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『未来への種 』
神代 誠一ka2086


 この季節にしては珍しく暖かいその日は、少し遠出するには絶好の日。
「ヴェラ、準備出来たかー?」
「お弁当と飲み物、動きやすい服装。でいいのよね?」
 首を傾げたヴェロニカ・フェッロに、神代誠一は笑いながら頷く。
 実は今日の外出について、誠一は彼女に多くは語っていなかった。
 日帰りで行けるちょっとした息抜き。そんな言葉と少しの期待を込めた弁当と飲み物のリクエスト。
 目の前でいい子で待っている新しい相棒は、じっと待っている。
 もちろん移動するために連れてきた『彼』は、行き先を知っているのだけれど。
「まぁ、セーイチが連れて行ってくれるっていうんだもの。信頼しているけど」
 いっそ無防備なほどの信頼が、くすぐったいやら。
「それじゃ行こうか。ヴェラは俺の前に座って」
 モフモフ……と頬を緩めつつ相棒を撫でるその姿を後ろから見て、誠一は思わず小さく噴き出すのだった。
 誠一が背負ったリュックの中で、うさぎのぐまが一度後ろ足をたしん!と咎めるように踏み鳴らした。


 楽し気に飛び跳ねるぐまを眺めながら。
「ここは……」
 相棒から降り目を丸くして呟いたヴェロニカに、誠一は頷きつつ言葉を紡いだ。
「そう。初めてヴェラから依頼を受けた時に来ただろ?」
 今から4年前。ここにしか咲かない花を見たいのだ、と依頼してきた彼女を連れてやってきた丘。
 季節は今とは違っていたから、あの花は恐らく咲いてはいない。
 それでも、もしかしたら種くらいは残っているかも、と。
 そんな期待を抱いての日帰りピクニックだった。
「実はね、今、木漏れ日の家の庭を開墾しててさ」
 ヴェロニカも数度訪れたことがある誠一の暮らす湖畔の家。そこに花壇を作ろうと手を付け始めたのは2月の頭。
 変わりゆく時勢の中、何かを残したかったのかもしれない。
 変わらない何かを、残したいのかもしれない。
 みんなで始めたその作業は、思いのほか多くの仲間たちが加わり。
 花壇だけではなくいっそ野菜すら作れそうな勢いで開墾されつつある。
「どうしても。あの花の種が欲しくてさ」
 そこに植えたいと、そう思ったから。強く、そう思ったから。
 あそこから始まった不思議な縁は、想像以上に長く強く紡がれて。
 気が付いたら4年だ。決して短い時間ではない。
「だから、ここに来たのね」
 隣に立つヴェロニカが、吹く風に揺れる髪を押さえつつ微笑む。
「まぁ、ヴェラの弁当が目的だったのも本当だけど?」
「もう!それじゃあお弁当だけが目的だったみたいに聞こえるわ!いじわる!」
 ぐいっとバスケットを押し付けられ、ヴェロニカが頬を膨らませつつ地面に座り込んだ。
「あ、ちょっ、そのまま座ったら汚れるだろ」
 慌てる誠一に、ヴェロニカはどこ吹く風。
「あら。わたしは自分の庭でもこうやって地べたに座って作業してるでしょう?」
 屈みこんでの作業、という動作がヴェロニカには出来ない。
 それは幼少期の怪我が原因で足を悪くしたからだ。誠一だってそれは知っている。
 とはいえ、家ならば汚れた服はすぐに洗濯出来るだろうが、ここは出先だ。
 洋服が汚れてもすぐには洗えない。
 そんな心配をしているだろう誠一に、彼女は笑った。
「いいのよ。服が汚れるのは当たり前だし、なにより自然の草が染めてくれるって思えば、この服だって立派なキャンバスでしょう?」
「……相変わらず、ヴェラの発想は不思議だなぁ」
「そう?自然がキャンバスに残してくれる思い出だって、わたしは思うけど」
 普通の感性ではそんなことは思わないだろう。汚れは汚れ。
 けれど、彼女はその色彩すら楽しいと言ってのけた。
「さぁセーイチ。どっちが先に種を見つけられるか、勝負よ!」
 笑顔で見上げてくる空色の瞳に、誠一は緩やかに笑みを返した。


