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『そしてまた桜の季節がやってくる 』
日暮仙寿aa4519)&不知火あけびaa4519hero001

 肌寒さを和らげる陽の光にふわ、と小さく欠伸が零れた。視界に映る街並みは劇的な変化があったわけでもなく、けれど人々の歓喜は未だ尾を引いて活気ある雰囲気を街に、世界全体にもたらし続けている。それが日常として浸透するのが先か、次の段階に進むのが先か。いずれにせよ、あれほど大きな戦闘が起きる事態はもう訪れない。かといって慢心もしていられないし、そもそもする余裕もない。幾ら強くなろうが、心を通い合わせ絆を固く結ぼうが、己の限界が目前に横たわらない限り、やることは同じだ。もし仮に見えたって運命に屈さず、足掻き続ける。彼女とならそれが出来る。
「仙寿、あのお店はどうかな?」
「いいんじゃないか」
 隣を歩くあけびに腕を引かれ、彼女が指す方向を見やる。結構洒落た雰囲気のカフェだがテラス席にはちらほらと高校生の姿も見えて、意外と敷居は高くなさそうだ。そして店先に立てかけられた看板には、コーヒーやサンドイッチなどのランチメニューに加えてパンケーキの文字が見える。オススメという言葉も添えて。昼食というには遅くおやつにはまだ早い中途半端な時間だが、稽古後にしっかりと朝食を摂ったので然程腹も空いておらず丁度いい。ただ、苺のひと単語を見て自分に合わせたのか、単に彼女が好きな物を選んだのか、両方か。そんな些細なことが気になって仙寿はそっと肩を竦めた。自分はまだ高校生で、あけびと出会って成長するまでずっと、恋愛なんてしてはいけないとすら思っていて。経験の浅さから生まれる不安に“普通”を知りたくなる。つまるところ自分たち自身にしか答えがないと解っていても。
 先程も平日の外した時間帯ならばと高を括って行った有名店に行列が出来ていて、一分も並ばずにその場を離れた。あけびとの出逢いから起きたあれやこれやの出来事は例外として、特別忍耐強いわけではないが待ち切れないほどせっかちというわけでもない、仙寿は己の性格をそう評しているし、何より彼女と一緒なら突っ立って他愛ない話をするだけでも十二分に楽しめる。しかしそんな心情は胸中で生まれ、脳内で咀嚼して、そして喉の奥で引っかかって言葉にはならなかった。以心伝心の間柄でも、言葉にするべき想いは山ほどあるのに躊躇する。
 適当なテーブル席に腰を落ち着けて暫くすれば店員がやってきて、対面なので別々にメニューをざっと眺める。あけびは飲み物は直ぐに、食事は少し悩んでから一つ告げて、
「仙寿様は苺のにする?」
「……そうだな」
 何気ない言葉に思うところはあったが、それは一旦飲み込んで自らも注文、店員が離れるのを目で追ってから短く一言。
「おい、さっきの」
 言うとあけびは大きな赤い瞳を瞬かせ、しかし直ぐに察してわたわたと弁解をする。
「やっ、だって、今は二人きりじゃないでしょっ?」
「こんな場所じゃ誰も聞いてねーよ。それに、聞いてたら主従だと思われるだろ」
 能力者の出現以降、それまでは世間一般の人々にとって非日常だった関係性も決して珍しいものではなくなった。大人が子供に付き従う光景も多いとまではいかないが普通にあるレベルだ。あけびは実年齢こそ少しだけ上とはいえ、見た目はむしろ仙寿より若干下に見えるかもしれない。なのに、呼び方一つで凡庸的な型に収まってしまうことに釈然としないものがある。
 そもそも、この関係は一口に言い切れるものではないのだ。能力者と英雄、それを抜いても背を預け合える相棒。剣の師匠と弟子、異世界やあの男――もう一人の“俺”――との縁を繋ぐ結び目。恋人、そして将来的には――。
「仙寿は、そんなふうに思われるのは、嫌?」
「当たり前だろ。どうせ何か一つのものに見えるんだったら俺は、恋人同士がいい」
 共に戦っているときと同じように自分の気持ちも彼女の気持ちも疑ってはいない。しかし絶対に靡かないと分かっていても、ちょっかいをかけられでもしたらと想像するだけで胸の中にどす黒い感情が生まれるし、街を歩いているだけで男があけびを振り返ってまで見ているのに気付けば舌打ちの一つや二つかましたくもなる。だから自分たちが恋人だと見ず知らずの人間が見ても分かるようになればもっと余裕を持てる気がする。しかしそうなると様付けをどうにかするよりも始終くっつきでもしているほうが。いやでも、それだとハードルが――。
「うん、じゃあ……もっと、頑張るね」
