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『女神感謝 』
スノーフィア・スターフィルド8909

 スノーフィア・スターフィルドがダウンロード販売されている『英雄幻想戦記』5本分をクリアし終えたのは、ゲーム機が届いて一ヶ月後のことである。
 もちろん、最低限クリアしただけなのでやりこんではいない。それはこれからじっくり取り組むとして。
 こちらの世界のゲームにも、スノーフィア・スターフィルドが登場していることは確認できた。ある意味ドッペルゲンガーなわけだが、そのへんは神様か女神たる自分のご都合パワーで辻褄合わせがされているのだろう。
 しかし、こうして客観的にスノーフィアを見れば、あれこれと感慨が湧くものだ。途中まで実装されていなかったボイスが無印からつけられているのもいい。人が聞いたら、自分の声も声優さんのそれと同じ風に聞こえているんだろうか。それもいずれ検証しなくては。

 というわけで。
 買える限りのダウンロードコンテンツをすべて落とし終えたことを確かめ、スノーフィアはパソコンのほうに向きなおった。
 モニターに映っているのは公式サイトならぬファンサイト。
 実はこちら、有志が各所にアップロードした各種データが集められており、このデータをUSBなんかでゲームのダウンロードファイルに紛れ込ませれば、実際のプレイ中にそれを反映できるのだ。
『英雄幻想戦記』はダウンロードコンテンツが多い。シナリオを始め、装備や衣装、チートな魔法スキルも多用多彩だ。つまりは後からいくらでも継ぎ足せる仕様になっているわけで、だからこそセキュリティに塞ぎきれない穴があるらしいのだ。
 普通に考えればよろしくない話だが、このへんは有志が行き過ぎないギリギリを見極め、製作側の黙認を勝ち取った結果ではあるし、ディープなファンとしてはありがたく受け取っておくべきだろう。
 みなさんの罪は、女神である私が赦しますからね。
 ともあれスノーフィアは手順に従ってデータを移し、無印を再起動させた。ちなみにゲームをするためではなく、実験のためである。
 ――ゲームデータは確実にこの世界へ影響を与えている。
 ならば、ゲームに新しいデータを加えてやれば、それは世界に顕現するはずだ。

 かくてスノーフィアはクローゼットを開いた。
 かけられている装備を確認していけば、あった。
 スノーフィア専用非公式装備――ハイレグビキニアーマーが。
「これは……切れ込み具合が半端ないですね」
 ゲームにもビキニアーマーは存在する。強化することで最終局面まで使い続けられる優秀な装備だ。ちなみに、それを着た彼女が主人公に「そんなに見ないでください!」と怒る専用イベントがあったりもする。
 こちらの装備は、そのビキニアーマーからえぐいくらいに面積を減らした代物で、数値的には従来のビキニアーマーと同様(ここが行き過ぎないギリギリってやつだ)。ならばどちらを選びたいかと言えば、言うまでもなかろう。
 でも、見ているのと見られるのとでは、ずいぶん心持ちがちがいますね。
 今の“私”はスノーフィア。着るのは当然自分だし、着れば主人公(?)の目に晒されるのだが。
 ここにいるのは私だけですし、少しくらいは、いいですよね?

 果たして装備してみたスノーフィアだが、姿見に映ったあまりにもな自分の様に戦慄した。
「これは、いけませんね!」
 恥ずかしいどころの騒ぎじゃない!
 スタイリッシュな痴女過ぎる!
 しかし。おののいてみて気がついたのだが、普通のビキニアーマーより動きやすい。関節部にアーマー部がかからない分、特に脚捌きはかなり楽だ。ファンタジーをリアルに変換すると、こんなズレも生じるらしい。
 無限城の探索でも役に立ちそうですね。魔王も惑わせられるかもしれませんし。あきれられるの間違いかもしれませんけど。
 とりあえず試すのと照れ隠しを兼ねて、インストールした同人データのひとつ、“女神翼のエフェクト”を発動してみたりして気を取りなおし、スノーフィアはキッチンへ。超ビキニアーマーは、動きに慣れるため着っぱなしである。

 同人データは戦闘に役立つものばかりでなく、そこそこどうでもいいものも多数開発されていた。
 その内のひとつが料理レシピである。
 スノーフィアは各タイトルでイベントをこなすことにより、さまざまな料理を開発する。同人データにはそこでピックアップされることのない、マニアックなレシピが目白押しである。
 風魔法で斬れ味を高めた短剣でサーモンの頭をぶつ切り、先日こしらえた反応加速炉へ突っ込んだ。ごく短時間でよく煮込んだ状態にまで持って行けるので、最近は圧力鍋代わりに使っているのだ。
 次いでフライパンで大豆を炒り、鬼おろしでおろした大根と人参、さらに煮込んだ頭を加えて加速炉に戻し。
 あらためて取り出したそれへ酒粕を溶かし込みながら味を調えて。
「しもつかれの完成です!」
 ……これ、得する人がどれだけいるのだろうか。
 ゲームでの食事は体力回復が目的なのであまり気にならなかったが、実物の持つ凄みは視覚的にスノーフィアを打ちのめす。
「いただきましょう。強いお酒といっしょに」
 今後はなるべく、同人メニューには手を出さないことにしよう。そもそも集めなければならない食材も面倒なものが多いし。
 心に決めるスノーフィアであった。

 マニアックな味わいをそれなりに堪能したスノーフィアは、着替えを求めて再びクローゼットを開く。
 そういえば部屋着のバリエーションもあるのですよね。
 思い出した瞬間、探り当ててしまった。“絶対に破れないベビード−ル”と、“すぐに破れるベビードール”を。
 アンダーバストからゆるりと拡がるフォルムを見せるこのインナーウェアは、なにも保護してくれないし保温効果も皆無、まさに魅せるためだけに特化した代物である。
 一応着てみると、とにかくすかすかして寒い。暖房は効かせているが今は2月。とても耐えきれるものではない。と、脱ぎかけて気がついた。
 ……モニター越しにはわからなかったが、このデータの作り込みはどうだ。やわらかい素材ながら細かな模様が織り込まれていて、ボディラインを不格好に崩すことなく、それでいて肌に貼りつくような無粋もせず、見事な広がりを描いている。基本的に男であるスノーフィアですら、ちょっと誰かに見せてみたい気持ちになった。
 見せませんけどね! でも、こういうこだわりは見習わないといけません。スノーフィアへの想いで負けるわけにいきませんから。……本当に誰にも見せませんけど!
 ちょっとライバル心を燃やしつつ、一気に脱ごうとすると、ビリリ。
「すぐに破れるほうでした……」


 結局、元の服に着替えたスノーフィアは、スターアニスやクローブ、シナモン等々を加えたドイツ伝統の熱々グリューワインをすすり、息をついた。
 同人データは邪道だ。しかし、公式という正道がなければ邪道もありえず、邪道が栄えるということは正道にそれを抱え込めるだけの太さがあればこそ。
 スタッフにもファンにも愛されているのですね、『英雄幻想戦記』は。それに、スノーフィアも。
 スノーフィアはモニターに移した同人データの数々を見やり、うなずく。
 活用させていただきますよ、みなさんがスノーフィアのためにそろえてくださったものを。公式も同人もなく、ここにあるすべてがスノーフィアという女神を形作る1ピースなのですから。
 見知らぬ同志にグラスを掲げ、スノーフィアは微笑んだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【スノーフィア・スターフィルド(8909) / 女性 / 24歳 / 無職。】
東京怪談ノベル(シングル) -
電気石八生 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月13日

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