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『クリスマスには冒険を 』
夢洲 蜜柑aa0921)&アールグレイaa0921hero002)&マリアンヌaa5176hero002


 街中に赤と緑、そして様々な光があふれるクリスマス直前のこと。
 夢洲 蜜柑は強大な敵の前で、生唾を飲み込んでいた。
 とはいえ、この敵は愚神でもなんでもない。別に蜜柑に向かって襲ってくるわけでもない。
 ただある意味、蜜柑にとっては大変な「敵」だった。
 ――攻略方法が全くわからない、という意味において。

「で、でも、ケーキ屋さんなのよ? お財布はちゃんと持ってるもの、あたしが買えるものだってきっとあるはずよ!!」

 彼女の前に立ちふさがるのは、大理石の支柱に支えられた豪奢なガラス扉。
 通路幅いっぱいの距離まで離れて、蜜柑はそれを見据えている。
 だが立派な身なりの紳士淑女は彼女を気にする様子もなく、次々と中へ入っていく。
 そこは「某国王宮の元専属パティシェが手掛ける洋菓子店」なのだった。

 話を遡ること数日前。
 蜜柑は大いに悩んでいた。
「やっぱり、オトナの男の人へ贈るプレゼントって、ぜんぜんわかんない……!」
 ぷしゅううううと頭から湯気を出したように顔を赤くして、ベッドの上に突っ伏す。
 スマートフォンも心なしか熱を持っている。
 蜜柑はパートナーである英雄のアールグレイ贈る、クリスマスプレゼントを決められないでいたのだ。
 オトナと言っても、アールグレイの見た目は20歳を少し超えたぐらい。
 だが落ち着いた物腰のせいもあって、蜜柑から見ればとんでもなくオトナに見えるのである。
「お洋服……は、色々ありすぎるし……女の人なら色々あるんだけどな……」
 相手が女性なら綺麗なスカーフの1枚、小物入れのひとつぐらい余計に持っていても困らないし、想いも充分伝わるだろう。
 だが男性の服飾関連品は拘る人は拘るが、そうでない人は割と同じような物を使っている(ように、蜜柑には思える)。
 特にアールグレイのような異世界からの来訪者は、いつもの服装にプラスするアイテムなどとても思いつかない。
「うーん……こうなったらもう、一緒に食べるクリスマスケーキとかにしようかな?」
 そう思って軽く検索してみると、最近評判のセレブ御用達の洋菓子店というのが見つかった。
「セレブのお店かあ……アールグレイにぴったりだと思うんだけど……あっ、このお店って結構近くにあるのね。うん、そうしよう!」
 蜜柑は足取り軽く、調べたお店へと向かった。

 だがいざ店に到着してみると、さすがセレブ御用達のお店。
 入口からして普通のケーキ屋さんではなかった。
 最近でこそ少しお嬢様らしい嗜みも身につけたとはいえ、元々の蜜柑はごく普通の女子中学生。
 普段は自分で家事をこなし、あまり無駄遣いなどもしない堅実な性格だ。
 だからH.O.P.E.のお仕事でもらった報酬の分だけ、そこらの女子中学生とは比べ物にならないぐらいのお金は持っている。
 ということで、蜜柑は自分を勇気づけようとぐっとこぶしを握り締めた。
「うん、大丈夫よ! いざとなったらおつかいってことにすればいいんだから!!」
 前向きなんだか後ろ向きなんだかわからない勢いで、蜜柑は扉に向かって歩き出す。