 恥じらいを織り交ぜた小さな声と桜色に色付く頬。少し顔を伏せたまま様子を窺うように見上げてくる瞳にぐっと息が詰まる。元々思考に加熱していた頭が沸騰し、むず痒い沈黙が訪れたがそれは店員が飲み物を持って来た瞬間に解ける。どちらからともなくふっと笑い合った。
 その後直ぐに届いた出来たてほやほやのパンケーキを食べつつ、屋敷を出てからここで一息つくまでの間に行った場所――公園や商店街であったことなどをつらつらと話す。その前には和館にも顔を見せ、仙寿と同じように今日は休みの同級生と少し会話したりした。最近では結構話すようになったが、まだ相手について知らないことが多いのを実感する。
「……ふふっ」
「ん? 何かついてるか?」
 不意にあけびが笑うので、仙寿は言って首を傾げると唇を軽く指でなぞった。礼儀作法に厳しい家なのでその辺りは意識せずとも上手くやれている自信があるのだが。
「んーと、ここのところにちょっとだけ」
 あけびの視線がほんの少しだけ彷徨い、彼女が自らの顔で指し示した唇の端を無精してさっと舐め取る。舌先にかすかな生クリームの味。いの一番に目ざとさに対する感心が脳裏をよぎる。
「助かった。もう他にはついてないか?」
「ううん、大丈夫。いつものカッコいい仙寿だよ!」
「……あのな……」
 頬杖をついて微笑むあけびは贔屓目を抜きにしても可愛い。贔屓したら世界で一番可愛い。今までだってこれからだって自分は延々と彼女の一挙手一投足に振り回されるのだろう。いつか二人の間に子供が出来て、もっと永く歳を重ねたとしても。そんな確信を抱きながら、仙寿は照れに熱を持ち出す頬を誤魔化すように、最後に残った一切れを口に放り込んだ。

 ◆◇◆

 遊歩道、図書館、それからここ。若い恋仲の二人がデート場所として選ぶには似つかわしくないスポットを巡って――実際、今日はそれを目的に出掛けたわけではないのだが――まるでそこが終着点と定められていたように、あけびの足はある展示物の前で縫い留められた。隣を歩いていた仙寿もほぼ同時に視線を惹かれて止まる。
 二人の目の前にあるのは一振りの刀。小烏丸や白夜丸と違って、とうに現役から退いた刀身は古研ぎの状態で、美術品として綺麗に研磨された物と比べると見映えも価値も格段に劣る。実際、元々多くない見物人も同じ刀なら美しく光り輝く物を求め、ひと目だけ見て立ち去ってしまっている。熱心に見つめる自分たちのほうが異質だった。
 それにはかつて、戦場で人を斬った痕跡が確かに残されていて、現状維持のために丁寧な手入れが施されていても、何処かくたびれた印象が付き纏っている。武器も道具で使い手の心技体を如実に映す鏡でしかないけれど。その使い手もまた刃であり、決して切っては切れない間柄だから考えてしまう。
「いつか……私たちもこんなふうになるのかな」
 ぽつりと零れた自分の声に悲嘆の色はなかったが、寂しいという率直な思いは乗っていた。
 王との戦いに終止符を打っても全部終わったわけではない。新たな出現の可能性がなくなっただけで残党は活動をし続けているし、別の脅威も顔を覗かせている。それらを取り払って世界に平和を取り戻すのが目標なのは今も同じだ。しかし、本当に全てが片付き、刀を手に敵と対峙する日が来なくなったとしたらどうしようかなんて、ふとそんな、遠くない未来に思いを巡らせる。
 今日二人が歩いてきて目にした光景は、言葉を交わした人々の姿は、数え切れないほどのエージェントやH.O.P.E.職員が積み重ねた努力の上に成り立っている。そんな当たり前で忘れてしまいそうな事実を確認する、ささやかな旅路だった。そして後少しだけ戦って掴み取る未来は少なくとも今よりずっと優しく生きやすい世界のはずで。
 何も、戦うことが全ての人生だったわけではない。友情も愛情もエージェントとしての活動を縁に結んだものだが、いつかあっさり失われてしまうほど柔いものでもない。むしろ、慌ただしい中でなおざりにせざるを得なかった様々な物事が出来るようになる。それからが本番とも言える。
 それに、あけびと仙寿にとってもう一つの戦いとなったセンター試験。これもまた終わりであると同時に始まりでもあり、まだ少しだけ勉強の日々は続く。
「愚神だとかヴィランだとか。そういうのと戦うだけが、人助けじゃないだろ」
 ふと場所柄を鑑みて小さく、けれど芯の通った声に視線をそちらへと向ける。ただ見たままの印象を語るなら淡く儚げな雰囲気なのに、出逢ったばかりの頃は危うげで護るべき相手とさえ思っていたのに、隣を歩く対等な相棒どころかあけびを置いていってしまいそうなほど力強く曇りのない眼差しに射抜かれる。
