど仕末させてもらうよ。
 煤けたガスコンロへ言い、剣を一閃させれば。それはあえなく両断され、煤と化して砕け落ちた。
 身を翻し、獅子吼は背中越しに言い残す。
「火の用心、という話だね」


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【剱・獅子吼(8915) / 女性 / 23歳 / 隠遁者】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月12日

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