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『聖なる筋肉』
白鳥・瑞科8402


 髀肉の嘆、という言葉がある。
 それとは違う、と白鳥瑞科は思っている。だが。
「あら……何かしら、気のせい……では、ありませんわね。確かに……」
 戦いの日々である。実戦のない時も、鍛錬は欠かしていない。
 だが、これは。
「私……太股が、少し太くなって……」
「そうですか? そんな事ないと思いますけど」
 後輩の少女が、言いながら瑞科の全身を眺め観察する。
 ランジェリーをちぎり飛ばしてしまいそうな、胸と尻。その豊麗な膨らみは、男のようなこれ見よがしではない筋肉によって支えられている。
 女であればこそ、筋肉鍛錬は重要なのだ。
 常日頃、瑞科は下半身の強化に重点を置いてトレーニングメニューを組み、それを実践している。
 もちろん腕力は重要だが、その土台となるのは下半身の力だ。身体能力とボディラインを維持するためには、尻と太股の筋肉が必要なのである。
 だから瑞科は、鍛え続けた。
 結果、太股はむっちりと力強さを増し、胴は綺麗にくびれて、美しい腹筋を浮かべている。
「ああ、でも確かに筋肉ちょっと付いちゃってるかも知れませんねえ。瑞科さんの身体」
 後輩の少女が、無遠慮に見入ってくる。
「筋トレのやり過ぎじゃないですか? 努力家なんですから瑞科さんは」
「……努力など、しておりませんわ」
 少女の眼差しを遮るように、瑞科は耐衝撃性ラバースーツを穿き、全身へと伸ばしていった。両太股の豊かな肉感は、こんなものでは誤魔化せない。
 その太股に、ベルトを巻き付ける。何本ものナイフが収納されたベルト。
 更衣室である。
 任務を受領し、戦闘準備を整えているところだ。
 特殊金属製のコルセットを、瑞科は装着した。たわわな胸の膨らみが、際立った。
「私はただ、恐ろしいだけ……」
「瑞科さんでも、そりゃ実戦は恐いですよね。虚無の境界の連中、最近特に動きが活発と言うか凶暴と言うか」
 任務そのものは、ありふれたものである。『虚無の境界』の、戦闘部隊の撃滅。無論、油断しているわけではないが。
「私が恐ろしいのはね、身体の線が崩れる事」
 微笑みながら、瑞科は左右の美脚をニーソックスに通し、その上からロングブーツを履いた。
 そして、天使の姿が刺繍された修道服をふわりと身にまとう。
「1秒でも鍛錬を怠った瞬間、太り始めてしまうような気がして……貴女もお気をつけなさいな。太り始めたら、あっという間ですわよ」
「そ、それは、めっちゃ恐いです」
「ふふ……虚無の境界の方々、せめてダイエット程度の運動はさせて下さると良いですわね。さあ、参りましょうか」