「……とか偉そうなこと言っても正直、戦うこと以外で俺に何が出来るのかなんてまだ全然わかんねーけど。剣だってまだ極めてないんだ、大抵のことは頑張ればそのうちやれるようになる。まあ、まずはあいつとの決着……だよな」
「そうだね」
 頷きながらも師匠の話題になった途端、未だに苦虫を噛み潰したような顔をするのに何とも言えない気持ちになる。勿論共に超えることを目指して駆け上がっていくのは同じ。しかし、今の仙寿の彼に対する態度には最初二人を重ねてしまっていたことや、その行く末が分からず引きずっていたことについての悪感情ではなくて、恋敵ではないけれどそれに近い嫉妬がある――なんて思ってしまうのは穿ち過ぎだろうか。勝手な想像に自然と頬は緩みかけて、嬉しさに顔だけでなく、体全体がじわりと熱を帯びる。忍びとして身につけたはずの本心を隠す術が、必要な場面が少ないせいですっかり錆びついている気がする。カフェでもつい、同じ門下生たちと仲良くなった姿を見て微笑ましさに笑ってしまったくらいだ。咄嗟に誤魔化せて内心胸を撫で下ろした。あの後口にした言葉は嘘でもお世辞でもなく、ただの本音だけれど、きっと上手く伝わっていない。
(でも、今はそれでいいかなぁ)
 なんて思う。言葉を尽くさずにすれ違うことは避けながら、でも今ここで胸の内にある大好き、愛してるという想いを余さず伝えるのは惜しくもあった。だって死ぬときは彼の隣だと決めてある。そしてそれはまだずっとずっと遠い未来の話。仙寿も成人する頃には二つの歳の差なんてどうでもよくなって、大学を卒業してその後結婚? 子供は何人になるだろうか。子育ては大変だと聞くけれど、同時に楽しいと皆口を揃える。子供が大きくなっても孫が出来たり、あるいはまた二人きりで遊々自適に暮らしたりだとか。想像の翼はどこまでも羽ばたく。――なるほど、
「生きていくのも戦いなんだね」
 しかもそこにあるのは心の強さだけだから、成長を手応えで感じるのも難しい。仙寿はまだ自分自身のことを過小評価して、逆にあけびのことは過大評価しているきらいがある。けれど人生経験は多分元から五十歩百歩で、今は互いの足を結んで二人三脚を始めたところ。もしも相手が躓いたら手を差し伸べて背中を支えて、難関は更に力を合わせて突破していく。そしてこれからも、“誰かを救う刃”で在り続ける。
「だからって、ずっと戦い続けてたら身が持たないぞ。疲れたら休むのも大事だ」
「今みたいに?」
「ああ」
 世界と個人的なもの、二つの山場を越えて一区切り。そういえば、とふと思い出してあけびは戦いを終えてもなお、在って人々を見守る先達を見据えたままに右腕――仙寿側にある腕を上げて、拳を握った。仙寿も意図を汲み取って同様にし、小さく骨のぶつかる音を立てて拳と拳を突き合わせる。
「お疲れ様、仙寿」
「あけびもありがとう。これからも、よろしくな」
 うん、と頷く代わりに一度下ろした手を指を交差させるように繋いで。そしてお互いの手のひらが熱く湿っていることに気付き、二人顔を見合わせて見計らったように同じタイミングで笑った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4519/日暮仙寿/男性/18/人間】
【aa4519hero001/不知火あけび/女性/20/シャドウルーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
拝見させていただいたノベルがとにかく圧巻の一言で、
技術も学もなく、世界観にもお二人にも詳しくない自分に
一体何が出来るんだろうかとめちゃくちゃ悩みました。
最初は拝見していないノベルと被りや矛盾が起きないよう
気にしていたんですが、考えれば考えるほどドツボに嵌まりそうで。
結局シンプルに、マイページやノベルを見て感じたことや
今この時期だから出来ることを自分なりに詰め込む形になりました。
その結果、勝手な解釈も人柄、将来ともにかなり多くなってしまい、
今までに構築されてきた世界観をぶち壊しにしていないか心配です。
ただ、同時に光栄にも思いますし、マイページと睨めっこしながら
考え考え書いて、自分なりの像を結ぶのはとても楽しかったです!
今回は本当にありがとうございました!
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2019年02月13日

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