「そうよねぇ。種を探すより、どちらかというと苗を探した方が早い可能性があるわよねぇ」
 二人して探しても見つからない種を思いつつ、お昼休憩。
 まだ少し肌寒いこの季節。ヴェロニカが風邪をひいたりしないようにと、持ってきたブランケットを手渡す。
 頬を染めつつ笑ったヴェロニカの耳元で、薄黄緑の羽のついたイヤーフックが揺れている。
 誠一が彼女に贈った一点物のそれを、彼女は常に身に着けているようだった。
 それがなんだか擽ったくて、誠一はそっと目を細める。
「とにかく、今は昼食にしましょう?まだもう少し探す時間はあるはずよ」
 彼女が用意したのは、普段よく見る『何か』とは少し変わっていた。
「うずまき?」
「に見えるでしょう?これはね、これを使って食べるのよ」
 手を拭くタオルの次に差し出されたのはフォーク。
「ロールケーキみたいにパンに具が挟まるように丸めてあるの」
 これなら手を使わずフォークで食べられるのだと、ヴェロニカは小さく自信ありげに語る。
 唐揚げも、卵を使ったオムレツも添えられたトマトも、大きすぎず小さすぎずフォークに刺しやすいサイズ。
「もしかしてヴェラ、外出先で手が汚れるかもって知ってた?」
 誠一の問いかけにヴェロニカは首を横に振った。
「そうじゃあないけど。なんとなく、この方がいいって思ったの」
 正解だったわねと笑う彼女に、誠一は内心肩を竦める。
(どうしてそういうところの察しはいいのに、変な所で危ないものに引っ掛かりそうになるんだろうなぁ)
 そんな誠一の気持ちを知ってか知らずか。彼女は無茶をよくするのだ。
 よく泣き、よく怒り、よく笑う。
 コロコロ変わるその感情の色は、一度たりとも同じものはない。
 それを見て楽しいと思う自分もいるのだから、もうどうしようもないのかもしれないが。
「さ、セーイチ!召し上がれ」
 差し出された弁当を見て、誠一は笑いながらフォークを持ち直した。


 ヴェロニカが持ってきたハーブティを飲んだり、のんびり休憩を取った後。
 再び種を探し始めた時のことだった。
「ねぇ、セーイチ。わたしと賭けをしない?」
「賭け?ヴェラが、俺と?」
「そう」
 座り込みつつ種を探しながらそう言ったヴェロニカの耳が赤くなっている気がするのは、気のせいだろうか。
「日暮れまでに、どっちが先に種を見つけられるか」
「賭け、っていうからには何かあるのか?」
「勝った方が、負けた方にひとつだけお願い事を出来る、とか」
 セーイチだったらお酒かしら?なんて早口で捲し立てるその姿が、どことなくいじらしく見えて。
「勝負事なら負けないぞー?」
「望むところよ!」
 茶化すように言った誠一に、ヴェロニカはぐっと拳を握り。
「「よーい、どん!」」
 二人の掛け声が、綺麗に空へと重なった。


「まさか、ぐまが見つけるなんて……」
「まぁまぁ、でも見つけられてよかったよ」
 帰り道。モフモフの相棒に顔を埋めるようにして悔しがるヴェロニカの髪を撫でながら、ふと誠一は口を開いた。
「ところでヴェラ。ヴェラが先に見つけた場合、何をお願いする気だったんだ?」
 顔を上げさせるように促せば、その顔は夕日では誤魔化せないくらいに赤く染められていて。
「……ナイショ!」
 頑固なのはお互い様。
 帰り道は、行きと違って実に賑やかな声が響き渡った。


END

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086/神代 誠一/男性/32歳/想縁の君】
【kz0147/ヴェロニカ・フェッロ/女性/25歳/痛みに咲く】
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2019年02月13日

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