 磨き上げられたガラスの扉は自動扉だった。
 ……と思ったのだが、蜜柑が立つと同時にさっと開く扉は、美しいデザインの詰襟を着たドアマンが動かしていた。
「いらっしゃいませ」
 笑顔と共に言葉をかけられたこの時点で、蜜柑は挙動不審気味になる。
「えと、おじゃま、します……!」
 とりあえず何歩か歩いて、そこで店の中を見渡した。
「うわあ……!」
 ちょっとした応接間のようなエントランスには、天窓からの光が降り注ぎ、その下にあるアール・ヌーボー風のオブジェには綺麗な包み紙とリボンを纏ったお菓子が飾られている。
 左手は洋菓子のお店で、右手は奥に広く、カフェになっているようだ。
「すごい、お店の中もなんて素敵なの!」
 カフェでくつろぐ紳士淑女の姿に、ほんのちょっと自分とアールグレイを重ねてみて、蜜柑はぽうっとなる。
 そのとき、背後の扉が開いて、ドアマンの声が聞こえる。
(わ、わ、こんなところに立ってたら、他のお客さんの邪魔になるよね!)
 蜜柑は左手へ数歩、慌てて進んでから後ろを振り向いた。
 そこで思わず息を呑む。
「わあ……」
 まるで光そのものがそこにいるような、ゴージャスな金髪の女性が立っていたのだ。


 その日、マリアンヌはふと思いつき、最近気に入っている洋菓子店へ足を運ぶことにした。
 欲しい物があれば、彼女がひとこと声をかければ何でも持ってきてもらえる。
 だがカフェの雰囲気というのはまた違った魅力があるので、偶にそれを味わいたくなるのだ。
 店につき、石段を登り、開く扉を押さえるドアマンに視線だけで労いを送る。
 マリアンヌはそこで、この店では見慣れぬ存在に気が付いた。
 見たところ、まだ10代前半らしい少女。至って庶民的な雰囲気である(※マリアンヌ比較による)。
 その少女は物珍しそうに店の天井を眺めていたが、マリアンヌの姿を見た瞬間、雷に打たれたようにその場に立ち尽くしていた(ようにマリアンヌは思った)。
 その目に、卑屈さも妬みもない、純粋な憧れの輝きを認め、マリアンヌも悪い気はしない。
(この娘、意外と本質を見抜く目を持っているのかもしれないわね。この私を素直に崇めているようだもの)
 そこでマリアンヌはふと気まぐれをおこした。少女に声をかけてみようと思ったのだ。

 迷いのない足取りが、体重を感じさせないほど軽々と進む。
「あなた、おひとりなの?」
「えっ!?」
 少女が目を見張り、きょろきょろとあたりを見回し、それからやっと自分が声をかけられたのだと気づいたらしい。
「いえ、あの、お買い物……なの。あたしひとり、で」
「まあそう。この店はなかなか良い物を作るものね。ショコラ? それともギモーヴ?」
 少女は首を横に振った。
「プレゼントに、クリスマスケーキが欲しいと思ったんです」
「そう。どなたにプレゼントしたいの?」
「あの……あたしのパートナーの英雄、です」
「あらあなた、能力者なの?」
 そこでマリアンヌは軽く目を見張る。
 何を隠そう、マリアンヌ自身も英雄だ。だが別に質問されなければ、自分から言う必要もない。
 そこで小さく笑う。
「その様子だと、お相手は男性なのね。いいわ、一緒に選んで差し上げるわ」
 一瞬ぽかんとしていた少女が、ぱっと顔を輝かせる。
「本当ですか!? おねがいします! あ、あたし、蜜柑っていいます」
「蜜柑というのね。私はマリアンヌよ」
 マリアンヌは先に立って、左手の店の方へ歩いていく。

 蜜柑はその上品な歩き方に、思わず見とれてしまった。
(本当のセレブってこんな感じなのね……)
 上品で美しい年上の女性は、何人か知っている。
 彼女たちの出自もセレブと言っていいはずだが、このマリアンヌという女性は他の誰とも違うように見える。
 高貴、優雅、厳格。拒絶されているわけではないが、畏れ多く近づきがたい何かを感じるのだ。
(すごいわ、アールグレイにも教えてあげなくちゃ!)
 それからマリアンヌは、丁重に出迎える店員を相手に、作ることのできるケーキを尋ねてくれた。
「少し待てば好みのデコレーションに仕上げてくれるそうよ。欲しい物をおっしゃいな」
「はいっ!」
 蜜柑はうんうん唸った結果、オーソドックスな苺のクリスマスケーキを頼むことにした。
「ありがとうございます、ひとりじゃ困っちゃうところだったわ」
 マリアンヌはその素直な言葉が気に入った。
「そう。それではケーキができるまで、あちらでお茶でも付き合いなさいな」
 そのまま返事も待たず、カフェの方へ。