 聖なる祝福を施された銃弾が、フルオートで迸る。銃撃の嵐が吹きすさび、死者たちを片っ端から粉砕してゆく。
 一見ぎこちなく、だが意外な高速で歩行する死者の群れ。死後硬直に逆らって動く肉体のあちこちが破損し、どす黒い体液を噴射している。
 聖なる銃撃で、私はその死者たちを破壊し続けた。
 これは弔いなのだ、と己に言い聞かせながら、拳銃の引き金を引き続けた。
 武装審問官として、そこそこ場数は踏んできた私である。この動く死体の群れが、単なるゾンビの類ではないという事はわかる。
 死者たちが、邪悪な力によって動き出し、人々を襲う。だから撃ち砕く。
 それで充分と言えば充分なのだが、その邪悪な力の正体というものを出来れば調べ上げておきたいところであった。
 調べる必要もなく、説明してくれる男がいる。
「殺してはいない。我々はただ、死体を譲り受けただけだ」
 理系の白衣と、恐らく何か機械が仕込まれているのであろう金属の仮面。
 そんな装いをした男が、死者たちの後方で偉そうに語る。
「今この国において、遺体を引き取ってもらえぬ哀れな死者が年間どれほど出ているのかは御存じか? そういった死体を、国としては勝手に焼き払って海に撒いてしまうわけにもゆかぬ。だから我ら虚無の境界が、このように有効活用しているのだよ」
 私の銃撃で砕け散った屍の破片が、虫の如く地面を這い、集まり、融合してゆく。
「もはや魂なき屍に、我々が新たな魂を植え付けたのだ。いくらか特別なる魂……君たちが悪霊・怨霊と呼んでいるものたちをね。怨霊の活用手段に関して、我ら虚無の境界は君たちの百年先を行っている」
 融合した屍肉の群れが、今や人間の死体とは似ても似つかぬ怪物と化して牙を剥き、鉤爪を振り立て、触手をうねらせて私に迫る。その数、数十体。
「結果、この者たちは霊的進化にも等しき復活を遂げた! 人は死して人を超える。それこそが虚無の境界の理想よ」
 私は、もはや聞いてはいない。ただ引き金を引くのみだ。
 聖なる銃撃が、元は人の屍であった怪物たちを穿ち続ける。
 穿たれ、撃ち砕かれた部分をグチュグチュと再生させながら、怪物たちは一斉に触手を伸ばし放った。
 毒蛇のような百足のようなものの群れが、私を襲う。
「嫌……」
 弾切れにも気付かぬまま、私は空しく引き金を引き続けた。
 電光が走った。
 私の周囲で、触手の群れがことごとく切り刻まれて宙を舞う。
「主は、我が道を示したまえり……」
 涼やかな声が、耳に心地よい。
 眼前に、天使が降臨した。本気で私は、そう思った。
「……瑞科……さん……」
「食い止めて下さいましたわね。助かりましたわ……後は、私にお任せあれ」
 ロンググローブから美しく露出した五指が、日本刀の柄を重そうな様子もなく握り込んでいる。
 抜き身の白刃がバチッ! と電光を帯びた。武装審問官の、聖なる雷。
 帯電する刃が、跳ね上がって一閃した。
 活力漲る太股が、修道服の裾を割って躍動する。
 そう見えた時には、3体もの怪物が縦横に叩き斬られ、断面に電撃を流し込まれ灼け砕けていた。
 やはり、と私は思う。下半身の力、むっちりと強靱な太股の力が、この凄まじい斬撃の土台となっているのだ。
「駅前にね、洋菓子の美味しいお店がありますの」
 武装審問官・白鳥瑞科が、言葉と共に踏み込んで行く。触手を荒れ狂わせる怪物たちの、まっただ中へと。
「今日は私、恥ずかしながら食い意地が張っておりまして」
 美しく力強い太股が修道服の裾を押しのけ、豊麗な胸の膨らみが横殴りに揺れ、ヴェールから溢れ出した金髪が煌めきを振りまいて舞う。
 それと共に、電光の刃が斬撃の弧を描き、再生能力を有する肉体の群れを両断・寸断しつつ灼き砕いていった。
「キャラメルタルトをね、3つも食べてしまいましたの」
「……5つ食べてましたよ瑞科さん」
「武装審問官が、小さな数字にこだわるものではなくてよ」
 むっちりと形良い太股から、閃光が走り出した。ナイフが引き抜かれ、投擲されたのだ。
 電光を宿したナイフが、怪物たちを電熱で爆砕してゆく。まるでミサイルを投げ付けているかのようだ。
「とにかく私、早急にカロリーを消費しないといけませんのに……これではダイエットにもなりませんわ」
「ひっ……」
 仮面の男が、逃げようとしている。
 そして、暗黒に包まれた。
 重力の塊が、男を一瞬にして押し潰し、消滅させる。
「走って、追い付いて、仕留められる相手に……重力砲弾なんて大技をぶつけちゃいますか」
 私は言った。
「いくら何でも、カロリーの無駄遣いじゃないですか」
「こうでもしないと私、本当に太り始めてしまいますわ」
 瑞科が、気怠げに伸びをした。胸が揺れた。
「髀肉の嘆、とは……こういう事ですのね、きっと」
 この人の場合、カロリーは全て胸に行ってしまうのではないか、と私は思った。


登場人物一覧
【8402/白鳥・瑞科/女/21歳/武装審問官(戦闘シスター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2019年02月14日

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