 カフェでまた蜜柑は、色々なことに目を見張ることになる。
 椅子を引いてもらうのも、銀色のピカピカ光るカトラリーも、それぞれのテーブルに上品に盛られた薔薇の花も、何もかも素敵な体験だった。
「いつものアールグレイでよろしいですか」
 給仕のその言葉に、ぼうっとなっていた蜜柑がハッと我に返る。
「ええ、お願い。それからオレンジショコラのタルトを」
「かしこまりました」
 すぐに紅茶のカップと、チョコレートのケーキが運ばれてくる。
「あなたの名前を聞いたら、オレンジが欲しくなったのよ」
 マリアンヌがそう言って優雅なしぐさでフォークを取り上げた。
「紅茶もアールグレイだからぴったりよね。さあ、冷めないうちにおあがりなさい」
「はっ、はい!」
 蜜柑の心臓はバクバクだ。紅茶のカップを口元に運ぶと、少しスモーキーな独特の香りがふわりと流れてくる。
 おそるおそる口をつけると、今まで飲んだことのないような不思議な味だ。
「おいしい。けど、不思議な味」
「このお店のアールグレイはけっこう気に入っているの」
「お店によって違うんですか?」
「ええ。柑橘系のフレーバーティーだもの、元になった紅茶の出来に加えて、香料のブレンドも全く違うわよ」
 蜜柑は改めて、不思議な香りのお茶を飲む。琥珀色の液体は、どこか彼の瞳を思わせた。

 お茶を飲みながら少し話をしてから、マリアンヌが席を立つ。
「私は先に失礼するわ。あなたはお時間があるならゆっくりしておいきなさい」
「あの、色々とありがとうございました! 本当に助かりました!」
 蜜柑のお礼の言葉を、マリアンヌは微笑みながら頷いて受け取る。
 わからないことは分からないと素直に口にし、かといって卑屈になるわけでもなく、珍しい物を心から喜ぶ。
 まだ幼いとはいえ、この少女には優れた美点が備わっているのだろうと思えた。
(だからこそ、この娘の英雄は蜜柑を選んだのかもしれないわね)
 そして、それきり。
 マリアンヌは大荷物を店員に運ばせながら、店を後にする。


「……という訳なの! すっごいゴージャスで、貴族っぽいお姉さん!!」

 アールグレイはテーブルに置いたケーキ越しに、一生懸命この大冒険の顛末を聞いていた。
「そうですか。それは珍しい経験でしたね」
 英雄の青年は、蜜柑の生き生きとした表情を微笑みながら見守る。
「そうなの。もうね、周りの空気が違うっていうか。あとね、すごいカードをもってたの。あれって飛行機が買えるんですってね!」
「そうなのですか? 随分とお金持ちでいらっしゃるのですね」
 もっとも、見ず知らずの少女に、高級なカフェでお茶をごちそうしてくれるような女性だ。普通ではないだろう。
「きっとそうね。お茶のことも色々教えてもらって、なんだかあたしまで上品になったみたいな……」
 蜜柑はそこで不意に言葉を切る。

(まって。アールグレイなら、あんな女性の隣でもきっと似合いそう!?)
 恋する乙女の妄想モード、おそるべし。
 互いに顔を合わせたわけでもないマリアンヌとアールグレイを、頭の中で並べてしまう。
(あの女王様みたいなお姉さんは、きっと普通の男の人じゃ隣に立てないわ)
 そこで蜜柑の心の中で最高に素敵な男性、つまりアールグレイの登場である。
 物語から抜け出たような端正な顔立ち、立ち居振る舞いはまるで舞踏のように優雅。
 口数は多くないものの知識も広く、その言葉はいつも的確。
 女性に対する態度はいつでも紳士的で、性格は温厚そのもの。
(どうしよう、アールグレイならマリアンヌもぜったい認めちゃうわ!!)
 ――アールグレイがマリアンヌの手を取る。
 優しい琥珀色の瞳が、包み込むような暖かさでマリアンヌを見つめる。
 マリアンヌの氷の女王のような白い頬に、微かな赤みが差す。
 花のような口元がほころぶと、そこから良く通る声がこぼれ出た。
『アールグレイのことはけっこう気に入っているの』

「蜜柑、どうかしましたか?」
 蜜柑は呆然としたまま、声をかけてきたアールグレイを見つめる。
「急に黙ってしまって。どこか具合でも悪くなったのですか?」
 心配そうにこちらを覗き込む優しい瞳。
 光を受けて揺らぐところは、最高級の紅茶の波打つさまにも似て。
「ごめんね、ちょっと変なこと思い出しちゃって。でももう大丈夫よ」
 蜜柑は笑顔を作って、元気に席を立つ。
「お皿を忘れちゃった。取ってくるわね」
「それなら私が……」
「いいの、アールグレイはケーキを切ってもらわなきゃ!」
 蜜柑はくるりと振り返る。

 バカバカしい、と自分でも思う。
 勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んで、うっかりすると泣いてしまいそうな自分のことだ。
(またアールグレイに心配かけちゃう)
 余りにも今が幸せすぎて。
 なのに、もっと幸せを欲しがる自分と、この幸せを失うことばかり想像する自分とがいる。
 アールグレイの顔を見ていると、とろけそうに幸せなのに。
 アールグレイは蜜柑を本当に大切にしてくれているのに。
 ――あたしの気持ちに気づいてほしい。
 ――あたしの気持ちを知らないでほしい。
 自分でもどうしていいのかわからない心を持て余して、蜜柑は苦しくなる。

 お皿を持って戻ると、部屋が暗い。
「どうしたの? 電気消しちゃって……」
 するとひとつ、小さな明かりが灯る。もうひとつ、またひとつ。
 ケーキに添えられた小さな蝋燭の明かりに照らされて、暗闇の中でアールグレイの姿が幻想的に浮かび上がった。
「折角ですから蝋燭をつけようと思いまして。蜜柑が戻るのを待っていました」
「とっても綺麗ね。なんだか綺麗すぎて、ちょっと泣けてきちゃう」
「蜜柑? どうしました?」
 ――あなたの明かりがあんまり綺麗で、迷う心を照らすみたいで。
「なんでもないの。ちょっと感動しちゃっただけ」
「それならいいのですが。でも蝋燭をつけてみてよかったですね。このケーキがとても優しい色に見えます」
 白いクリームも、宝石のように輝く苺も、暖かな明かりに照らされていた。
 アールグレイがその光を受けて、古い絵画のように美しく微笑む。
「素敵なプレゼントをありがとうございます。メリークリスマス、蜜柑」
「……メリークリスマス、アールグレイ。蝋燭が溶けちゃうわ、もったいないけどいっしょに消しましょ」
 今こうして過ごす時間は、きっとずっと忘れない。
 蜜柑は想いを込めて、蝋燭を吹き消した。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0921 / 夢洲 蜜柑 / 女性 / 14歳 / 人間・回避適性】
【aa0921hero002 / アールグレイ / 男性 / 22歳 / シャドウルーカー】
【aa5176hero002 / マリアンヌ / 女性 / 27歳 / カオティックブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ハラハラドキドキ(?)クリスマスのお届けです。
折角の機会なので、カフェの場面ではお名前に絡めたお茶やお菓子を使わせていただきました。
お気に召しましたら幸いです。
またのご依頼、本当にありがとうございました!
イベントノベル(パーティ) -
樹シロカ クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2019年02月14日

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